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オルダス・ハクスリーの『すばらしき新世界』関連で検索かけてたら発見しました。様々な思いやりや体内のナノマシン等の健康管理システムによって、社会の構成員の健康を第一にしている社会を描いた作品です。この世界では、病気がこの世から消えており、また、拡張現実などによる個人情報の提示でプライベートな領域が小さくなっています。
SFですが、現代と照らし合わせられるところがかなりありました。※含ネタバレ
法などなくても、それぞれが道徳を内面化することによって思いやりに則った行動を各自がするようになる、という現象について哲学者のフーコーを引き合いに出して言及している部分がありましたが、震災時のAC広告などを見てきた今にいたっては、そういう現象が実際にあるというのはみんな想像しやすくなっているんじゃないかとおもいます。
また、主人公たちは、自分の体はかけがえのないもの、公共のリソースであることに窮屈さを感じています。そういった、大事にされすぎることで逆に自分の体が自分のものでないと感じてしまう感覚は、現代でも自傷行為やヴィジュアル系など一種の退廃的な音楽に表されている思います。
行き過ぎた思いやりには相手を支配する側面もある、ということは肝に命じておくべきことかもしれません。
あとは、この世界でこんなに医療や命の保証が叫ばれる理由は、先物経済の実現にあるのではないかと思いました。
規格化された健康な人がたくさんいて、人口増減の波が小さければ、未来の労働力も予測できますから、将来どんな事業を行うか、どう事業を続けて行くかなどの計画も立てやすくなると思います。
そうやって未来も同じように安定した平和を保つには、未来にも同じように安定した人口・人材がいることが不可欠なのだと思います。
かつて、未来を予測して安定して生きていくことを考えた結果人口統計学が発展してきましたが、未来を予測・安定させることの延長線上に健康や命の保証がかなり求められるようになるのは、必然なのかもしれません。
意識や心についてもよく書かれていました。メインテーマですかね。
「欲求と報酬を制御すれば意志も制御できる」、「相互扶助システムができれば意識は淘汰される」などの言葉があり、唯物論的な考えが多めでした。
この本では、生きていくための様々な欲求を調整するのが意識、意思だとされています。なので欲求が叶えられない、あるいは欲求同士が対立するときは葛藤が起こります。
しかしもし、コンピューターが合理的でニーズにあった完璧な答えを出してくれたり、自分の欲求と他者の欲求の完璧な調和が実現したら、すべてが自明(=葛藤がない・調整する必要がない)になり、意識がなくなるのではないか、というようなことが書かれていました。意識する自分がいなくなるということですね。
こういう全体と溶け合って自他の区別がなくなる、というのはエヴァンゲリオンなど様々な作品で扱われていると思います。ユートピアでもディストピアでもありますね。使い古されてて飽きてくる感じもあるのですが、この作品だとその調和がコンピュータや思いやりによってもたらされるという観点から描かれていたのが新鮮でした。
個人的には、全体主義だろうと個の意識がなくなろうと調和は必要だと思います。ただ、調和しないものに対して死や暴力を伴うものは危険だと思います。






