捉え後の世界10日(捉え暦:10日)

原始体操開始から:31日(1ヵ月)

 

満員電車での不思議な現象

信じがたいが、面白いことが起きたのでメモしておく。

 

起きた現象

昨日6月19日(火)(捉え暦:9日)、駅員が押し込まないとドアが閉まらないぐらいの満員電車の中で、ようやく取れた姿勢が、

 

・右手にカバン、

・左手は腕を伸ばしてようやくつり革、

・両足はつま先立ちで、両足の親指に体重が乗っている、

 

状態である。

 

左腕と両足の親指でなんとか踏ん張って、身体を支えていた。

 

この如何ともし難い状況の中で、ふと『スーパーボディを読む』のp94にある「股関節でとらえていれば一本足でも身体は持ち上がらない」を思い出した。

 

そうだ「捉え」てみよう!と思った。

 

感覚を探り、腸腰筋が伸びて、そうそうこの感じ、と思った時だった。

 

捉えたと感じた瞬間に、何かが落ちて、つり革を持っていた腕からは力みがとれ、踏ん張っていた、両足の親指からはも力が抜けた。

しかし、力みが抜けただけで、踏ん張らずとも身体が安定した。支えているはずの両足の親指に体重が乗っているはずなのにそう感じない。


考察
「体重を乗せる」、と「重心を乗せる」、は実は同じようで違うのかもしれない。

今回の件が重心であるとすと、落ちたと感じたのはおそらく重心。ちなみに落としたのではなく、落ちた。腸腰筋が心地よく伸びてるなと感じた瞬間だった。

深層筋が活性化して、捉えられると、重心が勝手に落ちて、身体が安定し、最低限の力で支えているため、支えているという意識を感じないのかもしれない。

力を入れる必要はない、つまり筋力でどうのこのうする必要がない。身体が勝手にその場面で一番安定する最適な位置に重心を落としてくれる。

それは、足の指だけで立っても安定する。

足裏のどこに重心を置くかなんてもしかしたら実は関係なく、普通に立って、深層筋が活性化してさえいれば、骨格上の内踝の下にくるだけなのかもしれない。あとは状況に合わせて、足裏の重心は自動的に最適化されるものと考えられる。

 

というのも、一昨日(6月18日(月)(捉え暦:8日))あたりから、もう少し厳密に言えば、

足がフィン感覚になった(捉え暦:7日)あたりから、直立すると、おおげさだが立っている感覚がなくっているということに気づいた。

 

よく「足裏の小指球・母指球・踵の3点を感じるように立つ」と巷では言われているが、自分はまったくその逆の感覚で、3つのどこにも感覚がなく、その意味で立っているのだが、立っている感覚が無い。

 

これのせいなのか、素足や靴下で立つと、何か柔らかい絨毯や芝生の上に乗っている感覚がある。立っているのは固い床にも関わらず。

 

推測される胴体変化の過程

①最初の固い胴体では、母指球に体重を乗せるということで、重心を置く(でなければ捉えられない)(捉えているとはいえ、まだまだ身体全体が緊張状態を強いられる)。

 

②次に、捉えられそうになると、内踝あたりに体重を乗せるということで重心が乗る(おそらくまだ筋肉は緊張状態を強いられる)。

 

③それから、捉え後になると、かかる重みが足裏全体に広がり(分散?)、体重を乗せているはずが、乗っていないように感じ、体の重みなんだけど、それとは別の「重心」という感覚ができる(筋肉は緊張状態から解き放たれる)。よって、この重心を利用するすることで、「地面に立つ」から「地面に乗る」という感覚になるのかもしれない。

 

④さらに、この「軽く感じられる重心」を足のどこか1点に応用できるようになるのではないだろうか。

 

今回起きた現象は、少なくとも、いわゆる「体幹の筋トレ」ではなく、「深層筋を活性化」したことで、こうなったことは言える。

ちなみにいわゆるストレッチもしていない。

 

同等であれば筋肉量によって差がでるかもしれないが、

【身体が安定しないのは「体幹の筋肉」が無いから】、という考えは改めないといけない可能性がでてきた。

 

筋トレ無し、踏ん張り無しでも、つま先立ちだけで、満員電車で身体がリラックスして安定したことは、思い込みでなければ、事実だからである。

 

もしそうなら、自分みたいなデスクワーカーには「(体幹)筋トレ」は不必要。

 

また、重心は、単に膝を深く曲げて腰を下げても落ちないのかもしれない。逆に言えば、膝を曲げなくても、腰を下げなくても重心は下がる、ということかな。

 

今回のが重心かどうかは定かではないし、もちろんコントロールをできる胴体レベルではないが、とりえあえず考察してみた。

 

以上、現段階での考察終了!

 

言語化が難しいぜ(笑) これまで上記のような言い回しを「宇宙語」と呼んで、さっぱり分からなかったが、似たような「宇宙語」を書くようになってしまったw

 

つまり、

 

「体重が乗っているはずなのに、乗っていないように軽く感じ、むしろフワフワの地面に乗っているようにすら感じ、さらに踏ん張っていもいないのに、身体はリラックスしたまま安定する。しかも、つま先立ちで。」

 

って、どう考えても意味分からん(笑) 

でも、確かにこう感じた(ている)。

 

そういえば、北京原人理論および原始体操の正式名称って確か、重心力」トレーニングだったな。

 

うっ、、マジか・・・。

 

始まりはいつも北京原人から。