昨日に引き続き2日分をまとめて。
土曜日は寝床からスーパーに移動。
ここに車を停めてジョギングです。
(ちゃんと後で買い物しましたよ)
こんなコース。
海が見えて坂が多いというのは函館に近い感じでしょうか。
長崎なんかもそうですけど、函館の方が先に頭に浮かびましたね。
アップダウンが多くなかなかハードでございました。
ジョギング終盤の帳尻合わせで一周した別府公園で休憩です。
かしわ飯のおにぎりで栄養補給して。
衣服を水洗いして乾燥させます。
久々にガリガリ君が当たりました!
この日は特に予定が無かったので、芝生の上でのんびり過ごしました。
ランチを食べようと前日に目にして気になっていたうどん屋へ向かいます。
何となく抜け道を選んだんですが、偶然別府市民球場の脇を通ることに。
そこで目にした看板には「稲尾和久記念館」の文字が。
一度通り過ぎたのですが、戻って見学することに。
東尾さんが若い!
高卒初年度で新人王に輝いてますから、これは未成年飲酒ということになりますね。
今の世なら大問題かもw。
シーズン42勝というとてつもない記録を残してますが、若いうちから酷使したせいで実勤は僅か14年間でした。
今とは良くも悪くも時代が違いすぎますね。
生まれる前に現役を退いていますから、当然僕には選手時代の印象は無く。
かと言って指導者のイメージも無いですけどね。
今でこそ信じられないですが、当時は全く人気の無いパ・リーグで一貫して過ごされていたからかもしれません。
何となくですが優しい人格者のイメージ。
最近YouTubeをはじめメディアで良くみる落合さんの話にも出てきましたよね。
稲尾監督解任が落合さんのトレードの要因だというんですから、よっぽど信頼していたんでしょう。
神様、仏様、稲尾様というのは、その鉄腕だけから来るのではなく性格的なものもあったのかも。
ランチはこちらでごぼ天ぶっかけ・冷。
味は取り立ててどうのってことも無いですけど、普通に美味しく食べられます。
それに、麵三玉まで無料で増量可能っていうのは素晴らしいサービスだと思いますね。
九州だと店舗限定になりますがウエストがそばで同様のサービスをしてますよね。
しかし鳴門うどんって初見だよな?と思って調べてみると大分県限定のチェーン店なんですね。
鳴門って当然鳴門海峡のことだと思って、四国のチェーンなのかなと思ったのに。
何でなんでしょう??
うどんを食しながら地図を眺めて目に留まったトラピスト修道院に来てみました。
まずは丘の上にある修道院に。
建物の中は見学できなかったんですが、お墓を見られたので見てみると。
一人30代で亡くなられた方が居られましたが、他は80代とか90代で天寿を全うしている感じです。
坂を下りてクッキーの工場に入ります。
こちらは修道院やキリスト教について学べる展示もあってこんなものが。
修道院ってどういうものかイマイチ理解できていなかったんですが、言わば世俗との関わりを断った上で死ぬまでそこで共同生活をする施設という事のようで。
つまり先ほど見たお墓はここで人生を終えた方々のものという事になりますね。
独身で扶養者はいませんし心身ともに健康であると自負していますが、個人の財産を持てずに一生出られないとなるとちょっと僕には無理ですね。
そしてこちらが日課です。
これも短い期間限定ならこなせますけど一生続くとなると絶対に無理ですね。
意外ですが男性対象の修道院が函館とここ別府の二ヵ所だけなのに対して女性の修道院は国内に五ヵ所もあるそうで。
修道女の方が絶対数が多いという事なのでしょうか。
「祈れ働け」というのがモットー(?)だという事ですが、働くというのはクッキーやロザリオなど売店で売っているものを作成するだけなのでしょうか?
それとも農作物なんかを自分たちで作っているのかな?
財産を持てないんですから儲ける必要は無いわけですが、これで食べて行けるのかと心配になったり。
入所するときに個人の財産を納めてそれを運用するとかいう事なのかなあ?
謎です・・・。
立命館APUが眼下に見える素晴らしいロケーションでした。
どこに行こうかグーグルマップを眺めて速水インター横の農産物直売所に。
品揃えがイマイチでしたが、格安だった甘夏とどう使うか思案中の生山椒を購入。
この後は鶴の湯に。
駐車スペース付近まで来て明確に覚えていることを思い出しました。
こんな感じですが、はっきりと記憶に有ります。
お遍路を終えて八幡浜から別府にフェリーで辿り着いた僕はここで旅の垢を落としたんですね。
ここは僕以外みな常連さんで顔見知りのようで。
完全アウェー状態でした。
大音量で音楽がかかっていたりあまり居心地は良くなく。
もっとも僕の方が部外者なんで遠慮して当然なんですが。
スイカを持ってこられた方が居て皆さんに振舞っていて。
僕にも薦められたんですが、手を付けずにそそくさと帰りました。
ここでご馳走になって「おいしいですねー!」くらいのことが言えれば可愛げがあるんでしょうけどね。
人見知りで愛想のない僕でございましたw。
ちなみに大音量でかかっていた音楽がどうしても気になって。
歌詞を覚えて後で調べてみたら山崎ハコでした。
暗い曲想ばかりでしたが、誰の趣味なんだか。
何度か遠くからパゴダを目にしていたので調べて行ってみることに。
なかなか立派でございました。
仏像のレベルまで階段で登ることが出来たので上がってみます。
最初の像はお釈迦さまが生まれた時の「唯我独尊」の像。
ふーんと思って反時計回りに進んでみると涅槃像が。
そこで、ああお釈迦様の生涯を表しているんだと思って逆回りを選択。
計四体の仏像があったんですが、絶対に入っていると思った菩提樹の下で瞑想しているガリガリのお姿は入っておらず。
割愛しますが、最後の涅槃像です。
夕食はローカル回転寿司チェーンのこちらで。
こちらも鳴門うどん大分県内限定のようです。
リーズナブルだと思いますが、結構サイズが小振りでした。
ランチからそれほど時間が経っていないので9皿で止めておきました。
それからゆめタウンによってお買い物。
クッキーとかぼすこしょうと麦焼酎を購入。
早速栓を開けてペットボトルに置換しました。
駐車場に車を停めて飲みに出ます。
まずは別府駅方面を目指します。
ガード下が商店街になっていますが、時間がもう7時近くでほぼ閉店でした。
これは以前に車窓から眺めた像。
回り込んで名前を確認したんですが、何した方でしょうか??
道後温泉のような立派な建物の入浴施設もありました。
どこで飲もうか歩き回りましたが、外から雰囲気が感じられかつネットでも評判の悪くなかったこちらへ。
お通しのごぼうの煮物とりゅうきゅうを瓶ビールで。
他に焼酎ロックを2杯に串を2本。
会計は2900円。
正直そんなに安くないって感じかなあ。
逆算するとお通し代が500円以上かかっていることに。
常連さんばかりなので、通い詰めると何かいいことが有るのかなあ?
雰囲気は悪くなかったですけどね。
まだ客は中に居ますが21時で閉めてしまうようで灯りは消されていました。
この後は案内所を見つけられたので相談を。
キャバクラ的なお店は最低4000円からで一人だとシングルチャージが2000円も取られて6000円スタートですと。
有り得ませんね。
結構年のいったママさんだったのが気になりましたが、初回限定で2500円というスナックでいいかと入ってみることに。
先客が二人いてボックス席に陣取っていて。
そこには女性が一人ずつついていて、一人客の僕はカウンター席へと促されます。
これでママとのマンツー確定ですw。
先客に付いていた女性はどちらもフィリピン人で、たまにはフィリピンの話もいいかなと思ったんですが、結局入れ替わることは無く。
まあ僕が先客の立場だったとして、若い(と言ってもそこそこですが)お姉さんとママが入れ替わったら嫌ですよねw。
ここは割り切ってママと世間話を進めていました。
ドリンクのおねだりは明確に断ってねw。
30分くらいすると店の女の子(と言ってもこれもそこそこですw)と同伴で入店してきた客が。
話を聞くに、子供同士が同級生みたいな感じで。
何か複雑だなあ・・・。
女性は増えたけど、ママとマンツーっていう僕の状況は変わらんと思っていたんですが、この男性が過去に来店したことが有るらしく、ママと昔話を始めて。
しかも気前よくママにもドリンクを飲ませたりするもんだから、そちらの男性にママを取られて(?)僕は放置プレー。
このシチュエーションに苦笑いしながら思わず酒を飲むピッチが速くなってしまいました・・・。
何だか無為な時間を過ごしてしまったようです。
締めには名物らしい別府冷麺をこちらで。
特筆すべきことも無いですが、ご馳走様でした。
駐車場に戻って車内泊でございます。
おやすみなさい。
この日も朝はジョギング。
この後の予定を逆算して5時過ぎに起床です。
こんな飛び石を渡るコースになりました。
海沿いに出るとこんな石碑が。
もちろん知っている名前もあり、旭化成の宗茂さんと谷口浩美さんのお名前が。
森下広一さんも旭化成でしたかね。
こんなコースでしたが、8㎞から9㎞にかけてヨレヨレです。
アーケードの下だったわけですが、大阪に続いてとなるとやはり屋根のせいでGPS精度が落ちるというのは間違いなさそうですね。
道中のマックスバリュで少し時間をつぶして、7時10分前くらいに別府競輪場に到着。
別に競輪をやるわけではなく、目の前にあるその名も「競輪温泉」に入るためです。
110円と格安なんですが、それもあって開店前に来ている人達は常連さんなんでしょう。
冗談抜きで10分くらいで上がっていきました。
まあ長湯するような湯温では無いんですけどね。
一度大分空港に寄って。
結構取り忘れてしまう事も多いんですが、今回の度の相棒だったタント号でございました。
忘れると言えば最後に走行距離を確認するのを忘れましたね。
ガソリンが14.8Lでしたから燃費が20km/Lとすると300㎞くらいは走ったのかな。
お疲れ様でした。
帰りの便はフライトログブックをCAさんに受け取ってもらえて。
今思えば往きの時もそんな雰囲気だったんですが、ポストカードでいいと言ってしまっており。
今回明確に「やっとコロナが落ち着いて受け取れるようになったんですよ」、とのこと。
中身を見られない前提でいつにも増して悪筆だったんですが、これからは丁寧に書かないとw。
着陸後に返していただく際に少しお話しできたんですが、今回は定位置の最後列が開いてなくて真ん中あたりの非常口通路に座っており。
少し恥ずかしかったです・・・。
往きは3割くらいの搭乗率だったのに帰りは8割以上はいたんじゃないかと。
で、気になったのは何かの団体さん。
服装が黒ずくめでした。
最初はプロスポーツ選手かと思ったんですが、特にチーム名とか記載されていないんですよね。
それに、体格が一般人レベルの人たちが大半で。
如何にもって人も居たんですがそれは稀な方で。
いったい何の団体だったんだろ??






























