「設定変更って「メソッド」というような「方法」じゃなくて、ただの「法則」の話なんです。」と書きました。
感覚的には「方法」というより「真理」です。と。
ほうほう
【方法】
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てだて。特に、ある目的を達するための、計画的な操作。
しんり
【真理】
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本当の事。間違いでない道理。正当な知識内容。
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判断内容がもつ客観妥当性。意味のある命題が事実に合うこと。
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論理の法則にかなっているという、形式的な正しさ。
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またまた認定講座受講生、千里さんの記事を読んで納得しました!
上の記事なのですが、
「全ての感情は対等である」
これは、本当に真理だと思ってます。
でも、さきこさんのセミナーに出て、
幸せになるための「方法」の一つ、「知識」として脳にインプットしてしまった人もいると思う。
違う箱に入れちゃった人が。
同じセミナーを受けても、
今の立っている立ち位置で捉え方が180度変わってしまうから。
「足りないものを埋めようとしている」立ち位置なのか、
「何も克服しなくていい、自分のままでいい」としている立ち位置なのか。
脳みその中の
「こうすれば幸せになれる方法」の箱に知識として入れるんじゃなくて、
「これは本当のことである。(注:どうやら、そうらしい・・で充分です)」箱に入れるんです。
当たり前に、「方法・知識」の箱に入れている自分を疑ってみてほしい。
よくある、「幸せになるための7つの方法」(笑)とかみたいに、幸せになるための方法の一つとして、
「全ての感情は喜びである」と決めるわけじゃないんです。
方法なんじゃなくて、真理のひとつなんです。
その捉え方が変わったら、
それを土台として、
設定変更はすごくシンプルで簡単になります![]()
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私ね、「設定変更」のことを伝え始めたときに
「わーー!!こんなに簡単だった!みんなに伝えたい!!」って思って始めた。と何度も書いていますが
それはね、
「えーー!そうだったの!!全ての感情は喜びだったんだ!!!なんてこった!!」
「ガーン!じゃあ今ままでのあれもこれもあんなことも全部私は喜んでやってたってこと?ドMか!!!」
という「真理」という視点をベースに、自分に突っ込みを入れることができ、
「じゃあ今すぐ "幸せ" でいいじゃん!」
と勝手に今すぐ簡単に「幸せ」と決めて、
今まで「幸せになるかどうか」を基準にしてた全ての選択を
「すべての感情が喜びで幸せなんだったら、本当はどうしたいか?」
で選択することにしたんですよ。
ここは勘違いされる部分でもあるので、セミナーなどでも詳しくお伝えしていますが
「全ての感情を喜びに思えるようになる」と「うまく行く」という「方法」ではなくて
これが本当のことなんです。
なんでそういうことになってるのか知らないけれど、納得できないけど、
どうやらそれが本当らしい。
ここを、「どうしてもそう思えない(全ての感情を喜びだと思えない)」という人がいますが、思えなくてもそういうことになってるんです。むしろ、「どうしてもそう思えない・・・っ」ってザワザワしてるのも「喜び」ってことになるんです。
で、私はもうそんな意味のわからないことに「お手上げ」し、降参しました。
もうそれでいいよってことにした。笑
「全ての感情がどうせ喜びになっちゃうなら、もう分かんないこと難しいこと考えて魂喜ばせるのやーめた!本当に簡単に好きなこと選んでいこう」って決めた。
もう、その真理に降参したら本当に簡単。
本当に自分がどうしたいかで選ぶだけ
あっという間に背景が変わります![]()
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めっちゃ簡単です![]()
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そして、初めて「全部が喜び」ベースで選択して行くとき、胸が苦しい、とかザワザワする、とか、
初めて「設定」に気付けるの。
今まで「幸せになるために〇〇であらねばならない」と勘違いしていた設定が浮き彫りになる。
認定講師講座受講生、林じゅんさんの記事も![]()
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辛いも凹むも苦しいも悲しいも、それすら海で癒されてるのと
なんら変わり無く魂のヨロコビだったら
もう本当に、どうでもいい。なんでもいい。笑
苦しんだって構わないし、好きにしていい。
・・・まじで?そうなんだ・・・
設定変更に出会って、
そこまでじんわり感じることができて、私はようやく
●苦手を克服して、できなかったことが出来るようになることこそが
人として最高の喜び
●無駄、損がない合理的な方法を選択するのが知的なこと
●苦しい、悲しい、辛いと怒りの感情は絶対に避けて通ること。それが大人。
この3つの設定が、随分と的外れだったと認識できました。
わざわざ自分で苦しくなるような設定を大事にしていたんですねぇ。^^
そして現在、数年前に設定変更した「とあること」が実現しそうでびっくり。



