昔々のそのまた昔、私がまだイタイケな女子中学生だった頃のお話。
通学道には一軒の個人書店がありました。
と言うか田舎なのでその近辺で書店と言えばそこしかなかった。
大きな本屋に行きたいなーと思ったら、せっせと自転車こいで1時間近くかけて(←自転車こぐの遅いんです)若水の明屋まで行かなくちゃなりません。
当時、小説と言ったらちょこっと赤川次郎を読むくらい、あとはティーンズハートやコバルトで、専らマンガ派だった私。
コンビニより狭いんじゃないかと記憶する店内には、一応のジャンルをそろえてあるけれども、そんなに沢山の種類がないのです。白泉社や小学館や集英社は普通に沢山あるけど、新書館はない、みたいな。
中学生なのでお小遣いもそんなになく、月に1冊2冊、本を買えばもうお小遣いは尽きちゃうわけです。
学校の図書館に読みたいと思う本はなく。
市の図書館も、自転車こぎこぎそう頻繁には行けません。
結果、毎日のように書店に寄って、10分とか30分とか立ち読みをするわけです。
通学道にあるものだから、そりゃー学生はよく立ち読みしてました。
そう言ったことには寛大なお店でした。
が、ある日、そのお店の人に言われた言葉は今でも忘れられません。
それは私が、絵本を立ち読みしていたときでした。
レジのところからおじさんが、「あんた、読む本を間違えてないかね」と言ったのです。
私は14歳か15歳でした。
手にしていたのが、どんな本だったかもう忘れましたが、私は急に恥ずかしくなってその絵本を棚に戻しました。
中学生にもなって、2歳か3歳の小さな子が読むような本を読んでいることを、お店の人はおかしく思ったのでしょう。
中学生ならば中学生らしく、マンガか、ティーン向けの本を読むべきだと思ったのかも知れませんし、もっと勉強になるような本を読めと呆れたのかも知れません。
私はそれ以来、絵本を読まなくなりました。
絵本どころか、児童書と言われる類、学校の課題図書、そんなものも読まなくなりました。
中学生は子供の読む本を読んではいけないと思ってしまったからです。
マンガとコバルト文庫で中学生を終え、高校生になってミステリーを読むようになり、気がつけば大学生。
大阪の大学に行ってました。そこで、公文式の採点のアルバイトを始めました。
教室には沢山の絵本や児童書がありましたが、ときどき、並びを整理するくらいで開くことはありませんでした。
愛媛に帰って、再び公文式でアルバイトをしました。
そこで初めて、「時間があったら、本を読んでいいよ」と言ってもらい、何気なく絵本を手にとりました。
それが誰の何という絵本だったか、覚えていません。
「中学生のときに、本屋の人に読む本を間違ってるって言われたことがあるんですよ」と、先生に言ったら、それは間違ってると言ってくれました。
大人だって絵本を読んでいいし、絵本だっていい作品が沢山あるのよ、と。
その瞬間、私の脳裏に、子供のころに読んだ絵本が沢山たくさん蘇ってきました。
そうだ、あんな絵本があった。
小学校で読んだあの絵本が好きだった。
家に帰って、何年か振りで絵本を開きました。
たった2冊、家に残っていた、いもとようこさんの絵の「てぶくろをかいに」と、あまんきみこさんの「ちいちゃんのかげおくり」です。
私はどんなにその絵本が好きだったかを思い出しました。
私は漢字を全然覚えられない子供でしたので、母が漢字にすべてにルビを振ってくれていました。
たどたどしく読みながら、一時は全部覚えるほどに繰り返して読んだ絵本です。
その後、教室で何冊もの「昔好きだった絵本」に再会しました。
大人になった私は、書店で児童書コーナーをのぞくようになりました。
図書館に行っても、絵本や児童書を読むようになりました。
それは全然、恥ずかしくとも何ともないことでした。
私は今でも本当に、あの書店の人が言った言葉を忘れられません。
また、その呪縛を解いてくれた先生の言葉も忘れられません。
先生が呪縛を解いてくれなければ、私はきっと、児童書専門の古本屋をやろうとは思わなかったでしょう。
(先生は今も公文式で沢山の子供たちに勉強を教えていらっしゃいます)
世の中のお父さん、お母さん、先生方、そして子供を取り巻くすべての大人のみなさん。
たとえそれがマンガでも、子供の読む本を笑わないで下さい。