映画『かづゑ的』 | 過去を振り返って現在を知り、未来を思う

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Schaue dankbar zurück und mutig nach vorne.

東京は桜が満開。

これで、天気がスカッと晴れてくれると最高なんだけど。

 

さて、先日、一人で『かづゑ的』というドキュメンタリー映画を観に行ってきた。

 

 

こんな映画(解説引用):

ドキュメンタリー映画監督・熊谷博子が、瀬戸内海のハンセン病回復者・宮崎かづゑさんにカメラを向けたドキュメンタリー。

瀬戸内海の長島にある国立ハンセン病療養所・長島愛生園。かづゑさんは10歳で入所してから約80年、ずっとこの島で生きてきた。病気の影響で手の指や足を切断し、視力もほとんど残っていないが、周囲の手を借りながら買い物も料理も自分で行う。

 

患者同士のいじめに遭うなどつらかった子ども時代には、家族の愛情とたくさんの愛読書が、彼女を絶望の淵から救ってくれた。そして夫の孝行さんと出会ってからは、海沿いの夫婦寮で自然とともに暮らしてきた。

いつも新しいことに挑戦しているかづゑさんは、76歳の時にパソコンを覚え、84歳で初の著作「長い道」を出版。熊谷監督が2016年から8年間にわたって長島愛生園に通い続け、かづゑさんの日常を映し出す。俳優の斉藤とも子がナレーションを担当。

 

かづゑさん夫婦は、僕の亡くなった両親とほぼ同じ世代だ。瀬戸内海の長島は、僕の生まれ故郷の隣町にある。しかし、1930年に日本で最初のハンセン病国立療養所「長島愛生園」が建てられたこの島のことを知ったのは、僕が故郷を出た後のことだった。

 

たぶん、近所の大人とか学校の先生とかは、ハンセン病の患者を隔離する島が近くにあることを子供達に教えることはなかったのだろう。昔はこの長島に二千人もの患者が隔離されていたという。僕の町の人口が子供の頃には一万人ほどだったのだから、その数の多さに驚かされる。
 
以前のブログでも書いたけど、松本清張の『砂の器』を知って以来、ハンセン病の問題には少しずつ関心を持つようになり、母親が亡くなった直後に、いつか来たいと思っていた長島を初めて訪れた。映画の中でも、その時見たのと同じ瀬戸内の美しい景色が印象的だった。

 

1988年に離島と本土を結ぶ「長島大橋」が架けられて陸続きになり、今は車で渡ることができる。

 

そういうことで、僕の映画の感想としては「病気や差別に負けず、前向きに生きる「かづゑさん」の姿に感動する、とか勇気をもらう」という思いには至らず、ただただ同時代に生きた自分の両親の人生と重ね合わせただけだった。

 

かづゑさんと旦那さん、島から外に旅行に出かけられて、二人で野球観戦を楽しんでいる姿はホントよかった。
 
映画の終盤で、旦那さんはかづゑさんを残して亡くなった。かづゑさんは、これから一人でどんな人生を送られるのだろうか。どうかお元気で過ごされんことを。