田舎で育った人間にとって東京は大都会だ。

大阪は自分が育った西日本の田舎の延長線上にあるけれど、東京は未知の世界、異国。

首都圏に住んでいる人がニューヨークに住む感覚に近いのでは、と思う。

TVの刑事ドラマやニュースで見る世界。

日々、殺人事件が発生する犯罪の巣窟(注)。

そんな東京に飛び込んだ田舎モノの私が経験した、かれこれ30年以上も昔のお話。

 

(注)刑事ドラマやニュースしか情報ソースがなかったため勝手にそう思い込んでいただけ。



  僕の新橋LIFE(その4)





いざ新橋!


住むところが決まると気持ちが落ち着く。
至れり尽くせりで学生時代の延長のような会社の寮。それが東京で働くための生活の基盤。

これまでアルバイトはたくさん経験してきたけれど、正社員としての働くのは初めて。
不安だらけだ。

ただ、それ以前に越えなけれはならないハードル。それが満員電車。


出社1日目。
入社式があるので、早めに寮を出る。
それでも、どこから湧いてくるのかというくらいの人が駅に向かって歩いている。
当然、駅の中も人だかり。
初めて使うプラスチック製の定期券。
改札に入れると、「シュッ」と
吸い込まれていった。

(すげぇっ!)


笑うかもしれないが、今は当り前(というよりスマホ)かもしれないが、当時、自分が住んでいた田舎では紙の定期を駅員さんに見せて改札を通るスタイルが主流だったのだ。
なので、改札機にプラスチック製の定期を入れて、「シュッ」という音とともに通り抜けることはちょっとした驚きだった。
そんな陳腐な感動の余韻とともに、流れに身を任せ、階段を登り、プラットホームへと進んだ。
そして、特に何も考えないまま、階段に一番近い電車の乗降口の列へ。

「ブルルルル‥、間もなく電車が到着します」

「ガタッ」という音と共に電車の扉が開いた。
この時点でほぼ満員。

(わっ、人多っ!)


そして、電車から降りる人はいない。
それを待っていたかのように、後ろから押され、電車の中に押し込まれる。

(これが満員電車か‥)

「カダンッ‥」

満員電車が動き始めた。

(うわっ、押される‥)

「間もなく※※駅」

またもや降りる人はおらず乗り込む人のみ。
たくさんの人がなだれ込んできた。

(わっ、わっ、押すなよ、わっ‥)


「間もなく南浦和〜」

「カダっ、シューっ」と言う音と共に
電車の扉が開いた。

今度はスゴい力で内側から外に押し出される。
転けないように気を付ける。
階段を降り、乗り換えのために、また、別の階段を登る。
「ケイヒントーホクセン」に乗るためだ。
ケイヒントーホクセンは南浦和始発の電車と大宮始発(当時)の2種類があり、南浦和始発の電車を待って座って行こうとする人もいる。
ただ、そんな仕組みになっていることはこの時には知る由もない。
そもそも、田舎では「座るために電車を待つ」ということは考えられないし、それほど、頻繁に電車が来るわけでもないから電車を選べない。それ以前に待たなくても、だいたい座れてしまうのでそんな事を考える必要はないのだ。


一方、大宮始発の電車は激混みだ。
身体ごと預けて無理やり入ってしまえば何とか乗れるが、田舎者にはそれが出来ない.。
混んでる電車に人を押しのけながら乗り込むことは「申し訳ない」、と思ってしまう。
(待ってりゃ、そのうち電車も空くだろ‥)
結局、3本電車を見送り、このままでは一生電車に乗れないだろうことを悟って、「ゴメンネ」と思いながら、意を決して4本目の電車に突入した。(最初は激混みと思っていたが、本当の激混みはこんなものではないことを後々知ることになる)

電車は南浦和を出て、東京方面へ各駅停車で南下する。次から次へと東京に向かう通勤のサラリーマンが乗り込んでくる。

「田端、田端〜」

ここからは山手線が並走。 
西日暮里、日暮里、鶯谷と聞き慣れない地名の駅を過ぎ、上野に到着。
いくら田舎者とはいえ、上野公園やパンダがいる動物園としての上野くらいは聞き覚えがある。そして、公園には西郷さんの銅像があることも知っている。
大好きな寅さんの映画でも出てくる場所だ。

上野では降りる人も多い。
上野の次は御徒町、そして、当時は完全な電気街の秋葉原。
そして、神田、東京。東京ではたくさんのサラリーマンやOlが降りる。
東京を過ぎると有楽町。
(何だかステキな名前だな‥)
有楽町の次が新橋だ。

新橋、新橋〜。
烏森口を出ると、当たることで有名な宝くじラッキーセンター。
その後ろがニュー新橋ビル。
名前は「ニュー」だが建物は新しくない。
数時間前まで酔いどれサラリーマンたちで活気づいていた街も、今は生ゴミの饐えた匂いとカラスの群れのみ。そんな目覚めたばかりの街をサラリーマンや小綺麗なOL達が闊歩する。
ビルとビルの間を通り抜け会社に向かう者、一方でサラリーマンやOLを目当てに早くから開店している店に入る者とに分かれる。
整然と混沌が同居している。

途中、地図を見るために立ち止まりながら、会社へ向かう。
見覚えのある光景。

(着いた〜)

エレベーターで8階へ。

(チーン)

エレベーターが開くと、見覚えのある総務のお姉さんの顔。

「ようこそ!」
「こちらへどうぞ‥」


と言って、入社式会場に案内してもらった。

会場に着くと、名札を渡され、その時に自分の配属先が分かった。
配属先は経理部、だ。

(経理部?‥。)
(お金数えるところ?)
(何で‥?)

「?」がいっぱいのまま、席へ誘導された。
隣りには既に女性が座っている。


(気の強そうな女だな‥)

席の順番は総務部、経理部と管理系の部署から営業系の部署という並びになっている。
つまり、お隣さんは総務部ということになる。
お隣さんなので、ちょっと声掛けてみた。

「こんにちわ」

「あっ、こんにちわ‥」

(まぁ、普通かな‥)
(まだ時間あるし、もうちょっと話してみよ)

「何でこの会社入ったん?」

(‥ていうか、自分はどうなんだ😁?)

「知らな〜い‥」

(なんだその言い方‥)
(ちょっとカチンときた)

「お前なぁ‥」

「お前って言うな!」

(なんだコイツ‥‥!)

田舎にはあまりいないタイプ。

(つづく)