捉え後の世界(捉え暦):5ヵ月

原始体操開始から:5ヵ月20日

検証理論:北京原人理論(重心力トレーニング)

 

胴体深部ファーストの効用

だいぶ胴体深部が動いてきたようで、色々とできるようになってきた。

 

例えば、これまでブログに挙げた、

 

「最大限反ったまま丸める」

「最大限反った伸ばす縮める」
「胸の独立」
「胸主導の重心移動」
「骨盤(重心ボール)主導の重心移動」
「重心ボールを前後左右に動かす」
「上虚下実」など、

 

である。

 

しかしながら、応用編のように思える動作は全て「たまたまやってみたら偶然できた」ものである。それらの動きを個別にトレーニングしたことはない。また胴体力の基本3体操もたまーにやるぐらいである。

胴体深部が動き出して進化していくうちに、「なんとなくできそうかな」と思ってやってみたら「できてしまった動作」なのである。

 

「重心ボール」とか勝手に書いているが、これも意識したわけではなくこういった感覚が「湧いてきた」というのが事実。

 

そして、色々湧いてくる感覚から、「もしかしたらこれもできるかもしれない」とか思って、やってみると、あら不思議、「できてしまう」。

 

(もちろん、生まれた感覚を維持するには、これを意識した方がより感じられるなど、多少の探りは入れることはあるが、大部分は湧いてきた感覚である。)

 

つまり、「胴体深部が動いた結果」自然と勝手にできるようになったということである。

 

【追記】①/②

個別練習不要でできるようになったのだから、胴体深部が動けばできるもで、さらに、これが本来の自然な人間の動きなのかもしれない。

 

胴体深部ファースト!

 

普段から毎日行っているものは「北京原人生活の日課」にある、

①3つの体操(最近1つ追加したが)と
②普段から「股関節の捉え」を心掛けて「立つ歩く座る」

 

2つだけである。

優先しているのは、もちろん、②の普段からの「股関節の捉え」である。

体操はあくまで一時的。さらに、自分が体操に費やしている時間たった10分程度である(朝晩合計20分程度)。

 

普段からの股関節の捉え > 体操

 

身体は長く経験したものの方に順応していくことはよく知られている。整体などに行って、何故自分の姿勢が悪いのかと、聞くと、それは悪い姿勢を身体が良い姿勢と勘違いしてしまっているからだと、言われる。

 

ならば、良い経験値を体に増やしやれば、身体は良い姿勢になる。いったって単純な論理。

 

では、良い経験とは何か?

 

それが、上記の①と②である。

 

特には、良質は肥料みたいなもので、与えれば与えるほど胴体は開発されていく。

 

しかし、24時間の中で寝る時間を6時間として、18時間ずっと体操できない

 

だから、②の「普段からの股関節の捉え」というもう一つの肥料が重要になってくる。体操時間を引いた約17時間を②の「普段からの股関節の捉え」で過ごせれば、生きているだけでどんどん胴体は開発されていく。

 

つまり、良い経験が身体に寝る時間以外どんどん蓄積されて、どんどん開発が進む(まぁ、睡眠中に記憶が整理されるらしいので、24時間ずっと開発がされていると言っても過言ではないが)。

 

食事中に、友人と酒を飲んでいる時に、電車の中、パソコンを打っている時、テレビを見ている時、胴体が開発される。

 

重心移動に限って言えば、「股関節の捉えが正確にできてた状態で歩ければ」、その歩き自体が重心移動の繰り返しになる。そう考えると、重心移動の基本原理は練習して、テクニックとして身に付けるものでは無いという結論になる。胴体深部が動けば、勝手にできるようになるものである。人間本来の動きなんだなと思う。もちろん、これを専門分野に応用するのには、練習が必要になるが。



●胴体深部の活性度合・柔軟性
一般的に、身体の柔軟性や活性度合いというと、以下の2つが挙げられる。

 

①ストレッチ的な柔軟性(身体が柔らかい)

②筋肉の柔軟性(筋肉が柔らかい)

 

そして、最近は体の動きの要として次のことも言われている。

 

③体幹の有無

 

体幹が有ると身体はブレない、だから鍛えようというのが現在の傾向だと思う。そして、鍛えるという言葉から、どんどん筋肉をつけるという発想になり身体を硬くしていく。

 

挙句の果てには、①②の柔らかさと③の硬さとの折り合いがつかなくなっているように感じる。どこかで、「ストレッチをすると筋肉が弱くなるから、別のトレーニング必要だ」みたいな記事を読んだことがある。

 

柔らかい?硬い?ストレッチ有り無し?筋トレ有り?無し?、と言った具合に、傍から見るとカオスである。

 

結局どれが基準となるか分からず迷走しているのが現状ではなかろうか。

 

しかし、これを解決するもう1つが有るように思う。

 

それが、

 

胴体深部の活性度合・柔軟性

 

これで、①②③とも解決される。確かに①のストレッチ的柔軟性はその動作が必要だが、胴体深部が動いてからでも十分だし、むしろ怪我しにくくなると思う。②③はあっという間に解決される。深層筋が活性化・柔軟化すると、表層筋がリラックスして柔らかくなり、硬くならずともそのままで身体の軸が安定する。まぁ、これが胴体力でいうニュートラルポジション=股関節で捉えた状態である。

 

理屈はともかく、現在、昔に比べればはるかに深層筋が活性化・柔軟化されたわけだが、おかげで、柔軟性は増し、さらに身体に軸のようなものが創発し、安定感がある。

 

この第④の基準は、もちろん、今の胴体になって分かったことだが、確かに内部感覚からこの基準は存在する。

 

そして、この第④の基準を測り、さらに向上させるのが、当ブログで採用している、「胴体力>重心力トレ」である。

 

体幹トレでも、筋トレでも、ストレッチでもない、第④の要素を向上させる体操である。

 

故に、この体操は、力まず・無理せず、リラックスして行うことが望ましい。体操での最大限の伸びが計測基準となる。それから、最初に挙げた様々な身体操作が成長の証拠(どこまで開発されているかの基準)となる。

 

④が向上すれば、①②③とついてくると考えると、④をやらない理由はないように思う。

 

しかし現状はそうでないような気がする。何故か?

 

おそらく、この④の存在そのものそれの出来具合を観る目、そして向上させる方法が広く知られていないからであろう。知っていても極わずかなのかもしれない。自分はまだ胴体がそこまで開発されていないので、観る目に関しては、まだ分からないことが多い。これは胴体開発と共に身につくものであろう。

 

それから、残念ながら、「科学的・医学的」とか言う言葉に踊らされているようにも感じる。科学的・医学的に正しいものは、全て正しいと言えるのか?、と何故疑問を投げかけないのだろうか。これが不思議である。科学は、昔から存在する自然現象に対して、ごく最近(ここ百年ぐらい)説明を与え、原理・原則を解明し始めただけであって、科学的に証明できないことの方がまだまだ多く存在するはずである。また、科学的に真だといって、数十年後ぐらいにそれは科学的に偽でした、なんていうことは多々ある。悪玉コレステロールがいい例である。

 

人間の身体を全て数値化しても、それが全員に当てはまるとは限らない。何故なら、多少なりとも個体差があるからである。科学で出している数値はあくまで大多数、もしくは平均であって、個々にそのまま当てはまるとは限らない。実際値を元にした理論値である。また、科学は統計学的要素が非常に強い。つまり相関関係である。

 

股関節の捉えに必要な骨盤の前傾角度は個々によって違うはずである。これは伊藤昇氏も自身の著書の中で言及している。

 

また、科学的とは、科学という枠組みにおいて、ということで、他の枠組みではそれが当てはまるとは限らない。科学というのはあくまで、一つの思想である(自分は宗教の一派だと思っている)。

 

身体の操作に関して、科学的アプローチがとられているが、まだまだ後付けであって、科学的見地から身体感覚を超越する新しく合理的で効率的な人間の動きはまだ生まれては無いと思う(練習方法などは開発されているだろうが、それは科学があったから見つかった可能性もあるが、それとも、もうどこかの武術はもうすでにその動き取り入れているということもある。)。

 

それが分かっていれば、上記に書いたようなカオスは起きないだろう。分からないから、議論が巻き起こる。

 

科学を振り回しておいて、なぜみんなヨガやるの?長友選手が「ヨガとも」の本出したから?なぜ胴体力取り入れるの?ヨガは科学的なの?胴体力は科学的に正しい?誰かそう証明しているの?(もしあったら是非その論文は読んでみたいが)

 

証明したからといって、ヨガや胴体力という現象が先で、科学は後付けでしょ?科学がヨガや胴体力は産んでないよね?

 

とりあえずは、現状の今ある既存の体の動きを分析しているだけではないだろうか。試みとしては非常に面白いので、是非解明してほしいが。

 

科学は新しく、数値化されているので魅力的に見えるが、新しいから、最先端だから、正しいとは限らない。

 

温故知新、これも考慮にいれなければならないのでは。

 

こういう理由で、「うちのスポーツ理論は科学的だから信頼性」があると、科学を全面に打ち出たり、科学・非科学で、区分けしているのも、好みではない(笑)。「うちは科学だけを頼りにどこまでできるかを検証している」、ならば構わないのだが。

 

大事なのは、自分の身体を感じれる力、さらに身体を主観的・客観的に観る目ではないだろうか。やはり、数値よりはまず感性かな。数値ばかりみていると、実際の自分の感覚が置き去りになってしまう。自分の中で感じて、主観と客観をすり合わせて数値化するのは良いことだと思うが。

 

ちなみに、科学者や研究者に必要なのは、芸術家と同じで感性だと言われている。ノーベル賞受賞学者の人って、美術館持ってたりするから、十分理にかなっていると思う。

 

感性から数値は出てるにせよ、その数値からその感性を獲得するのは、困難である。だから、検証することがまず大事。数値が感覚的に正しいのか。鵜呑みにしてはいけないんだろうなと思う。

 

そして観るべきは、科学的根拠や数値ではなく、まず自分自身の身体である。

 

【追記】②/②

北京原人理論・重心力トレ科学的根拠あるにせよ、無いにせよ少なくとも自分の胴体深部が活性化し、本来の人間の動きと思われる動作ができるようになってきたのは確かである。

 

 

●普段からの股関節の捉え

これには開発過程に大きく3段階あるように思う。

 

【捉え以前】:股関節の感覚は皆無なので、手刀チェックで捉え姿勢を確認し、その状態を日常で維持する。

 

②【捉えの芽生え】:股関節の感覚はまだぼんやりだが、股関節の捉えの内部感覚と手刀チェックが一致するので、その感覚を日常で維持する。

 

③【捉えの明確化】股関節の捉えの感覚が、ハッキリと分かるので、その感覚を日常で維持する。


自分はようやく③の段階にいる。今度は捉えている状態で、それが浅いか深いかという違いが分かるようになる。捉えてはいるけど、浅いなぁ、とか深く捉えられているなぁ、など。

 

常時深い捉えができるようなにることが今後の目標である。

 

●頭の位置

以前から書いているが、背骨を連動させて、腰椎・胸椎・頸椎と背骨の湾曲を軽減すると、軸みたいなものが体内にできる。この軸は頭を貫通しているのだが、どうやらこの貫通した位置がが頭の位置のようだ。なぜなら、そのまま頭を後ろに平行にスライドしようとしても、壁に寄り掛かっているみたいにそれ以上後ろに行かない(もちろん、軸を失くして、無理やりやれば行くが)。

 

一番重いと言われる、頭の位置が確定してきたようである。考えてみれば、頭の重みを感じなくなったことは確かである。さらに、別に顎を引こうとか、首を伸ばそうとうか、後頭部を伸ばそうとかそういう意識はなくとも、頭が固定される。

 

これは早く常態化してほしい。

 

●胸郭と骨盤の分離

最近は、上手く身体動いている時は、かなりはっきりと、胸郭と骨盤が別に動いていることが分かる。具体的には、胸郭、正確には鳩尾より上は、ただ浮いている。そして、骨盤がものすごく動くのである。これは歩きの時に顕著で、乗馬はしたことないが、胸郭が乗馬している人で、骨盤が馬である。二つが別の生き物のように感じる。

 

これも早く常態化してほしい。

 

嘘か本当か、内部感覚からの報告でした。

 

始まりはいつも北京原人から。