助作農園・一口馬主ライフ -7ページ目

助作農園・一口馬主ライフ

雫石の農人による一口馬主(ノルマンディー・YGG)の生活を綴っています

ララパルーザ

門別軽種馬生産振興会特別(門別ダ1800m/井上俊彦)

後ろから2、3頭目追走も、ペースが上がったところでついていけず、それでも最後は少し盛り返して8着でした。

ラストラン、有終の美とはいかなかったけど最後まで頑張ってくれました。

無事に走り切ってくれて、感無量です。

 

雄大な馬体に惚れて出資しました。

地方交流戦で初勝利を挙げると、馬郡を突っ込んでくる末脚を武器に2勝クラスまで出世してくれました。

そこで頭打ちになると船橋に転厩、初戦2着の後破竹の6連勝。

重賞制覇も夢ではないかと思いましたが、頓挫や自身の衰えもあってかA級の壁を越えることができず。

その後高知、門別と渡り歩き、2歳12月のデビューから8年間の競走生活で72戦、挙げた勝利は11勝、ほんとたくさん走ってくれました。

終わってみれば中央より地方の方が賞金が多い結果となり、ノルマンディーの良さを表してくれたんじゃないかなあと思います。

大きなけがもなくまさしく「無事是名馬」にぴったりなお馬さんだと思います。

ほんと長い間楽しませてくれてありがとうございました。

これを書いている時点で今後どうなるのかわかりませんが、功労馬として余生を過ごしていくことになればいいなあと思います。

 

本日はノルマンディー22年産先行募集締切日。

結局母馬優先2頭のみ申し込みました。

ということで、緊張感のない発表日を迎えられそうです。

 

立冬。

でも見えた岩手山に雪はなし。

冬は本当に来るのかなあ。

アスピシャスデイ

C2級二組(園田ダ1400m/吉村智洋)

スタートで押していき3、4番手外追走も、コーナーで一気に大外を周ってきた勝ち馬についていけず3着でした。

位置取りは良かったと思いますが、中央時代同様決め手の差が出てしまったようです。

不得意のダートでどれだけ先行して粘れるかなんでしょうね。

今回は転入初戦、厩舎はこの仔の特徴をつかんでくれたと思います。

次が大事になってくるので、初勝利が期待できる仕上げをお願いしたいですね。

 

ノルマンディー22年産の中間発表があったけど、意外と人気ありますね。

自分が出資を目指す2頭、シークエルの22シュエットヌーベルの22は母馬優先があるので、どんなに人気になっても出資に影響ありません。

ところで、どうやって母馬優先を持っているのか見分けるのでしょう?

1人1人母親に出資していたかどうか突き合わせるのが大変そうだけど、間違ってしまうことってないのか、そこだけが心配です。

 

今は小豆を1粒1粒手作業で確認中です。

この中から虫に食われた跡があるなど不適格な豆を見分けるのは大変です。

できるだけ見逃さないようにはしていますが、何分目視なので変な豆が紛れ込んでしまっていたらすみません。

先週、岩手県立盛岡農業高校の資料館で、『盛号』の骨格標本を見学してきました。

ちなみに『盛』は『さかり』と呼びます。

なので大船渡市の盛と同じ呼び方です(笑)

 

盛号は、明治5年に青森の三本木村で生まれました。

上野・不忍池での競馬でサラブレッド相手に明治18年、19年と2年連続優勝、その後盛岡駅構内で貨車の入れ替え作業に従事、老後は岩手の紫波で過ごし、明治37年に老衰のため亡くなりました。

ちなみに南部馬とは日本在来馬の一種で、人に従順で粗食で丈夫で在来馬の中でも大柄であったことから、とても人気があったと言われています。

阿弖流為から坂上田村麻呂に贈られた『阿久利黒』、源義経の愛馬『太夫黒』、源平の宇治川の戦いで先陣争いを繰り広げた『生食』と『磨墨』などは南部馬だったと言われています。

しかし明治になって富国強兵策による軍馬改良を目的に、丈夫な南部馬と大柄な西洋馬が交配されていったことにより、南部馬は絶滅してしまいました。

ということで、盛号は「南部馬最後の名馬」と言われております。

 

ちょっと見にくいですが、これが盛号の骨格標本です。

唯一現存する南部馬の骨格標本でもあります。

体高151㎝。

サラブレッドより10㎝ほど低いですが、それでも大きく見えました。

 

以下職員の方に教えていただきました。

・この盛号は、西洋の馬に勝てる馬を探してこいと依頼を受けた東條英機のお兄さんが徒歩で東京~青森を往復して探して連れてきた。

・最後の飼い主によって懇ろに弔われ、その骨格は教材として使ってもらうために盛岡農業高校へ寄贈されたのですが、その際飼い主とその親との間で、神聖なる馬をそのように扱っていいのかと寄贈するか否かちょっともめた。

・しばらくは獣医科の教材として使用されたようですが、その獣医科がなくなり、また高校の移転もあって、忘れ去られた存在になっていた。

・昭和54年に外部の方からの指摘で盛号の骨格標本があることを知った当時の職員が、倉庫にあったむしろにくるまれたリンゴ箱の中からバラバラの骨格を探し出して復元した。

「将来科学が発達して骨格からDNAが採取されて、それをもとに南部馬が復活すればいいなあ」と仰っていたのが印象的でした。

 

こちらは青森県十和田市にある称徳館で展示されている盛号の複製です。

3年ほど前に訪れたときの写真です。

盛農の骨格標本を元に複製されたものだそうです。

サラブレッドと比べると頭が大きく、脚が太く、蹄が大きいように見えます。

いつの日か並べてみることができる日がくればいいなあと思います。

 

盛岡農業高校の資料館は普段は公開されていないので注意が必要です。

十和田の称徳館は休館日でない限り見学可能です。

競馬好きの皆さん、たまには日本の在来馬に触れてみるのも良いかと思います。