創作ラボ2 -641ページ目

アメリカ人は筆記体の英語が書けない

どうも、高校生も、大学生も筆記体の英語が書けないらしい。


これは、日本人だけの事ではなくて、アメリカ人でも、筆記体の英語が書けない人が多いらしい。


で、自分はどうかというと、小文字の筆記体は完璧にかけるのだが、大文字になると、書けない文字が三文字あった。


まず、ふだん、筆記体の英語を書く事はない。


どうしても、英語を書く必要がある場合は、パソコンを使うから、当然、活字体になる。


筆記体の英語だと読みにくいだろうとは思う。


読めない字を書くのは意味がない。


ネイティブは、英文字の筆記体が下手だという事だ。


おそらく、日常の中では、手書きの英文を書く必要はほとんどないのだろう。


筆記体で書くのはサインをする時くらいのものだと思う。


日本語であっても、手書きで文章を書くという事は特別な場合を除いてはないだろうと思う。


手書きの文字には心が宿るとしたら、美しい文字の書ける人は心が美しいとう事だ。



海外の美術展は?

芸術の秋ということで、全国各地では、市町村、都道府県単位での美術展が開催されていることと思います。


私は、写真部門に出品しています。


こういう美術展は、日本ではふつうに行われている事ですが、海外ではどうなのでしょうか。



ふと、疑問に思いました。






ロス・マクドナルドの、『眠れる美女』を読み終えた

ロス・マクドナルドの、『眠れる美女』を読んだ。


けっこう長い小説だった。


謎を解明していく過程で、家族の過去とか、現在の秘密が暴かれていく。


しかし、あまり家庭の内情を書きすぎる。


家庭の状況をねちねち、書くのは、女性的な感じがして、ハードボイルドな探偵小説には不似合いな気がする。


レイモンド・チャンドラーのような、ハードボイルド的なものをロス・マクドナルドは目指していたのではないかも知れない。


探偵小説のカテゴリーで、純文学的なものを目指していように思える。


ストーリーの最後ではどんでん返しがあるが、あまりにも話が長すぎる。


家庭内の事情の描写を短くすれば、すっきりとして、ストーリーも分かりやすくなるはずだと思う。


ロス・マクドナルドの、他の作品もこういう、家庭内の事情をどろどろと書いているのだろうか。


一作だけでは、ロス・マクドナルドの、作風は理解できないと思う。


他の作品も読もうと思う。

20年前の行方不明物

いくら高価な物であっても、使わないのなら、無駄になる。


確かに、今は無駄かも知れないが、10年後は、あるいは、20年後は必要になるかも知れない。


でも、そんな先の事は分からない。


だから、高価な物を捨ててしまうかも知れない。


高価な物だから捨てるはずがないとも思ってもみる。


それなら、どこかにきちんと、保存してあるはず。


しかし、20年後に探しても、それはどこにもない。


捨てたかも、知れない。


いや、そんな事はない。


高価なものだから、家の中のどこかにあるはず。


20年前の行方不明物を記憶を辿りながら、探し続けている。


諦めきれない。

Calligraphy も奥が深い

つくづく、思う。


自分は字がうまくない。


漢字も、平仮名もうまくない。


漢字は奇怪。


細かすぎて、横線が何本で、縦線が何本あるのか正確には分からないまま、漢字を書いてる事に気付く、


日本語は書くには難しいから、英語なら、もしかして、うまく書けるのではないかと思ってしまった。


しかし英語もなかなか奥が深い。


英語にも書道のような世界がある。


しかし、自分の目からは、Calligraphyは、絵画のように、あるいは、デザイン画のように見えてしまう。


でも、訓練すれば、日本よりはうまく書けるような気がする。