アジアの神器…鬼切の話 | アジアのお坊さん 番外編

アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

京都の北野天満宮宝物館の宝刀展で、渡辺綱が鬼女の腕を斬り落としたとされる名刀「鬼切丸」が展示されている。本殿の前には、鬼女を退治できたのも天神様のお陰だということで、その折に渡辺綱が奉納した灯籠も、今に残されている。
 
この宝物館は毎月25日のご縁日の時と、それ以外はこうした特別展の期間中だけ開いているのだが、特別展の時期ではない、普段の25日のご縁日の日でも鬼切丸は展示してあるのですか? とお尋ねすると、今回の宝刀展は2016年5月31日までで、8月からまた特別展で展示しますが、普段の25日に必ず鬼切丸を見ることができる訳ではありません、それから同じ拝観券でお土居の青もみじの遊覧もできますよ、スマートフォンや携帯でなら鬼切の写真を撮ってもいいですよとのことだった。
 
「いえいえ、写真を撮る気はありませんし、元よりスマートフォンなど持ってはいませんが、例えば磔刑のキリストを刺したというロンギヌスの槍や、モーゼの十戒を納めた契約の箱にも比すべき、日本の神話や伝説に出て来る聖遺物のほとんどが、神社の御神体になっていて見ることが出来ません。八岐大蛇退治で大蛇を斬ったオロチノアラマサという剣は岡山の石上布都之御霊神社の御神体ですが、その大蛇の身体から出て来たのが草薙剣で、こちらは熱田神宮の御神体です。国生み神話に出て来る天沼矛(アメノヌボコ)は龍田大社に、大国主命の国譲り神話に出て来るクニムケシホコは奈良の大和神社に、他にも奈良の石上神宮のフツノミタマ、出石神社の八種神宝(やくさのかんだから)、ニギハヤヒノミコト由来の十種神宝(とくさのかんだから)もありますし、海幸山幸神話の潮満つ珠・潮干る珠のその後の行方は定かではないそうですが、神功皇后が海中の精霊、安曇の磯良にもらった干珠・満珠の方は、宇佐の高良神社に有ると聞いています。それらがどれも見ることは出来ない中で、肉眼で目にすることの出来る伝説の聖遺物として、私は鬼切さんが見たかっただけなんです」
 
などと心中に沸き上がる饒舌を懸命に押し留めて一言ありがとうございますとだけ述べた後、ああ、そうか、参拝客の半分はこうした展示が目当てで熱心に見ておられる様子だが、半分くらいの方たちはわざわざ拝観料を払っているにも関わらず、形ばかり館内を見ただけでそそくさと帰って行くのはなぜかと言えば、青もみじと拝観券がセットだからということで、ついでに宝物館を見に来ただけなのか、ちょうどバンコクの王宮を拝観すると、ちょっと離れたウィマンメーク宮殿の券も付いて来るようなものなのだなと得心しつつ、私は天満宮本殿を参拝し、その前に立つ渡辺綱の灯籠を確認後、青もみじを見ようともせず、人の少ない裏通りから帰らせて頂いたことだ。
 
                           おしまい。