がんばったって、いいんでしょ? | アジアのお坊さん 番外編

アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

 「がんばらない」「がんばらなくてもいい」という意味合いの言葉が流行りだしたのは、ずいぶん前からだ。仏教関係の方やそうでない方など、複数の方々が、こういう表現や内容で、本を出しておられたりする。
 
 「頑張る」という言葉は日本語としてどうなのか、という議論ならば、もっと古くからあったと思う。私の中学校の時の国語の教科書にも、そんな随筆が載っていたが、ただ、そのポイントは、近頃は何でもかんでも「頑張れ頑張れ」と言うけれど、よく考えたら中身のない言葉だ、みたいな感じだった。
 
 一方で、最近の「がんばらない」という表現は、力を抜くことの大事さや、頑張らなければならないという思い込みが苦しみの基になっているよという教えについて、語っていたりするのだろうと思う。
 
 さて、そんな風潮があるために、近頃、何かの折りに「頑張って下さい」という言葉が口をついた時に、あ、お坊さんが頑張れなどと言ったら、相手の心に余計な重圧を与えたり、或いは我を助長させたりするかも知れないと思ってみたり、少なくとも、何だか仏教徒にふさわしくない言葉を口にしているようで、ついつい口ごもってしまうということが、一度ならず何度かあった。
 
 例えば、法事などの際に、騒いでいる子どもを落ち着かせるために、「頑張って静かに、しっかりとお参りして頂くことが、何よりのご供養ですから…」などと言う時などに、そう思ったという話なのだが、かと言って、なかなか他にふさわしい言葉も見つからない。
 
 「頑張る」という言葉を、「我を張る」「頑なに主張する」という意味ではなくて、「しっかりと精進する」という良い方の意味で使うのも、正しい用法ではないのかなあなどと、自問しながら言葉を探してみたりしている今日この頃。
 
                                おしまい。
 
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