僕の新橋LIFE
田舎で育った人間にとって東京は大都会だ。
大阪は自分が育った西日本の田舎の延長線上にあるけれど、東京は未知の世界、異国。
首都圏に住んでいる人がニューヨークに住む感覚に近いのでは、と思う。
TVの刑事ドラマやニュースで見る世界。
日々、殺人事件が発生する犯罪の巣窟(注)。
そんな東京に飛び込んだ田舎モノの私が経験した、かれこれ30年以上も昔のお話。
(注)刑事ドラマやニュースしか情報ソースがなかったため勝手にそう思い込んでいただけ。
出会い
地方大学の4年生。(田舎の国立大学)
そろそろ、就職活動しなきゃ‥。
と、思いつつ、やりたいこともない。
それ以前に卒業後、地元の田舎へ戻るのか、戻らないのかという基本的な方向性さえも決めていなかった。
そして、持って産まれた腰の重さ。
腰が重い上に、世の中のためになるような仕事に就きたい、という漠然とした理想論だけで対処しようとしてたものだから、当然、上手くいくはずもない。
そもそも、限られた内定枠を勝ち取るんだ、という意気込みもないし、戦略もない。
不器用で滑舌も悪い癖に、就活マニュアル本も読まずに、本音で人事面談に臨もうとする最悪の進め方。
面談した人事担当者はこんな就活生をどう見ていたのだろう?
社会の「タテマエ」も知らないガキが何を偉そうに、と見てたのではないかと思う。
きっと自分が逆の立場だったら、そう思ってたに違いない。
当然、内定は貰えない。
自分の周りでは時間の経過とともに内定獲得という話がチラホラ聞こえてきた。
一方で自分は内定の「な」の字も聞こえない。
就活のために購入した電話からは吉報が聞こえることはない。
「田舎に帰るか‥」
そんな事を考えていたら、実家からタイミング良く電話が掛かってきた。
「家から通えば家賃が要らないから、直ぐに自分の家が建てられるでしょ」
就活が上手く行ってない時に、そんな現実的な言葉が母親から投げかけられた。
そして、現実逃避気味の自分は都合よくその言葉に乗っかっていった。
試験を受けたのは、田舎の小さな会社。
こちらは戦略がなくても、大学の肩書だけで合格(内定)となった。
内定確保(ホッ‥)
そんな時、大学の友人が東京の会社の就職説明会を受けたという話を聞いた。
なぜだか、友人はこの時、人事担当者に俺の売り込みをしていたらしい。
そして、後日、この人事担当者から電話が掛かってきた。
「交通費出すから東京まで遊びにおいでよ」
人事担当者は、たしかにそう言った。
当時はまだバブルの余韻が若干残っていた。
自分はなぜか、その時、
「まっ、いいか!」って思った。
それまで飛行機に乗ったこともなく、
東京など行ったこともなかったのに、
「まっ、イイか」と思ったのは、
人事担当者の「遊びにおいでよ」という言葉を真に受けたからで、タダで旅行に行けると思ったからだ。
しかし、いくらバブルの余韻が残っているとはいえ、企業が世間知らずの学生を接待するほど、ヒマではない。
にもかかわらず、世間知らずの私は本気で東京に遊びに行ったのだ。
これが、もしヤバイ人からの誘いだったら、どこかの国に売り飛ばされていたか、もしくは、内臓だけを売り飛ばされていたに違いない。
初めての飛行機!
初めての東京!
それも「遊びにおいで!」と言われて、
お金まで出して貰って行く旅行。
楽しくないはずがない(子供ならば‥)
しかし、世間知らずの若者は、
正直、ワクワクしていた。
どこに連れて行ってもえるのかとドキドキしていた。
羽田空港に着き、なんとか港区にある会社に
たどり着いた。
担当者を呼んだら、会議室で待っておくように言われた。
きっと、東京タワーとか、渋谷109とかに連れてってくれる準備をしてるんだろう、
と勝手に想像していた。
「少々お待ちください。」と女性事務員。
「お待たせしました」こちらにどうぞと、
また別の女性事務員。
立派な会議室に通されると、そこには年配の男性が難しい顔をして座っていた。
この時点で『何かがおかしい』と気づいた。
年配の男性はいろんな質問をしてくる。
もしかして、これは面接‥?
年配の男性の質問が終わった。
「お疲れ様でした」と女性事務員。
また別の会議室へ通された。
今度は、試験用紙らしきものが配られた。
これで確信に変わった。
面接試験だったんだ(気付くの遅すぎ)
人事担当者は、きっと、
「遊びにくるくらいの軽い気持ちで面接受けにおいで」と言ったのだ。
試験は終わり、女性事務員が戻ってきた。
「何かご質問ありますか?」
「東京タワーは行かないんですか?」
とは聞けないので、
「ないです・・・」と答えてた。
初めての東京、初めての新橋。
あっけなく終わった。
東京タワーには行けなかった‥。
------つづく--------