「その騒ぎの・・半年後。 兄が亡くなりました、」
明日実がそのシンとした空気を破るようにその事実を伝えた。
「え、」
加治木は思わず驚いて顔を上げた。
「あたしが。ハタチになるまで・・3年。 間に合いませんでした、」
「そう、だったの・・」
加治木の母も彼女の気持ちを思いやった。
「兄が生きていることだけが生きがいだった母は。 壊れてしまいました、」
明日実は少しだけハンカチで目の端を拭った。
「違う・・世界にいる人になって。 あたしという娘がいることも、何もかも。わからなくなってしまいました、」
加治木と母は、彼女の母親のあの我を忘れ怒りをぶつけてきた時のことを思い出していた。
「あたしは。 もともと・・兄に骨髄移植をするために生まれてきた子です。 兄がいなくなったら・・あたしが母の娘であることに何の意味もなくなりました。今までの記憶も、何もかも・・母は失くしました。」
あまりの悲しさにみな押し黙ってしまった。
「今・・どうしているの、」
加治木の母は明日実の身を思いやった。
「・・父が。 自ら退社を申し出て。 東京にある子会社に勤務することになりました。母がここまでになってしまったことがとてもショックだったようです。 そしてあたしのこれまでのことも。 全て話して。 もうこんなに長く父と話をしたのも初めて、ってくらい・・話し合って。『長い間辛い思いをさせたね、』って。 言ってくれました。 今は父と暮らしています。 母は鎌倉にある介護施設にいます、」
少しだけ見せた彼女の笑顔にみんな小さく息をついた。
「信じられないほど。 穏やかに。 今は過ごしています。 今も・・母はあたしのことも父のことも。 わからないです。 母はずっと兄との世界にいます。 そうやっていくうちに・・あたしは保育士になる目標を抱き始めました・・」
明日実はしゃきっと背筋を伸ばした。
「資格を取って足立区の方の児童養護施設に勤めていた時に、メロディー・シャワーの中沢さんと出会いました。あたしが施設でピアノを弾くとみんな喜んでくれることがすごく嬉しくて。 ピアノ弾いてると・・高校生の頃の自分に戻ったみたいで。 音楽で子供たちを楽しませる仕事をしたいと思うようになりました。 1年ほど前からメロディー・シャワーの方でお世話になってます、」
彼女の明るい声は
あの頃とまるで変わっていなかった。
その後の明日実の人生は加治木も知らない苦しいものでした・・
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