偽坊主にちなんで…附:坊主落語「ずくねん寺」再録 | アジアのお坊さん 番外編

アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

先日よそのお寺の役僧さんと職員さんが、偽の托鉢僧と乞食の関係について尋ねて来た。

私が答えた後、その役僧さんがお葬式に派遣されたのだが、出発前になって足袋を忘れてきたという。

裾を長めにして靴下を履いて葬儀会場のスリッパを履いたらごまかせるかなと聞くので、奈良駅の行基像前に立っている偽托鉢僧が、足袋ではなく、靴下を履いていることがありますよと答えておいた。

 

さて、乞食と托鉢、及び偽坊主については以下の過去記事に詳しく書かせて頂いた。

「アジアの偽坊主…乞食と托鉢」

 

ついでに私の拙い創作落語「ずくねん寺」も参考までに再録させて頂くことにするので、僭越ながら以下の過去記事もご参照くだされば幸いです。

 

「お坊さんの出て来る上方落語」

「下寺町のずくねん寺について」

 

   ※       ※       ※

 

喜六「こんにちわ」

清八「うわあ、いやいや、何や、誰かと思ったら喜ィ公やないか。まあ、こっちぃ上がりィな」

喜「おおきに。いやあ、しゃあけど、久しぶりやな」

清「久しぶりや。あのお伊勢参り以来やな。あれから、おまはんが宿替えや言うてたさかい、忙しかろうと思って、まだ祝いも持って行っとらんのやが」

喜「いやいや、そんなことはかまへんねんけどな、昨日、そのわいとこの新しい長屋で事件があってな」

清「事件と言うと?」

喜「実を言うと、わいとこの隣に、お玉っちゅう女子(おなご)が住んでてな、昨日、そのお玉の家の方から、なんや、ぎゃーっちゅう女子の声がしたんで表へ出てみると、お玉の友だちというのが訪ねて来ててな。その友だちが言うには、お玉の家の中から、悲鳴が聞こえたんで、中へ入ろうとしたら鍵が掛かってる、裏へ回ったら、勝手口も開かんと言うんで、わいと近所のもんとが一緒になって、表の戸をぶち壊して入ってみた」

清「ほうほう」

喜「そしたら、今しがた割れたばっかりの金魚鉢のかけらが散らばってて、床で金魚がピチピチ跳ねとるのに、家の中にはお玉も他の人間も誰も見当たらん。最前(さいぜん)の友だち、言うのんが、家の中を通って勝手口を見に行ったけど、やっぱりカンヌキが掛かってたと、こういうわけや」

清「ほー、さても不思議なことがあるもんやな。そんなら、そら、わしらがいつも話しとる密室っちゅうやっちゃないかいな」

喜「せや。清やん、あんたがいっつも言うとるわな。人間の拵(こしら)えた謎やったら、おんなじ人間の頭で考えて解けん道理がない。判じ物やら謎々の好きなおまはんのこっちゃ。どや、清やん、一体この謎、何と解く?」

清「せやなあ、まあ、わいが思う所では、その訪ねて来た男っちゅうのが怪しいな」

喜「なんでや?」

清「おそらくその男は、もうちょっと前の時間 に、お玉をどっかへ連れ出しといて、玄関の戸のカンヌキを中から掛けて金魚鉢を割って、勝手口から外へ出たんやな。それから表へ回って女子の声色で悲鳴を上げて、おまえら近所のもんが集まって来たところで、一緒に戸をぶち破る。おまはんらが騒いどる間に、勝手口を確かめに行く振りをして、こっそり自分で中から カンヌキを掛けると、これでどうや」

喜「なるほどなあ。まあ、わいもそんなこっちゃないかと思っとったんやけどな」

清「ようそんな気楽なこと、言うてくれるわ、このガキ。人の推理、聞いてからそない調子のええことを…」

喜「…いやいや、清やん。こら、わい、冗談で言うてんのとちゃうねんで」

清「…え?」

喜「わい、最初にお玉の友だちが訪ねて来たとは言うたけど、男やなんて一言も言うた覚えはないで」

清「…へ?」

喜「そやのにあんた、なんでそれが男やとわかったんや? もしかしたら、清やん、最初に訪ねて来た男っちゅうのは…」

清「待った待った待ってくれ、わかったわかっ た、わいやわいや、実はあの男っちゅうのは、わいの変装やったんや。いやあ、おまはんとこないだ伊勢の古市で遊んだ時に、わいの相手をしてくれたんが、あのお玉っちゅう女子やねんけど、お玉からこないだ手紙が来てな、事情があって遊郭を逃げ出した、事件に巻き込まれて行方不明になったことにして姿をくらましたいから手伝うてくれと言うて、手筈が書いてあった。所を見たら、おまはんの新しい長屋の隣やないかい。不思議なこともあるもんやと思たが、言われた通 りに変装して出かけてみた。しゃあけど、その通りの段取りで芝居して、警察には適当に名前を言うて、後はお玉がわいを訪ねて来るのを待つだけやのに、一向にお玉が現れへん。 最前もおまはんが来た時、ついついお玉が来たかと思って 、勢い込んで返事してしもたんやが…」

巡査「おい! その方、清八であるな! お玉の家を訪ねた男がお前の変装やということは分かっておる! お前の家から血の付いたお玉の着物も出て来たぞ! 神妙に致せ!」

清「おい、喜ィ公、喜ィさん、どこ行ったんや、なんちゅう逃げ足の速いやっちゃ。わしやおまへん、わしやおまへん、堪忍しとくなはれ、堪忍しとくなはれ!」

 

(パン!拍子木一打)…さて、これをいつの間にやら屋根裏に上って見ておりました喜ィ公が、連れて行かれる清八を見送りながら、落ち着いた声でつぶやきます。

 

喜「あほなやっちゃな。とうとう連れて行かれよった。清やん、わいは知ってるねんで。あんた、昔、悪い仲間と一緒にお玉を古市に売り飛ばして、えらい儲けたらしいやないか。その上、こないだのお伊勢参りで、お玉に出会うて、せんど脅していたぶったそうな。お玉はな、わいが昔世話になった人の一人娘なんや、わいは前から行方探しを頼まれてて、ようやく古市の遊郭の隣の部屋で、おまはんらの話を聞いて確証をつかんだ。今度の一件、わいが仕組んだんや。お玉を助け出して、わいの新しい長屋の隣に住まわせて、おまはんがのこのこ下手な変装して現れるのを、部屋で待ってたという訳や。おまえの留守の間に、おまはんの部屋にお玉の着物もちゃんと仕込んどいたで。清やん、あんた、 いっつも言うてたやないか。人間の頭でこさえたことが、おんなじ人間に解けん訳がない、ちゅうてな。ほんだら、この謎、牢屋の中でじっくり解いてみさらせ。 喜六清八の名コンビも、今日を限りに解消じゃ」

と言うたかと思うと、一つトンボを切りまして、この喜ィ公、はるか彼方へと消えて行きました。やがて喜六は姿を変えて、大阪中を震え上がらせる大盗賊となるんですが、それはまた後のお話、まずは一巻の終わりにてございます。(拍子木一打) 

 

さて、お話変わってこちらは何年か後の四天王寺さんの門前、石の鳥居の前に立っておりました若い修行僧と小僧さんの二人連れ、今日の托鉢もしまいと見えて、背中に背たらうた網代笠をば頭に被り直しますと、谷町筋を北へ北へと指して向かいます。直にたどり着きましたんが生玉はんの境内。明治の廃仏毀釈で生玉十坊と呼ばれた伽藍は見る影もございませんが、それでも今のようにややこしい建物が周りに立ち並ぶよりは前のこと、森の中の茶店は、何とも言えん風情でございまして、そこで先程の修行僧と小僧さん、床机に腰を下ろして、おいしそうにお茶を頂いてございます。

 

小僧「和尚さん、和尚さん、しかし、今日の托鉢はえらい実入りでございましたな」

修行僧「こらこら、智圓、実入りてなことを言うもんやない。たくさんのご喜捨がありましたとでも言いなされ。まあまあ、それはそうとして、確かに大勢、信心深い方々がお参りされてましたなあ」

男「おい、こら、乞食坊主、糞坊主、何をごじゃごじゃぬかしとんねん。お前のじゃらじゃらと長い袖が、わいの着物の袖に引っ掛かとるやないか。ちゃんと袖をたくし上げて歩かんかい」
修「これはどうも失礼を」
男「なんじゃ、納まり返って偉そうに!この八五郎に因縁つける気かい!」
小「和尚さん、和尚さん、この方、酔っぱらってはりまっせ」
男「こら糞ガキ!何ぬかしとんねん!お前ら、坊主は仕事もせんと銭もうけしやがって。わいの親戚の葬式の時でも、みんなでありったけのお布施包んで渡したのに、向こうの和尚さん、首をひねって、話になりませんなあてなこと言いやがって。わいはあれから坊主見るたびに虫唾が走るねん。きちんと働きさらせ !」

修「なあ智圓、出家というものは怒りの心を捨てんとあかへんぞ。耐え忍ぶことを忍辱(にんにく)と言うてな、これは六波羅蜜の…あ、痛っ!(頭をおさえて)何をしなさる!」

男「この糞坊主、屁理屈ばっかり抜かしやがって、もひとつ行てもたろか」

修「あかんぞ智圓、怒ったらいかん、一心頂礼十方法界常住三宝 …」

男「何を風呂の屁みたいにぶつぶつと、こら!(さらにポカっと殴る)」

和尚「これこれ、もうそのくらいにしときなされ」

男「わあ、何やびっくりした! も一人、坊主が出てきよった、坊主がうじゃうじゃと気色の悪い、帰ろ帰ろ、あっはっは」

和「いやいや、ご災難でしたな。しかし御坊は、ようご辛抱なされました。それはそうと、どないですかな、ご修行の旅でお疲れの様子、よろしかったら、この坂の下が私の自坊でございまっさかい、お茶でも一服差し上げさて頂きますがな」

修「それはそれはありがたいことで、そしたら厚かましいようですが、お言葉に甘えさせて頂きます」

というわけでございまして、坊主頭の三人連れ、生国魂さんから源聖寺坂を下りて行きますと、じきに見えて参りましたのがお寺の山門と銀杏の木、尊いお寺は御門からという言葉の通り、誠に涼しげなお寺です。

和「さ、さ、どうぞご遠慮なさらずに、召し上がりなされ」

修「おおきに、有難うございます。ほな、遠慮のう。智圓、おまえもな」(茶をすする)

小「おおきにありがとさんでございます」(茶をすする)

和「いやいや、先ほどもお見受けしてて、失礼ながらなかなか見所のある方と感じ入りました。誠に突然ながら、ちょっとあんさんを見込んで、身の上話をさせて頂けますかな」

修「と申しますと?」

和「いやいや、今日お顔を合わせたばかりのあんさんが、どうも知らん人とは思えん懐かしい感じがしますのや。そこで勝手な内明け話ですけどな、実を申しますと私はな、日本人や、ございませんねん」

修「なんでやす?そらまたほんまに唐突なことで…」

和「いやいや、そう思われるのも、ごもっとも、まあまあ、まずは聞いて下さらんかな。私の生まれた国はシャムという南方の国でな、私はそこのお寺で子どもの頃に小僧をしておりましたが、時の王様がご乱心でな、自分は悟りを開いたから、今日より坊主どもはわしに合掌せえと仰った、ところが向こうの国では日本と違って出家した坊ンさんが在家のもんに合掌するのはご法度じゃ、それでもほとんどの坊さんは王様の言いなりになったんじゃが、私のおったお寺の住職だけが、それはできんと最後まで頑張った。挙げ句の果てにわしらのお寺の坊さんは全員、強制還俗、つまりは坊さんを辞めさせられたんでな。身寄りのなかった私もそのまま、場末の町で物乞い同然の暮らしをしてたと ころ、捨てる神あれば拾う神、その頃、フランスのパリーで行われて た万国宗教者会議とやらに参加してた日本のお坊さんの団体が、帰りしなにシャムに立ち寄られましてな、偶然町で出会うた私の境遇に同情したお坊さん方が、 私を日本へ連れて来てくれて、日本のお寺に入れてくれました。子どものことでっさかい、言葉はじきに覚えましたし、お山で暮らす内に段々と肌の色も白うなりました。シャムではお坊さんを辞めて還俗することをスックと申します。小僧とは言え、一度、お坊さんを辞めんならんかった悔しさを忘れんために、金偏に先っちょの先という字を書いて、ズク鉄の銑という字をスックに当てて、ずく念と法名を頂きましたんや」

修「は~、えらい話があるもんで」

和「いやまあ、そうですな、それからいろいろ修行も積ませて頂いて、下寺町のお寺を預かりまして、私の名前を取って人さんはずく念寺などと申しておりますが、もうあれから何十年、そろそろ跡取りも欲しいところで、お宅さんをお見かけして、思うところがあったというわけで」

修「なるほどそうでおましたか。お話を伺っております内に、これも何かのご縁かと思って、私の身の上もお話しする気になりました。実は私、ちょっと前まで、この難波の町を騒がせた大泥棒、今は足を洗うて、出家の姿に身をやつし、坊主の真似事しながら巡礼かたがた、各地を巡っておりましたが、久しぶりに大阪へ帰って参りましたところで、ご住職にお会いしたようなわけでして。世間から身を隠してる間に連れ添うた、お玉という嫁はんに、ついこないだ先立たれたんですが、二人の間に出来た子どもと一緒に供養も兼ねて、勝手に頭を丸めて心機一転と旅に出た次第でやす。せやさかい、ほんまにこれも何かのご縁かと思います、どうぞお弟子にして頂いて、私をほんまの坊主にしてもらえますやろか」

和「あっはっは。おおきに、おおきに、ありがとさん。よう、ほんまのこと、打ち明けてくれなはった。なあ、喜ィさん、私の顔をお見忘れかな」

修「喜ィさん?…と仰いますと?…」

和「わからんかな。人間のこさえた謎で、解けんもんはないぞ。まあ、わしの変装も昔よりは上手になったじゃろ」

修「あんたは、清やん!」

和「あっはっは、わかってくださったかの。わしもあれから心を入れ替えてな、証拠不十分で随分たってから釈放されたが町内にも住めんし、わしの方はほんまに出家してな、だいぶ修行も積ませてもろたとこで、ここのお寺を預かることになったんじゃ。いやいや、最前の話、嘘や嘘や、ここのお寺の名前が、何でずく念寺てなけったいな名前なんか、誰も知らんのでな、あんな話を考えてみた。おまはんも知っての通り、わしは生粋の大阪人や、シャムの生まれやないでの。お玉の一件以来、わしもじっくり謎の答を考えて、おまはんのことに気が付いて、ずっと調べて、今日ようやくおまはんと出会えたというわけじゃ。わしも十分に懺悔と思て修行させて頂いた。罪が消えたとは思わんが、ここ らで許してはもらえんかいな」

修「なるほどなあ、清やん、あんたと違うてわいの方はニセ坊主とは言うものの、わいらが揃って二人とも坊主になってたとは、こら、ほんまに何かのご縁や、ほたら、わい、あんたの弟子にしてもろて、ほんまの坊主になろかいな」

和「そうかいな。そら、おおきに。そうと決まれば、早い内に、ここで得度式をしようやないか。それはそうと、最前は災難やったな。ええやいな、あの天王寺さんの門前の酔っ払いやがな」
修「ああ、いやいや、あの八五郎とかいう男、坊主が嫌いやなんて言うとったけど、いずれあの男もご縁が積もって、ここで得度することになるような気がするわ。わいがあの男と縁があるのは間違いないさかいな」

和「ほう、そらまた、なんでわかるんや?」

修「何でて清やん、そらそうやがな、最前、わい、あの男と天王寺さんの門前で、袖擦り合うた」

 

                     おしまい。

 

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