その10から一か月ほどが経ってしまった。
自分にとっては、大切なタスクで。
早く書き終えたい、ちゃんとしたものを作りたいが胸の中で沸々とする。
後者の気持ちが勝った。
ちゃんとしたものを作るのは面倒で。
面倒といえば、そういうことなのだが。

 

その1はこちらから → 1月25日 目黒孝二さんが亡くなった その1

その2はこちらから → 1月28日 目黒孝二さんが亡くなった その2

その3はこちらから → 1月31日 目黒孝二さんが亡くなった その3

その4はこちらから → 2月6日 目黒孝二さんが亡くなった その4

その5はこちらから → 2月13日 目黒孝二さんが亡くなった その5

その6はこちらから → 2月25日 目黒孝二さんが亡くなった その6

その7はこちらから → 3月3日 目黒孝二さんが亡くなった その7

その8はこちらから → 3月10日 目黒孝二さんが亡くなった その8

その9はこちらから → 3月24日 目黒孝二さんが亡くなった その9

その10はこちらから → 4月16日 目黒孝二さんが亡くなった その10

 



自分と目黒孝二さんを結んでくれたのは「哀愁の街に霧は降るのだ」だ。
椎名さんのいいところが全部詰まったような作品で。

だから、誰かに「椎名さんの作品で面白いのを教えて」と訊かれたら、これだ。
ただ、と、つける。
個人的には、こっちだけどね。

 

「本の雑誌血風録」。

目黒さんと椎名さんが作るミニコミ誌が評判を呼び、「雑誌」になるまでの物語。
この11の最後で、自分は出版社を受けに行く。
編集部の人数は片手で数えられ、営業さんなんかをいれても両手の指があまる。
自分にはそういう居場所が似合っているのかと思うことが、人生の中でしばしばある。
「長い物には巻かれろ」は座右の銘なのだが、うまくいかない。
窮屈さが我慢できなくなってしまうんだろうな。
「本の雑誌血風録」からはそういう匂いがする。

なんなんだろうね……。
自分は「本好き」なのかな、とか思うと、「本好きになりたい人」のような気がして。
10で書いてるんだけど、読むことよりも、読んだ本のことを人に話すのが好きな気がする。
そうやって、面白いものを教えてあげられる人がかっこよく思える。
それは、音楽でもそうだし、映画でもそう。
紹介したものを喜んでもらえると、とても嬉しい。
ただ、気分は「本好き」だったので、「本好き」で出版社に勤めていたものとして、「本の雑誌血風録」を推していたい、と、ずっと思っている。

ちなみに目黒さんが対となる「本の雑誌風雲禄」を出されていて……記憶にない。


対となるというか、シンクロするものとして、やっぱり「戒厳令下のチンチロリン」なんだよな。

読んでると思うんだけどなぁ……。

群ようこさんも、「本の雑誌」の創成期には関わっていて、「別人群ようこのできるまで」は面白かった。

 


哀愁の街に、が、お酒を飲みながら、昔の笑い話をしてくれてるような感じで。
血風録は、関わる皆様の未来が形づけられていくわけで。
ポケットに雑にしまって、ぼろぼろにしてしまうような。
たまに眺める地図のようなビジネス本です。
 



名古屋に戻り、二か月が過ぎようとしていた。
本屋のバイトを断ると、それ以上のバイトは自分にはないような気がしてくる。
何をすればよいか分からぬ、としか、言いようがない時間をすごしていた。

自分のやりたいことには形がない。
これは歯がゆく、時折、家族と衝突した。
どうやったら、自分の気持ちを見せられるのだろうか。
「とりあえず働け」という家族の話しは正論で、正論なだけに戦うのに苦労する。
(出版社の募集さえあれば、死ぬ気で受けにいくのに)
そんな気持ちが、胸の中で、うずうずとしていた。

人は泣くわけだが、自分がは泣く頻度は少ない方かと思う。
衝突の中、理解してもらえないことへの悔しさから、一人で泣く。
指を震わせながら、人はこんなことで泣くんだ、と暗い部屋の中で思ったことは覚えている。
出版社、なんて、二年近くを過ごす。
夢中は、まだ胸の中にある。
一般的なルートとして、もっといいルートはあるのだが、でも、藪の中を探るような足取りをたどったおかげであのときの自分がいたのを強く感じていた。
(これを失うと、自分のすべてを失ってしまう)
そんな、絶対に離してはいけない感覚は握りしめていたい。

今なら、正解に近いことがわかる。
そういう思いに近すぎたり、熱すぎたりしていたのだ。
少し離れれば、自分や周りを俯瞰して見られる。
30%くらいの時間やエネルギーを、そちらに費やしてさ、なんて。
あの頃の自分は100%をぶつけられないと気が済まなかったんだね。
 



BGMはこれで行こう!
長渕さんのHOLD YOUR LST CHANCEより「ファイティングポーズ」。

 

 



金がないから、やれることは限られてくる。
古本屋で漁った本を読んだり、音楽を聴いたり。
あとは、フラフラと友人の家をのぞいた。

せっかくなら、なんて本を持っていく。
アイツ、リングが面白かったみたいだからな……。
なんてらせんを持って行ったりする。

 

 


ある日、彼の家を訪れると、彼が履歴書を書いていた。
何やっとんの? と、本来なら聴くのはバカバカしい。
相手は履歴書を書いているのだ。
でも、会話は成立する。
こんな会社を受けようと思う、と、連絡をすると、履歴書を送れと言われたらしい。
それは本当にうれしかった。
置いていかれた、という感覚は、大学の時に捨て去っていた。

「お前には難しいかもしれないけど」とらせんを渡した。

それから数日後に遊びに行くと、彼は机に向かって勉強をしていた。
「いや、受かったんだけど、難しくてよ」なんて、レポート用紙に、専門知識を文字に並べていた。
まだ、研修期間で早く上がらせてもらった、ということだった。
別に、それまでも落ち込んだるような空気は感じなかったが、声にハリがある。
一生懸命になるものを見つけるとは、こういうことなんだと思う。
「俺もなぁ、出版社の募集があればなぁ」なんてことくらいは話したと思う。
夏を控える湿気の多い時期。
クーラーのない彼の部屋で一時間くらい。
健闘を祈る言葉を贈り、後にした。
 



日記は書き続け、本も読み続ける。
ただ、本の感想を話せる人がいなくなったのは寂しい。
何回思ったことか「出版社の募集さえあれば」。
戦場を求めている浪人侍のような気分ではあった。
東京に行けば募集があるのかな、そんなことは何度も思ったが、本気では考えられなかった。
東京に行ったところで、住むところがないし、金もないし。
何も知らない土地で、そこから始め、就職にこぎつけ、働く。
度胸はあるようで、なかった。
それ以上に行動力がなかったのかもしれない。
決断力なのかもしれない。
セブンスターに火をつけ、仰向けになり、天井を眺める。
まぁ、ほどなく寝るような毎日だった。

「受けてみたら」と親に新聞を渡された。
それは日常で、いつも求人ページの一か所に赤鉛筆で丸が打たれていた。
興味がでないものばかりだった。
意地を張っていたつもりはないが、視野がとにかく狭かったのだ。
今、思えば、ありがたい気持ちで断るべきだったのだが、自分がどれだけ出版社を受けたいかを理解してもらえないことへのイラ立ちのほうが強かった。

「わかった」くらいを言い「そこに置いておいて」と答えるくらいだ。
「今日のは出版社だよ」
えっ!!
親が去る足音が聞こえなくなるのを確認すると、新聞を見る。
赤い印の求人を見ると、間違いなく出版社の募集だった。

……ここは……絶対に受けよう。

 



翌朝、会社に電話をかけ、応募の意思を伝える。
どういう順序だっただろう?
まずは履歴書を送ったのかな……それから書類選考のようなものを経て、面接だったかな?

やる気十分。
鏡に自分を映して、シャツを着て、ネクタイをしめる。
変わらずに、リクルートスーツはもっていなくて、春物のめでたい薄いグリーンのスーツで受けに行ったんだと思う。
このチャンスを逃したら、もう絶対にチャンスは訪れない。
新卒の時に就職活動をしていないから面接慣れしていない。
そんなんだと……人はアンバランスで極端で。
くだけすぎるか、ド緊張か。
後者がでて、頭から湯気がでそうな気分で、思いを伝えた。

その面接がいいものだったか、悪いものだったかの記憶はない。
余裕がない。
終いに、一週間以内に自己アピール文を送るよう伝えられた。
形式などはなんでもいい、ということだった。

 



会社をあとにすると、今のことをよみがえらせてみる。
小さなオフィスで、一目ですべてが見渡せるような会社だった。
作っているのは、間違いなく雑誌だった。
熱田神宮まで歩く。
面接を受けた会社から熱田神宮までは、もう目の前で、受けに行く前から、ここにお詣りをしてから帰ることを決めていた。

お詣りをし、ベンチに腰をかける。
神社は嫌いじゃない。
仕事の内容もいい、場所も悪くない、この会社に受かるといい。

自己アピール文、どうしよう。
何でも書くけど、書きたいけど。
締切は一週間、五日後には送りたいなぁ。

 



椎名さんの本の中で「100ページ勝負」という言葉がでてくる。
それが、「哀愁の街に霧が降るのだ」か「新橋烏森口青春篇」か「銀座のカラス」か「本の雑誌血風録」か。
はっきりはしないが、とにかく、100ページで勝負をする、のだ。
新しく業界雑誌を会社で発刊するときの企画書の話しとかかな。
耳に残っていて。
少し遠回りに「気合いだ」と言っている様に受け取っていた。

自己アピール文。
形式は自由らしい。
質は、そこまで自信がない。
量で勝負だな。
熱田神宮の木々からのぞく空を眺めながら、思った。


気合いで勝負だな。

 



今回のED曲はこれで行こう!
長渕さんの桜島ライブより「明日へ向かって」。


何かを見つけて、沸々としたものを放電するにはもってこいの唄。
昇らない太陽なら引きずり出してやれって。
 

熱田神宮を後にすると、何度も心に言い聞かす。
「そうだ、気合いだ。気合いだ」

 


 

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