ブログ閉鎖に伴う記事移転でぼちぼち作業をしている。そのもの日記を何処に移すか。様々な意味で個人的にも若しくは仕事においても重要な記録となるかもしれない日記をどのようにアーカイヴしていくか。少なくとも推奨されているように二つのポータルには問題なく移せる。然し完璧に日記の形で移植できるのは一つだけで、もう一つはそのようにはならない。投稿日時が変えられてしまうからだ、然しそこからの更なる移転は可能となる、それに対して完璧に日記を移してもそこからは移せないのが前者で一長一短である。

もう一つ既に本年一月から投稿しているNoteは日記形式ではないが、写真共々移せて、必要があればそこから移転も可能となる。然し、投稿数が2004年から合わせて7200記事以上あるので、一年ごとに手動で切り取って移動させないとエラーになる。その代わり二年分ぐらいづつで時間が掛けて行なえる。下書きの儘にもしておける。

まだ11月までは終了しないようなので移転作業の時間はあるが、合わせて三カ所に移し替えておけば一挙に消えることはなく、使い方によっては各々を組み合わせれるだろう。

そのように、その後どこを主に更新して、どこをミラーサイトとしていくか?日記を主旨とするならば一つで、それ以外はNoteとなるのだろうか?少なくとも本年一月からはミラーサイトにしてあるので、継続性は保てる。

作業中なので結論は出せないが、問題があればここで書いて、対処法を考えていく。要は、アーカイヴとして資料として使いやすいことと、それを取り出して新たな形にもしていける可能性。そして日記的に書き加えていくのに容易いことでしかない。

銀行の一部の確認受付をスマートフォーンに拡大した。理由はタブレットのアンドロイド7の使用限界が来ていて、一部アプリでは使えなくなっているからだ。機能的に使えるのは夏以降は難しくなってくる。その前に買い替えるのだが、繋ぎとしてスマートフォーンは欠かせない。但し持ち歩くのでどうしても画面ブロックを掛けることになって使いにくい。それも自宅であまり使わなくなれば問題なく、新しいタブレットに頼れることになる。

それにしても独銀行のその承認システムは可也複雑で、機種登録に時間が掛かった。理由は読み込むだけにそれ用にアプリをインストールしなければいけなかったことでその仔とは知らなかった。少なくとも以前は二種類のアプリにはなっていなかった。殆ど乱数表が一つ加わったようなもので、そこまでの手順が分り難い。その様にしてあって、恐らく慣れていない老人や若干苦手な人には太刀打ちできない。日本のそれも複雑化しているのは知っているが、若干質が違う。可也意志的な操作や準備が出来ない人は何も出来ないということになる。税務当局のオンラインシステムでも複雑すぎる。明らかに置き去りにされている層というのが少なからず社会に存在をしているのを伺わせる。それも下手をすると過半数を越えていると思う。

歯医者の二度目の予約が他の用件と重なっていた。気付いたので連休明けに電話して、変えて貰った。数日伸びて間が三週間近くあくことになるが、その間にブリッジを作らせるのでそれでよいのだろう。4年前にやった気になっているブリッジと歯茎との隙間の糸も近々配達になりそうなので、それもすっきりさせると、ブリッジの意義がはっきりしてくる。現時点では若干違和感が出てきていたからだ。



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ガックッと外させる女医 2025-06-03 | 女
書くことの意味は大きい 2015-11-03 | 文化一般

暖かいのも気持ちよいが、涼しいのも清々しい。週末は軽く摂氏30度を越えるようだ。ワイン祭りで室内にいるのも不快なので、予定通りクロンベルクに出かけることにする。涼みに行きたい。アカデミーのある街自体は標高250メートルしかないのだが、裏山のグローサーフェルトベルクは879メートルあって、タウヌス地方の最高峰である。そこまで上がれば涼しい。結構にハイキング用の駐車場もあるようで、車を停めて休めるところには十分にある。

出来れば食事と組み合わせれればよいのだが、夜開いているのは限られる。麓は夜迄開いている高級処も多いのだが、それでもいつものことで音楽会が終わってからでは限られる。ゆっくり食事をしてから山の中に入るとなればそれはそれで慣れない所で場所探しから、横になるまでが一苦労である。

静かでいい場所は必ずある。然し夜中に探すのは大変なので、先ずは見当を付けておくとよいのかもしれない。同時に昼から翌朝までのピクニック準備は欠かせない。暗いところでの飲み食いは限られるので、そのメニューも自ずと決まる。

翌朝も車で帰宅可能なのは朝の清掃が終わった9時から10時までの間なので、早めに近くまで戻ってきて待っている感じになる。寒ければ未明に車を走らせていつもの森の駐車場まで帰ってきてもいい。抑々涼しいならタウヌスに拘る必要もない。近所の峠の森も使える。但しその辺りに食事の時刻までに戻ってくることも難しい。

車中泊では、蓄電池の使い方と居住性と就寝状況の知見を得ることが目的だ。出来る限りお出かけ着で、簡単に羽織るぐらいの装備でなんとかしたいのである。休憩と泊の差異を極力小さくしたい。冬季は暖房をつけておくのが基本になる。

アカデミーから頂上までは歩いても2時間8キロ程で知れているが、車で走ると18キロ20分となる。それ程急坂ではないのは知っていて、廻って600mほど上っていく。音楽会前に周遊して来るのもいいかもしれない。

本来ならばハイブレッドで走ると気持ちよいのだろうが、車内泊となると電気を残しておかないといけないので、燃料を使うことになるか。ワイン街道からは走っても300km少しであるが、余裕をもって30リットル程を給油しておけばよいかもしれない。やはり蓄電は多めにしておかないと実験にもならないかもしれない。往路の山の頂上で80%ほどを残しておきたい。

これら全ての条件は週末に雷雨になっても雹などが降らないかどうかだけである。通常の雷雨であればな問題がない。場合によれば夜間にも入れる車庫を計算しておかないといけない。

連休最終日には地元の頂上まで走り上がろうと思っていた。然し前日に雨が上がり天気が回復したのに人手がなかったので、急いで走りに行った。応急だったので頂上までは上がれなかたが普段通りには走った。これで連休明けの火曜日にはもう一度走れる。木曜日にも走っておけばワイン祭りの週末に走れなくてもノルマが果たせる。散髪もするので、夏日になってもなんとかやれるだろう。



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明るく過ごしたい週末 2023-10-22 | 生活
聖霊降臨祭に清涼感 2025-06-07 | 暦

承前)「レポン」の六音音階は、なぜか献呈したシュレ―ではなく、バーゼルの指揮者のザッハ―の音名となっている。SACHERであるから独名でEs(S)-A-C-H-E-D(Re)である。同作曲家のデリーブ以外にもブリテン、ルトスワフスキ―、ヘンツェ、デュテュユーなどが偉大なパトロンを記念してその音階を用いて作曲している。

導入に続いて6つの曲と終曲で8部分となる。6人のソリスツ、ここではピアノ二台とヴィブラフォン、シムバロン、打楽器となり、室内楽団を聴衆を囲むように配置されて、同時にライヴエレクトロニクスを再生するスピーカーが同様に六カ所に設置される。既に言及したようにそのエレクトロニクスの効果は当時の技術的問題もあって比較的単純なもので、少なくともこうした古典曲となってもドルビーサラウンドサウンドで録音制作として成功したという話しは知らない。

この曲目が示すように抑々のお手本は教会音楽のリフレインが教会内で応答するレスポンゾリウムであって、この創作の根幹となっている。その一方この曲が作曲家自身の若き日の劇場演奏経験から劇的とされて、劇場を焼き払えとした思想とはまた矛盾した作品ともなっている。

そして目指す音響劇場的な空間意識はパウルクレーの絵画における非連続的なそのシステム間の受け渡しもあって、キュービズム的な意識が為される一方、その打楽器類の扱い方からガムラン的な音響も目される。装飾的に多用され続けるトリラ―やトレモノはそのもの音響空間への表現となっていて、それが円を描くというのが基本コンセプトとなっている。

当然のことながらその劇場表現は抽象的であり続けるのだが、終曲のコーダにおいて反対の教会の鐘を認識させる響きで、殆どマーラー交響曲九番、シェ―ンベルクを想起させる別れの曲となっている。

アルページョのアコードに代表されるそうした音響空間は、少なくとも自作自演当時には音響であってそれ自体が作品の意味とされていた。然し今はそうした演奏さされていないようである。

すると当初から言及しているように中間部における最も変奏為されるところにおける音楽は最も抽象的でありながら音楽的にも鍵を握っている。音楽劇場作品ではないので、そこでどのような意味づけを認識させれるのか?

その為には何が必要かと言えば飽く迄も楽譜の細部を正しく音化することでしかなく、電光石火の変化を指揮で以ってそして奏者各々の瞬発力で如何に表現可能かにかかっている。少なくともマーラー交響曲九番三楽章の比ではないそのスピード感が要求されることには違いない。

今回の演奏では、この作品と作曲家の決定的な評価定着となるどころか、寧ろ自作自演の後、それ以上の演奏が為されるのかどうか、まだまだ明らかにはならなかった。それは反面立派な演奏で半世紀後か一世紀後かにも演奏される可能性があるのかどうかのインプログレスであり得ることが傍証された。



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扱いの面白さが本命 2025-06-01 | 雑感
見逃す出合いの機会 2025-05-30 | 文化一般

聖霊降臨祭の連休になった。再来週のフランクフルトでのオペラ制作再演に合わせてドビュシー「選ばれし乙女」とオネゲル「ジャンヌダルク」の二曲の楽譜を落とした。

ワイン祭りが始まって仕舞うと音曲が喧しくて音楽的環境から引き離される。それまでに大まかには把握しておかないと始まらない。環境とはまさしく感興を誘うかどうかでもある。

日本から新茶を持って来て貰った。二種類の新茶で8月中旬迄の賞味期限で50gづつなので、6月、7月となる。新茶を楽しむにはいい季節だろう。それで十分だ。然し上等の宇治の茶はやはり美味い。日本にいる時はそのもの日常茶飯事だったのでそれ程煎茶には拘らず、逆に玉露とか抹茶を有難がっていたのだが、上質の煎茶は清涼効果が高い。リースリングにおいても若い葉緑素が冴えたものも同じであり、色だけでも青くて楽しめる。

二月ぶりにアマゾンに発注した。もっとも慌てるのは歯間糸でスーパーでも買えるが安くないので四つ纏めて、更に箪笥の衣料虫除け、そして掃除機の紙パック、台所のスポンジを合わせて39ユーロとなった。

実は本を入れて安く上げようと思ったが、それでも送料無料にならなかった。欲しい本は、来年二月のハムブルクでの新作の台本を書いているイェルネック作「ピアニスティン」の文庫本を狙っていたら今入らないということで、単行本を見ると14ユーロで映画化されていることを初めて知った。カンヌで賞を獲っている。早速映画を全部観てみたいが、その前に独逸語で原作を読んでから、フランス語でのイザベル・ユペールの演技を愉しんだ方がいいかもしれない。独逸語吹替では駄目だ。

映画自体は、墺太利の女性ノーベル文学賞作家とミュンヘンのハーネッケ監督作品でBRやArteが制作参加しているのだが、やはり主演女優があってこその映画化だろう。それでもこの作家の音楽的な書き方は思った以上で、成程ハムブルクの支配人クラッツァーで同じ墺太利の女性作曲家ノイヴィルトに依頼した新制作「モンスターパラダイス」へのその熱意は知れた。

政治的な風刺の新制作であることは間違いないのだが、恐らくこれだけの作品を書いている作家から、エモーショナル若しくは政治のセクシーが描き出されない訳がない。指揮者エンゲルがこれだけの企画を音楽的に纏め上げれば大成功となる可能性が高い。そのように考えるとまだ来年の二月からの公演であるが、まだまだ売れていない。

連休なので月曜日の早朝に久しぶりに頂上まで駆け上がることを考えている。此処暫く達せてはいないのだが、前日からジャガイモを食して準備万端整えればやる気が起こるだろう。抜歯後の体調の復調を確かめれるのではないか。

正直平常の運動とその後の疲れや逆に運動による回復など不明確な面があって、惰性になっていない運動を入れることで調子が分かるのではないかと思う。それほどいいタイムが出るとは思まないのだが、足の調子などはまずまずで、靴もそれに大きく貢献していると思う。スキーで痛めた左膝も暖かい時には柔軟性があって問題がなくなる。



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新茶を一月で飲み終える 2023-08-07 | 料理
嘘つかない僕の腸 2025-06-06 | 試飲百景

久しぶりに隣町まで歩いた。試飲してから早めの夕食をしに行くためだ。車でいつも動いているので、遠いとは思わないのだが、それなりに道を右往左往すると結構な距離になってそれなりの運動にはなった。往復6km程になって、いつも走る距離よりも長い。最も異なるのは舗装道路なので同じランニングシューズでも底が擦り減って足が疲れる。いいことはない。

試飲で一杯引っ掛けて夕食で、欲しいだけ飲める。それでも試飲したワインよりもいいものがある訳でないので昔から馴染みの銘柄のヴァイツェンビーア二杯で喉を潤す。陽射しも薄く暑くもない時が一番歩きやすい。飲んで食べてで気楽でなによりだ。

食事はバーガーとなっているパンに挟んだ料理だったが、パンは要らないのでばらして貰ってソースをつけて食した。牛ターフェスシュピッツにホースラディッシュソースが普通なのだが、そこにバーベキュウソースが着いているというもので、なるほどパンがなかっただけ塩辛かった。余計に喉が渇くのでまたビールが美味い。

十数年前に走り始める前はこの辺りを歩き回った。葡萄の成長を見ながら歩き回っていた。運動量として足りないということで走るようになったのだが、同じ30分でも全然違う。それでも飲食の後に適当に歩くのはやはり気持ちがよい。

問題は気持ちがよいのでまた飲み始めてしまうことだろう。9時間程飲み続けていたことになる。最近はのそういうアルコール摂取はしていないので、若干疲れた。走って汗を軽く掻いて、すっきりするのが一番いいだろう。

帰宅の後二種類のワインを飲んだ。アルコール量としては知れているのだが、若干持久戦の様な感じで、疲れ方がやはり違う。歩いたお陰でぐっすりと睡眠できたが、やはり腸にアルコールが働いて、若干麻酔状態で機能低下する。ボルドーで試飲した時の様にタンニンでやられるわけではないので、感覚がなくなってしまうことはないのだが、腸は嘘をつかない。

試飲ワインは、オルツリースリングの二種類で、4月には反対の評価を下したものだったが、ここにきて安い方のヴァッヘンハイマーの方がよくなっていた。理由は、温度もあって2022年産が明らかに飲み頃になってきていたからだ。この比較は、4月に御進物としたリースリングがどうだったかという疑問で、10ユーロ高い方のフォルスターにすればよかったかなと後悔していたからである。然し、結果は反対となった。若干クリーミーになりこれほど繊細に輝き始めるとは思っていなかった。オルツリースリングとしては完全熟成としてもよい。

それに続いて以前もご進物にした。同じゴールトベッヒェルとゲリュムペル。この二種類のプリミエクリュの後者は6本購入してはいるのだが試飲はしていなかった。とても良かった。

最後の2023年と2016年のガイスボェールの垂直比較試飲は、既に飲めるようになっている前者と驚くべき後者の新鮮な酸で、涼しい年度だったようで、まず最初に一体何がまだ手元にあるのか調べてみないといけない。



参照:
On Lineで日本と交流 2025-06-05 | テクニック
トレンドは冷えた「神の雫」 2018-05-15 | 試飲百景

日本との関係でLINEを使う必要があった。以前から欧州では使えないと聞いていたので、若しくは電話番号を登録しないといけないので断念していた。そして日本からの人にはそのことを予め断っていた。

そして日本との関係なので日本語サイトで調べると、電話番号一つに一つのアカウントと書いてある。それは固定電話でもよいというので、それも検討した。然し結果的に少なくともドイツからアカウントを取得する場合はグーグルアカウントとメールアカウントだけで使えることが判明した。恐らく日本向きには別の条件を付けているのだろう。兎も角それを使って日本での用件が可也やりやすくなったようだ。

その為に先月から使っているプロトンVPNが有効に働いたようで、アプリのDLなどに役立った。但し電話からでは文字が打ちにくいので、タブレットにコピーを作った。一寸コツはいったが、電話番号無しで登録出来た。

先のVPNも日本での中継も無料だったので、使ってみると、長らく使えなかった関西サーヴァーに潜り込めて、関西ラディコもらじるも両方容易に使えるようになった。同時に重要な作業をそこを通してしまうようなことになると安全性に穴が出来る。中々使い方も難しい。

来週は再びお出かけである。室内楽でシューベルト、ブラームス、シェーンベルクであるからそれ程お勉強することもない。天気予報からすると再び摂氏30度に近づく。床屋の予約は大正解で、サマーカットに出来るだろう。その翌週もフランクフルトであるが、天候は安定してきているだろう。

然し今週末は聖霊降臨祭で祝日となる。個人的に来週が忙しくなるので自宅でゆっくりしたい。そこで月曜日は休みの床屋は火曜日も水曜日も休む。纏めて片付けれるものを終えてしまいたい。週が明けると7月までつまり夏休みまで一息だ。歯医者の予約も7月10日迄なのでそこ儘で全てを終えたい。

シャツも最長再来週まで今のシャツを着て夏用は温存出来るかどうか。その後二回で、次は9月となると、また夏用は必要無くなる。まあ衣装によればどちらでもよいという感じだ。同時に車もあまり長い距離を走らせない事にもなる。

来週で考えられるのは初の車中泊である。天候が安定していて、夜間の気温も摂氏17度程なら、薄い上掛けで熟睡できるのではないかということだ。問題は一寸した洗面ぐらいで、帰宅も9時頃ならばあまり問題はないのかもしれない。

今後の旅行計画で夜中の仮眠を計算できるようになれば、無理せずに宿泊無しで帰宅可能となるかもしれない。なによりも睡魔に襲われた時の上手な時間の使い方が分かる。蓄電もどれぐらい消費するかも試しておきたい。

夏も暑くなると日没過ぎても森の中でも暑くて寝れないかもしれない。空調点けっぱなしで夜を明かすということもないであろう。冬季のヒーターでも限界があると思う。充電のコード点けっぱなしで宿泊は可能だろうが、価格も一度使ってみないと良く分からない。




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パッドする為に 2025-01-06 | アウトドーア・環境
扱いの面白さが本命 2025-06-01 | 雑感

例年の様にオペラアワードのアンケートである。8月1日から翌年8月31日までの上演に関しての推挙である。

先ず指揮者、これは「蝶々さん」のペトレンコよりも「ランヴィジーブル」のエンゲルを推挙したい。今年は例年よりも難しが、それしかない。

デザイナーは蝶々さんのGioFormaを推挙。ディレクタ―は迷うところで、フランクフルトのレフラーも悪くはないのだが独逸デビューとなったリヴェモレでいいだろう。前者はオペラデビュー新人として推挙。

女声として、蝶々さんのブルラットで間違いない。音楽祭には最後になるペトレンコとバーデンバーデン復活祭でよし。

生涯功績では敢えてアリベルト・ライマンを推す。男声はピンカートンのティートルマンを書くかどうか?それともオックスのグロイスベックにするか?

音楽劇場作品としてはフランクフルトの「ランヴィジーブル」でよいと思う。劇場もフランクフルトで間違いではないだろう。

再発見の作品はそのもの「ランヴィジーブル」に違いない。ライジングスターにはダニエラ・レフラーだ。

年に一回しか振らない否、昨年の「ばらの騎士」の二回振っただけのペトレンコがここに出てきてしまうのはもう致しようがない。それも復活祭においては芸術監督であり、図星の公演をやってのけた。それに対して、エンゲルの場合は音楽劇場の現場監督であり音楽監督であり、より指揮者としての仕事が評価される。

そこそこ天気だったので、洗車をした。3ユーロで高圧洗浄したが激突の前面の虫は落ちきらなかった。濡れた状態で洗浄手袋で拭って汚れを落とした。それでも決して綺麗になったわけではないが、7月になって次に洗浄する時にはラディエターの下部に媚びりついていたのにも放射しないといけない。塗装部ではないので適当に擦ってもよいのではあるが、錆が怖い。

一部撥ね石のような跡もあるので、流石に新品同様ではなくなってきている。それでもメッキの部分なども綺麗にしておかないと、最初の輝きのようなものが失せる。水だけでは取れないのでシャムプーやブラシも使えるのだが、手でやるほどの安全性と効果はない筈だ。

兎も角、先ずは高圧洗浄をしないと側面下部についている砂汚れのざらざらしたものが取れないので、それ無しに拭うとヤスリ掛けの様になる。最低の3ユーロ分は流さないと始まらない。オランダへの旅行で生アスファルトも通って、ホイールも汚れていたのでそこも洗車した。然し4ユーロでも手拭き以上に綺麗になるとは考えられない汚れではある。

特に前面のレーダー照射やカメラのセンサーは自動運転においては目と耳なので、そこがが汚れていたりすると、とても車に任せられなくなる。



参照:
拭った高圧洗浄のあと 2025-05-08 | 生活
扱いの面白さが本命 2025-06-01 | 雑感

歯科の予約日である。4月からこの間あまり調子はよくなかった。一つは虫歯治療の後の歯茎と歯間の物の挟まりだ。反対側のブリッジの奥も歯間が気になって来た。そして一度セメントで埋めて貰った角が舌に当たって潰瘍気味になっている。やはりなんとかして貰わないといけない。ブリッジへの決断も感が被っている場所の中の様子が見えないので不安がある。冠を外す前に全て合意していおかないといけない。

若い女医さんであるから経験値が少ないので喜んで勉強台になろうと思うのだが、やはりそこは最初からはっきりさせないといけない。「ネットで調べてね」とも言われていたが、そういうことじゃないんだよね。

結局、レントゲンをその儘撮って、先ずは上の点を確認した。先ずブリッジの方はそれと歯肉の間の隙間に栄養が詰まって仕舞って、それ用の糸で掃除するように教えられた。セメントのところは磨いて貰って綺麗になった。そして虫歯治療の横には金冠の裾に虫歯らしきがありそうだとなった。それで決定的となった。抜歯あとは可也の化膿していたにもかかわらず綺麗になっていて、ブリッジを架けるには全く問題なしとなって、片方の柱は虫歯気味で金冠を外す思い切りがついた。

女医さんもヨシとなったのはよかったが、反対側のブルッジ架けを憶えていなかたっとなってガックッと外された。流石にチャラチャラしていただけのことはあると顔を見つめた。義務やで責任やでと言っといたので少しは気を引き締めるか。作業中になると助手と無関係のお話しをし出す。女性特有なのだろうが緊張するときにリラックスして仕事をする方法なのだろう。

あと二回でブリッジ掛けが出来るという。ワイン祭りの後で落ち着いてからにして貰った。先ずは見積もりを出させる。それで何とかなりそうだ。

それで床屋の予約も来週としたい。シャツも洗濯屋に出さないといけない。箪笥の虫除けが未だ買えていない。直々に準備しないと手遅れになる。でも今年はそこまで暑くない。なるほど走ると汗ばむようにはなって来たが、それでも発汗するようになって肌の感じが変わってきた。久しぶりに感じるのは昨年は発汗が少なかったからかもしれない。やはり罅の入った歯で健康を損なっていたのだろうか。そして眼の調子が悪かった。色々と改善が見られる。明らかに全身症状は好転している。もう一息である。

その他、ベット関連も客用がなくなって、自分用もへたれて来たので一セット購入必要がある。タオルケットを使ってみるのも夏は気持ちがよいかもしれないがどうだろうか。

水曜日には洗車が可能かどうか。小銭を準備しておかなければいけない。やはり夏になって虫が着くようになった。早めに落としておく方が綺麗に保てる。今回洗車しておくと夏休みまではそれで走れる。

ジーンズもそろそろ物色しておかないといいものが入らない。タブレットも遠くないうちに購入しないと使い物にならなくなって来た。上記の糸も注文するか。



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蝶々さんから黄金へ 2025-04-05 | 文化一般
扱いの面白さが本命 2025-06-01 | 雑感

ブレーズ百周年、想定外に盛り上がっていた。原因は殆どがフランス人で、訊ねてはいないのだがブレーズ友の会のような若しくはアンサムブルアンテルコンテムプランのパトロンの様な人々が別個に集結していた様だったからだ。復活祭でのフランス人率とは全く異なり多数派の感じがした。私が同類の支援者なら話しかけていたのだろうが、今回も寧ろその作品の評価に保留するところもあった。

先ずは一時間前からのレクチューアが素晴らしかった。関係者以外では二三人しか集ってはいなかったが、内容はとても良かった。話し手はSWRディレクターのベルント・キュンツィッヒという人でどこかで見かけた顔だが知己のない人だった。

SWFプロデューサーのシュトローベル制作ブレーズ作曲1958年「レポン」で、当時の技術として予め録音したものを合わせたことからまるで映画音楽の様になって仕舞い、作曲家が作品を撤回した話しが為された。それからバーデンバーデンを第二の故郷とした経過を示して、その後のライヴエレクトロニックへの道に、パリのポンピドー大統領によってニューヨークとBBCで活躍していた指揮者を故国に呼び寄せたと、その電子スタディオIRCAMと今回の演奏団体の成立があったと説明した。

まさしく生誕百年を記念しての旅行としても魅力のあったものだろう。するとこちらもどうしてもその全貌を評価することになる。余儀なくされる。それが今回の訪問の目的でもあった。

今回聴いた「レポン」はブーレーズ指揮で聴いた気がしなかったのはその楽譜の指示にある様な今回の様な効果を得るのは初めてだったからだ。抑々その作品自体が音楽劇場を越えた音響劇場であるとするのがレクチューアの要だった。するとそういう体験も記憶がない。90歳お誕生日会のロート指揮などで7曲聴いたが、比較してもこれだけ演奏回数の多い作品にしては何故それほどに出来上がった感じがしないかという疑問が生じる。恐らく音響効果を得るためのライヴエレクトロニクスとして、その後の20年内の作品に比較すると効果が荒いという言えるのかもしれない。

実は往路に同じように作曲家で指揮者のピンチャーが同じアンサムブルをパリで振った録画を聴いていった。その印象はイントロダクションからして激しくエモーショナルな指揮をしているということで、その根拠は分からなかった。そして、指揮者ブレーズの演奏はどの作品を演奏しても同じでそれは自作自演に関しても骨抜きにしているだろうということだ。なるほどfでもpでもそこにはなんらエモーショナルな意味合いがないのがその指揮である。表情が示唆されていればいるほど急いで通り過ぎる。そういう人であり信条であったのは一貫しているということである。

それと同様に今回は同じ楽団のシェフであるブルーズという指揮者が振ると同様の現象で証明された。なるほど不器用そうな指揮でなによりもブレーズ作品やその指揮の特徴であるリズム的な精査が作曲者の様には出来ないのはなによりも気が付くところで、ブレーズの作品が成功したのもその自らの指揮の効果が大きかったと思われるところだ。それゆえに、余程上手な指揮者が振らないとブレーズ作品にある心地よさと繊細さは全く得られないと確信する。指揮が難しいことは作品にとっては必ずしも悪いことではない。(続く



参照:
扱いの面白さが本命 2025-06-01 | 雑感
主の居ない打ち出の小槌 2015-01-26 | 音

早朝から洗濯など準備をした。夕立まで気温が高いことと、来週以降は時間が無いからだ。寝具を夏向きにした。まだこれからであるが、涼しいぐらいの方が気持ちよく過ごせる。お昼までに試飲会に出かける必要があったからだ。雷雨警報で雹が降る状態はどうしても避ける必要があった。15時には帰宅車庫入れが条件であった。結果13時30分直ぐに帰宅、雷も19時30分ぐらいであった。雹は降らなかったので洗車が出来たぐらいだった。

往復73kmを1時20分かけた。電気走行は27%で日曜日の燃料をキープした。また月曜日には給油しなければいけない。毎日の様に充電している。それでも自動運転は楽である。狭い道も大分慣れて来た。駐車は道路脇のベンチの前に停めたのでそれだけが気になった。

試飲会でごっくんしないことでとても身体が楽になった。その様にしていて嘗てはそのようにしていたのに、いつの間にか変わっていた。なるほど個人で買い付けに行く時には、あまり吐き出すのも悪いののでごっくんしていたが、数が多い試飲会の時はそれが当然だった。なにが変えてしまったのか。

勿論ごっくんしないと最終的な判断には遠いので、どうしても保留して仕舞う傾向があるのだが、傾向と対策は抜かりない。

それで疲れは残らなかった。何年ぶりであろう。日曜日のお勉強は十分ではない。然し出かけるのが14時過ぎなので、ブランチまでにお勉強できるかどうか。40分の曲であるからなんとかなる筈なのだが、ついている楽譜が小さくてよく見えない。耳でなにが聴き取れるか次第で、それによって見直すしかないのである。金曜日に流したところでは楽器編成による音色ぐらいしか印象に残らなかった。技法的には十分に掴めなかった。

それでも何とか全体はざっと把握した。ザッハー音名の六音階の主題は同作曲家のデリーヴと同じようでそれは90歳演奏会で祝祭劇場で演奏された。印象からすると中間幾つめかで、最も盛り上がるその前の部分が最も秀逸だった。その指揮でのは端折り振りに見られるような超高速の最初の動機から扱い切って、音響へと発展するところで、シムバロンの響きに騙されるがピアノへと受け継がれていく。それでも最終部分はまるで残照のような音楽で、その前のクルタークの滑稽や、バルトークの倍音、ストラヴィンスキーのリズムなどを感じると、この曲名の「レポン」というのはザッハーを含めてあの時代の相互影響のことも意味しているのだろう。

モットーであるアコースティックとライヴエレクロの効果は聴いてみないと分からない。ザルツブルクでの効果は全く覚えていない。会場は当初ネットでは祝祭劇場となっていたので不思議に思っていたのだが、カジノのベナツェットザールである。入場券にもそうなっていて、企画からすれば席替えなどを含めてそちらの方が利がある筈だ。

ワイン街道からであると祝祭劇場よりも往復で数キロは走行距離が延びる。一番の問題は高価な駐車料金で、入場料の25ユーロよりも高くなる可能性が大きい。



参照:
見逃す出合いの機会 2025-05-30 | 文化一般
ごっくん無しで往復 2025-05-31 | 試飲百景