☆ワシの終活☆ -137ページ目

(戦争と平和1533)地雷処理

「海自、硫黄島で機雷掃海訓練…「中東でも同じ」(Yomiuri Shimbunより、2015年6月)」


海にまかれた機雷を爆破処理する海上自衛隊の機雷掃海訓練が6月24日、硫黄島(東京都小笠原村)沖で行われ、報道陣に公開されました


安全保障関連法案の国会審議で、集団的自衛権を行使しての機雷掃海に注目が集まる中、自衛隊は緊迫した面持ちで訓練に取り組んでいます


ほんものの機雷をつかっての訓練


訓練を積み重ねて本番に備える自衛隊


でも、現地は訓練通りに行かないのが常


集団的自衛権によって、最低でもやらねばならないことがこれだろう


これも、命がけの活動


たとえ相手と相まみえなくても、命の危険はかわらない


国民は本当にこのことがわかっているのだろうか?


国からの要請で動く自衛隊


仕事と言えば仕事なのだが…


そんな中、国の要請ではないが、動いている人がいます


機雷と同じように、今も、紛争地区そして途上国の土壌に埋まって、子供達を含む一般市民(非戦闘員)を傷つけている地雷


いまだに、7000万個とも1億個とも言われる対人地雷が全世界に埋設されていることを知っていますか?(ウィキペディアより)


毎年2万5千人から2万7千人が地雷を踏んだり拾い上げるなどして、大けがを負ったり命を落としたりしていると言います(1997年ごろの数字)


まさに20分に1人のペースで、世界のどこかで誰かが地雷の被害にあっているのです


戦争は終わっているのに、戦争の被害が続いているのです


月日が経ってしまうと、土砂が流され、一緒に地雷も流されているケースもあり、何処に埋まっているかもわからなくなっていることもあると思います


(我々に食糧をもたらしてくれている途上国の田畑に流れ着くこともあるのです)


以前も、記事にしましたが高山良二さん(68)と言う方がいらっしゃいます


1992年、国連平和維持活動(PKO)で初めてカンボジアに派遣された自衛隊員の一人


道路を整備し、総選挙実施を支援するための派遣だったそうです


任務や期間が限られた中では、病気や貧困に苦しむ人の力にはなれず、後悔が募り、2002年、定年退官の3日後に現地へ舞い戻ったそうです


現在、1年の半分は国境近くの村タサエンで過ごしているそうです


かつての内戦の激戦地で、今も多数の地雷が残っているそうです


地雷原の探索から村民に指導しともに処理にあたるのですが、専門家でも危険な作業なため、7年前には処理に失敗した7人が死亡したと言うのです


それでも住民が自ら大地を安全にすることにこだわる


「自らの手で復興すれば二度と内戦を起こさない」


高山さんはカンボジアで地雷処理と復興支援に奔走して12年


処理した地雷、不発弾は3800個を超えたそうです


そんな高山良二さんの講演会が、7月5日午後2~4時、東京都渋谷区の「東京ウィメンズプラザ」であるそうです


「カンボジア支援の元自衛官が講演 渋谷で7月5日(朝日新聞デジタルより、2015年6月)」


現地を訪れて高山さんの活動に興味を持った若者グループ「わくわく夢実現チーム」の伊藤馨子さんが企画されたそうです


参加費は3800円(学生1300円)


収益は高山さんを通じ、現地で井戸を掘る資金として寄付されるそうです


戦争そのものの体験を聞くことも重要ですが、今現在起きている戦争の傷跡の生々しい現状を聞くことも必要ではないでしょうか?


本当は聞きに行きたいが…


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(雑談15049)扇風機の修理

梅雨に入り、蒸し暑い日が続いています


自分の作業デスクで、これから夏に活躍するのが、大きなクリップがついているデスク取り付け型の扇風機


小型ながらも風力は二段階で首振りなので、結構重宝しています


そんな扇風機のACラインが接触不良、そして、首振り部分が破損して首が抜けました


この扇風機が無いと、夏が乗り切れない


新しく買う訳にもいかないために、ほったらかしてあった破損扇風機を修理することに


テスター等を使って、ACラインの接触不良及び断線部分を調査


狭い部分を配線させていることや首振りが破損したときにラインが引っ張られて、必要以上にテンションがかかりACコードが引きちぎられたようです


コード部分をつなぎ合わせる方法もあったのですが、ACコード全体を交換することにしました


ちょうど、壊れたスタンド(このスタンドも何度も修理しましたが、ついに部品劣化で断念)があったので、それからACコード部分を取り外し採用しました


もともとはカールコードでしたが、直線タイプでも問題無いと思い、そのまま採用


後は、断線部分を大きく外して、テンションのかかっていないところから切断


後は、元の線と新しいACケーブルを半田付け


耐熱チューブと収縮チューブがあればベストなのですが、そこは、扇風機のACコードについていたチューブと耐熱チューブをそのまま流用して、半田付け部分の保護をしました


さて、問題は首振り部分


取り付け金具を押さえていたプラスチック箇所が破損して、ボンドで接着とはいかない


言葉で表現するのは難しいけど、完全固定出来なくても、稼働固定できれば問題ない箇所なので、持っていた100均のヘアピンを加工し、固定部分に穴を開けて接合固定


何とか首振り部分も修理完了


配線のショートチェックを行って、ACを入れて、動作確認


何とか、復活しました


これで、この夏は乗り切れます


ズボンの修理もそうですが、手持ちのもので創意工夫しながら、修理するのも頭の体操になっていいものです


半田付けは、もともと、中学校の頃、半田付けしてラジオを作ったりしていましたので、手慣れた作業です


さらに、会社でも、製造ラインで研修したり、製造と一緒に製品の完成を手伝ったりしてさらに磨きがかかりました


ちょっとした溶接ですから便利です


さて、今度は何を直そうか?


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(音楽1567)かぐや姫

今年は自分が、22歳までに、FM局から、エアーチェック(録音)またはその他から録音した1982年までの音楽のカセットテープ(一部購入したものを含めて)の内容を整理しながら、当時をふり返ります


しばらく、おつきあい願います



TDK AR60(60分)
「フォークソング」
A面
1. 「結婚しようよ」吉田拓郎
2. 「学生街の喫茶店」ガロ
3. 「旅の宿」吉田拓郎
4. 「夢の中へ」井上陽水
5. 「心の旅」チューリップ
6. 「神田川」南こうせつと神田川
7. 「心もよう」井上陽水
8. 「あなた」小坂明子
9. 「私は泣いています」りりぃ
B面
1. 「精霊流し」グレープ
2. 「我が良き友よ」かまやつひろし
3. 「22才の別れ」かぐや姫
4. 「なごり雪」イルカ
5. 「無縁坂」グレープ
6. 「なごり雪」かぐや姫
7. 「夢一夜」南こうせつ
8. 「岬めぐり」山本コータローとウィークエンド


このテープも、自分がエアーチェックしたものではなく、フォークソング特集のNo1~3と同じように、友達からプレゼントされたものらしい


インデックスがビートルズになっていました


何しろ、友達はビートルズ大好き人間なので、カセットテープのインデックスは大量に持っていました


さて、B面の3.「22才の別れ」は、風が歌う曲がよく知られていますが、詞・曲は、伊勢正三さんですので、かぐや姫でも歌っていてもおかしくはありません


ちなみに、伊勢正三さんは風のメンバーでもあります


そして、「なごり雪」もイルカさんの曲ですが、これも、詞と曲が伊勢正三さんなので、かくや姫バージョンがあって、当然のものです


でも、「22才の別れ」も「なごり雪」もかぐや姫バージョンはなかなか聞けないでしょうね


youtubeではあるのだろうか?


A面の9.りりぃさんの「私は泣いています」


好きな歌だなあ


りりぃさんは今では、女優として見ている人もあるでしょうが、ちゃんとした歌手です


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(雑談15048)ズボン修理

以前、三十数年前から愛用しているフライトジャケットの修理を行ったことを記事にしたけど、今度はズボン


十数年前にユニクロで買ったチノパン


サイズはW76


自分は、当時太ももが太く、ウエストを合わせると太ももが入らず、太ももをゆったりさせるとウエストががばがばになってしまい、ズボンを購入するとき、苦労しました


このW76のチノパンも、太ももに合わせて買ったので、ウエストは結構ゆるゆるだったのですが、ベルトをして何とか凌いでいました


それから、今になり、両足のすそがすり切れて破れてしまいました


今までなら、ありがとうと言いながら廃棄しますが、ミシン掛けを覚えた今では、それはもったいないと思い、修理に挑戦


破れた所をさけて、ちょっとすそ上げ


1.5cmぐらいのすそ上げなので、難無くできました


これなら、これから買うジーンズやスラックスも、すそ上げは自分でやってもいいかなと思いました


手間賃1000円ぐらいかかるからねえ


さて、作業はそれだけにとどまりません


現在の自分は、当時より体重が10kg位減って、ウエストも5~6cm減ってしまいました


そのため、ベルトでウエスト調整すると、ひだがよって、何かへんな感じになります


他のズボンも、ベルト部分を数カ所折り返し、無理矢理タックやダーツを入れてウエスト調整しています


これでは、ジーンズやチノパンのような厚手の生地では、折り返し部分がお腹に当たって違和感があります


今回は、チノパンのベルト部分を取り外し、ズボンにあるタックや後ろのあわせを深くとり縫い直し、再びベルトを付けると言うめんどくさい作業に挑戦


W76をW68にするようにしました


縫い目をほどいて、ベルトを外し、前2箇所のタックと後ろの合わせを深くとりミシン掛け、そして、ベルトを短くして、再び、取り付け、ミシン掛けしました


言葉で言えばこれだけなのですが、作業工程は、素人としてはちょっと難解


まあ、それでも、今までいろいろなミシン掛けに挑戦しているので、それなりにできあがりました


やっぱり、自分にあったサイズの服を着るのが一番ですよね


その他のズボンやシャツについても、ちょくちょく、サイズ調整をして行こうと思います


そろそろ、合皮生地のジャケットも作りたい


コットン生地でショートコートを試作してみましたが、袖をミシン掛けするのはやっかい


まだまだ、修行が必要だなあ


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(戦争と平和1532)沖縄戦に対するそれぞれの想い

去年の記事を再び載せます


去年(2014年)、沖縄出身のタレントさん達の記事が朝日新聞に載っていましたので、また引用します

(前後文章を省略しました)



「いっこく堂さん「両親の沖縄戦、語りつぐ責任がある」(朝日新聞デジタルより、2014年6月)」


1970年、沖縄市に住んでいたいっこく堂さんは、米軍による一方的な交通事故処理をきっかけに起こった「コザ暴動」を経験したそうです


「せんそうがはじまった」と思ったそうです


そして、ご両親は太平洋戦争を経験なさっています


いっこく堂さんは、いま、両親が体験した戦争のことを、18歳の娘に意識して伝えています。戦争に関するニュースが流れているときなど、さりげなく


「いまはまだ戦争を体験した方たちが生きている
戦後100年になったらどうだろうか
体験者はいなくなり、戦争が本当に昔のことになってしまう
沖縄戦を体験した子や孫の世代であり、当事者から話を聞くことができたぼくには、語りついでいく責任があると感じています」


そういっこく堂さんは思っている



「二階堂ふみさん「沖縄戦、どう伝えられるか考えている」(朝日新聞デジタルより、2014年6月)」


6月23日の沖縄の慰霊の日


沖縄では学校が休みなので、家にいることが多かった二階堂さんは、正午になるとラジオの呼びかけにあわせて、母親と黙祷したそうです


東京に来て5年


8月6日、広島原爆の日にも、ネットのニュースで気づけば黙祷しているそうです


「本当に大変でしたね、ぜったいに戦争はしないようにします」と


「沖縄戦について伝えてくれる写真や物語は、目を伏せたくなるようなものがたくさんある
そうしたものを、子どもには見せてはいけない、とフタをする風潮にわたしは異を唱えたい
そこにあるものだから学ばないといけない
知らないまま大人になることの方が危険だと思うんです」


そう二階堂さんは語ります


「小学6年のころ、元ひめゆり学徒隊の女性の話を聞いたときのことです
《足を切って負傷した兵隊さんに水を与えたら、血がどんどん出てきてしまった》
《まだ生きている兵隊さんの口の中にうじがわいていて。1個1個ピンセットでとった》
そんな話にわたしはただただ、気持ち悪くなってしまったんです
でも、そのショックがいまでも残っていて、わたしの問題意識を支えている
わたしたちはどうすればいいのかと、考えつづけてこられた
最近になって、当時の女学生たちも同じような気持ちだったんだろうか、と自分なりにかみ砕いて考えられるようになってきました
何かを絶対的な悪と決めつけるようなものの見方にも、わたしは違和感を覚える
それはわかりやすく簡単ですが、見えなくなることがあると思うからです
戦争中も、明日のご飯や、恋人のことを心配していた人がいたんです
いまと同じように。そうやってとらえて初めて、なぜ、戦争に突き進んでしまったのか、という大切なことが考えられると思う
先日一緒に仕事をしたドラマの助監督が言っていました
2時間のドラマですべてを描こうとすれば、きれいごとになる。ぼくたちは「切り口」だけをきちんと作ればいい
あとは見た人がどう感じるかだ、と
正論です
ものづくりをしている人間として、わたしはその「切り口」をどう表現できるか
いつか子どもが生まれたとき、あの戦争のことをどう伝えられるかを考えています」


そう二階堂さんは話します


「知花くららさん「祖父の痛み、わたしにとっての沖縄戦」(朝日新聞デジタルより、2014年6月)」


来年(2015年)は戦後70年


そう聞くと、知花さんは、那覇市で暮らす祖父の言葉を思い浮かべるそうです


『生き残っているのが申し訳ない』


那覇市で生まれ、高校卒業まで過ごした知花さん


戦没者の名前が刻まれた「平和の礎(いしじ)」や、たくさんの女学生が亡くなった「ひめゆりの塔」など、本島南部の戦跡には小さいころから親に連れられて行ったそうです


「学校でも沖縄戦のことは身近でした
6月23日の慰霊の日が近づくと、校内で写真展がある
「白旗の少女」や、ぼろぼろの着物をきた老婆がガマからでてくる姿
遺体が折り重なった写真。本当に衝撃で、夜になるのが怖くなってしまうほどでした
でも、近くで暮らす祖父の戦争体験は知りませんでした
学校で沖縄戦のことを知り、祖父にも聞きたかったけど、切り出せなかったんです
家庭で戦争の話がでそうになると、祖父はきまって席を外し、どこかへいってしまう
そんな姿を見て、口に出してはいけない話題なんだ、と感じていました」


そう話す知花さん


「初めて体験を聞く機会がおとずれたのは上京して7年ほどたった2007年
沖縄戦の集団自決をめぐる歴史教科書の記述が問題になっているときでした
ニュース番組のリポーターをしていて、ディレクターの何げない提案をうけて祖父に話を聞かせてほしいと頼むと、引き受けてくれたのです
祖父のふるさと、慶留間島に初めて渡り、15歳のときの体験を聞きました
3月26日に島に米軍が上陸
山へ逃げ、壕(ごう)に入ろうとすると3人の住民が倒れていた
『早く死ななければいけない』
そう思った祖父は姉と2人、「自決」を決め、姉の首をしめた
自分の首は、ヤシの葉をヒモ代わりにしてしめ、木にくくりつけて首をつろうともした
でも、2人とも死にきれなかった
米軍の捕虜になれば、目はえぐられ、耳をそぎ落とされる
『捕まる前に死を選ばなければいけない』――そう信じ込んでいた、と
その後、出会った住民に、みんなが生きていることを知らされ、正気に戻っていったそうです
それから60年以上たって起きた教科書問題。沖縄戦の事実が書きかえられようとしている、という危機感から祖父は話すことを決めたそうです
そして『生き残っていることが申し訳ない』と涙を流しました
命のつながりを初めて実感する思いでした
祖父が生き残ってくれたからこそ、わたしの親がいて、わたしがいる
沖縄では『命(ぬち)どぅ宝(命こそ宝)』とよくいうけれど、本当にそうなんだなと
祖父の体験を初めて聞いてから7年
沖縄に帰るたびに耳が遠くなっていく祖父をみると、聞き逃したことがないか、話しておきたいことはないか、と焦る気持ちがあります
先祖が眠るお墓に親族であつまるシーミー(清明祭)にでた今年4月も、祖父の顔をじっと見つめました
いまなら聞けるかなあ
やっぱり聞けないなあ
実際、おばが戦争の話をきりだすと、祖父は黙り込んでしまった
それでも、わたしは祖父の話は必ずもう一度聞こうと思っています
生き残ったことへの後悔について
これからの日本に対して、私たちの世代に対して
祖父はいま何を望むのか
このままお別れしてしまったらすごく後悔すると思う
こんどは取材ではなく、自分のためにビデオを手にもって向き合いたい
子どもや孫ができたとき、それがすごく力強いメッセージになると思うから
祖父が教えてくれたことを伝えていくことなら、わたしにもきっとできる」


そう知花さんは語ります


この記事と読んで、もう少し、祖父母に戦争のことを聞いておけば良かったと思いました


しかし、今知り得ていることだけでも、子供達に伝えねばならないとも思いました


そして、子供たちは…


「(声)僕は戦場で人を殺せません(朝日新聞デジタル、2014年6月)」


これは、新聞に掲載された中学生の声です


「日本が憲法の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認し、戦争ができる国になる可能性が日々増しています
おそらく戦場へ向かわされるであろう世代のひとりとして、気持ちを述べさせていただきます
僕の友人の中にも、集団的自衛権の行使が必要だと考える人はいます
しかし僕は反対です
徴兵され、戦場に送られ、人を殺したくないからです
 人を殺すことは、通常の世界では最も重い罪です
しかし戦場では、その一番重い罪である人殺しを命令されるのです
命令に従うのがよいことで、命令に背けば罰せられます
この矛盾が僕には理解できず、受け入れられません
それに、人は何のために生まれてくるのでしょうか
戦いで人を殺したり、殺されたりするためではないはずです
全ての人間に与えられる人生は、たった一度です
人を殺した罪を引きずって生きたり、自分が望まない時に命が無理やり終わったりすることは、あまりにも残念で、悲しいことです
集団的自衛権の行使は、海外で人を殺すことを伴います
僕には、絶対できません
集団的自衛権行使の意味を、国全体で考え直す必要があると強く思います」


いつも、最後に巻き込まれるのは、子供たちです


それをよく考えねばならないと思っています


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(戦争と平和1531)「ハート・ロッカー」

去年・一昨年の記事をもう一度…



一昨年、2008年に公開された映画「ハート・ロッカー」をようやく見ることができた


2004年のバグダッド(イラク)が舞台


PKO支援を描いたものだと思うけど


アカデミー賞受賞作品じゃなかったかな?


いきなり、画面は爆弾処理から始まる


そして、いきなり、その爆弾が爆発


こんな風にアメリカ兵士が亡くなっていく(集団的自衛権で、日本人もそのうち…)


イラク戦争が終わって、いったい何名のアメリカ軍兵士が亡くなったのだろう


新しい処理工員が派遣され爆弾処理は粛々と進む


「爆弾処理に秘訣は?」と問うと、工員は答える「死なないこと」


戦場では精神が麻痺する


新しい処理兵はじょうきを逸した行動をとる


それを他の隊員は理解できない


ショックなのは、子どもに爆弾を仕掛けた人間爆弾


その子どもは、処理兵がいつもDVDを買っていた子どもだった


こうやって、一般市民に爆弾をつけることも、あたりまえになる…


毎日のように爆弾の犠牲になって行く人々


それでも、処理兵は粛々と作業をこなして行く


処理兵は、任期が終わって、帰国し、家に帰っても、彼は再び戦場に戻ることを選択する


そうさせるのは何なのだろう?


誰かがやらねばならない作業なのだが…


そして、何故、彼なんだろう?


人が死に、そして爆弾処理兵が爆弾処理を粛々と行う


そんな場面しかない映画「ハート・ロッカー」


でも、これが今も地球上の何処かで起こっている現実なんだ


そう思わねばならない


最近、映画館で、同じような内容の映画「アメリカンスナイパー」を見ました


テロ、一般市民の被害、そして、米国兵の犠牲者


集団的自衛権で、これから日本が直面すること


これらの映画と同じようなことが自衛隊員でも、起こらないとは限らない


日本市民は、自衛隊員のこととして、他人事と思っていませんか?


そして、これらの映画は、平和ボケした日本人には単なる映画としか映らないだろうか?


でも、集団的自衛権によって、これが日本でも現実の世界になって襲ってくる


政治家は被害の無いような法整備をしているが、そんなものは現場では通用しなくなる


わかっているのだろうか?


一度手を染めると、その後は限りなく手が染まっていく


1950年から始まった朝鮮戦争は、この日(6月25日)から始まったことになっています


(去年・一昨年の記事を引用しました)


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(宇宙1513)「UFOの日」

今年もまた…


今日(6月24日)は、「空飛ぶ円盤記念日・UFO記念日」だそうです(ウィキペディアより)


1947年のこの日、アメリカの実業家ケネス・アーノルドがワシントン州レニアサン付近で強い閃光が目撃され、これが初のUFO「未確認飛行物体(Unidentified Flying Object)」の目撃談とされてそうなったようですね


最近、日本でも、タレントを含めてUFO目撃情報がありますね


普通の人は、UFOを目撃したいという気持ちが強いかもしれませんが、自分は昔からUFOを目撃するより、作りたいと思う方が強いのです


子供の頃、アニメの「宇宙戦艦ヤマト」(1974~)や「機動戦士ガンダム」(1979~)など、宇宙に飛翔するものは片っ端から興味を持ちました


1978年に映画「未知との遭遇」が公開されるとなおさらその思いが強くなったものでした


だから、UFOを作るための本は、いろいろ物色したものです


(「UFO製造法」などという本も実在したことを覚えています)


表向きは、「宇宙に関係する仕事をしたい」と周りには言っていましたが、本音は「UFOを作りたい」でした


だから、中学では「科学クラブ」に所属し、高校では「地学部」(天文部として入部)に所属し、そして、大学は航空宇宙工学科に進学し、密かに飛行物体の勉強をしたいと思っていました


(本当は東京大学に行きたかったのですが、そこまでの学はありませんでした)


大学でもクラブは「宇宙研」に所属し、高圧(AC100V)を使ったイオンクラフトの実験をしたものです

(学園祭などで展示しました)


「はやぶさ」に搭載されていたイオンジェットエンジンにも興味があります


(イオンエンジンは大学の先輩が昔研究していたのですが、その頃から興味がありました)


一貫した気持ちは、就職にも影響し、大手の宇宙部門或いはJAXA(当時のNASDA)も目標になったのですが、これまた、学が無くて、中堅企業への就職になりました


でも、その会社でも、宇宙開発部門の仕事はしました


(会社でこっそり反重力エンジンを開発しようと思ったことはありましたが…、)


約半世紀生きてきましたが、いまだに「UFOを作りたい」と言う気持ちは変わっていません


UFOは自分の人生の原点なのかもしれませんね


さて、毎年、この手の記事を書くと、「矢追純一」さんの名前を語る人からペタがつきます


今年はあるかな?


(去年・一昨年・3年前・4年前・5年前・6年前の記事を引用しました)


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(戦争と平和1530)「木の上の軍隊」

去年・一昨年、アップした記事をもう一度…


「<木の上の軍隊>井上ひさしさん未完の戯曲を作品化(毎日新聞より、2013年6月)」


この記事の「木の上の軍隊」については、以前、自分でもブログの中で触れましたが、一昨年(2013年)、NHKの特集として、報道されていました


この「木の上の軍隊」は、太平洋戦争末期の沖縄戦で、木の上で2年間隠れて過ごした2人の日本兵の実話を基に、作家の井上ひさしさんが構想を練った戯曲でした


タイトルとメモだけが残された未完の戯曲でしたが、去年(2013年)、劇作家の蓬莱(ほうらい)竜太さん(37)の手によって完成しました(この完成までの過程をNHKで放送していました)


沖縄本島北部の北西約9キロにある伊江島


伊江村教委によると、1945年4月16日に米軍が上陸して21日に占領するまでに、島民約1500人、日本兵約2000人が死亡したと言われています


狭い島に逃げ場はなく、集団自決に追い込まれた住民もいたそうです


戯曲「木の上の軍隊」の原作となった人物は、沖縄県美里村石川(現うるま市)出身の佐次田秀順(さしだ・しゅうじゅん)さんと宮崎県小林市出身の山口静雄さん


伊江村史によると、2人はガジュマルの木に登り、下から見えないように枝で擬装


暗くなると下り、米軍のごみ捨て場から食糧や衣服を集めたそうです


2人が終戦を知り、木を下りたのは1947年3月だったそうです


つまり、樹上で2年を過ごしたのです


今年か去年、藤原竜也さん主演の舞台「木の上の軍隊」をNHKのBSで放送されたのでようやく見ることができました


一度、起こしてしまった戦争はなかなか止めることができない


わかっていても…


だから、絶対、戦争を起こしてはならない


昨日の6月23日は、沖縄慰霊の日でした


平和ボケした「本土の日本人」は忘れていないだろうか?


「「戦争いや」女性たち結集 安保法制に抗議、各地で声(朝日新聞デジタルより、2015年6月)」


「瀬戸内寂聴さん:「戦争に近づいている」安保法案に反対(毎日新聞より、2015年6月)」


今、日本の女性達が、日本の行く末に危機感を感じ始めている


これを感情論だけと考えていいものだろうか?


いまだに男社会である日本が男の頭だけで、事を進めようとしている


「日本はいま、戦前と同じ道を歩んでいるのか? -作家 浅田次郎(プレジデントオンラインより、 2015年4月)」


最新刊『日本の「運命」について語ろう』(幻冬舎)で、近現代史を学ぶ大切さを説いた浅田次郎氏が、本書を通じて伝えたかったことと、歴史小説家の目に映る現代の日本について語っています


「いま日本は戦前と同じ道を歩んでいるのか」という危惧に対して


(浅田氏)「明治維新から昭和の戦争まで約70年だ。その間に日本という国家は急速に膨張した。しかし成長には相応のリスクが伴うものであり、危機感を持つ人もいた。1941年の日米開戦時には「それ見たことか」と考えた人も多かった。今年は終戦から70年。戦後、経済成長を遂げて先進国の仲間入りをしたという点でも、かつてと時代状況が似ている。違うのは、豊かになりすぎて感覚が麻痺しているのか、反動への危機感がないことだ。いまこそ歴史を学び、同じ轍を踏まないようにすべきだ。」


自分は、学生時代、日本史や世界史が大嫌いだった


年号ととの出来事の羅列に、何も興味が無かった


でも、実社会では、その歴史の内容を理解していないと同じ過ちを起こしてしまう可能性がある


日本についても世界についても近代史は大事だということに、この年になってわかる


何とも情けないことだ


歴史認識が浅い人が多いために周りの国からねじ曲げられた歴史観を押しつけられても、言い返すことができない日本人


自国の歴史を説明出来ない日本人


自分も平和ボケしてしまった一人なのだろう


今からでも遅くない


知らねば、また、恐ろしいことが始まる


若い人たちよ、君たちの未来を踏みあやまらないために嫌な勉強もしておく必要がある


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(音楽1566)今日は元歌手・元タレントの誕生日

今日(6月23日)は、元歌手で元タレントだった高田 みづえ(たかだ みづえ、戸籍名:日高 みづえ(旧姓:高田)1960年6月23日)さんの誕生日


もう、高田みづえさんを覚えている人はいないかな?


現在は、夫は元大関の大相撲力士で、現・二所ノ関親方の若嶋津六夫の奥様なんで、相撲部屋のおかみさんですね(ウィキペディアより)


そんな、高田みづえさんの歌を録音したテープがありましたので、紹介します


このテープは、自分が、22歳までに、当時所有していた高田みづえさんのレコードから録音したものだと思います



FUJIFILM FXJrC-46(46分)
高田みづえ特集
A面
1.向かい合わせ
2.乳白色のプリズム
3.てがみ
4.走馬燈
5.メタモルフォーゼ
6.硝子坂
B面
1.ビロード恋細工
2.ひだまり
3.春の花
4.明日は何時?
5.通せんぼ
6.だけど…


また、テープの巻き始めの箇所の磁性体テープと磁性体テープでないところの接着箇所(両端)が外れて、カセットのローラーにテープが巻き付いた


FUJIのカセットは低品質だねえ(まあ、40年以上の耐久性を要求されていることはないのだろうね)

これだけダメになるのはFUJIだけ!


また、修理(メガネドライバー、ピンセット、小型のやっとこが必要)


テープが痛んだためにA面「1.向かい合わせ」の音質が悪くなってしまいました


(B面の「1.ビロード恋細工」は問題なし)


でも、聞くことができます


さすがアナログテープ


デジタル録音のCDやDVDだと致命的な傷によるビットエラーが起こると全体が再生できなくなるからね


高田みづえさんも懐かしいアイドル歌手の1人


A面の「6.硝子坂」は大ヒットしたなあ


レコードも購入しました


B面の「3.春の花」「4.明日は何時?」「5.通せんぼ」は、歌詞に「あっかんべー」「せっせっせ」「通せんぼ」などあるけど、童謡を意識したのかなあ


このテープは当時自分が持っていた高田みづえさんのレコードから録音したものだと思います


高田みづえさんって、茨城ゴールデンゴールズの片岡安祐美さんに似ているかも?


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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、健やかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております
(°∀°)b


ペタしてね


(戦争と平和1529)今は平和でしょうか?

沖縄戦から70年がたちました


今日(6月23日)は、沖縄慰霊の日(お昼、NHKで放送していた式典を今年は見ることができました)


第二次世界大戦の沖縄戦で、沖縄防衛第三十二軍司令官牛島中将と同参謀長の長勇中将が糸満の摩文仁で自決した日が昭和20年(1945年)6月23日の未明とされており、この日を日本軍の組織的戦闘が終結した節目としてとらえて琉球政府及び沖縄県が定めた記念日だそうです(ウィキペディアより)


沖縄戦は1945年4月1日にアメリカ軍の沖縄本島上陸によって本格的に開始されました


今もなお、戦争のその瞬間がトラウマになって苦しんでいる人はいます


一昨年かその前だったと思いますが、沖縄県は、惨状を極めた沖縄戦の証言映像や写真をデジタル保存して後世に伝えようという「沖縄平和学習アーカイブ」(http://peacelearning.jp )を製作しました


戦争を知らない世代が増えた今こそ、戦争の記録を覚えておくべだと思っていたのですが、よいものができたと思っています


ネットが発達した社会だから、人々が気軽に何処でもアクセスして、内容を見ることが必要なのかもしれません


「「へいわってすてき」えほんになるよ 昨年の沖縄慰霊の日、反響呼んだ6歳の詩(朝日新聞デジタルより、2014年6月)」


一昨年(2013年)6月23日、糸満市であった沖縄戦の全戦没者を悼む式典で、沖縄県与那国島出身の6歳(当時)の少年が詩を読み上げました


その素直な言葉が、大人たちを動かし、絵本になりました


《ねこがわらう。おなかがいっぱい。やぎがのんびりあるいてる。けんかしてもすぐなかなおり。ちょうめいそうがたくさんはえ、よなぐにうまが、ヒヒーンとなく。》


《やさしいこころがにじになる。へいわっていいね。へいわってうれしいね。みんなのこころから、へいわがうまれるんだね。》


《ああ、ぼくは、へいわなときにうまれてよかったよ。このへいわが、ずっとつづいてほしい。みんなのえがおが、ずっとつづいてほしい。》


 絵本「へいわってすてきだね」は、去年(2014)の沖縄の「慰霊の日」にあわせ、全国で順次、ブロンズ新社から発売されているそうです(税抜き1400円)


今当たり前にすごしている日常


平和だから、そう感じることができる


子供達も大人達も平和な日常に今一度感謝する必要がありますよね


「「今は平和でしょうか」=鎮魂祈り、高3が詩朗読-沖縄慰霊の日(時事ドットコムより、2015年6月)」


今年は、沖縄「慰霊の日」の追悼式で、沖縄県立与勝高校三年が、戦争で夫を亡くした大伯母に着想を得た詩「みるく世(ゆ)がやゆら(今は平和でしょうか)」を朗読しました


終戦から70年。大伯母の認知症と戦争記憶の風化を重ねながら、「平和に対して、鎮魂の祈りを込めて自分なりに問い掛けてほしい」と思いを込めたそうです


「みるく世(ゆ)がやゆら(今は平和でしょうか)」


もう一度、平和について考える必要がありますね


大人も子供も…


二度と同じ過ちを繰り返さない為に…


毎年、この時期になると同じ言葉を繰り返します


あらためて、この戦いで亡くなられたすべての方々へのご冥福をお祈りします


「沖縄平和学習アーカイブ」
http://peacelearning.jp


また、以下のようなサイトもあります


参考までに


「広島原爆写真館 - 平和都市 ヒロシマの願い」
http://www.aeras.jp/abomb/


「大和ミュージアムへようこそ」
http://www.yamato-museum.com/

「東京大空襲・戦災資料センター」
http://www.tokyo-sensai.net/


「予科練平和記念館」

http://www.yokaren-heiwa.jp/


へいわってすてきだね/安里有生
¥1,512
Amazon.co.jp



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最後までお読み頂き
ありがとうございます♪
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そして、今日誕生日のすべての人へ
お誕生日、おめでとうございます!!
これからはじまる一年が、健やかな日々でありますように。
そして、今日あることに、みなさまのご先祖様に感謝し、明日が素晴らしい日々でありますように、祈っております

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