涼太郎は左手の和音部分だけを静かに弾き始めた。
「お父さんいなくて。 お母さんが夜も仕事でいない時も奏くんはずうっとピアノの練習をしていたんだって。 お母さんが帰ってくるまで。 寂しい時もピアノを弾いていれば忘れられたって。 お父さんがいないから、音大とかもいけないだろうからいつかピアノをやめる時がくるのかもしれないって・・思ってたって、」
そして、なんだかそのことを口にすると胸がいっぱいになって言葉が詰まった。
「でも、パパやひなたや・・先生に出会えて今すっごく幸せなんだって。 ピアノを続けられて幸せなんだって。 おれは。 奏くんに比べたら・・そんなに一生懸命ピアノやってきたかなって、思って。」
途中から涙声になった。
「涼、」
志藤は涼太郎の思いに切なくなる。
「・・なんでピアノやってたのかっていうと。 ピアノやってれば・・パパがおれにだけ向いてくれるっておもった。 いつも忙しいし・・兄弟もたくさんいるし。 ピアノ弾いてる時だけ・・パパを独り占めできるみたいで。 奏くんに『ピアノ好きならやめないで』って言われて・・。 なんか。 すっごく恥ずかしくなって、」
こらえきれず涙がぽろっとこぼれおちた。
「パパに向いてほしくてやってたピアノだけど。 ・・やっぱやめたら寂しいなって・・昨日からずっと考えてたから。 奏くんみたく・・巧くないし才能もないと思うけど。 やっぱり好きだなって・・思ったから。 そしたら、もっともっと練習しなくちゃダメだなって・・思ったから、」
志藤はそんな息子の背中に優しく手を置いた。
それがスイッチだったかのように涼太郎は小さく声を上げて泣き出した。
そんな彼を抱き寄せた。
「ごめんな。 パパも・・涼の気持ちひとつもわかってなかった、」
志藤は息子の頭を撫でながら言った。
ただ傍にいてくれればいい
奏のメールを思い出していた。
ゆうこはピアノの部屋のドアをそっと開けた。
ゆっくりしたカノンが聴こえてくる。
二人並んで連弾をしていた。
「あ、ちょっと早いよ、」
「いやこのくらいの早さやないと、」
笑顔で時々顔を見合せながら。
「ねえ、」
「ん?」
「奏くんが。 すっごい有名なピアニストになったら。 『おれのお父さんが教えた』ってみんなに自慢する、」
涼太郎はいたずらっぽく笑った。
「・・そっか、」
志藤は優しい笑顔で応えた。
誰よりも父親の愛情が欲しかった涼太郎。 その思いを汲んだ志藤も深く反省します・・
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