上方落語に「ずくねん寺」という名前のお寺がしばしば登場することについては、何度も書かせて頂いているが、この寺名を活字にした時の表記としては、「ずくねん寺」「ずく念寺」「ズク念寺」などがある。
その詳細が最もよく描かれている「八五郎坊主」におけるずく念寺は下寺町(現・大阪市天王寺区)にあり、住職、役僧、小僧の3人暮らしであるとされている。
他に「天災」「百人坊主」「手水廻し」「餅屋問答」や、小佐田定雄氏の新作落語「般若寺の決闘」「月に群雲」などにも登場するが、下寺町以外の地方に位置する設定の場合もあり、面白い名前なので色々な落語に流用されたのだと思われる。
桂米朝師は「米朝ばなし」(講談社文庫)のなかで「どんな字を書いてええものやら。ありそうで、しかも抵触せんような名を選んだのでしょう」と書いておられるが、「七度狐」の「べちょたれ雑炊」と一緒で、聞いただけでおかしい、ありそうもない名前を拵えたというのが、その根拠ではなかろうかと思う。
私はお坊さんになってからこのずくねん寺のことが気になって、自分の空想でその由来を「坊主落語 ずくねん寺」という創作落語に仕立てて、このブログに認めさせて頂いたことがある。
ところが何気なくインターネットを検索してみたら、「坊主落語 ずくねん寺」をそのままコピーしてご自身のブログに貼り付けて下さっている方があることに気が付いた。
「アジアのお坊さん 番外編」の如き弱小ブログを読んでコピーまでして下さることに対しては、有り難く思いこそすれ、何ら権利を主張する気などないのだけれど、落語専門ではない方のブログに、創作落語であるということも含めて何らの説明もなく「坊主落語 ずくねん寺」の全文が投稿されていたので、この拙い作品を知らない方が創作落語だと気付かないということはないだろうけれど、念のためにここに再録しておこうと思った次第。
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さて、お話変わってこちらは何年か後の四天王寺さんの門前、石の鳥居の前に立っておりました若い修行僧と小僧さんの二人連れ、今日の托鉢もしまいと見えて、背中に背たらうた網代笠をば頭に被り直しますと、谷町筋を北へ北へと指して向かいます。直にたどり着きましたんが生玉はんの境内。明治の廃仏毀釈で生玉十坊と呼ばれた伽藍は見る影もございませんが、それでも今のようにややこしい建物が周りに立ち並ぶよりは前のこと、森の中の茶店は、何とも言えん風情でございまして、そこで先程の修行僧と小僧さん、床机に腰を下ろして、おいしそうにお茶を頂いてございます。
小僧「和尚さん、和尚さん、しかし、今日の托鉢はえらい実入りでございましたな」
修行僧「こらこら、智圓、実入りてなことを言うもんやない。たくさんのご喜捨がありましたとでも言いなされ。まあまあ、それはそうとして、確かに大勢、信心深い方々がお参りされてましたなあ」
男「おい、こら、乞食坊主、糞坊主、何をごじゃごじゃぬかしとんねん。お前のじゃらじゃらと長い袖が、わいの着物の袖に引っ掛かとるやないか。ちゃんと袖をたくし上げて歩かんかい」
修「これはどうも失礼を」 男「なんじゃ、納まり返って偉そうに!この八五郎に因縁つける気かい!」 小「和尚さん、和尚さん、この方、酔っぱらってはりまっせ」 男「こら糞ガキ!何ぬかしとんねん!お前ら、坊主は仕事もせんと銭もうけしやがって。わいの親戚の葬式の時でも、みんなでありったけのお布施包んで渡したのに、向こうの和尚さん、首をひねって、話になりませんなあてなこと言いやがって。わいはあれから坊主見るたびに虫唾が走るねん。きちんと働きさらせ !」 修「なあ智圓、出家というものは怒りの心を捨てんとあかへんぞ。耐え忍ぶことを忍辱(にんにく)と言うてな、これは六波羅蜜の…あ、痛っ!(頭をおさえて)何をしなさる!」
男「この糞坊主、屁理屈ばっかり抜かしやがって、もひとつ行てもたろか」
修「あかんぞ智圓、怒ったらいかん、一心頂礼十方法界常住三宝 …」
男「何を風呂の屁みたいにぶつぶつと、こら!(さらにポカっと殴る)」
和尚「これこれ、もうそのくらいにしときなされ」
男「わあ、何やびっくりした! も一人、坊主が出てきよった、坊主がうじゃうじゃと気色の悪い、帰ろ帰ろ、あっはっは」
和「いやいや、ご災難でしたな。しかし御坊は、ようご辛抱なされました。それはそうと、どないですかな、ご修行の旅でお疲れの様子、よろしかったら、この坂の下が私の自坊でございまっさかい、お茶でも一服差し上げさて頂きますがな」
修「それはそれはありがたいことで、そしたら厚かましいようですが、お言葉に甘えさせて頂きます」
というわけでございまして、坊主頭の三人連れ、生国魂さんから源聖寺坂を下りて行きますと、じきに見えて参りましたのがお寺の山門と銀杏の木、尊いお寺は御門からという言葉の通り、誠に涼しげなお寺です。
和「さ、さ、どうぞご遠慮なさらずに、召し上がりなされ」
修「おおきに、有難うございます。ほな、遠慮のう。智圓、おまえもな」(茶をすする)
小「おおきにありがとさんでございます」(茶をすする)
和「いやいや、先ほどもお見受けしてて、失礼ながらなかなか見所のある方と感じ入りました。誠に突然ながら、ちょっとあんさんを見込んで、身の上話をさせて頂けますかな」
修「と申しますと?」
和「いやいや、今日お顔を合わせたばかりのあんさんが、どうも知らん人とは思えん懐かしい感じがしますのや。そこで勝手な内明け話ですけどな、実を申しますと私はな、日本人や、ございませんねん」
修「なんでやす?そらまたほんまに唐突なことで…」
和「いやいや、そう思われるのも、ごもっとも、まあまあ、まずは聞いて下さらんかな。私の生まれた国はシャムという南方の国でな、私はそこのお寺で子どもの頃に小僧をしておりましたが、時の王様がご乱心でな、自分は悟りを開いたから、今日より坊主どもはわしに合掌せえと仰った、ところが向こうの国では日本と違って出家した坊ンさんが在家のもんに合掌するのはご法度じゃ、それでもほとんどの坊さんは王様の言いなりになったんじゃが、私のおったお寺の住職だけが、それはできんと最後まで頑張った。挙げ句の果てにわしらのお寺の坊さんは全員、強制還俗、つまりは坊さんを辞めさせられたんでな。身寄りのなかった私もそのまま、場末の町で物乞い同然の暮らしをしてたと ころ、捨てる神あれば拾う神、その頃、フランスのパリーで行われて た万国宗教者会議とやらに参加してた日本のお坊さんの団体が、帰りしなにシャムに立ち寄られましてな、偶然町で出会うた私の境遇に同情したお坊さん方が、 私を日本へ連れて来てくれて、日本のお寺に入れてくれました。子どものことでっさかい、言葉はじきに覚えましたし、お山で暮らす内に段々と肌の色も白うなりました。シャムではお坊さんを辞めて還俗することをスックと申します。小僧とは言え、一度、お坊さんを辞めんならんかった悔しさを忘れんために、金偏に先っちょの先という字を書いて、ズク鉄の銑という字をスックに当てて、ずく念と法名を頂きましたんや」
修「は~、えらい話があるもんで」
和「いやまあ、そうですな、それからいろいろ修行も積ませて頂いて、下寺町のお寺を預かりまして、私の名前を取って人さんはずく念寺などと申しておりますが、もうあれから何十年、そろそろ跡取りも欲しいところで、お宅さんをお見かけして、思うところがあったというわけで」
修「なるほどそうでおましたか。お話を伺っております内に、これも何かのご縁かと思って、私の身の上もお話しする気になりました。実は私、ちょっと前まで、この難波の町を騒がせた大泥棒、今は足を洗うて、出家の姿に身をやつし、坊主の真似事しながら巡礼かたがた、各地を巡っておりましたが、久しぶりに大阪へ帰って参りましたところで、ご住職にお会いしたようなわけでして。世間から身を隠してる間に連れ添うた、お玉という嫁はんに、ついこないだ先立たれたんですが、二人の間に出来た子どもと一緒に供養も兼ねて、勝手に頭を丸めて心機一転と旅に出た次第でやす。せやさかい、ほんまにこれも何かのご縁かと思います、どうぞお弟子にして頂いて、私をほんまの坊主にしてもらえますやろか」
和「あっはっは。おおきに、おおきに、ありがとさん。よう、ほんまのこと、打ち明けてくれなはった。なあ、喜ィさん、私の顔をお見忘れかな」 修「喜ィさん?…と仰いますと?…」
和「わからんかな。人間のこさえた謎で、解けんもんはないぞ。まあ、わしの変装も昔よりは上手になったじゃろ」
修「あんたは、清やん!」
和「あっはっは、わかってくださったかの。わしもあれから心を入れ替えてな、証拠不十分で随分たってから釈放されたが町内にも住めんし、わしの方はほんまに出家してな、だいぶ修行も積ませてもろたとこで、ここのお寺を預かることになったんじゃ。いやいや、最前の話、嘘や嘘や、ここのお寺の名前が、何でずく念寺てなけったいな名前なんか、誰も知らんのでな、あんな話を考えてみた。おまはんも知っての通り、わしは生粋の大阪人や、シャムの生まれやないでの。お玉の一件以来、わしもじっくり謎の答を考えて、おまはんのことに気が付いて、ずっと調べて、今日ようやくおまはんと出会えたというわけじゃ。わしも十分に懺悔と思て修行させて頂いた。罪が消えたとは思わんが、ここ らで許してはもらえんかいな」
修「なるほどなあ、清やん、あんたと違うてわいの方はニセ坊主とは言うものの、わいらが揃って二人とも坊主になってたとは、こら、ほんまに何かのご縁や、ほたら、わい、あんたの弟子にしてもろて、ほんまの坊主になろかいな」
和「そうかいな。そら、おおきに。そうと決まれば、早い内に、ここで得度式をしようやないか。それはそうと、最前は災難やったな。ええやいな、あの天王寺さんの門前の酔っ払いやがな」
修「ああ、いやいや、あの八五郎とかいう男、坊主が嫌いやなんて言うとったけど、いずれあの男もご縁が積もって、ここで得度することになるような気がするわ。わいがあの男と縁があるのは間違いないさかいな」 和「ほう、そらまた、なんでわかるんや?」
修「何でて清やん、そらそうやがな、最前、わい、あの男と天王寺さんの門前で、袖擦り合うた」
おしまい。
※「上方落語とお坊さん…ずくねん寺について」もご覧ください! |