「その日から。 カジくんと会うことは、ありませんでした。 連絡も、もちろん取ることもなく。」
明日実は静かにさくらたちに言った。
さくらは思いつめたように小さなため息をついた。
「あたしはすぐに転校することになり。 ・・堕胎手術も受けて。 ・・母は。 父にもそのことを隠しました。 普通高校に転入手続きをしましたが。 しばらくは家から出してもらえませんでした。 ピアノも・・そのまま・・」
『その後』の彼女の話は加治木も彼の母親も知らない。
そして明日実もその後の加治木のことは知らなかった。
それを機に明日実がピアノを辞めてしまったこと。
その事実にまた胸が痛んだ。
「理緒も。 ショックを受けてその後学校を1か月ほど休みました。何もしゃべらなくなって。 元の理緒に戻ってしまいました。ずっと籠ってピアノを弾いて。そんな毎日が続いた後。 ポツリと言ったんです、」
おれ。 ピアノやめられない。
どうしても。
やめられない。
どうしよう・・
「そう言って泣きました。明日実ちゃんがあんなことになってしまって、自分だけが好きなピアノを続けていいのかってずっと葛藤してたと思うんです。 でも。 ピアノをやめることはできなかった。 そこから。 理緒は一切コンクールにも出なくなったし、学校の音楽祭でのソリストがあっても。 全て辞退をしました。 自分がピアノで嬉しいとか、楽しいとか。 そういう思いを抱くことをやめてしまいました、」
その話に明日実はハッとした。
「・・罪を背負わせてあげないと。逆に理緒がダメになってしまいそうで。 それから日の当たる道を行くことはなかったですが、ピアノも、勉強も。とにかく一生懸命やりました。 学校以外はずっと部屋に籠って。 とにかくずっと、」
今の加治木がそうやって出来上がったのかと思うだけでさくらたちは悲しさだけがつのっていった。
「・・明日実のことを。 思い出しては・・頭から消して。 考えないようにして。 でも・・たまに夢を見る。 苦しさから逃げるために、またピアノを弾く。 そうやって毎日、生きてた。」
加治木は彼女を見た。
小和はとうとう泣き出してしまった。
「・・カジくんほどの人が全く表に出てこなかったから。 ひょっとしてピアノ辞めちゃったのかなって思ってた。 そうしたらあたしのせいだって・・ずっと思ってたの。 あたしが。 天才ピアニストを潰しちゃったって、」
明日実は静かに笑いながらも少し涙をこらえているようだった。
加治木は小さく首を振って
「あの後、きっと明日実は・・酷い目に遭ってるんじゃないかって。何度も想像した。でも・・おれには何もできなかった、」
長い間の重い重い気持ちが詰まった扉が。
ようやく開いた・・
その後の加治木はさらに気持ちを閉じ込めるように・・
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