音楽の話 その12 ー DRIP TOKYO #20 GEZAN | この世の外ならどこへでもーモラハラ・DVからの自己回復日記

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2012年より「望郷解毒酒場」という謎のタイトルで書いてきたこのブログ。
離婚後は解毒する「毒」も無くなったのでタイトルを変えました(2021・4より)
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連休中はヴェイパーウェイヴを聴いてダラダラする、と書いたものの、やっぱり結局GEZANばかり聴いていた。

 

 

ああ、ライヴに行きたい。

大規模なライヴは離婚後に行ったけど、ライヴハウスに行ったのは結婚前、友人が出ているライヴに行ったのが最後だと思う。(パンクロックではない。ネオアコ)

 

もはや集まる年代との年齢差もあるし、いざ行くとなると緊張しそうだなー。でも行きてえ、、。

 

 

ドラムギターマイクドラムギター爆弾ドラムギターマイクドラムギターマイク

 

 

この動画が好きすぎて何回もリピートしている。

カメラワークや照明が凄くて、映像がほんとかっこいい。

下から撮ってるのや、夜景がバックになってるのもよい。

 

そういえば、この映像で着てるジャケットは、アメリカで3ドルで買ったっていう「肩パットが絶妙にダサい」やつかな。

 

 

最初の曲「赤曜日」は単体でいきなり聴くと、意味がわからないのかもしれない。

予めアルバム「狂(KLUE)」の1曲めから聴いて、構成を知ってたほうが理解できる。彼が何を歌ってるのか。

 

以前、マヒトの某芸術祭でのパフォーマンス映像で、語りはいいから早く歌えみたいなコメントを見かけてげんなりしたことがある。

現に表現されているものから感じ取ろうとしない人というのがいるんだなあと。

自分のほしいものだけ求めてそれ以外は拒否する人。

アーティストがそこで何を言いたいのか表現しようとしているのかは二の次で。

表現者がどれだけ伝えようとしても、未熟な受け手には伝わらないんだよなと思った。

受け取ろうとしていない人には、どうしたって届かないし、受け手の側も能力(感受性・想像力・理解力)がないと見えないものや受け取れないものはある。

本気でやってる表現者に対して、自分がわかるものだけ求めたり「伝え方が悪い」というのは違うんだよ。と思った。

 

そういえば、べつに表現じゃなく日常会話だけど、元夫にもよく言われたわー。オレがわからないのはお前の伝え方が悪いから、とか。噛み砕いてわかりやすく説明しても、子どもにわかるようなことでも、それ。

どうしたら伝わるのかって悩んだけど、今ならわかるわ「ってか、それはお前の頭が悪いんだ」と。

 

 

話が逸れたので戻る。

 

小説「銀河で一番静かな革命」も読んでると意図するところや通底してるものが、一層感じられる。

 

以前から知ってたもののほぼ聴いてなかった彼や彼のバンドの曲を、ここ半年くらいで始終聴くようになったのは、代わりに叫んでくれてるからかもしれない。

 

とか言ったら、おまえも叫べ、「おめえに言ってんだよ!」とマヒトに言われそうだよなーと思いながら、これまでの人生の中で叫ぶことなんてなかったなあ、と。

昔から。異常に我慢強くて。

 

 

UMAくんUMAくんUMAくんUMAくんUMAくんUMAくんUMAくんUMAくんUMAくんUMAくんUMAくんUMAくん

 

 

人間の脳みそって、眠ってる間や無意識のなかで、記憶を整理しているらしい。

その編集作業が「夢」なのだときいたことがある。

 

重要ではない記憶は削除したり、大事なものはあるべきところに格納しておく作業。

いわゆるPTSDは、衝撃が大きくて見るのがキツい、ちゃんと片付けられない記憶が、正しく仕舞われないまま見えない場所に未整理で放置されてる状態らしい。

だからゴロンと突然出てきたり(=フラッシュバック)不意にそれに突っかかって転んで痛い思いをしたりする。

私もよくある。

抑制過剰な性質がそれに輪をかけてるんだろう。

 

 

この前、ジェノサイドに巻き込まれた挙げ句、「巨人」に助けられる夢を見た。(「野球」のほうじゃなく「進撃」のほうね)

 

もう自分の人生がとんでもなさすぎるので、これくらい荒唐無稽じゃないともはや夢でも驚かない。

 

起きてる時間に、刺激の強い真っ赤な映像を好んで見て聴いてるのも、無関係とは言えない気がする。

でも惹かれるものは今の自分に必要なものと思う。

 

 

というわけで

ビール飲みながら、昨日もマヒトの咆哮を聴いていた。