創作ラボ2 -503ページ目

半覚醒的な意識で読む

トルーマン・カポーティの、短編集の、『夜の樹』を読んでいる。


カポーティは、改行をあまりしなくて、読みにくい気がするけど、文章というのは、文字を逐一完璧に読む必要はない。


ポイントとなる、語句を追いかけていけばいい。


速読はできないけれど、何が何でも、読んでやるのだという気持ちで読むと、逆に内容が理解できなくなる。


だから、半ば、眠っているような感じで、半覚醒的な意識の状態で読むと、なぜか、ある程度は理解しながら早く読むことができる。


三島由紀夫の『豊饒の海』も読んでいるけど、漢字が旧漢字なので、漢字が読めない。


何を書いているのかも、あまり理解できない。


粘着質な文体で、女性的な感じがする。

死亡の原因は

松下金融相が自殺して、西宮中国大使が死去。


自殺というのは、死亡の原因としてはわかるのですが、自殺する理由はなんなのか、ほんとに、自殺なのかは分かりません。



西宮中国大使は、路上で倒れてその後死亡しています。


中国大使といっても、まだ、中国に渡る前に死亡しています。


中国では反日デモが行われています。


デモというレベルではなくて、ほとんど内戦状態です。


こういう時に、中国大使が死亡したのはただの偶然でしょうか。


死亡の原因は不明だということです。


大使が死亡して、司法解剖もしないで、原因不明で片づけていいものでしょうか。


原因はわかっているけど、報道しない。


報道できないから、報道しないのかもしれません。


テレビ、活字のメディアは真実を報道しているわけではありません。


誰が、どういう目的で、情報をコントロールしているのか。


報道は、ある意志をもって、ある方向に国民の世論をコントロールしているのだと気付くべきです。





『嵐が丘』を読み終えた

エミリー・ブロンテの、『嵐が丘』を読み終えた。


何年も前に、何度か読み切ってみようとしたけど、挫折した。


今回ついに、読み切った。


意外というか、読みやすかった。

 

数年前に読んだ時と、ものすごく印象が違う。


どうして、こんなに印象が違うのだろうか。


読書体験が積み重なったせいなのか。


読書に対する抵抗感がなくなったのか。


ネットによって、PCで、活字を読む時間が長くなったために、読解力がついてしまったのだろうか。


はっきりいえることは、インターネットが普及してからは、活字に触れる機会は増えたし、活字離れどころか、活字中毒になっている。




無関心とマインドコントロール

権威のある人、あるいは、政府の発表は、素直に信じてしまう。


そういう、公の発表が、一つのイメージを作って、そのイメージの方向に人心を誘導してしまう。


人々は、マインドコントロールされてはいないと思っていても、実は、マインドコントロールされている。


物事に無関心な人ほど、権威のあるものに盲目的に従い、マインドコントロールされてしまう。


政治であれ、なんであれ、無関心な人間が多ければ、国家としては、統制しやすくなる。



2030年代に、原発ゼロ

2030年代に、原発ゼロを目指すそうです。


原発がゼロになれば、核兵器の開発もしないということを意味するのでしょうか。


それとも、すでに、核兵器はいくつも持っているから、原発は止めてもいいような状況になっているのでしょうか。



原発がなくても、電力不足にはならないことはすでに証明されている。


原発は、万が一、電力が不足になることがあってはならないから、保険のとして、稼働している状況だろうと思う。


日本は、核兵器など持たなくても、核を超える兵器を開発しているから、原発はゼロにするということなのだろうか。