2010年10月に逝去された海外SF翻訳家の浅倉久志による、おそらくは唯一の著作。自身の訳書につけたあとがきや、折に触れてものにした文章などがまとめられている。1962年に翻訳デビューし、フィリップ・K・ディックやジェームス・ティプトリー・Jr.、R・A・ラファティ、コードウェイナー・スミス、カート・ヴォネガットなど名立たるSF作家の翻訳を多数手がけた浅倉さんは、海外SF翻訳家の“大家”と呼んで差し支えない存在。とはいえ、その文章には仰々しいところは一切なく、控えめな語り口が心地よい。当然のこと、浅倉さんに会ったことは1度もないのだが、おそらく人柄のよろしい方だったんだろうなあ……ということが想像される文章である。ぼくが海外SFに親しむようになってから一貫して浅倉久志ファンだったのも、そんなところにも大きな理由があったのだろうと思われた。

 あとがきが中心ということで、体系立てて浅倉さんの考えを知る……というところまではさすがに至らずに、“読み応え”という点では残念ながら物足りないが、浅倉さんの足跡を振り返るには絶好の書物と言えるだろう。何よりも、浅倉さんがこよなく愛したSFやユーモア小説に対する思いが溢れる好著だ。(2011年4月1日)

 経済的な意味では不遇のうちに生涯を終えたSF作家、フィリップ・K・ディックは、その死後に脚光をあび、いまやハリウッドがもっとも寵愛するSF作家のひとりである。奇しくもディックが死んだ年である1982年に公開された『ブレードランナー』を筆頭に、映画化された作品は10作品近くに上る(Wikipediaによる)。おそらく、ディックが描く“ワンアイデア”が、ハリウッドの脚本家のクリエイティビティを刺激するのであろう。が、残念ながら『ブレードランナー』以外感心させられる作品はそんなに多くはない。「原作がディックだから……という理由だけで見たこの『NEXT‐ネクスト‐』も、その例外ではなく、というか、むしろ相当残念な作品だと言えるだろう。
 『NEXT‐ネクスト‐』における“ワンアイデア”は、主人公が“2分先の未来が見られる”ということ。この“2分先”という制約がミソで、おそらくディックの原作ではそこに何らかの仕掛けを施していたと思われるのだが、映画ではさほど、“2分先”というアイデアが活かされているとは思えない。それは脇においておくとしても、物語自体もかなりきつい。物語は、核テロリストの脅威に対抗するためにFBIの捜査官が、ニコラス・ケイジ演じる主人公に協力を依頼するために彼を捕まえようとする……というプロセスに大半を費やすのだが、なぜ、FBIの捜査官が、しがないマジシャンであるニコラス・ケイジにそこまで固執するのがわからないうえに、なぜニコラス・ケイジがそこまでFBIから逃げようとするのかもよくわからない。視聴者は「早く協力して、テロリストと戦えい!」とイライラすることになるわけだが、完全に力の入れどころを間違えている。で、いざ、ニコラス・ケイジがFBIに無理やり協力させられるという段になって、ニコラス・ケイジがさせられるのはテレビを見ること。未知の報道を見ろ……というわけだが、「は、はあ!?」というしかない。ある意味ありがちなエンディングにしても、脱力系である。と、ダメな作品を批判するときは、ついつい筆も必要以上に進んでしまうわけだが、まあ、どうしようもない作品である。トンデモ作品という意味では、充分楽しめると思いますけれど。

(3.0)

『ブレードランナー』(1982年)
『トータル・リコール』(1990年)
『バルジョーでいこう!』(1992年)
『スクリーマーズ』(1996年)
『クローン』(2001年)
『マイノリティ・リポート』(2002年)
『ペイチェック 消された記憶』(2003年)
『スキャナー・ダークリー』(2006年)
『NEXT‐ネクスト‐』(2007年)

ぼくが『レッドクリフ』を見たのは、ひとえにトニー・レオンのファンだからというに尽きる。

とはいえ、映画自体は正直トニー・レオンの魅力が炸裂かというとそういうわけでもないし、

ストーリー的にはほぼメロドラマ。


クライマックスシーンもそんなに迫力がないなあ……というのが正直な実感。

いいかダメか言ったら、間違いなくダメな部類に入る作品だとは思うけど

たくさんのお客さんを集めていることも事実。


それはエイベックスのプロモーションがうまいのかもしれないけれど

それだけ万人にわかりやすい、楽しく感じられる映画を作っているということはたしか。


きっとこの映画を見てキャラの魅力を感じる人も多いだろうし

興業的に見れば優秀な作品であることは間違いない。


これだけのプロジェクトを纏め上げたことは評価すべきだろう。


(4.0)