広告を仕事にする人間として、


業務命令で経済学の本を読まされる。


結構難しい「マーケティング論」などがあるが、


読み始めると意外とおもしろく、


何が面白いかといあれると、


実は過去の自分の考えというものが正されるから。



例えば、今の経済社会というのは、


ITのおかげで「ダイレクト・リレーションシップ・マーケティング」が活発に


行われ、大手量販店などの流通が急速に発達する。


それに伴い、メーカーの卸に対する態度が


かつてのような零細小売との密な関係性よりも


いかに非在庫ビジネスのようなベンダー卸を開発できるかに


注力する。


その結果、商店街は荒れ果てるわけなんだけれども、


俺がかつて勉強してきた「建築学」の領域で


よく問題になるのが「商店街活性化」の話題で、


如何にして建築的に商店街を活性化させるかという議題が挙がるが、


これは実は、今日話す「経済的」な実体を知った上で取り掛からないと


机上の空論どころか、机上にすら上がれない、


無知な「建築学至上主義空論」にとどまる恐れがあるのだなと思った。



建築はいわゆる「表現」の手法であって、


その前段階で展開される問題点は、「経済学」という領域の


内包的な理論形態の問題が介在していて、


「商店街活性化」は、


経済学的見地に立って、理論・法則を見い出し、そこから得られる情報を元に、


建築学という表現手法、現実社会に対する「物理的」な解決策を


提示する手段が有効であると考えるなら、


初めから「建築学」のみでこの「商店街活性化」の問題に向かうのは、


「無知」意外の何者でもないというわけだ。



「建築学的言語」での解決は無理だし、


それで解決できるなら、


このご時勢建築家は皆「商店街活性化コンサルタント」にでもなっているはずやんか。




かつての俺はこのことを知らず、


ひたすら「導線」や「交流」といった「建築学的言語」のみを振り回し、


解決策を見い出そうと頑張っていたんやけど、


じつはそれでは「足りない」部分があったんだなと今日実感した。



それを踏まえて「じゃあ、今のお前ならどうしたら、商店街を活性化できると思うか?」


と問われたときの対応を考えるために、


今から「対応策」すなわち「解決策」を考えたい。



建築学を離れて異業種での仕事をきっかけに


いままでになく「建築学」を深く考えるようになった。



「趣味」というと、専門的に建築を考えておられる方に怒られそうやけど、


今後も「建築」を考えつつ、


社会に対する幅の広い見識を持って生きたい。



「広告」と「建築」。



この二つを主軸に、横断的に行きかいながら、


もっと様々な要素を混在させて、


社会を俯瞰していきたいと考える。




なかなか面白い命題が待ってるやん!!


って気持ちが高ぶる。












今日は朝から学校に行った。


毎年二回行われる「設計優秀者発表会」を見るため。


俺も過去に出場した(出場率100%)ことがあり、


今年のレベルはどうかな?とお思って、


しかも日曜は暇やったんで、学校近いし行ってみた。



建築学科を卒業して広告関連で働いている自分。


今日はかなり真面目に「建築」を考えた。



やっぱり俺のベースは「建築」。



ここで詳しく書くと長くなるんやけど、


「建築学的思考」というものの大切さと、


それの凄さ、有効さを考えたわけだ。



建築というものは、


土地があって、その土地の風土や気候、


または文化や海外だと人種とかが絡むわけで、


そこを如何に解いて、施主に「建築」として、


総合的に提供するかを考える領域で、それを専門とする人を


「建築家」という職能を示す。



すなわちある事象を広域的に把握し、


多角的な解釈を持って、


新規性の高いライフスタイルを提案することであるわけ。



その「視点」、「見方」が最も重要であって、


それこそ建築学科出身の俺の「武器」であるとえる。



広告を扱うにしても、


今の世の中の「コミュニケーション」を多角的に考え、


広域的に考え、


新規性の高いコミュニケーションを考え出し、


ライフスタイルに新しい提案とコミュニケーションを生んで、


経済社会をより活性化させることが出来ると思う。



別にこれは「仕事」の分野でなくても、


実生活でも使えると思うし、


これは技というより「思考回路」だと思う。



やからこそ「建築学的思考」と言ったわけで、


これはやはり建築を本気で学んだ人間にしか分かりづらいかもしれないが、


ひとつのアイデンティティとして確立するなら、


もはやこれは「個性」だと思う。



ならば広く「布教」するつもりも、


できるとも思わず、


ただ俺の「個性」がひとつ実感することが出来たというわけで、


これを武器に10年後ぐらいにビッグになるという夢を持って、


日々頑張れそうだなということが分かった。



そんな濃い日曜日。






ごはんも食べて、さて今日も会社に行く。


今日は来年、入社予定の内定者との懇親会。



もう後輩が入ってくる。



可愛い子いるかな~☆





もうそれだけが楽しみ。





昨日は大学時代の先輩、同期、後輩の総勢20人くらいで飲みに行った。


というより、急に「来い」と誘われた。



その飲み会の主賓らしいよく知った先輩が、


実家に帰って心臓の手術をするらしく、


大学の仲間が、その前に皆で飲みたいとのことで、


急遽お呼びがかかったわけだ。



どうせ数人の飲み会だろうと、


ジャージ姿で行ったら、結構人数いるやん!!



まぁ、それはええにしても、


とにかくそういう仲間との飲み会っていうのは、


楽しいもんやなって思うけど、


どっかで、


子供やなって思うところがあったわけ。




話す内容が幼稚。




「先生が論文見てくれない」とか


「先生と口喧嘩した」とか


ある特定のコミュニティにしか分からない話題しか話さないとか


周囲への配慮が足りないとか。




無礼講といえばそうやけど、


共有できるものは少ないよね。




一応昔は「天下の○○研究室」といわれたぐらい有名な研究室だったのに、


最近はクオリティが低い。




人間も作品も。




一緒に居て刺激が無い。



せやから、俺は大学院を蹴って就職したんやけど、


ある種この決断は正解やったなって思う。




「あぁ、この研究室に残らなくて良かった」って。




今の事態は予想してたけど、


ここまで的中するとはねぇ。





今の研究室は好きでも嫌いでもありません。



興味ありません。






幼稚な学生集団。






もう一度、人生やり直せるなら、


大学は行かないだろうねぇ。







まぁ、俺の本音。





実は、俺、こんな奴です。








書きますよ。


おはようございます。



今日もまたがんばりましょうか。




さて、7月の半ばに突入した最近、


金が無い。




どうやって暮らしていこうかと考え中。




とりあえず・・・、


弁当作ろうかな。