ごっくん無しで往復 2025-05-31 | 試飲百景
見逃す出合いの機会 2025-05-30 | 文化一般
酸いも甘いもの春 2025-05-29 | 料理
消化試合前の最終戦 2025-05-28 | 文化一般
ライン河下流の風景 2025-05-27 | アウトドーア・環境
弁証法的音楽表現の振幅 2025-05-26 | 音
支援企業での演奏会 2025-05-25 | 雑感
慈しむの美への弁証法 2025-05-24 | 文化一般
ドーム横フィルハーモニー 2025-05-23 | 雑感
怒り狂うまでもない駐車料 2025-05-21 | 雑感
ボンの近くまで引き返す 2025-05-20 | 文化一般
オランダからの風味 2025-05-19 | 料理
五種類の食事を準備する 2025-05-16 | 生活
木曜日ライヴの音素材 2025-05-15 | 音
週末旅行前の確認事項 2025-05-14 | 雑感
シュパーゲルサラタ準備 2025-05-13 | 料理
変容するパラダイム 2025-05-12 | 文化一般
マーラー九番の真髄 2025-05-11 | 音
狙う季節もののニシン 2025-05-10 | 料理
計画された第九の神殿 2025-05-09 | 文化一般
拭った高圧洗浄のあと 2025-05-08 | 生活
来シーズンの全貌をみる 2025-05-07 | 文化一般
貧すれば鈍する連中 2025-05-06 | 文化一般
楽日の緞帳の前で 2025-05-05 | 音
30年ぶりのアムステルダム 2025-05-04 | 生活
一寸自慢の楽譜用モニター 2025-05-03 | 生
最後にもう一度 2025-05-02 | 音
気温摂氏30度までの拡張 2025-05-01 | 音

ナーヘから無事帰宅した。新しい車で初めての試飲会行だった。色々と考えていたが、なによりも自動運転の効用が大きかった。もし酒気帯びで何かが起きるとしたらマニュアルに転換するときの判断ミスだろう。出来る限り運転させて、その動きを監視することに集中すると、どんどんと醒めて来る。抑々一口もごっくんしていないので、摂取したアルコール量は下限で、恐らく呼吸検査に出ない程度だと思う。ビール500ミリの方が酔い心地がある。そういえばそれぐらいは復活祭でも飲んでいた。

然し試飲会の怖さは幾らでも摂取しようと思えば限がないことで、自制の難しさに尽きる。この調子ならば二三時間中に走りに行ける。問題は明日も南ワイン街道で試飲会があるので、酔い疲れのようなものを残さずに翌朝起きることである。実は金曜日早朝は眼の調子など神経系統に来ていた。理由は分からないのだが、その儘であると危ないと思って運転していると、下り遅れて、迂回をしたがとても短い距離で済んだ。ナヴィのお陰である。

走行もアウトバーンに乗るまでで10%ほど充電を消費していたが、先方のバートクロイツナッハの谷はハイブリッドに切り替えて、全くストレスのない走りとした。この走行感と運動性も疲れを最小限にして専ら監視に努められる。

流石に休日の谷間ながら金曜日は空いていて、倉庫前に停めたら、積み込みに使いたいので、動かしてくれるかということで、新たな駐車場を紹介して貰った。手前のところは耕耘機などがあって停めにくく狭いのに対して、草原になっていて、垣根の横にすっきりと停められた。どんな酔っ払いにでも当てられることはない。地所をそんな持っているとは知らなかった。村のお金持ちである。

結局グローセスゲヴェックスの樽試飲への判断の自信はなかったので、先ずはオルツリースリングなどを自宅で試してからと保留した。先ずはそれでいいと思う。それでも12本買えたので、まずまずではなかろうか。

持って行ったハーブティーも自動運転を監視しながらでより落ち着く。何がいいかというと自分で運転するのではないので全く興奮せずにクールな頭でいられることで、疲れたら寝るだけでいいのだ。出来るだけ自分で判断しないようにして、評価するだけに集中すると血圧も上がらない。

復路で既に44%迄消費しているところから自宅周辺で更に9%使った。つまりナーへの谷で26%消費したことになる。それだけクールに走れる。車庫入れだけがマニュアル100%なのだが、全く問題がなかった。明日の試飲会に備えて再び80%まで充電することにした。ガソリンはほぼ20%消費したことになる。往復197kmを10リットルだ。蓄電は45%の消費で、電気走行は全体の16%に上った。

南ワイン街道へは更にあがるところまで電気走行区間を増やすので、上手くいけばバーデンバーデン往復も可能になる。燃料は安いので、もう少し補給しておくつもりだ。5リットル補填して、蓄電を49%から33%まで消費した。

走って心拍数は摂氏30度近いところで上がったが、アルコールの影響は最小で、往復33分台は全然悪くない。



参照:
見逃す出合いの機会 2025-05-30 | 文化一般
特産品をモーゼルで物色 2009-10-04 | 試飲百景

日曜日の準備もしている。バーデンバーデンで亡くなった作曲家ブーレーズの100年記念の催し物の一つである。その作品から「レポン」という曲が演奏される。電気拡声器を使ったイントロダクションとコーダの付いた八部構成のライヴエレクトロニクス作品であるが、この作曲家の特徴となったワーキングインプログレス作品のようで、指揮者自身が初演したドナウエッシンゲン音楽祭では20分ほどの曲となっている。最終版は倍あるが、まだ詳しくは調べていない。どうも作曲家の指揮でザルツブルク音楽祭で体験している様だ。そのプログラムがある筈なのだが見つからない。その後東京でフェスティヴァルをやるように偵察の梶本事務所の重役が来ていた。

その代わりレポンのスコア付きの動画と2015年のパリでの同じ楽団アンサムブルアンテムコムテムプランをピンチァ―が指揮した演奏映像、そして1992年のザルツブルクでの自作自演映像、初演の録音などが見つかった。楽譜のサムプルの少しの情報も見れた。

ネットにある情報はそういう感じで限られているのだが、記憶などを繋ぎ合わせるとある程度のお勉強は出来るのではないかと思う。こうなれば試飲会に出かける時はノイズキャンセラーで確り聴いていくべきだ。一時間の移動時間の40分は都合がよい。

ファンホントーストの絵を何枚も観た。オランダの重要な画家のようだが絵は観ていても名前に注目することはなかった。ユトレヒトの出身でボヘミア王のファルツ選帝侯のフリードルリッヒ五世の奥さんの英国王女エリザベスシュツワートの絵を描いている。宗教画も悪くないのだがその中から美味そうな絵も見つけた。この手の題材は最初の女性画家とされるユディトライスターも描いていてこれまた嬉しくなった。この女性の名前も見かけたような気がするが意識して観たのは始めてだった。

やはりこうした未知の画家を見つけるのはネットなどでは難しく、その場である程度印象を受けない事には始まらない。それも外国で二点ほどあってもそうですかで終わってしまう。恐らくそういうことであまり印象に残っていなかった画家である。画材がオランダの風景などならばそれはそれで分かるのだで、それはフェルメールなどでもある。ゴッホなどはその博物館に行けばよいのだろうが、それでもちょっと気が利いた絵もあってそれで十分だった。

入場料25ユーロに駐車料30ユーロ、安くはないのだが財布を忘れて入ったので、それ以外一切金を使うこともなかった。今回は運河の周りなどにも出かける時間はなかったのだが、距離からしても今回旧市街の交通にも慣れたので行きたい時にいつでも行ける。街の雰囲気はバーゼルとチューリッヒを合わせたような感じであろうか。

週末は摂氏30度近くまで気温が上がりそうで夕立も予報されている。何も考えていなかったが、試飲会には今年英国から送らせた新しいシャツを使おうかと思う。上着を着て行けるような状況ではない。ブーレーズ祭りも同じ格好でもよいかと思ってきた。ジーンズであると履物も替えれるのでしばらくお休みさせて上げる方がよい。クーアハウスでの演奏会は工事中で狭くなっている駐車場にさえ入れれば足を濡らすことはないのだが、動きやすい服装の方が企画にある席替えや音響を確かめるのにいいか。



参照:
酸いも甘いもの春 2025-05-29 | 料理
怒り狂うまでもない駐車料 2025-05-21 | 雑感

金曜日は試飲会である。三日間続けて各方面に往復するので、燃料を25リットル入れておいた。全部で400km以上は走るので足りないのだが、先ずは蓄電量を増やして、様子を見る。車の中で休む為には電気は欠かせない。

初日に遠くまで行って、翌日は近場で、酔い疲れなどでふらふらしないようにする。日曜日はバーデンバーデンである。酒気帯びよりも毎年の様に疲れが溜まってくるのが試飲会である。アルコールは抜けていても神経が散漫なことはあるので、それが問題なのだ。

試飲する2024年のワインの出来の報告をそれらの資料から先に読んで準備をしておく。2025年の今年はとても寒い。冬は寒くなかったのだが6月まで涼しい春は今年初めての経験で、やはり中欧は北国だと初めて思った。日本よりも永くワイン街道に住んでいるのでその感覚は間違いない筈だ。

ナーヘと南ワイン街道の資料によると、昨年の春が早くて三月には全く暖房も要らなかったことを思い出す。それでも四月には霜が下りて雹が降ったのだが、ナーヘは壊滅状態だった。それでワイン街道に迄果実を都合しに来ている。それでも一部残った果実が試飲可能となる。ここでは雹も降ったがそれ程は傷まなかったことをここでも記録した。一度霜などで駄目になると未成熟な果実ぐらいしか残らなくなる。

南ワイン街道も春の厳しさと夏の暑さで果実の成熟に時間が掛かって、10月になってから摘み取りとなったのも記憶に鮮明である。通常の年度ではなかった。だから果実の糖と酸のバランスが取れる迄待ったリースリングはアルコール度は低くても質は良さそうである。

買い付けるこちら側からの感覚からすれば、どこの地方でどのようなリースリングを狙うかをこうしたお勉強から見当を付けておくことになる。

アムステルダムのコンセルトヘボーの並びのホットケーキ屋に座った。美術館終了から開演まで三時間あるので時間は十分だった。それでも重いものよりも簡単なものを探した。これは良かった。先ずは名物と書いてあって、それはアメリカのケーキよりも薄いが、クレープよりも分厚いとある。こちらのタルトフラムベーより分厚い。

味は甘いものが通常のようだが、敢えてベーコンとチーズのにした。然しそれでも砂糖と蜂蜜の様なシロップを奨めてくれたので両方試してみた。飲み物はハイネケンのノンアルコールビール二杯とコーヒーとチップで27ユーロ程払った。

こういうのは如何にも簡単で家庭でも食していそうなので、我々が思っているオランダの食生活そのものである。魚介類は素晴らしいが、それ以外にはチーズぐらいしか食材のあまりないところだという意識が我々にはあって、その意味では英国の方が遥かに豊かである。

丁度いい具合に反対側から開場一番に入るまでにゆっくり休めたのがなによりも良かった。アパートへもナヴィと自動運転のお陰で逸早く帰れて、この辺りは新車のお陰で、従来の程度なら到底計算が出来なかったのでそれだけで十分の価値があった。



参照:
ライン河下流の風景 2025-05-27 | アウトドーア・環境
オランダからの風味 2025-05-19 | 料理

シュヴェビッシェハーレは観光地としても有名である。然し出かけたことはない。バーデンヴュルテムベルク側のロマンティック街道としてもよいようなところだろう。そこへと同じアウトバーンの降り口から南北反対に同じような距離にあるのが今回出かけたヴュルト社の本社だった。そこのカルメンフォールムはオーナーの奥さんの名前を付けた美術館を含む文化施設で、そこに音楽会場がある。そこでは気が付かなかったのだが司会進行と挨拶をしていたのが彼女だと思う。そこで若干不躾な話しとなって、旦那もTVなどに出るのは好きなようだが、なんとなく昔の大阪丸ビルオーナーのドケチの吉本を思い起こさせる。

会場は550人弱の小規模な中ホールなので、指揮者が誰でも初のベルリナーフィルハーモニカー公演は行きたいと思った。幸い予定通りのペトレンコ指揮で、A席130ユーロはアムステルダムのものよりも遥かに価値があるだろう。然し想定したような絶好の音響でなかったのは仕方がないかもしれない。上手に定常波は避けられているのだが、バスがだぶつき気味になるのは舞台上での反射が強いからだろう。舞台上でも決して素直な音響が得られていないのだろうが、期待される前への音の張り出しも少なく、引っ込んでいて立体感も乏しい。とはいっても2000人のホールとは異なり、視覚とのずれも殆ど生じない。

その為今回の中編成までのモーツァルトのクラリネット協奏曲と田園交響曲で、より小さな協奏曲とアンコール曲はそこで演奏した価値があった。先ずはなによりもソリストのヴェンツェル・フックスの演奏が楽しみだった。

個人的には楽団の首席奏者としてもとっちゃん坊やのような吹き方でなによりも呼吸が外に大きく聞こえるので評価していなかった。然しここ暫くはその傾向が薄れて、嘗てオーストリアのスキー青年チームの感じよりも、いい音楽を聞かせて貰っていた。なるほどその傾向は今年に入ってからの復活祭その他で満足していた。

特にこうした小編成に近いところでのソロはどこまでいけるかという興味である。どうしてもカラヤン以降のコッホのオーボエとライスターのクラリネットのそれとの比較にもなる。然し一楽章からその会場の音響もあって、ソロが埋れてしまって、ペトレンコが留意する必要があった。そうなるとやはり音量が足りないということになる。その傾向はマーラーの九番でも感じていた。然し現在は同僚の若いオッテンザムマ―が退団したことから守らなければいけない立場になっていて、苦労が伺われた。一週間以上のツアーは体力的に厳しかったと思う。

既にシェフのキリル•ペトレンコのシーズンは終わった。フィルハーモニカーもあとは消化試合であろう。どのような奏者が日本でのオープンエアー公演まで乗って来るのかは知らないが、休む人は秋に備えて休んで仕舞うのだろう。フルートの空席もあって、オーボエを含めて木管の世代交代は迫っている。

報知されていたようなこともなかったのだが、楽団員のソロとしての演奏としては決して悪くはなかった。ペトレンコも上手につけていたとは思うが、やはりモーツァルト指揮者ではないと自らが語る様に、ここ一つのところで不満は残った。限られた準備の時間で、恥ずかしくはない伴奏はしていたのだが、有名ゲストソリストに合わせる時とはまた異なる方法での密な音楽としては、更なる演奏を期待していたのも事実だった。(続く)



参照:
支援企業での演奏会 2025-05-25 | 雑感
そのオーラをそっと出し 2024-12-17 | マスメディア批評

週明けは忙しかった。そして一回開けて走っただけで疲れた。週末は二回のワイン試飲会とブーレーズフェストだ。ブーレーズのお勉強はどうしようかと考える。曲自体はレポンであるから、楽譜はなさそうで、演奏のヴィデオや資料を研究するぐらいか。

問題はワイン試飲会で、南ワイン街道はアルコール帯びを制御可能だが、もう一件は若干異なる要素がある。正午には到着して、いざとなったら一眠りするぐらいの方がいいのか。幾ら口から吐き出しても、アルコール帯び運転は避けられない。あとは暖かいお茶以外の飲み物をポットに一杯詰めていくことか。

アムステルダム旅行はそれなりに楽しめた。やはり低地の水路の間にあるような土地柄と風光にはフランスのような豊かさはないのだが、風情はあった。フェルメールにしてもその他の画家にしても題材が豊富で、其の儘が絵になったという趣がある。

今回は奇しくも数日の間にライン河の中流と下流へと河岸を通ったのだが、水車とかそうしたものだけではない流れの違いのようなものも感じた。空気も違う。宿は半島だったのでもう少し潮風を感じるかと思ったがそれ程ではなかった。ラインもオランダに入るとヴァ―ルと名を変える様だが本流で間違いないようだ。流れはあるのだがたおやかで風も緩やかなのだ。反面、ケルンは思ったよりも強くて、シューマンの交響曲三番を思い浮かべた。

基本オランダはそれ程広くはない。平地であって移動も早い。渋滞はそれなりにあるが、迂回路を通ってもなんとかなるのが、スイスなどとの相違だろうか。それゆえにどこに行ってもそれなりの田園風景や広がりがあって、バイエルンでもその他独逸ではないかもしれない。北ドイツになると荒野になって仕舞う傾向があるのだろう。そうした差異がフリードリッヒなどとの絵画の違いにもなっている。

アムステルダムがデンハークなどに今後出かける用事があるのかどうか分からないのだが、出来れば海岸のもう少し先に泊まりたい。今回もそれも考えたのだが、アムステルダムのリンクを抜けてチェックインまでにかなければいけないのが負担だった。中途半端に近いので、途中一泊するにしてもマーストリヒトやベルギー国内になるのだろうか。あまり国境を何度も超えると煩わしいというのもある。

冬の間に匂った衣服などを順々に洗濯している。洗濯だけでもないのもあり、洗濯していなくても匂わないものもある。暖かくなって、服はTシャツ等は好きなように着替えれるので、問題は生じにくいかもしれない。布団も夏ものになると調整しやすくなる。

床屋の日程もぼちぼち考えておく。前回は4月10日だったので、6月のワイン祭りの前ぐらいにさっぱりしておくと生暖かい時にも窓を閉めて室内でも過ごせるだろうか。外泊も何泊かはあるので、洗髪なども考えるとその方が都合がよい。催し物などのお出かけも後半から7月第一週までなので、それを越えれば夏休みモードになる。洗濯屋に出すシャツなどもあまり必要でなくなる。

夏以降の計画も考慮して準備などが必要になってくる頃で、先ずは箪笥の虫除けなど、またどうしても必要になる愈々アプリが使えなくなってきているタブレットの購入なども見当をつけておかないといけない。



参照:
怒り狂うまでもない駐車料 2025-05-21 | 雑感
ドーム横フィルハーモニー 2025-05-23 | 雑感

承前)ケルンでのマーラー九番、なによりも会場の音響が大きかった。舞台での楽器のウォーミングアップでそれは分かった。形状通りに扇形の背後の壁が下手奥のコントラバスを跳ね返す。それに影響を受けるかのようにオーボエなどが輪郭が呆けて仕舞う。反面その間に座る上段のホルンはよく通った。舞台上でも癖があるのだろう。前者の点は本拠地のベルリンよりも長所であるが、後者の発散と暈けは短所でしかない。概ね倍音成分は伸びるようで、ドーム構造が活きて、その容積も十分あるから飽和しないのだろう。

弦はそれで倍音成分が綺麗に広がるが、伸びて滲むようなことはなく短い。この辺りの残響特性は絶妙だと感じられた。この会場の最大の利点かもしれない。同じように扇型であり、カラヤンが大阪の旧フェスティヴァルホールをイメージしたというザルツブルク大劇場のオペラ向きに残響をつけた感じである。

それによって一楽章の冒頭からでもあるが、四楽章においても弓運びが綺麗に聴こえて同時に客席との距離が半径内なので視角と違わない。それによって舞台上の跳ね返りを反映してか、とても丁寧な弦合奏が初めて楽しめた。然しそれは最終的に九月のルツェルン以降で最終的な出来上がりとなる。まだまだ出来るとしか言いようがない。ケルンのそれも美質には違いないのだが、KKLの方がその点でも更に優れているだけでなく、なによりも楽器間のバランスが素晴らしい。その最たるものがあれだけアムステルダムでは第一ヴァイオリンの反対側に座って対抗する形で書かれている楽曲がよく響いていたのだが、ケルンでは楽器が反対側に向いている分半分近い音量でしか聴こえず、音楽的な形成が掛け合いとなっていなかった。秋に期待されるところである。

上述したように所謂下吹きとされる主席ではないホルンが朗々と響く一方、木管などは可也のパワーでないとバランスし難そうであったり、反面ベルリンであるならば跳ね返らないコントラファゴットやクラリネットなどがコントラバスに対抗して響いていた。その分全奏での響きは悪くなかった。勿論演奏の質が上がってきている事でもある。

そのような音響の中での一楽章でも何度かの強奏でもダイナミックスがコントロールされる様になっていて、ショルティ指揮シカゴ交響楽団におけるそれを思い起こした。如何に楽譜が正しく音化されるようになってきているかでしかない。音楽監督としての経験から厳密に認識しているマーラーの作品であるからたとえ初演後の楽譜校訂が叶わなかったとしても基本的概念の構想には疎かなところはない。修正されるべきは対位法的な若しくは音律旋律的な受け渡しでのシステム間のバランスであって、全奏とはまた異なる面でもある。まだまだ会場がよくなることで変わって来るのは間違いがない。反面木管などの定位感がなくて印象が悪いことが冒頭からの繋がりがより難しくなって来ていた。

その総奏のあり方は、アムステルダムでも本質として言及したのだが、まさしくそこでの音運びがラッヘンマンも語る冒頭の三音の断片が楽器法も含めてとことん扱われることをして弁証法と、その後にアントン・ヴェーベルンへと流れているとしている。ケルンでのプログラムには、二度三度での変容が各々の声部に展開して、それが次には合わさることで音響の中での激流となるとして、「優しく歌い」と「怒りを以て」、「熱情的に」若しくは「影の様に」、「あまりに重々しい葬送の様に」の音楽指示と同意義となる。(続く)



参照:
ドーム横フィルハーモニー 2025-05-23 | 雑感
マーラー九番の真髄 2025-05-11 | 音

指揮者ペトレンコが楽員に向かってお辞儀をしていた。そういえばこれで来シーズンまでは振らない、もしかするとベルリンをも離れるのかもしれない。支配人ツェッチマンの話しは出ていたが、見かけたのはアムステルダムで隣に座っていたチェロのマイニンガーだけだった。聴いている時にこちらの顔を見られて熱心な人と思われただろう。メディア担当だったからメールを貰ったかもしれない。結局選ぶ席で廻りに玄人が沢山いた。

もう一人日本かららしい人と言葉を交わさなかったのだが、後で考えると贔屓の楽員さんのお父さんだったかと思った。気が付いていたら話しかけていたが後の祭りだった。次に顔を見たら分かるだろう。着いた席でそのお写真を思い出してなんとなく分かったのだ。

走行距離290kmで往復は現地で若干道に迷ったがまずまずだ。但しスポーツモードで走行したので燃料はかつかつになって、復路は最後に車庫で補充可能なハイブリッド走行にして、充電残り33%迄に落ちた。その反面あまり速く走れない所でも時速240km迄出せた。然し後ろにMiniが着いてきていて、ただものではないレース車であることも知れた。

ナヴィに本社のそれしか入れていなったようで、社内の地図は表示に従うしかなかった。飛行場やBASFなどの様に広くはないが、それでも田舎なので敷地は十分に使っている。建設資材の物売りからあそこまで一代で成し遂げるのは大したものである。

額は違っても、ベルリナーフィルハーモニカーにとってドイツェバンクの次に大スポンサーとして明記されていて、フランクフルトでの11月の壮行演奏会と並んでそこでも開かれることになっている。

客層はやはり化学の様にそれ程高学歴な感じはしなかったのだが、田舎にしてはまずまずで、車もハイデルベルクや結構遠方からが多かった。フランクフルトは見かけたがミュンヘンやシュトッツガルトは見なかった。

楽団は21時20分かのニュルンベルクの汽車に乗らないといけないということで、足代などが嵩む話を態々歴史的にワルシャワへと天井もない貨車で向かった逸話を挙げる必要があるのか、この辺りの感覚がやはり会社の質を表すようだった。一週間以上に亘ってのツアーであり、お疲れさまとしか言えない。一部やはり疲れの様なものが見えたのは仕方がないが、音楽的には価値があったことだけは間違いがない。

車輛の走行距離が6266kmになった。想定以上でこのペースなら年間12000kmを越えそうだ。保険会社の契約年間走行距離で、最終的に保険支給が必要な時に超過で決算で取られる可能性が出て来る。兎に角走るのが、午前様で眠くなる以外は、自動運転で楽なので夜道でもあまり億劫にならない。一般国道で狭い道などの時などでなければ、アウトバーンは幾らでも走れる。渋滞中も食事も出来るので休みにもなる。工事区間も追い越し車線でなければ気楽である。

高速走行で気が付いたのはやはりターボで、最高速域へは吹くことは分かった。然しそれをどのように使うべきかはまだよく分からない  — 全体の走行音は強まって感じた。自動運転で210km巡行の方が長距離走行では助かるからで、その速度でのカーヴ走行の方が心地が良い。それより早く走るにはもう指の操作ではならず、アクセルを踏み込む必要が出て来る。すると今度はブレーキペダルを踏む時に足を切り替えなくいかなくなる — 要するに自動運転というのはブレーキしか踏まない。まだどうも最高速度域での走り方がよく分からない。



参照:
寂寥感溢れる心像風景 2024-11-14 | 文学・思想
貧すれば鈍する連中 2025-05-06 | 文化一般

承前)先週木曜日ベルリンからの中継、お話しの部分を初めてゆっくり聴いた。生放送では翌日からの旅行に持って行く食事の準備に追われていたからだ。なによりも興味深かったのは中継終了後に語られたベルリンでのマーラー九番演奏史とペトレンコ自身による解説部分である。オンデマンドでDLした。

ペトレンコ指揮が14人目のフィルハーモニカーで振る指揮者ということだ。初演その後のことから長く取り上げられなかったのは、ナチ政府による演奏禁止もあるだろうが、1960年代のルネッサンスまでは同時代の音楽としても十分な評価を得ずに音楽として古びて仕舞っていたということらしい。

そこで1964年の初録音へと続く指揮者バルビローリでの成功まで待たなければいけなかったとなる。人気指揮者のということでそのメロディアスな音楽がウケたのはよく分かる。1972年にジュリーニ、そして1979年のバーンスタインのデビューとなる。

その時の逸話を語るのがコントラバス奏者ウルリッヒ・ヴォルフで、その週の日程表はあり得ない過密になっていて、約束通りに通常より多い四回の練習が行われたのにも拘らず最初一回は歴史的政治情勢とかのお話しに終始していたらしい。そして多くの団員はバルビローリ指揮の思い出に浸かっていたという。然しバーンスタインの指揮は先ずは汗を掻く独逸風とは異なり最初に感情と音楽の自己化が奏者にも要求されてと我々が知る晩年のその指揮の方法が取られた。

その系譜にいるのが指揮者アバドで、ルツェルンでも率いたヴィオラのコッホが語るには、終楽章の最後はパート譜でなく総譜を見て演奏させらたと、なるほどと思わせる。そして音楽が終わって一分以上の静寂。まさしくバーンスタインの系譜であり、なぜ最晩年第八交響曲指揮を最早価値がないとしてキャンセルしたかが知れる。

それに比較してラトル指揮は、バーンスタインデビュー直後に指揮をしてレパートリー化したカラヤンの系譜に違わない。音響作りに全てを賭けている。そしてそこで紹介されているのがヴァルター指揮1938年のヴィーナーフィルハーモニカーの演奏録音がオーストリア併合前の最後の演奏として、そのコンツェルトマイスターで作曲家の娘婿ローゼと共に指揮者が亡命したその惜別だったと、柴田南雄が書いていたことが紹介された。

更にラトル指揮プログラムに組み合わされたデビュー作曲家ラッヘンマンがその時のインタヴューでこの交響曲の形式に言及している。その惜別たるものの意味となる。全てへのお別れでしかないのだが、ペトレンコがこの交響曲から直接の影響を受けた新ヴィーン楽派アドルノの言葉を挙げてその解説をしているのに対して、現代の作曲家はその古き良き美しさとあまりにも酷さの対比をしてドイツの弁証法だと笑う、それによっての美である — 復活祭の第九で言及した。

なるほど作曲家が語る様にポピュラーでありコラールでしかない音楽は、正しくバーンスタインのルネッサンスによってアメリカ文化の要素を以てシオニズムの音楽として蘇ったのであった。同時にその音響の意味するところをラトル指揮などが追求する反面、本来のその音楽の意味が失われ、演奏史としても今回の定期公演からツアーへとかけて絶えず発展することが要求されることになった。

先ずは録音・録画の残っている二回の演奏以外のケルンでのそれからその変化だけを記録しておきたい。(続く



参照:
計画された第九の神殿 2025-05-09 | 文化一般
対象への認知の距離感 2023-10-08 | 音

ケルン往復をした。出発は12時30分頃で、休みながら16時10分過ぎにフィルハーモニー地下に入庫、22時20分までに出庫に2,5ユーロ支払った。今迄で最も安い割引料金である。ホールの駐車場のようで、入り口からしてシカネーンになっていて恐ろしい。幸いぶつけることはなかったが、出庫のことが気になるほど難しく、実際に出口で前後させて時間が掛かった。今迄で最も難しい車庫入れ出しの一つだ。

それにしても駅前のドーム広場に繋がるライン河沿いのロケーションなので、そこに停めるとバッチリ市内観光が可能となる。6時間制限を使わない訳にはいかない。計画はなかったのだが、ドームとの位置関係や河畔のレストランなどをざっと見て、問題となっている河畔の喧騒とホールの関係なども見たかった。

それ以上に驚いたのは西部ドイツ放送局が駅前にあることで、まさかあそこではスタディオ使えないだろうと思った。河畔には騒音禁止の立て札を出しに来ていて、マニュアルの騒音防止策をしているのは分かった。役所も警察も旧市街にあって、抑々駅前が旧市街の欧州の街はここ以外に知らない。18時迄開いていた喫茶店で腰を下ろしてチーズケーキを食す。その他ユダヤ人居住区整理とかのプロジェクトがあって、ローマからの歴史文化行政には投資しているのは分かった。

往路は嘗て通っていたボン経由ではなくブリュールの田園地帯を地道で河岸まで出るコースがナヴィゲションされた。平日なので渋滞などを避ける最も合理的な最短経路だったのだろう。途中で休めそうだったが先を急いだ。河岸まで出れば数キロ下降すればドームである。思っていたよりもアクセスはよかった。

復路はどうするのかと思っていると、河を渡って、フランクフルト方面からコブレンツへ戻るようにされた。往復で510kmほどで復路は若干距離は伸びたようだが、街を出る迄も早く21時38分ほどの出庫で、24時35分には帰宅した。飛ばすところは少なかったのだが、自動運転は使いやすく、一度追い越されたところで記念撮影の赤フラッシュ点滅があったが、抜いた車がこちらよりも10km以上早かったならば、車輛に表示されていた制限時速130kmで間違っていなかった筈だ。

会場自体はお椀のようなところに作ってあって、あまりバックヤードスペースもなさそうである。WDRでのシュットックハウゼンやなによりもアロイスツィムマーマンの本拠で新しい音楽には盛んな土地柄なので、「八つのブリュッケン」などの催し物でこの新しい会場でも沢山の初演がされているようだが、指揮者エンゲルの名前は展示されていなかった。2月にハムブルクで初演になるオルガ・ノイヴェルトとスイスで昨年演奏会でエンゲルと話していたイザベル・ムンデリィの楽譜があった。調べると彼女はノイヴェルトのおじさんに習っているのだった。ということは来年の「モンスターパラダイス」スイス初演にはオペラ座に招待されているのだろう。

復路は24時には眠くなった。車を停めたが、熟睡してしまそうなので最後を無理して走り切った。疲れはしないのだが眠くなるのは致し方ない。アムステルダム往復が1100kmで今回は半分以下、その半分が土曜日の走行となる。ザルツブルク日帰り往復は以前の様に可能だが夜早めに帰宅することが絶対条件に違いない。



参照:
ボンの近くまで引き返す 2025-05-20 | 文化一般
拭った高圧洗浄のあと 2025-05-08 | 生活