状況、環境、親は選べないけれど | とある働き人の聖書のお話

とある働き人の聖書のお話

東京で牧師をしておりました。
7年前子供が小学生に上がるまで離れていましたがぴったりの時に新しい働き(子ども関係)に招かれ、伝道させていただいています。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」

私達には如何ともし難い状況に陥ることがある。

また、自分で手を打ちようのないこともある。

親も決して選ぶことはできない。最近は親ガチャ云々いっていますが。

社会のせいにする?

なにかのせいにする?

 

でもその前に、私達はたとえ厳しい状況にあろうとも、どう生きるかは決めることができます、自分で。神様に委ねる。

神様はすべてを与え、導かれる。あなたの神様への決断は神様が輝かせてくださるから。

何より、昨日の投稿(一つ↓)でみたようにあなたは神様によってつくられた、あなたを恵みで満たされる神様なのだから。真の親・父なる神様に信頼しようではありませんか。神様の恵みは尽きることはないのだから。

 

悪い王の代名詞であるマナセ(バビロン捕囚へ大きく進むきっかけとなった王)が祖父、アモンが父親であったヨシヤ王は、ダビデのように生きることを決めました。私たちも自ら親を選ぶことはできませんが、どのように生きるかは決めることができます。

ーマックス・ルケード(牧師・作家・絵本作家など)ー