気ままな日常を綴っています。 -4ページ目

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

9月2日にモスクワ市内に放射状に染み渡っていたフランス兵達の触手は、夕暮れ近くになってようやく、その頃ピエールが住んでいた地区に達しました。

ピエールは、この2日間を1人切りで異常な環境の中で過ごした後、狂気に近い状態に陥って行きました。

 

ピエールが自分の家から逃げ出したのは、単に彼を捉えた生活の複雑さにもつれた用件から免れる為であり、あの時の状態では、それを解きほぐす事など到底出来そうもなかったからでした。

彼が故人の書物の整理を口実に、ヨシフ・アレクセーエヴィチの住居を訪れたのは、単に生活の煩わしさからの心の安らぎを求めた為であり、ーーヨシフ・アレクセーエヴィチの思い出が、彼の心の中で、彼が巻き込まれて行く不安なもつれをはまるで正反対の、心に安らぎを与える厳粛な思想と結びついたからでした。

彼は静かな隠れ家を求めたのであり、そして実際にそれをヨシフ・アレクセーエヴィチの書斎に見出したのでした。

 

書斎の死のような静寂の中で、埃のついた故人のデスクに向かい、じっと座っていた時、彼の脳裏に、静かに何かを語りかけるように、この数日間の、特にボロジノ会戦の思い出や、『彼ら』という名称で彼の心に刻み付けられたあの部類の人々の正しさと、率直さと、力強さとひき比べて、しみじみと感じさせられた己の虚しさと虚偽の打ち消す事の出来ぬ思いが、次から次へ浮かんで来ました。

 

ゲラシムに瞑想から呼び覚まされた時、ピエールの頭に予想されるーー彼はそれを知っていたのだがーー民衆のモスクワ防衛に参加しよう。。という考えが、ふっと浮かんだのでした。

そしてその目的を持って、彼はすぐに百姓外套とピストルを手に入れるようにゲラシムに頼み、自分の名を秘してヨシフ・アレクセーエヴィチの家に留まりたいという意図を打ち明けました。

 

それから、1人切りで何もせずに過ごした最初の1日の間、かつて思いつめた事がある、自分の名とボナパルトの名の関係の、謎めいた意味についての考えも、何度か彼の頭に浮かびました。

しかし、彼、つまり『ロシア人べズーホフ』が、けだものの権力に限界を置くという使命が運命によって定められているという、この考えは、現れては消え去る空想の1つとして、彼を訪れたに過ぎませんでした。

百姓外套を着込んで(民衆のモスクワ防衛に参加するという、ただそれだけの目的で買ったのだが)、ロストフ家の人々に出会い、「お残りになりますの❓ああ、なんて素晴らしい事かしら❗️」と、ナターシャが言った時、そうだ、たといモスクワが占領されても、踏みとどまって自分の使命を果たす事だ、そうしたらどんなに素晴らしい事か、という考えがピエールの頭に閃いたのでした。

 

その翌日彼は、我が身を惜しまず、絶対に『彼ら』に遅れを取るまい。。と、ただそれだけを考えて、三つ山関門付近へ出掛けて行きました。

しかし、モスクワが防衛されぬ事を知って、虚しく家に戻ると、彼はふいに、これまでは単にその可能性があるとだけ考えていた事が、これでどうしても決行せねばならぬ不可避な事になったと感じました。

あるいは、自分が倒れるか、あるいは(彼の考えでは)ナポレオン1人の為に生じた全ヨーロッパの不幸に終止符を打つかでした。

 

ピエールは、1809年に1人のドイツ人学生がウイーンでボナパルト暗殺を企てた事件を詳細に知っていましたし、その学生が銃殺刑に処せられた事も知っていました。。そして、自分の意図の決行に伴う生命の危険の意識が、ますます強く彼を奮い立たせました。

同じように、強い2つの感情が、抗えぬ力でピエールをその意図へ引き寄せて行きました。

 

①1つは、全体の不幸を考えると、我が身を犠牲にし、苦しみを求めずにはおれぬという気持ちで、この感情の為に彼は25日にモジャイスクに赴き、もっと熾烈な戦火の中に飛び込み、そして今、自分の家を捨てて、慣れた贅沢な快適な生活の代わりに、服を着たまま固いソファに眠り、ゲラシムと同じものを食べているのでした。

②もう1つはーー人間のこしらえた一切の技巧的な約束事、大多数の人々によってこの世の最高の幸福と考えられているものに対する、ロシア人だけが持つ漠然とした軽蔑の感情でした。

初めてピエールが、この心を魅惑する不思議な感情を経験したのは、スロボードスキイ宮殿で、ふいに、富も、権力も、生活も、人々がこんなにもあくせくして築き上げ守ろうとしている全てのものが、もし何らかの価値があるとすれば、そんなものはみんな捨てても構わないという痛快さがあるからだけだ、と感じた時でした。。

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(解説)

ここは9月2日のモスクワの故ヨシフ・アレクセーエヴィチの家に隠れ住むピエールの様子ですね。

ピエールが百姓外套を着てピストルを入手したのは、最初、ラストプチン伯爵から聞いていた『モスクワ防衛』に参加する為だったのですね。

ピエールは、自分がボロジノの会戦で見たあのロシアの為に命を捧げることになんの疑問を持たない『彼ら』と同じような自分になりたい、と、モスクワに留まって自分の命を捧げるつもりで防衛に参加するつもりだったのですね。

(しかし、トルストイに言わせてみれば、この防衛はなんら意味をなさないものになった可能性がある。)

 

しかし、モスクワは放棄された事を知ると、ピエールはおそらく拍子抜けしてしまったのでしょうが、昔自分の名前とボナパルトの名前との関連性を考えた時の事を思い出し、『ナポレオン1人の為に生じた全ヨーロッパの不幸に終止符を打つ=ナポレオンを暗殺する』のが自分の使命である、と思い始めるのですね。

もはや、ピエールは狂気の領域に入り込んでしまったようです。

ボロジノの会戦で見た、人がまるで物のように切り裂かれ打ち砕かれてゴミのような死体の山になる姿を目の当たりにしたら、『悪の根源』であるナポレオンの息の根を止めて全ヨーロッパの不幸に終止符を打つべきだ、と純粋なピエールが思ったのも頷けますが、ちょっと唐突な感じもします。

 

ピエールは恐らく『既存の権力の元に居る堕落した生活を送る自分』というものに、嫌気がさしているのですね。

そして農奴であるなんの主張もしない兵士達が黙って命を捧げる姿に『美』を見出しているのだと思います。

ピエールは、もし、社会が変わって民主化されたら、ピエールが見たあの美しい心の『彼ら』は消えてしまう存在である事を知りません。(➡︎この事実は、民主化時代に生きる私が感じている現実で、トルストイはもちろん民主化された時代を見ていませんから、こんな事は感じても居ないと思います。)

『彼ら』に自由意志を与えれば、自分の主張を通す為に利己的になるでしょう。(➡︎公爵令嬢マリヤに反抗したボグチャーロヴォの農民達が良い例ですね。)

そして、自分達よりも豊かな者に対して、足を引っ張って自分がのし上がろうともするでしょう。。

 

ピエールは、『全ての人間が自己の幸福を追求しうる社会もまた歪みを持つのだ』という事を知らないのです。

だからこそ、ピエールは、今生きている不平等なロシア社会を変えたい、という情熱が湧いてくるのだと思います。

そして、ピエールは、かつてアンドレイに訴えた、『自分が善と思う所』『他人の為に生きる』という情熱を、ずっと持ち続けているのですよね。

当時のロシア社会には、こんなピエールがたくさん存在したのだと思います。

トルストイは、ピエールの葛藤を描く事によって、その是非ではなく、この時代にはこんな葛藤があったのだ、そしてそんな葛藤をした人間がロシアに存在したのだ、という事実を歴史として認識して欲しかったのだと思います。

 

お早うございます♪  今朝は、令和8年5月4日の日記です♪

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こんばんはー♪  現在18時33分です♪

室温20.8度。湿度42%です。

今日の福岡地方は概ね晴れていましたが、西風が強かったです💦

 

昨夜は、19時半頃お布団に乗っかって動画を見始めたのですが、恐らく小学生の頃テレビで見た映画の原作がなんだっけ〜❓と思っていたのが『ジェーン・エア』だった事が判明してちょっと喜んでいました。

『嵐が丘』と頭の中でごっちゃになっていたのですが、お姉さんの方の作品だったみたいですね✨

これは原作を読まなくては。。と思いました。

今『復活』をゲットして数ページは読んでいるんですけれどね、先に『ジェーン・エア』読むかも知れません。

『嵐が丘』は自分とは合わないと思いましたが、こちらはむしろ合いそうです(^。^)

 

はい。という事で今朝は寝坊です💦 たぶん。。5時45分くらいにようやくガバッと起き上がったと思います。

 

(新しいパソコンを開いてさあコメント書こうか。。と思っている所ですね。)

 

朝ごはんは、ブログフォローチェックをしながらマーマレード付き食パンと固焼きドーナツ(これこれ💢)を焼いて食べました。コーヒーは前夜の残りを冷蔵庫から出してね。

 

8時半くらいまで英字新聞をやっつけていました。

ブログもその辺りのアップまでちゃんと読ませていただいてね(^。^)

8時45分頃自宅脱出❣️

南薬院にしようかな。。と思いましたが、少し歩いた方が良いだろう。。と新天町に行きました。

 

(赤坂小学校❓の門の前のノースポール。パンジー・ビオラと一緒に植えたら、食われてますね〜。。繁殖力旺盛です💦)

 

(今日のプリンセスダイアナさん✨ 開きかけで美しいです💞)

 

(途中でアンジェラさんの大群が〜✨  うちの子はまだ固い蕾ですけれど、こちらのは大輪で見事です💞)

 

新天町に到着したら、どんたく隊とか出店とかが出現してましたね。

あまおうのイチゴ飴が2個ついて300円でした〜✨

食べてみたかったんですけれどね(^。^)

 

今朝は新天町のマクド様にお邪魔していたのですが、どんたくのパレードが通過したので急いで撮影しました。

なんか何が何だかわかりませんけれど💦

 

(⬇︎)は、ネットから画像を拝借したのですが、女性は着物にこのような花笠を被ってパレードしてます。

この女性はお綺麗ですねえ〜〜〜✨

今朝見たのは、この花笠のてっぺんが白鳥のクビになってたんですよ〜〜〜(^。^)(^。^)✨✨

それが凄く可愛くてめちゃくちゃ喜んで見てましたわ♪♪

 

で、帰宅は11時くらいだったかな。。

ブログのフォローチェックとコメントの返信をお書きしてお昼ご飯を作りました。

タンパク質はしっかり食べた方が良いと先生に教えていただいたし、むきエビを奮発して入れた野菜パスタ、それに味卵まで乗っけてみる事にしました。

 

はい。今日のオーロラさん*・゜゚・*:.。..。.:*・'

 

16時まで真面目に英字新聞を解析していました。

16時からレンジや水回りのお掃除と窓拭きと掃除機掛けをしました💦

 

(滅多にアップしない東のお部屋。。。ひょっとしてアキが泊まりに来るかも〜で。。💦)

 

夕方の水遣りで、かすみ草のミニ薔薇さんがほんのり色づいてました✨

 

晩御飯は、カンパチのアラの塩焼きと冷凍唐揚げと適当にお野菜とシメジの油炒め。

お花もたくさんです💞

 

はい。今日もこんな感じで平和でした✨

 

それでは、今日も良い一日をお過ごし下さいね💞

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(余談)

Bank of Japan Governor Kazuo Ueda said Thursday that the central bank will examine how higher crude oil prices would put downward pressure on the domestic economy.

日銀総裁の植田和男氏は木曜日、原油価格高騰が国内経済にどのような下押し圧力を加えるのかを日銀は検証する予定だと発言した。

  examine how higher crude oil prices would put downward pressure on the domestic economy:

    原油価格の上昇が国内経済にどのような下押し圧力をかけるかを検証する

  put downward pressure on 〜:~に下向きの圧力をかける

 

The governor made the comment in a press conference held after a two-day BOJ Policy Board meeting that ended Thursday.

日銀総裁は、木曜日に2日間に渡る日銀政策委員会の会合が終了後開かれた記者会見でこのように述べた。

 

The board voted eight to one to maintain the policy of guiding the unsecured overnight call rate, Japan's benchmark short-term interbank lending rate, to around 0.75 pct.

日本銀行政策委員会は、8対1の賛成で無担保コール翌日物金利(日本の短期市場金利の指標)を0.75%程度に維持することに決定しました。

  The board voted:理事会は投票しました

  board:板、食事、委員会

  guiding:guideの現在分詞。(道)案内する、 先導する: ガイドする、指標

  the unsecured overnight call rate:無担保コール翌日物金利

   the policy of guiding the unsecured overnight call rate:無担保コール翌日物金利の誘導政策

  Japan's benchmark short-term interbank lending rate:日本の短期銀行間貸し出し金利の指標

 

 Asked why the central bank did not raise the policy rate, Ueda said that the BOJ "placed importance on a newly emerged risk scenario stemming from a rise in crude oil prices."

植田総裁が政策金利の引き上げを見送ったのは、原油価格の上昇に起因する新たに出現したリスクシナリオを重視したためです。

   Asked why the central bank did not raise the policy rate: 中央銀行が政策金利を引き上げなかった理由を問われた(事を受けて)

  place  importance on~:~を重視[重要視]する、~に重点[重き]を置く

   emerged:emergeの過去形・過去分詞形で、主に「現れる、出現する」という意味

  risk scenario stemming from~:~に起因するリスクシナリオ

(物語)

5週間後に、その同じフランス兵がモスクワを出て行く時、彼らはもはや軍隊を組成してはいませんでした。

それは1人1人が高価で必要なものと考えた物品の山を馬車に積んだり、背負ったりした略奪兵の集団でした、モスクワを出る時の、これらの集団の1人1人の目的は、これまでのように敵を撃つ事ではなく、ひたすら略奪品を守る事でした。

そしてフランス兵達は、モスクワを出る時に掻き集めた略奪品を捨てる事ができなかった為に、それらを引きずって行った結果として、当然破滅しなければならなかったのでした。

 

フランスの各連隊が、モスクワのそれぞれの地区に入ってから10分もすると、兵士も士官も1人も残っていませんでした、どの家の窓にも、ほくほく顔で部屋から部屋を物色して回る、外套を着てボタン付きのゲートルを履いた連中の姿が見えました。

台所では火を起こし、腕まくりして焼いたり、こねたり、煮たりする者も居り、女子供を脅かしたり、からかったり、撫でさすったりする者も居ました。

そしてどの店にも、どの家にも、至る所にこうした姿が無双に見られましたが、軍隊はもはや存在しませんでした。

 

その日は、市中への勝手な外出を禁止する、住民に対する暴行や略奪を禁止する、今夜は総員点呼を行う等々と、フランス軍指揮官達によって次々と命令が出されましたが、しかしどんな手段が取られても、これまで軍隊を構成していた人々は、あらゆる家具調度類や食糧の豊富な、人気の無い市中へ散らばって行きました。

 

モスクワには住民が居なかったので、兵士達は砂地に吸い込まれる水のように、市中に吸い込まれ、最初に入ったクレムリンから四方へ、放射状にとめどなく滲み渡って行きました。

騎兵隊は、あらゆる品物の残された商家に入り込み、馬の置き場ばかりか、有り余るほどの場所があるのに、そっちの方がもっと良いような気がして、隣の家まで占領しに行きました。

多くの者達が数軒の家を占領し何々分隊とチョークで書き、他の分隊の者達と口論したり、取っ組み合いの喧嘩までしました。

上官達は兵士達を制止する為に巡察していましたが、自分達もいつの間にか同じ行為に引き込まれていました。

カレートマイ・リャードの店々には、馬車が並べられたままになっており、将軍達が集まって、半幌馬車や箱馬車を選んでいました。

残っていた住民達は、略奪から免れたいと思って、隊長達を自分の家に招きました。

しかし、モスクワの豊かな財貨も軍隊も、やがて消滅し、塵芥の山と化し、火事と略奪が起こったのでした。

 

フランス人はモスクワの火事を『ラストプチンの野蛮な愛国心』のせいにし、ロシア人はフランス兵達の蛮行のせいにしました。

しかし、モスクワ大火の原因を考える時、1人あるいは数人の人に帰するという原因はありません。

およそ木造家屋を持った都市が、113台の粗末な消防ポンプを市中に備えているといないとにかかわりなく当然燃えなければならないような、そうした条件の中に放置された為に、モスクワは燃えたのです。

住民達が立ち退いた為に、その結果としてモスクワは燃えなければならなかったのであり、それはおがくずの山に何日間か続けさまに火の粉を振りかければ燃え上がるのが当然であるのと同じように、避けられない事だったのでした。

 

木造家屋を持つ都市は、家の持ち主である住民が居て、警察が活動していても、夏はほとんど毎日のように火事が起こっています。

まして住民が居らず、軍隊が入り込んで煙草を吸ったり、焚火をしたり、日に2度ずつの煮炊きをしているのだから、火事が起きない訳が無かったのです。

たとい放火が有ったにしても(これは極めて疑わしい事ですが。。というのは、誰も火を付けねばならぬ理由は少しもありませんでしたし、煩わしく危険な事だったからです)、放火を原因と見做す訳には行きません、というのは、放火が無くても同じ事が起こったはずだからでした。

こういった意味で、モスクワは当然燃えなければならない運命に有ったのでした。

 

また、モスクワは住民達の手によって焼かれたと言われていますが、それは確かです。

しかし、その『住民』とは、モスクワに踏みとどまっていた連中では無く、モスクワから出て行った者達です。

敵に占領されたモスクワは、ベルリンや、ウイーンや、その他の諸都市のように、無傷な形を留めることは出来ませんでしたが、それは他でも無い、住民達がフランス軍を慇懃に迎えて鍵を渡す事をせずに、モスクワを立ち退いてしまった為でした。。

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(解説)

ここは、モスクワ入城後のフランス軍のトルストイによる観察と、モスクワ大火の原因の考察ですね。

 

まず、モスクワ入城後のフランス軍は、もはや軍隊では無く、兵士達ばかりでは無く指揮官に至るまで略奪兵に堕ちてしまったという事ですね。

そして、彼らは5週間後にモスクワから離れる際に、これらの略奪品を捨てる事が出来なかった為に、それらを引きずって行った結果として、当然破滅しなければならなかった、というトルストイの考察が書かれています。

人間の煩悩が底知れないものである、というゾッとする考察ですね。

自分も、このような状況に置かれたら、きっと同じ事をして命を落としたと思います。

だって、こんなに追い詰められて状態の人間が、特に大勢寄り集まった場合、『正しさ』とか『理性』とか『知性』というより、とりあえずお腹が膨れればいい、だったら(行軍先で食物を入手するために)目の前お金になる物に執着する、という発想をするでしょうから。

大勢の中で、一人だけ冷静な判断をして違う行動をすることは難しいですね。。

当時の戦争をしていた人間は、それでも計り知れぬ体力が有ったのだなと驚きます。

今、同じ遠征をしろ、と言われても現代人には無理ですね。たぶん。まず、そんな精神はありません。

 

それからモスクワ大火の原因は、放火でも、ラストプチンでも無く、自然発生的に大火が起こらざるを得なかったのだ、という考察ですね。

当時のモスクワは、木造建築が多く、管理者が出て行った後、兵士たちが侵入して(勝手知らぬ他人の場所で)タバコを吸ったり、焚火をしたり、煮炊きをすれば、そりゃ火事になるでしょ、という考察ですね。

そして、あえて言うならば、これらの家屋を放り出した住民こそが、『火事の危険性』を無意識下に認識しつつ管理を放棄した、すなわち火災の原因かな❓と述べています。

そして、住民の放棄は、モスクワの街を燃やしてしまったけれど、そこに迂闊にとどまってフランス軍に媚を売り、不当な条約を押し付けられなかった、すなわち、モスクワの鍵をフランス軍には渡さなかった偉大な行為とも考察しています。