松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~ -3ページ目

松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~

創造芸術は人間の根源的な表現欲求と知的好奇心の発露の最も崇高な形。音楽家・作曲家を目指す貴方、自分の信じる道(未知)を進んでいきましょう。芸術・音楽・文化と共に人生と社会を豊かにしていきましょう。~頑張れ日本!〜がんばろうニッポン!

2013年5月に私が始めてウクライナを訪ねる機会に恵まれて、
同国東部ドンバス地方の中心都市=ドネツクで開催された国際現代音楽祭で
オーケストラを指揮した経験は、今なお私の脳裏に鮮明に刻まれています。

私の訪問の暫く後に、突如としてロシアによるウクライナへの介入が始まり、
クリミア半島やドネツク等を中心として情勢が渾沌としたまま、
その後もズルズル時が経過してきてしまいました。
そして遂にこのところの各種報道の通り、ロシアの侵攻が本格化して、
まるで人類史の時計が100年程逆回りして、
帝国主義の時代に戻ってしまったような状況になってしまいました。
いったいあの美しく豊かな風土に恵まれた国は、
どこまで分裂してしまうのでしょうか。

如何なる理由があるにせよ、一般市民の人権や生活権、国家の主権は、
軍事力で虐げられてはならないと思います。
ウクライナの平和を希求しつつ、
2013年の私のウクライナ訪問記を再掲載して、
在りし日の美しいドネツクの街・人々・文化を振り返りたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、2013年5月にウクライナの大都市のひとつ、
ドネツクの現代音楽祭に指揮者として招聘され、
得難い国際交流の経験をする機会を得ました。
その時は、平穏で平和なウクライナでした。

一般市民の犠牲者が出るような悲惨な事態にならずに、
平和な解決・帰結を迎えられるよう、願ってやみません。

深夜の記事シリーズとして、ウクライナの平和を願って、
2013年の想い出の記事を再掲載しています。

*****2013年6月4日の記事*****

いよいよ音楽祭最終日、私が指揮をする
ファイナル・コンサート当日の朝を迎えました。

日本での平素の生活では、
音楽家の典型の夜型人間である私ですが、
今回のウクライナ滞在中は、リハーサル・セッションが
午前9時もしくは10時開始というタイム・テーブルに
コンディションを合わせるために、
早起きシフトの生活を心がけました。
日本との時差も丁度それにマッチしたので、
殆ど苦労せずにそのシフトに馴染むことができました。

当日の朝も、早起きをして、
スコアの読み込み&最終チェックをして、
ステージ衣装の確認をして、軽く朝食をとって、
会場のフィルハーモニー協会に向かいました。

松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-フィルハーモニー協会建物

昨日2回目のセッションをかなり充実させることができたので、
楽員諸氏の私に対する挨拶の目線や表情も融和になってきて、
概ね良好な相互関係を構築しながら、
最終セッションに臨むことができました。

この最終セッションは、当初は10時~13時の予定でしたが、
本来4回行なう筈だったものが
3回になってしまったことを受けて、
Vadim Larchikov氏等が楽団と交渉してくださり、
楽員の了承を取りつけて、
14時まで延長できることになりました。
但し、それについて、セッション開始時に、
指揮者から楽員への感謝の挨拶が欲しいという要求が
主催者側からあったので、私は英語で挨拶をしてから、
下記の順序でリハーサルを行ないました。

- Mirjam Tally / Winter Island (b) (c) *
- Thomas Liljeholm / Merging (b) (c) ***
- Masataka Matsuo / Eternal Livre (new version) (a) (c) **
- Vadim Larchikov / Gethsemane *
- Kalevi Aho / 2-cellos Concerto (b) (c) *
- Masataka Matsuo / Phonosphere 4b (a) **
(*** 世界初演 ** 欧州初演 *ウクライナ初演)
*演奏:
guit. / Magnus Anderssion (a)
cello / Vadim Larchikov (b)  Olga Veselina (c)
cond. / Masataka Matsuo 
orch. / Donetsk Academic Philharmonic Orchestra

今回は、私の2作品の録音も兼ねたプロジェクトでしたので、
この最終セッションから録音機材を
稼働させた状況となりました。

相変わらず大変ハードなリハーサルではありましたが、
作品像がそれぞれに具現していく実感をオケと共有しながら
進めることができて、結果そしては13時15分位には
全てを終了させることができて、楽員の皆さんにも
気持ちよく解散していただくことができました。

私もほっと安堵して、ホテルの自室に戻りましたが、
16時半にステージ衣装を持って
会場に向かわなければならないため、
あまりゆっくりする時間もありませんでした。
それでも、小一時間仮眠をとった後、会場に向かうべく
荷物を抱えてホテルをでようとしたところ・・・
内陸性気候特有の夕立のような驟雨が襲い、
暫く様子を見るはめに。
10分程で小降りになったところで、会場に向かいました。

さあいよいよ、次回は演奏会本番の記事となります。

松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-音楽祭ファイナルのポスター


日本現代音楽協会が皆様にお贈りしているYouTube番組<GEN ON AIR>
(現音エアー)は、お陰様で既に90回を超えるアップに到達しています。
総再生アクセス数は20万回を遥かに超えてきました。
皆様のご愛顧、誠にありがとうございます。

私=松尾(現・広報室長)が進行役で、
中川俊郎氏(前・副会長)と佐藤昌弘氏(前・事務局長)と
計3名がT形のテーブルを囲む鼎談なので、
「現音T談」とも称しています。
(尚、第35回からは、山内雅弘氏(現・理事)が
佐藤氏に代わって登壇しています。)

今日は第5回~プロ厳選 クラシック名演奏家の肖像~
をリンクしておきましょう。
どうぞゆっくりとご覧ください。

YouTube / プロ厳選 クラシック名演奏家の肖像
        - GEN ON AIR #


2018年は、アメリカが生んだ天才的音楽家、

レナード・バーンスタインの生誕100年にあたりました。

バーンスタインは、1918年8月25日、

マサチューセッツ州で、ウクライナ系ユダヤ移民の

二世として生まれました。

ハーバード大学・カーティス音楽院で研鑽を学び、

指揮の分野では、

ディミトリ・ミトロプーロスに刺激を受け、

フリッツ・ライナー、セルゲイ・クーセヴェッキーに

師事し、作曲の分野では、

ウォルター・ピストンに師事しました。

 

1940年代から、クラシック音楽界での作曲家としては、

交響曲第1番「エレミア」、同第2番「不安の時代」等、

名曲を書き始めていた一方で、

1943年11月には、急病のブルーノ・ワルターの

代役としてニューヨーク・フィルを振って

指揮者デビューを果たしました。

 

今日ご紹介するバレエ「ファンシーフリー」は、

上述の伝説的な指揮者デビューの半年後、

1944年に発表された作品で、

メトロポリタン歌劇場で初演され、

その年だけで200回以上再演された

大ヒット作となりました。

 

舞台設定はマンハッタン港湾地区、正に

"アメリカ的性格の現代のバレエ音楽"が誕生した訳です。

 

このバレエ音楽は、

やがてミュージカル「オン・ザ・タウン」に発展して、

そのミュージカルも大ヒットとなっていくのでした。

 

 

これら「ファンシーフリー」や「オン・ザ・タウン」

の大ヒットが基盤となって、やがて、

不朽の名作「ウエストサイド・ストーリー」の誕生へと

繋がっていったのです。

LEONARD BERNSTEIN. FANCY FREE

 

 

Bernstein Conducts Danzon from Fancy Free

 

 

 

『サンダーバード』讃!~恐怖のモノレール~は、
日本では第23話、英国本国では第22話として放送された、印象的な回でした。



この作品では、ロンドン・エージェント=ペネロープ嬢が
物語の中心人物となっています。
成り上がり者の実業家=クラプトンが太平洋モノレールの会長に就任して、
イギリス一の富豪であるペネロープに出資を迫るという切掛から
ドラマは展開していきます。

途中では、お城のようなペネロープ邸の金庫を狙う賊と、
邸のセキュリティ・システムの攻防も、
人形劇ということを忘れさせてしまうようなリアリティで描かれていきます。

一方で、懸垂式モノレールが高速で快走するシーンを、
実物の実写さながらに見せるところも、全く見事と感嘆せざるを得ません。
物づくり、手作りの味わいと、リアリティが、
この時代(1960年代)は良くマッチしていたのです。

さて物語は・・・
結局、ジェフ・トレイシー(パパ)も知人の資産家として
ペネロープと共にモノレールに試乗することになって、
クラプトンにそのスピードと豪華な設備を自慢されるのですが、
落雷による橋梁の崩落にも関らず、モノレールは走り続けて、
遂には危機一髪という場面を迎えてしまうのです。
勿論、最後は我らが国際救助隊の活躍によって、
無事に救出されるのですが・・・

最後のペネロープ邸の場面のオチは、笑えます!
このあたりの大人のブラック・ユーモアのセンスは、
いかにもイギリスです。


写真は、この他の回にも登場する、
精巧なモノレールが登場するジオラマです。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-超高速モノレール
<飛来>シリーズ各曲の紹介を続けましょう。

このシリーズの作品群を書いていた時期、
つまり私の20歳台後半から30歳台序盤は、
根本的な作曲語法を開発した時期ということが言えると、
今から自分自身で振り返っても思います。

特に、オーケストラ作品を発表したいという夢に向かって、
大規模作品の "時間的・精神的な時空を持続できる構造法"
を獲得することが、自分自身に課した大きなテーマでした。

この時期の私にとって主要な作品発表の場の一つであった、
<深新會>(故 池内友次郎先生門下生の会を源とする同人)
で、1987年に弦楽オーケストラ展を企画することになり、
私も出品する機会に恵まれました。
当時、クラリネットの現代的奏法に強い興味を抱いていて、
クラリネットを含む室内楽作品を幾つか手掛けていた私は、
藝大時代の同級生=板倉康明氏の独奏を前提に、
この第3作を書き進めていきました。

弦楽オーケストラは比較的平易に書かれていますが、
クラリネット独奏パートは超絶技法を駆使していて、
その両者が融合・反発・対照を繰り返しながら、
あの乗鞍岳山頂の空間から触発された音楽と音響の時空を
連綿と生成していきます。

初演の本番を客席で聴いた感動は、今でも忘れられません。
大学院を修了して初めての大規模編成作品の初演でした。
以後、益々オーケストラ作品への想いを強くしていったのです。
特に、協奏曲作品の多様・多彩な可能性を
意識するようになったことも、
この作品の作曲が契機と言って良いと自分で思います。

また一方で、このようなクラリネット作品に於ける経験が、
やがて二重奏作品の<DISTRACTION>シリーズの
第1作の誕生にも繋がっていったのです。

人生の一コマ一コマ、何一つ無駄な瞬間は無い・・・
そして、何らかの形で次の人脈や行動に繋がっていく・・・
だから、人生は苦しいけれど楽しいのでしょう!

###<飛来>Ⅲ~クラリネットと弦楽の為の協奏曲~###
        (1987)

演奏時間:約14分

初演:1987年1月  こまばエミナース(東京)
<深新會第15回作品展>~弦楽オーケストラの夕べ~出品作品
演奏:指揮=村方千之 クラリネット=板倉康明 
   弦楽=東京メモリアルアンサンブル

再演:1999年2月 旧・東京音楽学校奏楽堂
PHONOSPHERE MUSICALE 主催
<18世紀風現代弦楽演奏会>
演奏:指揮=松尾祐孝 クラリネット=三界秀実
   弦楽=フォノスフェール・ミュージカル・
        ストリング・アンサンブル

北米でも演奏されたり、自分自身の指揮で再演もしましたが、
近年は演奏されていません。何方か挑戦してみませんか!。
独奏者さえしっかりしていれば、弦楽は
アマチュア・オーケストラでも何とか対応できると思います。

さて、今日の写真は、記事の内容とは無関係ですが、
ポルトガルの港湾都市=ポルトの新しい文化拠点、
Casa da Musica の外観です。
巨大宇宙鉱物の結晶か!?と驚くような、
斬新なデザインの建築です。
2007年に招待参加した現代音楽祭
<MUSICA VIVA>の会場でした。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-Casa de Musica 外観
2013年5月に私が始めてウクライナを訪ねる機会に恵まれて、
同国東部ドンバス地方の中心都市=ドネツクで開催された国際現代音楽祭で
オーケストラを指揮した経験は、今なお私の脳裏に鮮明に刻まれています。

私の訪問の暫く後に、突如としてロシアによるウクライナへの介入が始まり、
クリミア半島やドネツク等を中心として情勢が渾沌としたまま、
その後もズルズル時が経過してきてしまいました。
そして遂にこのところの各種報道の通り、ロシアの侵攻が本格化して、
まるで人類史の時計が100年程逆回りして、
帝国主義の時代に戻ってしまったような状況になってしまいました。
いったいあの美しく豊かな風土に恵まれた国は、
どこまで分裂してしまうのでしょうか。

如何なる理由があるにせよ、一般市民の人権や生活権、国家の主権は、
軍事力で虐げられてはならないと思います。
ウクライナの平和を希求しつつ、
2013年の私のウクライナ訪問記を再掲載して、
在りし日の美しいドネツクの街・人々・文化を振り返りたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、2013年5月にウクライナの大都市のひとつ、
ドネツクの現代音楽祭に指揮者として招聘され、
得難い国際交流の経験をする機会を得ました。
その時は、平穏で平和なウクライナでした。

一般市民の犠牲者が出るような悲惨な事態にならずに、
平和な解決・帰結を迎えられるよう、願ってやみません。

深夜の記事シリーズとして、ウクライナの平和を願って、
2013年の想い出の記事を再掲載しています。

*****2013年6月3日の記事*****

「ウクライナ演奏旅行体験記」も、回を重ねて10記事目です。
ご精読、ありがとうございます。

音楽祭4日目の夜は、オペラハウスを会場とした、
室内オペラとバレエの演奏会が開催されました。

非常に重要且つハードだった2回目のリハーサル・セッション
を終えた私は、ホテルの自室で仮眠をとり、
更に楽譜の最終確認を行なった後、会場に向かいました。
オペラハウスは相変わらずの威容を誇っていました。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-オペラハウスの堂々たるファサード

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-05/16室内オペラ

前半が、室内アンサンブルと歌手一人による
室内オペラ(モノ・オペラ)のコンサートでした。
上演された作品の作曲家と演奏陣をご紹介しておきましょう。

成本理香(日本)
Yulia GOMELSKA(UA)
Kamelia TSEPKOLENKO(UA)
Tzveta DIMITROVA(AT/BG)

独唱(バス・バリトン)=Rupert Bergmann
室内アンサンブル=Ensemble “SENZA SFORZANDO”

主演の歌手=バーグマン氏は、東京の新国立劇場に
出演したこともあるという方で、
なかなかの芸達者ぶりを披露して、
各作品の性格を演じ分けていられました。
アンサンブルは、
地元ウクライナの若い演奏家によるグループでした。
彼らとは、音楽祭の毎晩の夕食会で何度かご一緒して、
楽しく語らう機会も持ちました。

成本さんも来訪されているかと楽しみにしていたのですが、
当地には来られなかったようで、
お目にかかることはできませんでした。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-室内オペラ上演風景
・・・室内オペラ重縁風景・・・

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-終演後のカーテンコール
・・・終演後のカーテンコール・・・

後半は、地元のバレー・アカデミーの若手によるステージに、
地元で人気者と思われるちょっと変わったピアニストのコーナー
も挟まって、楽しい時間となりました。

さて、音楽祭はいよいよ最終日、
リハーサル最終セッションと演奏会本番を迎えます。


日本現代音楽協会が皆様にお贈りしているYouTube番組<GEN ON AIR>
(現音エアー)は、お陰様で既に90回を超えるアップに到達しています。
総再生アクセス数は20万回を遥かに超えてきました。
皆様のご愛顧、誠にありがとうございます。

私=松尾(現・広報室長)が進行役で、
中川俊郎氏(前・副会長)と佐藤昌弘氏(前・事務局長)
と、計3名がT形のテーブルを囲む鼎談なので、
「現音T談」とも称しています。
(尚、第35回からは、山内雅弘氏(現・理事)が
佐藤氏に代わって登壇しています。)

今日は第4回~作曲家を変えた「運命の音」~をリンクしておきましょう。
とても面白いエピソード満載です。どうぞゆっくりとご覧ください。

YouTube / 作曲家を変えた「運命の音」GEN ON AIR #4



2018年は、アメリカが生んだ天才的音楽家、

レナード・バーンスタインの生誕100年にあたりました。

 

 

バーンスタインは、1918年8月25日、

マサチューセッツ州で、ウクライナ系ユダヤ移民の

二世として生まれました。

ハーバード大学・カーティス音楽院で研鑽を学び、

指揮の分野では、

ディミトリ・ミトロプーロスに刺激を受け、

フリッツ・ライナー、セルゲイ・クーセヴェッキーに

師事し、作曲の分野では、

ウォルター・ピストンに師事しました。

 

1940年代から、クラシック音楽界での作曲家としては、

交響曲第1番「エレミア」、同第2番「不安の時代」等、

名曲を書き始めていた一方で、

1943年11月には、急病のブルーノ・ワルターの

代役としてニューヨーク・フィルを振って

指揮者デビューを果たしました。

また、バレエ「ファンシーフリー」や

ミュージカル「オン・ザ・タウン」も1940年代の作曲で、

若くして多彩ぶりを発揮していました。

 

そして、1950年代には、アメリカ生まれの音楽家として

初のニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督に

就任する一方、ミュージカルの不朽の名作

「ウエストサイド物語」を作曲し、

また「セレナード」等のクラシック音楽作品も発表する等、

驚異的な活躍が絶頂期を迎えていったのでした。

 

1954年に「波止場」(On the Waterfront)という

映画が公開されました。

アカデミー作品賞を受賞した名画です。

その音楽を担当したのもバーンスタインでした。

 

###映画「波止場」(On the Waterfront)###

 

監督:エリア・カザン

脚本:バッド・シュールバーグ

製作:サム・スピーゲル

出演者:マーロン・ブランド 他

音楽:レナード・バーンスタイン

撮影:ボリス・カウフマン

編集:ジーン・ミルフォード

製作会社:ホライゾン・ピクチャーズ

配給:コロムビア映画

公開:アメリカ=1954年7月28日

   日本===1954年6月24日

上映時間=108分

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その音楽をコンサートピースとなった交響組曲「波止場」は、

なかなか素敵な音楽です。じっくり心に染み入る楽想です。

 

YouTube / Bernstein, L. 

      - Symphonic Suite from 'On the Waterfront'

 

 

今日も『サンダーバード』讃!を続けます。
~公爵夫人の危機~は、
日本では第22話、英国本国では第21話として放送されました。



この回は、ペネロープと旧知の中のロイストン侯爵夫人が、
すっかりギャンブル好きになっていて、
カジノでいかさまルーレットのカモにされていたところを、
ペネロープが見つけたところから、物語が始ります。

この会は、ペネロープのファッションが大きな見どころで、
何度も衣装を替えて登場して、美しいセレブ・レディぶりを
存分にアピールしています。

物語そのものは、侯爵夫人秘蔵の現代絵画を巡って、
悪者が夫人ごと誘拐してついには廃屋の閉じこめて
火をつけてしまうという事態になってしまうのですが、
国際救助隊に無事に救助されるというものですから、
いつもの会ほどには興奮するような展開ではないのですが、
各シーンの作り込みやペネロープのファッション等の
デザインのセンスにキラリと光るところが沢山あります。

・・・いつになく凛々しいパーカーの雄姿・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-いつになく凛々しいパーカー

・・・ピンクのロールスロイスの
      フロントグリルから機関銃が・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-ピンク・ロールスロイスの機関銃

・・・美術展を楽しむペネロープとジェフ~
      ペネロープのファッションが素敵です・・・

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-美術展のペネロープとジェフ

・・・久しぶりにファイヤーフラッシュ号も登場・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-ファイヤーフラッシュ号も登場

・・・通算で3回しか登場しない
      ジェットモグラの貴重な発信シーン・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-ジェットモグラ発進

・・・他のメカも大活躍・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-他のメカも大活躍

これらのシーンが実写人形劇なのですから、
いつも言うことながら、手作りの素晴らしさ万歳です!
<飛来>シリーズ各曲の紹介の第2弾です。

###<飛来>Ⅱ~弦楽四重奏曲第1番~###
        (1985)
<深新會第回作品展>第2夜 出品作品

演奏時間:約17分

初演:1985年6月 こまばエミナース(東京)
演奏:ニューアーツ弦楽四重奏団
   1st Vn.=小林健次 2nd. Vn.=平尾真治
   Va.=江戸純子 Vc.=苅田雅治

再演:1986年2月 abcホール(東京)
演奏:<日本の作曲家1986~JFC出版記念コンサート>
   ハレー・ストリング・カルテット
   1st Vn.=漆原啓子 2nd. Vn.=松原勝也
   Va.=豊島泰嗣 Vc.=山本祐ノ介

楽譜:日本作曲家協議会 / JFC-8512

大学院を修了して丸1年たった時期に発表したこの作品が、
<飛来>シリーズの第2弾です。
半月程前に池内友次郎先生の著作の話題を記事にしましたが、
その門下生の会として長い伝統を持つ<深新會>は、
その時期の私にとってとても重要な作品発表の場でした。
当時の會の代表=西村朗氏
(藝大作曲科の数年先輩にあたります)
の計らいもあって、
1985年の作品展に現代作品にも精通した大家
によるユニット=ニューアーツ弦楽四重奏団に
ご出演いただけることになり、
拙作も演奏していただけることになったのでした。

それまでは、藝大学内でオーケストラ作品の演奏は別として、
近い世代の奏者によって演奏されることが殆どでしたが、
この時は日本音楽界の重鎮と言うべき奏者による四重奏団に
演奏していただける機会ということで、
緊張と期待との交錯を胸に秘めつつ、作曲を進めました。

書き始めるにあたって構想を練っていたときに、
頭に浮かんだイメージが、
やはり乗鞍岳山頂付近での体験でした。
弦楽器のハーモニクス奏法の持つ響きが、
空間や宇宙の気配や風の音を象徴しつつ、曲が始ります。
弦楽四重奏という媒体を、
2vn. va. vc. の4楽器(奏者)の合奏に解体し、
特に1st. vn.と vc.が独奏者の役割も折々に担いつつ、
時に独奏、時に二重奏、時に独奏対三重奏、時に四重奏、
というように変幻自在にアンサンブルを組み換えつつ、
弦楽器の響きをじっくり聴かせるように
音楽は進んでいきます。
かなりロマンティックな響きのする作品です。
謂わば、私の若き日の "自然への愛の讃歌" といった趣です。

初演は実に見事な演奏でした。
自分で自分の作品に聴きほれることができた
最初の瞬間でした。そして、
直後に日本作曲家協議会からの出版楽譜にも選ばれ、
<出版記念コンサート>では若手演奏家ユニットで
再演され、更にはその録音がNHK-FMで放送され、
私にとって初めてづくしの作品になったのでした。

この作品で得た楽曲構成法は、以後の私の大きな財産になり、
それを敷延・発展させながら、今日も私独自の楽曲様式を
模索し続けているのです。
若い時に必死に獲得した心の財産は、自分自身のその後を
あらゆる意味で豊かにしてくれます。

そして、このような機会を得ることができるまでに、
様々な先輩や演奏者の皆さんにお世話になったことに、
改めて感謝の意を表したいと思います。
様々な出会いが、人生を彩っていってくれるのです。

余禄:
弦楽四重奏曲というクラシック音楽の室内楽の
代表格と謂うべき楽器編成ですから、
第2作・第3作と書くつもりで居た自分でしたが、
結局のところこの作品以後に
弦楽四重奏曲は書かずじまいです。
我ながら・・・いったい何時になったら
「弦楽四重奏曲第2番」は誕生するのでしょうか?

今日の画像は、
上記の出版楽譜の表紙のイメージ写真です。
日本作曲家協議会に問い合わせると
まだ入手できるかもしれません。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-<飛来2>出版楽譜JFC版