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松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~

創造芸術は人間の根源的な表現欲求と知的好奇心の発露の最も崇高な形。音楽家・作曲家を目指す貴方、自分の信じる道(未知)を進んでいきましょう。芸術・音楽・文化と共に人生と社会を豊かにしていきましょう。~頑張れ日本!〜がんばろうニッポン!

アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた
「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、
全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。
今回は第221巻の紹介です。

 

 

毎号のお楽しみになっているNゲージサイズ車両模型ですが、本号では、

芸備線の急行「みよし」などで活躍した広島地区"3代目急行色"を纏った

キハ58形気動車の端正な姿をお楽しみいただけます。

 

 

それではいつものようにパッケージを解いて、

奥底から第221巻の冊子を取り出しましょう。

 

 

巻頭記事はこのところの通例で、付録模型の車両形式の解説です。

JR移行後も全国各地で様々な塗装を纏って活躍を続けたキハ58系でした。

JR西日本では3回も塗色が変更されました。

芸備線の急行「みよし」などで活躍した"3代目急行色"は、

アイボリーにグリーンのスタライプの「みよし色」で、2007年まで運用されました。

 

 

次のページは、北九州に残るレトロな連接電車、筑豊電気鉄道2000形の特集です。

路面電車タイプの車両が走る郊外路線となっている筑豊電気鉄道では、

長いあいだ西日本鉄道北九州線からの借入れ及び直通乗り入れ電車のみで

営業をしていましたが、1976年に譲渡車ながら初の自社籍営業車両がデビューしました。

それがこの2000形で、西日本鉄道からの譲渡移籍車両です。

現在では3両連接車が1編成のみ現役で運用されていて、

往年に種類の塗装を再現したユニークな姿で走っています。

 

 

更にページをめくると、今度は赤い電気機関車の写真が目に飛び込みます。

青函トンネル用に登場した国鉄最後の交流電気機関車=ED79形の特集です。

ED75形700番台を種車として改造された車種で、

上野ー札幌間を繋いだ寝台特急「北斗星」、

大阪ー札幌間の「トワイライトエクスプレス」などの豪華列車をはじめ、

快速「海峡」や貨物列車などを牽引した、青函ルートの主役と言える機関車でした。

 

 

「日本の鉄道の歴史」シリーズは、留萌本線の特集です。

明治時代に開通した、日本海を目指す重要路線でした。

石狩地方の石炭を道外に運ぶため、日本海沿岸の港町留萌に線路を伸ばして以来、

多くの支線を従えた路線として道北地方を支えてきたのですが、

やがて石炭輸送も終わり、沿線の過疎化も進んで、末端の留萌ー増毛間も廃止され、

現在では路線の存亡も議論されています。

 

 

巻末記事はいつものように「観光列車」シリーズです。

本号では、箱根登山鉄道に登場した最新型車両、

3000形・3100形「アレグラ号」の特集です。

巨大な窓ガラスから箱根の大自然を満喫できるスタイリッシュな車両で、

国内外の観光客に高い人気を博しています。

両運転台の3000形と2両固定編成の3100形が活躍しています。

 

 

「国産鉄道コレクション」シリーズは、まだまだ続きます。

 

 

マーラーの交響曲の紹介も7曲目になりました。

第1番「巨人」で、青春の息吹とも言うべき門出を飾った後、
第2番「復活」、第3番「夏の交響曲」と、声楽を伴う巨大な作品が続いた後、
終楽章に声楽が導入されてはいるものの規模は小さくなった
第4番「天上の生活」による過渡期を経て、
いよいよ中期の器楽三部作と言われる第5番・第6番・第7番に進んできました。

この第7番は、第5番と並んで5楽章構成で、演奏時間は70分前後という規模ですが、
趣はかなり異なる音楽です。
 第1楽章=マーラー流ソナタ形式
 第2楽章=夜の歌 Ⅰ (緩徐楽章に相当?)
 第3楽章=スケルツォ
 第4楽章=夜の歌 Ⅱ(緩徐楽章に相当?)
 第5楽章=フィナーレ
という楽章構成になっています。

第2・4楽章に「夜の歌」と表題された二つの緩徐調の楽章が配されている点が
大きな特徴で、作品全体の標題も「夜の歌」となっています。

第1楽章は、この楽章が荘重な序奏楽想を持っている分、やや複雑にも感じられますが、いつものようにマーラー流れソナタ形式を敷延して考えれば、
パースペクティヴは明確です。

二つの夜の歌は、マーラーの音楽としては珍しく
地中海的というか、南国的な暖かさが感じられます。
特に第4楽章ではマンドリンが編入楽器として取り入れられ、
効果的に使用される場面が登場します。

この交響曲の最大の謎は、終楽章にあると言えるでしょうか。
マーラーにしては底抜けに明るく、
言葉を選ばずに言うならば“ドンチャン騒ぎ”の様相なのです。
残念ながら、私はまだこの楽章を奥底までは理解できていないでいます。

歴代の指揮者や音楽家にとってもこの第7番はかなりの難物と思われてきたらしく、
かつては演奏機会がとても少なかったようですが、
ここ20年位の間に、世界的に演奏機会は増えているようです。

LP時代の私の愛聴盤をご紹介しておきましょう。
指揮=ラファエル・クーベリック
管弦楽=バイエルン放送交響楽団
グラモフォン / MG8699-700

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-マーラー7番クーベリック盤
長らくアップしてきた<007シリーズ>の記事も、
今回で第22作まで辿着きました。
この<007スカイフォール>は、
シリーズ誕生50周年とロンドン五輪を記念して制作された
正に記念碑的な映画と言えるでしょう。



###シリーズ最新作<007スカイフォール>###
2012年作品 監督=サム・メンデス
製作総指揮=アンソニー・ウェイ
原作=イアン・フレミング
主題歌=アデル「スカイフォール」
音楽=トーマス・ニューマン
ジェームズ・ボンド=ダニエル・クレイグ
ボンド・ガール=ベレニス・マーロウ
ボンドカー=アストンマーチンDB5
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YouTube /「007 スカイフォール」新予告(ネット公開版)



2012年の夏に開催されたロンドン五輪の開会式では、
ダニエル・クレイグ演ずるジェームズ・ボンドが
女王陛下をエスコートして空から登場する演出が
大きな話題となりました。
正に「スカイフォール」なのですが、
実はこのタイトルには別の理由があることが、
作品を観て行くうちに明らかになります。

作品によっては、宇宙船や人工衛星まで登場して、
あまりにも空想的であったりSF的になってしまうこともあった
このシリーズでしたが、今回はかなり現実的な内容になっていて、
今一度、本来のアクション映画の醍醐味を、
前面に押し出しているようにも感じられます。

今までのこのシリーズの作品と同様に、
世界各地で撮影が繰り広げられたようですが、
今回のロケ地の一つに、日本の軍艦島(長崎県)が登場します。
なかなか凄いシーンです。

物語の後半には、ボンドカーとして懐かしい
アストンマーチンDB5も、ボンド個人所有車として
颯爽と登場して疾走します。

一方では、シリーズ通算6代目となる
Q=秘密諜報部員向けの特殊装備を開発する専門家が、
若々しく登場して大活躍を見せています。

流石は「007シリーズ」、見応えたっぷりの作品です。

YouTube / 007 / スカイフォール (字幕版)
         MGMvodJP

昨年のISCM国際現代音楽協会の世界音楽祭ポルトガル大会に出席した訪問記を再掲載いたします。

昨日から暫くの連載となっています。どうぞご覧ください。

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昨日から、先般ポルトガルで開催されたISCM国際現代音楽協会の音楽祭、

《ISCM World Music Days 2025 Portugal》についての記事の連載を開始しています。

 

私自身とISCMの直接的な参加などの関わりは、下記の通りです。

1)1988年:《ISCM-ACL World Music Days 1988 Hong Kong》に参加。

2)1992年:《ISCM World Music Days 1992 Warsaw》に出席。

3)1993年:《ISCM World Music Days 1993 Mexico》に出席。

4)2000年:《ISCM World Music Days 1993 Luxemburg》に出席。

5)2001年:《ISCM World Music Days 2001 Yokohama》主催(実行委員長)

6)2002年:《ISCM World Music Days 2002 Hong kong》に出席。

 

そして先般、《ISCM World Music Days 2025 Portugal》に久しぶりに出席してきました。

明日から暫く、そのポルトガルで開催された音楽祭訪問記を、

朝の連載記事としてアップしていきます。

 

 

昨日の記事では私とISCMの直接的な関わりについて振り返りましたが、

今日は、私とポルトガルの縁(えにし)について述べていきましょう。

 

私自身とポルトガルとの関わりは、下記の通りです。

1)1993年:リスボン訪問(初回)

       グルベンキアン管弦楽団定期演奏会で拙作『PHONOSPHERE I 』欧州初演。

2)2000年:《ISCM World Music Days 1993 Luxemburg》でISCMポルトガル支部、

       Miso Music の要人と懇意になる。

3)2001年:《ISCM World Music Days 2001 Yokohama》にポルトガル支部要人来日。

       Miso Music と更に交流を深める。

4)2007年:リスボン訪問(2回目)《Musica Viva 2007》招待参加。拙作上演。

5)2010年:リスボン訪問(3回目)《Musica Viva 2010》招待参加。拙作上演。

                        Miso Music 創立25周年記念共同制作作品の作曲に参加。

6)2010年:MIso Music レジデント・アンサンブルとして活動を開始していた

       Sond'Ar-te Electric Ensemble 来日公演《日本=ポルトガル2010》を実現。

      (Miso Music 創立25周年記念共同制作作品の日本初演を含む)

7)2024年:《ISCM World Music Days 2025 Portugal》国際審査員を務める。

8)2025年:リスボン訪問(4回目)

       《ISCM World Music Days 2025 Portugal》に日本支部デリゲートとして出席。

 

 

左)シントラに在る王族の夏の避暑地"ペナ宮"

右)ユーラシア大陸最西端ロカ岬の石碑     

シントラのぺーナ宮殿ロカ岬

 

私が初めてリスボンを訪ねた頃のトラムが走る旧市街の風景

リスボンの街並

 

1)1993年:リスボン訪問(初回)

       グルベンキアン管弦楽団定期演奏会で拙作『PHONOSPHERE I 』欧州初演。

1993年は、種子島鉄砲伝来450年(日本=ポルトガル友好450周年)にあたりました。

ポルトガルで最も有名なオーケストラ=グルベンキアン管弦楽団の10月の定期演奏会に
指揮者:大野和士さんが客演することになっていたのですが、その450周年を記念して、
日本の現代作品をプログラムに盛り込むことになりました。
丁度その客演の直前の9月に、同じく大野さんの指揮で初演が決まっていた
東京フィル委嘱作品『PHONOSPHERE I 〜尺八と管弦楽の為に』を、
そのまま持っていこうということになって、私の初回リスボン訪問に繋がりました。
 
リハーサルの段階で、グルベンキアン財団の芸術監督=レアル氏の鶴の一声で
拙作をプログラムの最後に置いてくださいました。
2夜連続の本番は何も大いに盛り上がり、拙作の演奏が終わると
聴衆が総立ちになる喝采の嵐となりました。
誠に幸せな、そして印象深い、ポルトガル初訪問となりました。
 

注)『PHONOSPHERE I 〜尺八と管弦楽の為に』については下記をご参照ください。

 

注)拙作『PHONOSPHERE I 〜尺八と管弦楽の為に』は、

  (グルベンキアン管弦楽団の演奏ではない別の機会の録音ですが)

  NAXOS MUSIC LIBRARY でお聴きいただけます。↓

 

極東の島国からユーラシア大陸西端のポルトガルを訪ねた経験は誠に印象的でしたが、

その後、まさか回を重ねてポルトガルを訪ねることになるとは、思ってもいませんでした。

ところが、2000年のISCMルクセンブルグ大会で、ISCMポルトガル支部を兼ねて

活発な活動を開始していた Miso Music の要人、

Miguel Azguime氏と Paula Azguime 女史(ご夫妻)に出会ったことから、

私とポルトガルの縁が更に発展することになりました。

 

2)2000年:《ISCM World Music Days 1993 Luxemburg》でISCMポルトガル支部、

       Miso Music の要人と懇意になる。

3)2001年:《ISCM World Music Days 2001 Yokohama》にポルトガル支部要人来日。

       Miso Music と更に交流を深める。

この二年連続でのAzguime夫妻との交流から、

日本とポルトガルの間での交流活動を実現したいという話が盛り上がり、

後述する相互招聘プロジェクトに繋がっていきました。

 

4)2007年:リスボン訪問(2回目)《Musica Viva 2007》招待参加。拙作上演。

  拙作『DISTRACTION for Clarinet and Piano』ポルトガル初演。

5)2010年:リスボン訪問(3回目)《Musica Viva 2010》招待参加。拙作上演。

  拙作『DISTRACTION for Clarinet and Piano』に Erectronicsを付加した

  ヴァージョン、『RESONANT SOLITUDE III』初演。

       Miso Music 創立25周年記念共同制作作品の作曲に参加。

6)2010年:MIso Music レジデント・アンサンブルとして活動を開始していた

       Sond'Ar-te Electric Ensemble 来日公演《日本=ポルトガル交流2010》

      を実現。(Miso Music 創立25周年記念共同制作作品の日本初演を含む)

 

Miso Music Portugal は、毎年5月頃に 《Musica Viva Festival》という

現代音楽祭を、Lisbon を中心として開催しています。

先ず最初の交流として、2007年と2010年に私が招待されて参加したのでした。

レジデントアンサンブルとして旗揚げしていた Sond'Ar-te Erectric Ensemble

(当時は、Fl. Cl. Vn. Vc. Pf. +Electronics が基本編成、現在はフレキシブルに拡大)

をフルに活用しながら、多彩なカテゴリーの公演とプログラムを展開していました。

マンバーの一人のクラリネット奏者=Nuno Pinto氏とは、

私がクラリネット作品を多く書いていたこともあって、特に親しく意気投合しました。

また、Azguime夫妻がErectronicsに造詣が深いことから、

マルチスピーカー再生空間の活用にも積極的なところが、

Miso Music の活動の特徴であるとお見受けしました。

 

2010年の訪問は、森威功氏と三枝木宏行氏も共に招待され、

リスボンに加えてポルトでも我々の作品が上演されました。

 

下)2007年と2010年の《Musica Viva》のプログラムの表紙と、

  ポルトのCasa da Musica(現代建築として有名なコンサートホール)

 

Casa de Musica 外観

 

6)2010年:MIso Music レジデント・アンサンブルとして活動を開始していた

       Sond'Ar-te Electric Ensemble 来日公演《日本=ポルトガル交流2010》

       を実現。(Miso Music 創立25周年記念共同制作作品の日本初演を含む)

 

前述の2回に及ぶポルトガルからの招待に日本側としてもお応えする形で、

Sond'Ar-te Electric Ensemble 来日公演を企画して、何とか実現を果たしました。

日本側の体制としては、私=松尾祐孝が実行委員長を務め、

2010年の訪問をご一緒した森威功さんと三枝木宏行さん等が協力してくださいました。

公演やワークショップは洗足学園音楽大学を会場として、

音楽・音響デザインコースの協力を得て遂行することができました。

 

その後、日本とポルトガルの双方ともそれぞれに多忙を極めることとなり、

交流活動は休止状態が続いたのでした。

 

 

このところ、世界的に社会情勢が厳しくなる傾向が否めず、

開催費用が概算で約1億円から100万ドルはかかる大きな国際現代音楽祭を

主催できる国や都市は少なくなってきています。

かつては、開催への立候補国が途切れることはなく、

ISCM総会で選挙で選ばれていたのですが、

近年ではなかなか立候補が出てこない状況に陥っています。

果たして、ISCMの活動はどのように将来に継承されていくのか、

大きな曲がり角に来ているのかもしれません。

 

7)2024年:《ISCM World Music Days 2025 Portugal》国際審査員を務める。

8)2025年:リスボン訪問(4回目)

       《ISCM World Music Days 2025 Portugal》に

       日本支部デリゲートとして出席。

 

そのような状況の中で、今年のポルトガル大会は、

相当の規模と実現して多くの徴収も動員できた

大きな成果を挙げた開催になっていました。

2023年にポルトガル大会の開催決定を知ってから、

謂わば盟友である Miso Music が主催するISCM音楽祭ということで、

私も大いに注目していました。

そして、国際審査員の末席に私も参画させていただき、

音楽祭にも日本支部デリゲートとして出席することにしたという次第です。

 

下)《ISCM World Music Days 2025 Portugal》の拠点会場に程近い観光名所、

  ジェロニモス修道院の中庭

 

明日から、《ISCM World Music Days 2025 Portugal》訪問記の

本編に入っていきます。私的な考察を交えたレポートのような

紀行文のようなエッセーのような連載になる見込みです。

お時間の許す時にご笑覧ください。

 

 

 

2026年、令和8年が始まりました。皆様の今年のご多幸をお祈りいたします。

昨年2025年は《EXPO2025大阪・関西JAPAN》の開催で盛り上がりました。

私は、その万博にほぼ並行する会期で分散方式による全国展開で主催運営した

《ワールド・ウッド・デー2025日本大会》の一環として万博会場内で開催した

【木の文化の音楽祭】があったため、大阪に何度も足を運んで、万博を満喫しました。

新年にあたり、このところその訪問記を回想してきました。

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《EXPO2025大阪・関西JAPAN》真夏の訪問記 vol.8

〜さまざまな国や地域のパビリオン・百花繚乱〜

 

 

大屋根リングの南側は、海上に張り出していると共に、

屋上回廊の緑地帯がお花畑になっていて、

行き来する来場者の目を楽しませていました。

 

 

海上回廊から更に歩を続けて、万博会場の東南エリアに進んで行きます。

この辺りは、リングの外側には日本館などの主催国関係のパビリオンが

集中しているのですが、今回は訪ねる時間がありませんでした。

 

 

大屋根リングの内側に視線を送ると、ポルトガル館や広場などが見えてきます。

 

 

今年6月に《ISCM World New Music Days 2025 in Portugal》出席のために

訪問したばかりのポルトガルのパビリオンは、

短期間で取り壊すパビリオンということを考慮しながら

上手いアイデアで立てられた建築物とお見受けしました。

 

 

ファサードが全面ガラス張りのアラブ首長国連邦館もなかなか目立っていました。

館内にも入場してみました。石油開発のみならず、持続可能な将来・未来に向けて、

さまざまな事柄に国家的に取り組んでいることをアピールする展示でした。

6月にポルトガル・リスボンへの往復のフライトはエミレーツ航空を利用したので、

同国のドバイ乗り換えでした。

 

 

大屋根リングを一周回り終えて、東側の地面に降りた後、

予約不要のパビリオンにいくつか入ってみました。

その一つに、フィリピン館がありました。

木の文化に通じるファサードが目を惹く建築でした。

内部は観光を主要産業としているフィリピンらしい展示内容でした。

下は、私がここ数年何度も訪ねているセブ島の紹介パネルです。

 

 

その他、多数の発展途上国などの出展をまとめたマーケットのように賑やかな

合同パビリオンもあって、なかなか楽しい雰囲気を味わえました。

 

 

7月下旬の猛暑の中、炎天下での万博会場訪問はなかなか大変でしたが、

世界各国の文化やさまざまな建築物を目の当たりにできた一日となり、

大いに楽しめました。

 

 

10月7日〜9日に会場内の北側に在るポップアップステージ北を会場とした

【木の文化の音楽祭】を、どうぞお楽しみに!

 

上演の時間帯などのプログラムは、このブログなどで逐次発表して参ります。

万博チケットで入場していただければ、あとは登録も何も必要ありません。

お気軽にお立ち寄りください。

 

《EXPO2025大阪・関西JAPAN》真夏の訪問記 シリーズ、この辺りでお開きにいたします。

アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた
「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、
全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。
今回は第220巻の紹介です。

 

 

毎号のお楽しみになっているNゲージサイズ車両模型ですが、本号では、

カラフルな塗装を纏って活躍した九州の485系特急形交直流電車クハ481形200番台、

「KIRISHIMA」「HYUGA」の先頭車の勇姿をお楽しみいただけます。

 

 

それではいつものようにパッケージを解いて、

奥底から第220巻の冊子を取り出しましょう。

 

 

巻頭記事はこのところの通例で、付録模型の車両形式の解説です。

JR九州の移管された485系は、さまざまなオリジナル塗装に衣替えして運用されました。

中でも、赤・青・黄・緑をグロックパターンに振り分けて登場した

特急「ハウステンボス」用の編成は目を惹きました。

2000年に「ハウステンボス」が485系化され、同編成は日豊本線に移って、

特急「きりしま」「ひゅうが」として活躍しました。

 

 

次のページは、飯田線近代化の切り札として投入された119系近郊形直流電車の特集です。

長い間、戦前製電車の運用が続いて旧型国電車両の博物館のような路線だった

飯田線の近代化のために、同線専用として新たに設計されたのが119系でした。

国鉄からJR東海にもそのまま引き継がれて、2012年かで活躍しました。

 

 

更にページをめくると、電気機関車のモノクロ写真が目に飛び込みます。

磐越西線で活躍したED77形交流電気機関車の特集です。

戦後に開発が始まった我が国の交流電気機関車は、

汎用形式のED75形を基本として始まり、

客車暖房用蒸気発生装置を搭載したED76がスタンダードとなり、

次のステップではサイリスタ制御装置を導入したED77形が1967年に登場しました。

線路改良によってED75形の入線が可能になるまで、

磐越西線唯一の電気機関車として活躍を続けました。

 

 

「路線と旅路」シリーズは、富士急行線の特集です。中央本線大月駅を起点として、

霊峰富士に向かって走る多彩な観光列車が魅力となっている私鉄です。

古くから国鉄・JRからの直通列車も多く、

また自社でリフォームした他社製の観光列車も多彩に走り、人気を博しています。

バラエティ豊かな車両群、個性豊かな主要駅の立派な駅舎、

渓谷沿いからやがて雄大な富士山が眼前に迫ってくる車窓など、

魅力に溢れた富士急行線です。

 

 

巻末記事はいつものように「観光列車」シリーズです。

本号では、首都圏と伊豆を結ぶ観光特急、JR東日本E257系「踊り子」の特集です。

長らく185系での運用が続いていた特急「踊り子」でした。

一方、中央本線の特急には2017年から車体傾斜システムを組み込んだE353系の投入が始まり、

そこで余剰となったE257系が「踊り子」に使用されることになりました。

運用転換にあたり、機器は最新のものに更新され、半室グリーン車も全室化され、

首都圏と伊豆半島を結ぶ特急「踊り子」として活躍しています。

 

 

「国産鉄道コレクション」シリーズは、まだまだ続きます。

 

 

リヒャルト・シュトラウスの作品に、
交響詩「英雄の生涯」という大作がありますが、
このマーラーの交響曲第6番「悲劇的」は、
マーラーの「英雄の生涯」であると私は思うのです。

第1楽章(ソナタ形式)の第一主題に、
過酷な運命に立ち向かう自分自身を投影して、
第三主題(一般的には第二主題)で
愛情たっぷりに妻=アルマを描き、
第2楽章(緩徐楽章)では、束の間の平和な時間や
祈りの信条が表出されます。

しかし一方で、天才が持つ予感=予知性とでも言えるでしょうか、
マーラーは、人生の中でも特に幸せだったこの時期に、
この「悲劇的」交響曲や、歌曲「亡き子を偲ぶ歌」というような、
言わば“縁起でもない”タイトルの作品を書いているのです。
そして実際、後年にマーラーの娘は夭折してしまい、
自分自身も生来の心臓疾患を知るに至るのです。

第3楽章は、マーラー流のスケルツォです。
トリオが二回奏でられる構成になっています。
トリオから主部に戻るところで
更にエピソードが挿入されていますから、
ABCABCAという構成として捉えることができます。
トリオの楽想に、三拍子の中にランダムに四拍子が交錯する
場面が多くありますが、ここは当時妻アルマとの間に
子供を授かったばかりの幸福の絶頂期にあったマーラーが、
よちよち歩きする娘から着想したものとも言われています。
それにしては、少々不気味な楽想にも感じられますが・・・

そして、演奏時間30分にも及ぶ長大な第4楽章=フィナーレが、
更にドラマティックな音楽を紡いでいきます。
長い序奏は、4段落に及ぶ階梯があり、
やがて到達する第一主題は、執拗に動機を繰り返す前半部と、
勇壮に跳躍音程が彷徨する後半部の二段構えになっています。
そしてテンポは変わらないものの柔らかな第二主題が
奏された後、早くも音楽は発展的になっていきます。

この楽章は、マーラーには珍しい長大な序奏が付加されている分、
段落構成は複雑な様相を呈してはいますが、
マーラー流ソナタ形式を敷延していると捉えることができます。
二段構えの展開部のクライマックスでは、
致命的な打撃を暗示する木製のハンマーが振り下ろされ、
「ドカーン!」という不気味なアクセントをもたらします。
やがて、序奏から再現され、
第一主題が前半部・後半部と再現、更に発展しようとしますが、
やがて終結部を予感させる楽想に収斂していきます。
それでももう一度展開部と同様のクライマックスに到達しますが、
もう前進的に音楽を再起するだけのエネルギーが残っておらず、
死に絶えるように全曲を閉じます。

本当に、壮絶なまでの名曲です。
凄まじい音楽・作品なのですが、
私はこの「悲劇的」が、大好きなのです。


このところの愛聴盤=バーンスタイン盤CDです。

マーラー/交響曲第6番「悲劇的」・亡き子をしのぶ歌
指揮=レナード・バーンスタイン 
管弦楽=ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
バリトン=トーマス・ハンプソン
グラモフォン / F00G-20470~1

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-マーラー6番・バーンスタイン盤

演奏時間約80分の大曲ですが、
じっくり味わって聴く価値のある素晴らしい交響曲です。
心を静めて、音楽に向き合ってお聴きください。
この<007シリーズ>の記事も回を重ねて
第22作の回想となりました。

ボンド役への起用が世界中から賛否両論を巻き起こした
ダニエル・クレイグでしたが、この2回目の出演作で、
高い評価を確立したように私は感じています。

今までのジェームズ・ボンド像に比べると、
悩んだり躊躇したりする人間の苦悩が描き込まれていて、
ダニエル・クレイグはそれを好演しています。



###第22作=<007 慰めの報酬>###
2008年 監督=マーク・フォースター
音楽=デヴィッド・アーノルド
主題歌=「アナザー・ウェイ・トゥ・ダイ」
      アリシア・キーズ
      ジャック・ホワイト
ジェームズ・ボンド=ダニエル・クレイグ
ボンド・がール=オルガ・キュリレンコ
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ダニエル・クレイグのボンド役となった第21作から、
シリーズの構成指向を変更したようで、
この第22作は、前作<カジノ・ロワイヤル>から
ストーリーが繋がる続編になっています。

舞台はイタリアやボリビアを中心としています。
相変わらずロケシーンの美しさは、このシリーズの
楽しみの重要なファクターになっています。

所属組織からなかなか理解されない孤独感に
嘖まれながらも、また時に諜報活動から疎外されながらも、
ボンドはやがて立ち上がり、攻略目標に迫っていきます。

YouTube / 007/慰めの報酬 (字幕版) MGMvodJP


YouTube / Alicia Keys & Jack White
     - Another Way To Die [Official Video]


映画は楽し! 音楽もまた楽し!

昨年のISCM国際現代音楽協会の世界音楽祭ポルトガル大会に出席した訪問記を再掲載いたします。

今日から暫くの連載となります。どうぞご覧ください。

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皆さんは、国際現代音楽協会

(International Society for Contemporary Music / 略称:ISCM)をご存知でしょうか。

新しい音楽の普及と発展を促進することを目的として1922年の設立された国際組織です。

1923年の第1回音楽祭(ザルツブルグ)以来、加盟国持ち回りで、

《World Music Days》(最近では《World New Music Days》という名称の下に

国際審査会の選考による入選作を主体としてプログラムによる音楽祭が、

毎年(第二次大戦やコロナ禍による中断・中止あり)開催されています。

2001年には日本大会《ISCM World Music Days 2001 Yokohama》が、

ISCM日本支部である日本現代音楽協会が主体となって実行委員会を組織して、

国内外から待望久しかった日本初開催の大会として実現しました。

 

私自身とISCMの直接的な参加などの関わりは、下記の通りです。

1)1988年:《ISCM-ACL World Music Days 1988 Hong Kong》に参加。

2)1992年:《ISCM World Music Days 1992 Warsaw》に出席。

3)1993年:《ISCM World Music Days 1993 Mexico》に出席。

4)2000年:《ISCM World Music Days 1993 Luxemburg》に出席。

5)2001年:《ISCM World Music Days 2001 Yokohama》主催(実行委員長)

6)2002年:《ISCM World Music Days 2002 Hong kong》に出席。

 

そして先般、《ISCM World Music Days 2025 Portugal》に久しぶりに出席してきました。

明後日から暫く、そのポルトガルで開催された音楽祭訪問記を、

朝の連載記事としてアップしていきます。

 

 

訪問記の連載の前に、今日は、上述の私自身のISCM音楽祭への参加や出席について、

もう少し詳しくお話ししておきましょう。それらの経験の基づく所見などを、

後日にアップする訪問記の中にときどき記すことになるので、

前提情報としてご笑覧いただれば幸いです。

 

1)1988年:《ISCM-ACL World Music Days 1988 Hong Kong》に参加。

この大会は、ISCMとして初めてのアジアでの開催であり、

またACL(アジア作曲家連盟)との連携合同開催でした。

私はACL側からの参加で、 <ACL青年作曲賞(Young Composers Awards) 本選会>の

日本代表作品として拙作『DISTRACTION for Clarinet and Piano』が推薦されて、

香港に赴くことになったものでした。

審査員長はH.ラッヘンマン氏、審査員はY.メルネシュ、李萬芳の両氏でした。

幸運にも、拙作の演奏は高く評価されて、

私はACL青年作曲賞1988第1位を受賞する栄誉に預かりました。

 

追記:ISCMとは直接の関係はありませんが、この香港大会に参加したことから、

二年後に日本で開催となった《ACL Asian Music Festival 1990 Tokyo-Sendai》の

実行委員会の末席に加えていただくことになり、

そこで得た準備段階から実施運営までのさまざまなノウハウを見聞する機会を得て、

後年にISCM音楽祭の日本初開催の実行委員長を務めることができた基盤となった、

貴重な経験値となったのでした。

 

2)1992年:《ISCM World Music Days 1992 Warsaw》に出席。

拙作『<飛来IV〜独奏ピアノを伴う室内オーケストラの為に』が国際審査入選となり、

ISCM総会への日本支部デリゲートとしての出席も兼ねて、ワルシャワに赴きました。

小生が心の師と仰いできた偉大な作曲家、ヴィトルド・ルトスワフスキ氏に、

拙作上演演奏会でお目にかかることができて感激しました。

一生の想い出となる渡航となりました。

 

3)1993年:《ISCM World Music Days 1993 Mexico》に出席。

前年に続いて、ISCM総会への日本支部デリゲートとして出席した大会でした。

ISCM初のラテンアメリカ圏での開催で、オープニングセレモニーは何と、

テオティワカンのピラミッドの脇という、壮大で印象的な開幕でした。

この音楽祭を契機として結成された打楽器アンサンブルが、

世界的に有名なTAMBUCOで、後年、私も縁を得て、

メキシコや日本で邦楽器と打楽器アンサンブルのための大作を

演奏・レコーデフィングしていただくことに繋がりました。

 

尚、この1992年と1993年の総会で、各国1支部の加盟制度に加えて、

準会員(Associate Member)制度が検討・承認され、

ACL(アジア作曲家連盟)の日本支部でもある日本作曲家協議会が、

その適用第一号として、準会員となったのでした。

戦後に多数の国際審査入選作がノミネート・演奏されてきた日本支部が、

高度経済成長によって国際的に有力な立場になったにも関わらず、

ISCM音楽祭を一度も招致開催していないことへの反発が蓄積していた頃でしたので、

日本現代音楽協会(日本支部)と日本作曲家協議会(準会員)が協力して、

近い将来に日本大会を実現してほしいという願望が盛り込まれた決議であったと

肌で感じた総会出席でした。

 

4)2000年:《ISCM World Music Days 1993 Luxemburg》に出席。

上述のような経緯がありましたが、結局、紆余曲折の末、

日本現代音楽協会が中心となってISCM音楽祭の日本初招致開催に向かうことになり、

概ね固まった日本大会の開催骨子を報告するために、

前年の総会が行われたルクセンブルグに赴いたのでした。

5回の総会、22公演に及ぶ演奏会、および周辺イベントの概要と

プログラムもほぼ固まっていたのですが、

加盟全支部の網羅を国際本部に強く勧告されたため、

急遽もう一つの演奏会<独奏作品展>を追加する調整を行い、

結果として全23公演から構成される音楽祭という形で帰結しました。

 

5)2001年:《ISCM World Music Days 2001 Yokohama》主催(実行委員長)

遂に、待望久しかったISCM音楽祭の日本初開催が実現しました。

詳しくは、このブログに経験談を長期連載でアップしてきましたので、

そちらをご覧ください。

 

 

尚、この前後数年のISCM会長はY.メルネシュ氏でした。

そうです、上述の香港でのACL青年作曲賞の審査員だった方なのでした。

日本初開催を氏はとても喜んでくださり、開催終了後のフェアウエルパーティーでは、

当時の日本現代音楽協会の会長(当時の呼称は委員長)だった松平頼暁氏と私の腕を

高々と掲げてくださり、感謝のエールを贈ってくださいました。

 

 

6)2002年:《ISCM World Music Days 2002 Hong kong》に出席。

前年大会の主催者として、また過去に香港に深い縁を持つ者として、

数度目となる香港に赴いたのでした。

 

さて、明日の記事では私とポルトガルの縁について語ります。

そして、明後日から今年のISCM音楽祭参加のための

リズボン訪問記を連載アップしていきます。

どうぞお楽しみに!

 

2026年、令和8年が始まりました。皆様の今年のご多幸をお祈りいたします。

昨年2025年は《EXPO2025大阪・関西JAPAN》の開催で盛り上がりました。

私は、その万博にほぼ並行する会期で分散方式による全国展開で主催運営した

《ワールド・ウッド・デー2025日本大会》の一環として万博会場内で開催した

【木の文化の音楽祭】があったため、大阪に何度も足を運んで、万博を満喫しました。

新年にあたり、このところその訪問記を回想しています。

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《EXPO2025大阪・関西JAPAN》真夏の訪問記 vol.7

〜南側は大阪湾に張り出す海上回廊〜

 

《World Wood Day 2025 in Japan》の一環として開催予定の

【木の文化の音楽祭】(10月7日〜9日@万博会場内ポップアップステージ北)

のための視察を兼ねての万博会場訪問の中での、

大屋根リング屋上一周の記事シリーズを続けています。

 

東ゲート近く、つまり大屋根リングの東端あたりから歩き始めて、

ポップアップステージ北近くの北端を過ぎて、

西ゲート越しに六甲山地も望める西側から眺望を楽しみ、

南側に到達しました。

 

 

写真の通り、大屋根リングの南側は、大阪湾の海上に張り出していることがわかります。

 

 

万博会場の南側は一直線の護岸に整備されていて、そこに面して

さまざまなパビリオンや飲食施設などが並んでいます。

 

 

この辺りを歩いているときは、猛暑の中ながら、とても気持ちが良かったのでした。

 

 

青空と海と木造の大屋根リングのコントラストが見事なエリアです。

 

 

大屋根リングの南端近くから会場中心方向を眺めると、下の写真のような眺めになります。

 

 

北側を振り返ると、大回廊と大阪湾越しに六甲山地が見渡せました。

 

 

会場の南側エリアのパビリオン群もバラエティ豊かです。

 

 

《EXPO2025大阪・関西JAPAN》真夏の訪問記 は、明日まで続きます。