僕の新橋LIFE(その2)

 

 

田舎で育った人間にとって東京は大都会だ。

大阪は自分が育った西日本の田舎の延長線上にあるけれど、東京は未知の世界、異国。

首都圏に住んでいる人がニューヨークに住む感覚に近いのでは、と思う。

TVの刑事ドラマやニュースで見る世界。

日々、殺人事件が発生する犯罪の巣窟(注)。

そんな東京に飛び込んだ田舎モノの私が経験した、かれこれ30年以上も昔のお話。

 

(注)刑事ドラマやニュースしか情報ソースがなかったため勝手にそう思い込んでいただけ。

 

 

 

1ケ前のお話(その1)

 

東京へ

「プルルル‥」

 

下宿の電話が鳴った。

大概、電話が鳴る時は実家の母親からだ。

どうせ、大して用事もないのに電話を掛けて来たのだろうと思った。

 

「なにっ?!」

 

かなり不機嫌な声で電話に出た。

 

「※※さんのお宅のお電話で良かったですか?」

 

「‥‥‥」

 

「株式会社※※人事総務部の※と申します」

 

「あっ、はい‥」

 

「先日は遠いところありがとうございました」

 

「こ、こっ、こちらこそ‥」

 

「先日の面接の結果をお伝えするためにお電話させて頂きました」

 

「はっ、ハイ‥」

 

「社内で検討致しました結果、内定ということにさせて頂きました。ぜひ、来年から我々の仲間‥‥‥(途中から言葉が入って来なかった)。」

 

「うぇっ、えっ、は、ハイ‥」

 

「では、すぐに必要な書類を送りますね」

 

「(あわあわあわ)‥」

 

気が付いたら電話が切れていた。

 

 

 

えっ、合格?

東京の会社だよね‥?

‥‥‥

 

すぐにはピンと来なかった。

 

そして、ジワジワと喜びがこみ上げてきた。

 

「ヤッタ〜、内定もらった〜」

 

 

ひとしきり喜んだ後、大事なことに気付いた。

 

そう、自分は東京へ遊びに行ったのだ。

面接合格は素直にうれしいが、東京の会社に就職しようとは思っていたわけではないのだ。

 

地元の会社に就職することを考えていたのだ。

母親からの受け売りとはいえ、実家から会社に通い、いち早く、マイホーム建設、という青写真まで描いていたのだ。

 

 

「どうしよう‥」

 

「どうしよう‥」

 

親は自分と同じで、東京はトンデモナイ場所だと思っている。

そんなところに行くという選択肢はない。

 

自分は地元を離れたかった。

だから、地元以外の大学を選んだ。

4年間、地元を離れ、ひとりで暮らした。

色々な想いも、もう忘れた。

でも、「もう帰ってもいいか」と思っていた

自分が少しだけいたのも事実。

今のところ、内定も地元の会社だけだし・・。

 

そんな時に想像もしていなかった、

新しい選択肢が提示されたのだ。

 

しかし、正直、田舎者の自分が東京で働いている姿など想像すらできない。

 

散々、悩んだ挙句に、

 

「やっぱり、お断りしよう・・・」

 

と思った。

 

「スミマセン、せっかく内定頂いたのですが、

東京で働く自信がないので、申し訳ないのですが、お断りとさせて下さい‥。」

 

たしか、そんなことを言ったと思う。

上手な断り文句も思い浮かばなかったので、正直に伝えたと思う。

 

 

色々悩んだけれど、これでスッキリした。

気持ちを切り替え、

地元に帰って、車を買って、嫁さん貰って、家を建てよう。

 

「これてイイんだ‥。」

 

そう、自分自身に思い込ませようとした。

 

 

 

数日後、実家から電話が掛かってきた。

 

「東京の会社の人な、こっちに来たよ」

 

「えっ‥?」

 

「こっち・・・?」

 

「そう、こっち・・。」

 

自分が内定へのお断りの電話をしたことを聞いて、人事課長自らわざわざ自分の実家まで足を運んでくれたのだそうだ。

そして、東京で働くことへの不安に対し

まずは、両親を説得しようと考えたのだそうだ。

 

会社の寮もあるし、全国からいろんな人間が集まっているので大丈夫。

自分がしっかり見るので、息子さんを預からせてくれ、と言ってくれたのだそうだ。

 

「そこまでやってくれるのか・・・」

 

これで、自分の腹は決まった。

ここまで求められてるのなら、お世話になろうと思った。

東京という知らない街に行くのも怖かったし、やりたいことなんかないけど、即決した。

行ってダメなら、その時は地元に戻ればイイ。

何か仕事はあるだろう、と思った。

 

なぜ、そこまでやってくれるのか不思議だったので、入社後に人事担当の人にそれとなく聞いてみたところ、

自分のことをこの会社に紹介してくれた友人は

自分のことを「彼は面倒見が良い人間、だから、彼の部屋には常に友人がいる」と伝えていたそうだ。

人事の人は、そういうところが気に入ったと言っていた。

恐らくこういうのを縁とか相性というのだろう。

友人には感謝しかない。

 


会社があるのは東京都港区新橋。

会社の寮があるのは埼玉県川口。

そして、4年間過ごした大学の下宿から埼玉県川口市の寮への引っ越し準備が始まった。

大学の卒業式やら仲間とのビンボー卒業旅行やら、引っ越準備やらであっという間に時間は過ぎ去って行った。


4年間過ごした想い出の下宿。

家賃16000円、共益費2000円。

トイレ、お風呂共同。

夜中には2階の部屋からいびきが聞こえる。


勉強はしなかったけど、パチンコ、麻雀、バイトはよくした。

女っ気はなかったけど、常に仲間がいた。

そんな下宿を離れるとき、管理人さんが車で空港まで送ってくれた。

 



産まれて2回目の飛行機。

見慣れた風景がどんどん小さくなっていく。

そして、2時間ほどでグレーな雲に囲われた街が少しずつ見えてくる。

眼下に東京湾。たくさんの船と白いしぶき。

数えきれない数のビル群が近づいてくる。

 

「・・ドン」

 

羽田空港に着陸。

 

「東京、来たんだ・・・」



飛行機を降り、人の流れに身を任せる。

長い長い通路を過ぎて出口に辿り着いた。

自分は事前に調べていたモノレールに乗った。

 


座る気持ちの余裕もないので、立ったまま

 車窓から東京の街並みを眺める。

ビルとビルの距離が近いなぁ、と思った。

暫くすると、浜松町駅に到着。

これから毎日通う新橋駅のとなりの駅だ。


 「これからこの街で働くんだな‥」


(つづく)