三島由紀夫の、『純白の夜』を読み始めた
三島由紀夫の、『純白の夜』を読み始めた。
『豊饒の海』からすると、文体が少し違う。
まだ、三島が若いころの作品だから、文体が違うのも当然だろう。
『豊饒の海』よりは、読みやすいと思う。
読み続けようと思う。
それと平行して、来年の大河ドラマの予習のために、『新島八重 ハンサムな女傑の生涯』を読んでいる。
『豊饒の海』の四部作を読み終えた
三島由紀夫の、『豊饒の海』の四部作を読み終えた。
自分としては、三島由紀夫の長編を四冊分も、読む気になるとは思わなかった。
でも、いつかは決心して読まなければと思っていた。
その時が今だと思う。
この物語の終わり方が、どうも解せない。
まるで、人生なんて、夢のようなものだと言っているようだ。
人生なんて、茶番劇。
長い、四部作を通じて、三島由紀夫は、そう、言いたかったのだろうか。
私には、わからない。
もし、村上春樹が、同じようなテーマで書けば、私の心にはもっとすんなりと物語が入ってきたのではないかと思う。
次も、何か、三島由紀夫の作品を読んでみようと思う。
迎撃できるのか
日本では、選挙があるという、この時期に北朝鮮がミサイルを打ち上げようとしている。
失敗する可能性がある。
もし、日本の領土領海にミサイルが落ちる、あるいは破片が落ちるようなことがあれば、現実的に迎撃できるのだろうか。
迎撃できれば、中国の海洋進出に対する、一つの見せしめになるのではないかと思う。
つまり、中国が、日本に核弾頭を打ち込むようなことがあっても、迎撃できるということを中国に証明することができる。
核で脅しても、意味がないということを中国に思い知らせることができる。
もし、日本が核兵器をもっていて、中国に核弾頭を打ち込むと、偏西風によって、日本も核の灰による被害を受けてしまう。
現実的には、日本は、中国に対しては、核兵器は使えない。
ならば、核を超える兵器を開発すればいい。
落武者
5年前に訪れた場所に、今日、行ってみた。
その場所の近くに神社がある。
その神社の近辺には、源氏の落武者の伝説があるということだった。
平家の落武者伝説というのは聞いたことがあるが、源氏の落武者の伝説はあまり聞いたことがない。
源氏は平家に勝ったのであるから、落武者になるはずがないと思うが、なぜ、源氏の落武者なのだろうか。
民主党は、落武者になるだろう。
自民党が、源氏で、民主党は、平家。
造りっぱなしではダメ
昨日は、ブログを書いたけれど、『全員に公開ボタン』を押すのを忘れていた。
昨日の記事はもう思い出せないので、再び書く気にはなれない。
高速道路のトンネルで、トンネルの内部の屋根が落下する事故があった。
まるで、中国の手抜き突貫工事のために起きた事故のようだった。
1980年代までの高度経済成長期は、ちょうど今の中国のような状況だったのではないかと思う。
その時代に造られたものは、耐用年数のぎりぎりの状態になっているようだ。
物を造るのはいいが、そのあとの保守点検維持費がものずこくかかる。
公共投資は、継続しないと、必ず、こういう大きな事故が起こる。
逆に言うと、事故が起こらないと、動き出さない。
事件か起こらないと、警察が動かないのと同じようなもの。