アマチュア無線の裏側で -17ページ目

アマチュア無線の裏側で

1970から1980年代の忘れがたい記憶から

昔はオシロスコープは全くの生産財で、趣味用に手の出せる価格ではありませんでした。ところがトリオが安価な測定器シリーズを1970年に発売し、その一つのCO-1303Dは実売3万円台のオシロで、私は中学の理科室でこれに触れました。

CO-1303Dは強制同期なので時間軸の測定はできませんし、帯域5MHzでは大して速くもないロジック出力でも矩形波らしく見えませんが、波形が見えれば大違いです。直接偏向端子を使えば広帯域の観測もできますが、条件次第なので帯域は仕様にはありません。しかし「ハム向けの宣伝に限っては」144MHzも観測可能と書かれました。大振幅が必要なので、ほぼ送信機のモニター専用ですが、後にハム専用のCO-1303Gも発売されています。

 

ところで「電子展望」誌に横井与次郎氏の「技術と奇術、技師と詐欺師」という投稿があったはずで、中でも忘れがたいのは「ブラウン管の丸いのがオシロスコープで四角いのがシンクロスコープ」というインチキ話です。本当は「シンクロスコープ」はトリガ掃引式オシロの岩崎通信機の商標として有名ですが、東芝や日立もシンクロスコープだったので、何か提携関係があったのでしょう。一方、丸いブラウン管とは非常に旧式とか廉価版のイメージで、CO-1303Dも丸型75φでした。

 

さて1971年だったと思います。まさに「英語にシンクロスコープという言葉はないらしい」と教えてくれた先輩に連れられ、旧通産省・電総研の見学で見たのは、500MHz、4現象というオシロでした。今にして思えばTektronix 7000型です。桁外れの仕様のほかで驚いたのは2点で、まずは蛍光体が青色発光だったこと。それまで緑発光しか知らず、青は怪しく美しく見えました。もう一つが500万円と聞いた価格です。もう高いとかいう次元ではなく、卓上に乗るサイズの量産品にそんな価格が存在する事自体が信じられなかったのです。それがトヨタ・カローラが60万円くらい、1ドル360円、という時代でした。

 

トリオのアナログVFO回路と言えば、FET使用のものがTS-510を皮切りに最も長期に渡って使用され、アナログ機の末期までそれは続きました。周波数は機種により種類はありますが、5から6MHzあたりを発振していました。

 

ところで、この基本回路の採用が始まった頃、機種で言えばTS-510トランシーバーとかJR-310受信機の初期の回路図ではVFO部分だけが空白になっていたのです。もちろん後には穴埋めされたのですが、その際にはCQ誌が「VFO回路を公開!」というキャプションをわざわざ付けました。

 

秘密と言えば普通は特許を想像しますが、それにしては不可解な点があります。その時点で特許出願中だったとしますと、公開公報が出る前に真似されてしまえば確かにそれは特許法の保護を受けられなくなるので秘密にするに値します。しかしいくら回路図上では隠していても、現物を一般向けに販売していたのでは知られてしまうのは同じことで、表に出すものが紙の回路図か発明品の現物か、という本質的な違いは特許出願に関する限り何もありません。主要な輸出先のアメリカの事情を考えてみても、あちらは先願主義ではなく先発明主義ですから日本以上に意味がないはずです。

ただ、この回路が画期的なものである、との宣伝効果が高かったのは間違いありません。

 

対する八重洲ですが、これは元社員だった田山彰氏が著書で、バイポーラで構わないし安定度には更に影響の大きい部品もあるがFETを採用したのは対抗上である(要旨のみ)、と明らかにしています。実際、同時期に5MHz台を2SC372で発振・バッファしていたFT-200やFLDX400のVFOがトリオより別に劣ることはなかったと思います。

 

1971年、「日本アマチュア無線機器工業会」(JAIA)が結成されました。

 

Wikipedia程度ではこの団体の詳細はほとんど出て来ません。ただ、かつてはJAIAフェア(1973-1982)という見本市を開催するほどの勢いがあり、それはJARL主催のハムフェアに次ぐ規模のハム界の恒例イベントだったのです。まさにこの頃がアマチュア無線が爆発的な発展を続けた時期で、無線機メーカー・用品メーカー、とにかく加盟何十社あったのやら、CQ誌の広告ページもJAIAのロゴだらけでした。大手の販売店もほとんど協賛に入っていたでしょう。それが今では加盟わずか8社とか。しかも遥か昔に八重洲無線は脱退しています。理由は分かりませんが、国際機関でよくある事例から類推すると、「規模に応じた負担の大きさの割に意見が通らず不満」、が最も可能性あるでしょうか。

 

JAIAの落日を象徴するかのような非常に貧相なホームページを見ても、名称は「日本アマチュア無線機器工業会」とだけしか記載ない事から推測すると、法人格の無い任意団体と思われます。従ってほとんど情報公開もされておらず、hamlife.jpの記事で知っただけなのですが、本年(2024)の定時総会では新ロゴの制定(今さらすべきこと?)、「アンテナやマイクコネクタ類の統一」などを進める方針を決めたそうです。

 

ところで半世紀以上も前のJAIA発足の頃に話は飛びます。初代会長を務めたJA3FA 井上徳造氏(井上電機・アイコム)の個人としてのインタビュー記事の中ではありましたが、工業会の担いたい役割として(確か唯一の)具体例を挙げていたのが「マイクコネクタの統一」でした。

このインタビューはフリーランス・キャスターの走りのような存在だったJE1MFA 木元教子女史によるものでしたが、お二人とも92, 3歳でご健在なようです。

D-STARとか、C4FMとか、DMRとか、そういう機能的に伸びる可能性のあるものは統一を急ぐ必要はなく、発展的な自然淘汰を待てば良かろうと思いますが、コネクタのようなローテクでねえ・・・

あるときCQ誌のインタビューに答えた某政界人氏、世界中の電波を聴いているハムは「世界の緊張が分かるでしょうな」、とか。そんなワケがありません。また、「ジュニア・オペルーム」コーナーでは、最近はDXCC稼ぎで14MHzに出て来る初級局がいるが「聞いていれば分かりますね」とか。これまたそんなワケがありません。放送にせよ交信にせよ少々聞いたくらいで背景まで分かるものではありませんが、暗号通信となれば、さすがに怪しいものだと誰もが感じます。

 

昔は全波受信機で短波を広くサーチしていると暗号放送はしばしば聞こえました。モールス符号で送られていたのは公電とかもあるでしょうが(公電でも諜報用もありますが)、とにかく不気味なのは口頭で数字を淡々と読み上げるものです。通信に不慣れな工作員と市販の短波ラジオでも受信が可能なように、と想定したものでしょう。

某無線家氏の回想に、若い頃に短波で聞こえる暗号受信をアルバイトでやっていたという話がありました。そんなバイトが公募されていた筈がないので、どこかでマークされた上での個別勧誘しか方法はないと思うのですが、ハムとしてどんな行動をしていると「その筋」に着目されるのやら、そちらが気になったものです。

 

ところで、1970-80年代に秋葉原に存在した某パーツショップ、通販も行っており電子工作する人にはよく知られていた店ですが、ずっとずっと後になって実は某国が電子部品を調達するためのフロント企業だったらしい、という噂を聞きました。それこそ昔からCOCOM規制破りのためなのか、秋葉原で部品を商う間口一間の店に怪しい外国人が買い物に来る、という話はしばしば耳にしましたし、それを目的に会社設立されることもあったのだろうな、と思うばかりです。

 

Awardはカタカナ書きすれば「アウォゥド」です。しかし「変な発音表記のハム用英単語」で書いた通りでJARLが現在も「アワード」と表記していますし、日本のハム界では各表彰の固有名詞にも使われているので、ここではアワードと書きます。

 

CQ誌では長らくJA1ELL岡田氏が国内アワード紹介の連載を担当していました。その記事の中には「黒字金鳳枠」とか「巨大絵葉書」という表現がしばしば出てきます。

黒字金鳳枠というのは、学校の皆勤賞とか会社の月間セールス賞で貰うような(実は副賞の方が嬉しいような)、要するに「文房具屋で売られている賞状用紙」に文字だけ印刷したスタイルです。「巨大絵葉書」の方は説明するまでもありません。岡田氏がこれらの表現を使う場合は暗に、また時々は隠さずに「工夫の無いつまらないデザイン」を批判しているのです。「それ、本当にシャックに飾りたいと思う?」 という観点でこれは重要ですね。

一方、海外アワードには「巨大紙幣」的なモチーフが多用されますが、これは何故か額装すればインテリアにしっくり来るのです。明治時代の日本がドイツで紙幣を印刷したように、欧米には有価証券類とかの歴史の積み重ねを感じます。

 

権威の軽重となるとルールによります。ハム人口が爆増してアワードも乱発された時代(まさに1970から80年代頃)には、発行クラブのメンバー何局と交信すること、というクラブ賞が多くありました。ところがクラブどころか、発行元の個人局と何バンドで交信すべしという「JA△〇〇〇賞」という賞が古くから存在していてアワード・リストに載るほど有名だったのです。厚顔とは思いますが、猿真似も憚られる独自ルールで先陣を切った点を私は高く買います。

 

岡田氏はルールもデザインも安物なアワードを「泡同」とも書いていました。しかしアマチュア無線も下火になって、粗製乱造はほとんど淘汰されたことでしょう。

放送局などの大電力の送信所に勤める職員には男の子ができない、という昔から良く口にされた噂話があります。

 

アマチュア無線ではどうなのか? これに対し、某誌が(ハイバワーと目される)DX'er達に子女の性別調査アンケートを送り、結果を掲載したことがありました。これにはさすがに私も「その程度の標本数で何か言えるわけがない、編集はもう少しマシな事に手間を使え」と思ったので、真面目には読まなかったのですが、女の子がやや多い、という結果にはなっていたと思います。調査を本当に実施したのだとしたら、その結果よりもアンケートの回答率が割に高かった事の方が意外でした。

 

昔は都市部でも500ワットの免許を得た局は割に普通に存在しました。もちろん、無線局が先にあってから後に街が発展したという事もあり得ますが、全部が全部ではないでしょう。しかしその後、電波防護指針が制定され基準値も決められると免許の条件も厳しくなり、今では住宅密集地で概ね50ワットとか100ワットを超えた許可を得るには、まず色々なことの準備なり覚悟なりが必要です。

私がかつて仕事で通った地区に携帯電話の基地局が設置された際、100メートル程離れた所に「扉のない電子レンジはいらない」という看板を出して反対運動を起こした家がありました。そういう家の隣ではアマチュア無線のアンテナを建てるのは困難を伴うでしょう。たとえ1ワットだろうが受信専用だろうが同じことです。

 

「男の子ができない」とかの話は噂が出始めてから何十年経っても実証された気配もなく、近年はそもそも耳にしなくなりました。無線家はもう敢えて話題にする事もなかろうと思います。

私の開局した頃はタワー(鉄塔)といえばLUSOなどの固定式か、新日鐵(当時)のパンザーマストでした。クランク・アップ式はまだ商品自体が非常に少ない上に、あって価格が軽く3倍以上、しかも工事費も遥かに高くつくという高級品でした。

 

バンザーマストは今は知らないハムも多いでしょう。遠目には普通のコンクリート電柱にも見えますが、実はテーパー状に丸めた鋼板を何段も積み上げた構造で、資材を運びにくい山中にある電柱などで良く見ます。昔はハム雑誌にも広告が出ており、「邪魔になったら建て替えよう」、もメリットに上げられていました。撤去する際は頂部から順に抜くのです。

しかし古くなったバンザーマストの撤去作業は実際には素人には難しく危険なのです。先輩の家で立ち会ったことがありますが、早々に断念となりました。業者に頼んでも、まずはクレーンで吊っての切断を考え、重機が入れない場所なら仕方なく上から抜去、という順序で計画するでしょう(もちろんパンザーマストを得意とする業者はいますが)。それも地上部をちょん切るだけで、コンクリートの基礎まで撤去依頼する人はあまりいません。半分冗談ですが、土地を探す客から「ハムの家ではないだろうね?」と聞かれたら不動産屋は面食らうことでしょう。

 

今や平均年齢が上がるばかりのハム界のこと、終活でタワーは当然撤去対象になりますが、

  「タダで差し上げるから、撤去はそっちでやって」

という手前勝手に都合のいい話。これが無線界やら地域情報やらで後を絶ちません。そんな話に乗る人も滅多にいないとは思いますが、まず貰う方からして勧めません。山登りする人が残置ロープを極力使わないのと同じで、経年劣化の判断しにくい物に身の安全を委ねるべきではないのです。

 

私はアマチュア無線家がタワーから落下して亡くなった、という事例を3件くらいは雑誌の報告で見たと思います。そのうち少なくとも1件は手伝いに来たローカル局の不幸でした。

撤去まで全て自分の責任と負担で行うつもりのない人にはタワーを建てる資格はありません。

私は井上電機の6m AM/FM機としては当時のフル仕様であったIC-71を入手した半年後くらいには終段2E26の全真空管式AM送信機を自作で完成しており、トリオ9R-59Dとコンバータの組み合わせでもオンエアを始めました。「IC-71があるのに何故そんな無駄なことを、優れる点など何一つないではないか、結局高くつくのでは」、というのは交信のみに視点が向いた考えで、自作の動機はそれでは割り切れません。

 

私の場合、3石トランシーバー遊びやワイヤレスマイクの製作をルーツに、送信機を合法的に使ってみたい、できれば自作で。というのがハムを目指した理由だったからです。初心者にとっては「メーカー製品という保険があるからこそ」、気軽に自作でオンエアできる、という背景も重要でした。つまり「何かあっても切り替えれば済む」、からです。

 

ところで、自作とは電子工作ばかりではありません。以前、「苫小牧の JA1VX局」で書いた香取氏自作の無線機類を知ったのは「ハムライフ」誌上でしたが、その記事の中でアンテナもタワーもローテーターも自作、と紹介されていたはずです。タワーなどという重量級、かつ安全第一の物まで自作とは無線機作りとは全く異分野の技量で、私にはとてもできません。

 

全ジャンル無差別で自作品を比較した場合、これまで私が最も目を見張ったのは、言い換えれば「許されるものなら自分も欲しい」、と思ったのは自作のタワー上に設営された「空中シャック」です。さすがにそれは製作記事ではなく、その局自体を紹介する記事でしたが、趣味の秘密基地もここに極まれり。これ以上に稀少かつ魅力的な自作はちょっと想像もつかないものでした。

なお、それほどの物件を所有したらタワーの撤去だけでも大変そうですが、自作ができるほどなら技術も助力の当ても問題ないのでしょう。

昔から1アマの操作範囲に電力の制限はなく、法的には幾らでも申請できます。あとは行政的にどこまで認めるかの判断になりますが、それは1kWまでしか例がありません。一般のアマチュア業務にはそれ以上は必要なく過剰な電力の使用には害あり、と見なされているということでしょう。

 

今世紀の初め頃、JA1KSO伊藤氏が色々と行政判断の殻破りをトライしており、「11ワットの免許局」の投稿でも言及した2003年の無線局の免許情報開示はその結果の一つでした。続いて伊藤氏は1kW超えの第一号を目指し、2.5kWの免許を申請したと公表しています。もちろん、1kWでは不足とする実験実証を行うことを理由としたものです。

(この顛末もJJ1WTL局の情報サイトにまとめられていました)

 

もし私がこういう申請を受ける側だったら何と考えるでしょうか? 法的には権利があるのなら、行政面で重要なのは「前例」が後の許認可の邪魔にならないかどうかの判断でしょう。そこで申請の真意を推し量り、「1kW超え」が手段ではなく目的と推定されたら、お役所仕事で良く言われる「駄目な理由を十個考えろ」という方向にするでしょうし、逆に、1kWの実験で査読付きの学術論文が出ているなどの研究実績があるならば、これは許可を前向きに考えたいです。加えて「日本のためになること」ならば申し分ありません。

 

他にも伊藤氏は「1文字サフィックス・コール」の申請も公表しましたが、これを見て「共同戦線を張りましょう」という輩が出てきたのはお笑いでした。発想も作業もタダ乗りしようという意図が見え見えでしたからね。

2.5kWと1文字サフィックスの件が潰えた後、氏は「アマチュア無線の禁止」を訴えていたと思います。全部ご破算で仕切り直しが目的だったのか、他の意図だったのか、そのあたりから私もウォッチしていないので、一体何がどうなりましたやら。

6mがAM全盛だった時代、固定局の10ワット機といえば定番中の定番はスカイエリート6(元パナスカイ・マーク6)でしたが、そこに井上電機が出してきたAM/FM機がIC-71でした。画期的だったのは「超安定」VFOで送受信トランシープ、ソリッドステートで10ワット、段間同調付きで50-54MHzフルカバーというところです。すると、程なくしてほぼ同スペックの機種をトリオがTR-5200として発売します。これには井上さん、模倣であると怒り心頭で、CQ誌の見開き広告で「オリジナリティ」という言葉を最前線に出し、あれも同じ、これも同じと一つ一つ特徴を具体的に取り上げて説明して見せたのでした。

しかしIC-71ユーザーだった私から見ても「そこまで言うほどかな」の感はあったのです。


指摘の中には、FM/CW時には変調トランス二次側をショートして1ワットほどロスを減らす、という、なるほど的なものもありましたが、終段はトランジスタまで同じ、というのはどうでしょう。2SC517(東芝)はCB用として量産され、自作にも使われた品種でしたから、安価な素子を探せば同じ型番に行き当たっても不思議ではない状況でした。HF機のドライバー管が各メーカーとも12BY7Aと6GK6に集約されたのと同じだと思います。

 

何より、当時でもHF SSB機ならば安定なVFOで完全トランシープ、各バンドともフルカバーは当たり前でした。TR-5200はIC-71の成功を見てからの慌てた開発だろうとは私も感じましたが、それがなくとも6m機に「次の何か」を求めたら同様の仕様になったに違いないのです。

 

井上の当該広告には、トリオともTR-5200とも具体名は一言も出て来ないのですが、比較広告が一般的でない時代だったためか、その意見陳述は一回限りで終わったと思います。しかしIC-71の成功はそれまでマイナーだった井上電機の地位を一気に押し上げたのは確かで、TR-5200との比較の宣伝効果も大きかったことでしょう。