LITALICOフォーラムは、発達障害者支援の次元というか、考え方の変革を思い知らされました。「しょうがい」はどこに宿るのか?社会モデルなのか?医学モデルなのか?脳性まひで幼少時からリハビリをさせられてきた熊谷先生の語りでした。私は歩けるようにリハビリをしてきたけれど、結局車椅子生活であると。しかし、熊谷先生はドクターになり、東大の准教授として研究をされています。車椅子に乗っている身体的障害がある人たちと、自閉スペクトラム症などの見えにくい障害のある人たち。例えば、ASDの診断基準にある社会的コミュニケーションなどの欠損は障害なのか?ASD向けのコミュニケーションは何かを考えたとき、それがバリアフリーになるのではないか。そういう考え方から、どんな療育や療法がASDの人に有効かではなく、ASDの当事者研究が重要なのでないか。当事者が生活の中で困ってきたことを語ることで、社会が合理的配慮をすることができるのではないか。今日のフォーラム内容を心に刻んで私の心の声を聞きながら考えていきたいと思います。