宮殿の異様は近づくにつれて明瞭になった。壁面は、鮮やかな色調とともに、細やかな凹凸が刻み込まれている。奇妙な仮面まで掘り込まれている。個々は好き勝手に作られたように見える。ただ俯瞰すると、確かなテーマが貫かれた印象に変わる。小高い立地のせいもあり、外界から切り抜かれた一つの世界が確立されていた。

ペナ宮②

その世界の外は、見渡す限り平地である。町、森、畑が三つ巴になってキャンバスを染め上げる。「天候がよければリスボンまで見える」と言われたが、あまりに恵まれた天候のせいか、隣国スペインまで眺めている気分になった。空、あるいは天を支配する者の視点だった。ここにいた王族は、大いなる野望を抱いたに違いないと追想した。

シントラの空より

宮殿内部には瀟洒な装飾がごまんと施され、華やかなる王侯の文化に魅せられた。いかにも近代欧風という空間が圧倒的多数の中で、何やらかつての日本を思わせるような骨董品もあり、大航海時代以降の繋がりを感じた。そのような歴史的経緯から見たらあまりに疎遠な現在の日葡関係だが、形として脈々と継がれているかつての交流の跡は、将来の再興を穏やかに感じさせるものだった。

シントラからはロカ岬というユーラシア大陸の最西端地点が近く、そこも訪れる予定だったが、今回はやめることにした。シントラの空が、そうはさせなかった。
リスボンから電車で1時間ほど西に向かうと、シントラという街がある。歴史というよりは文化性の高い建造物が点在しており、世界遺産として名を馳せる街である。日本での知名度は低いが、多くの欧州人が小旅行でやってくるようで、ポルトガルには珍しく観光地然としたところがある。

リスボンからシントラへ行く電車はごく普通のローカル線で、車窓は主にベッドタウンである。団地風の建物が林立しており、風光明媚とはかけ離れた世界が続く。ところが、間もなくシントラとなると俄然緑が増え、別荘風な建物が続くようになる。一転、清々しい車窓が広がる。

路線図

シントラは観光地が点在していることもあり、周遊バスが幅をきかせている。多くの観光客は駅からバスに吸い込まれる。一部の猛者は徒歩での到達を目指すが、絶望的にしんどい旅となることは一度バスに乗っただけでも十二分に理解できる。最大の名所と目されるペナ宮までの道のりは、ハイキングよりは登山の名が相応しい。

右往左往するかのように騒ぐバスで20分ほど山を登ると、ペナ宮付近の停留所に着く。宮殿自体までの道のりは残るが、この段階でチケット購入が求められる。敷地への入場料に加え、宮殿内に入るには別料金が必要となるが、そんな仕組みは全く把握せずにまんまと「入場料+別料金」のチケットを買わされる。「宮殿内も非常によかった」というのはあくまで結果論であり、不親切な印象は拭えなかった。

停留所からペナ宮までは、専用バスがある。急勾配の圧力に屈し、バスを利用。5分もせずにペナ宮の下に到着した。やれやれと顔を上げると、頭上の彼方に浮世離れした建物がそびえている。誤って童話の世界を覗き見た時のような、その光景を現実として率直に理解できない時間がしばらく流れていた。

ペナ宮
最近、真鯛という魚を改めて評価している。鯛といえば高級魚のイメージだが、養殖真鯛となればそこまでではない。日常からそう遠くない距離にある。

真鯛のカルパッチョ。都立大学の町が誇るイタリアン「ラ・バラッカ」では必ずここから始まる。今回のテーマは真鯛なので絶品ピザには敢えて触れないが、カルパッチョとスプマンテで気分は一気に最高潮である。都立大学は日常の利用に耐える食事処が少ないが、ちょっとだけ背伸びすれば届く範囲には名店が少なくない。代表格がこの店だ。恐らく真鯛が入荷できない日もあるのだろうが、この爆発的スタートダッシュはそう味わえるものではない。

トラットリア ラ・バラッカ
http://r.gnavi.co.jp/g454601/

真鯛の炭火焼き。底なしに清々しい秋空に惹かれて鎌倉を散策した日、レストランで絶品に出会った。三崎から直送という肉厚の真鯛が香ばしく焼き上げられたら、かなうものは何もない。ただただ、ただ貪るのみだ。これこそ真鯛の真骨頂。

リストランテ アマルフィイ
http://r.gnavi.co.jp/g665601/

真鯛を目に浮かべながら本稿を結ぶ。