気ままな日常を綴っています。 -33ページ目

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

ウスペンスキイ寺院内で祈願の式典が行われている間ーー皇帝を迎えての戦勝を祈願し、トルコとの講和締結の感謝祈願の合同の式典でしたーー群衆は広場内に思い思いに散らばりました。

物売りが現れて、クワス、蜜菓子、罌粟の種子(これはペーチャの大好物でした)などの呼び声が流れ、そちこちで世間話をする声が聞こえ出しました。

ペーチャを助けてくれた輔祭は、1人の役人を相手に、今日は大主教の他に誰と誰がお勤めしているなどという話をしていました。

輔祭は「全山あげて」という言葉を何度か繰り返しましたが、ペーチャにはその意味がわかりませんでした。

 

2人の町人風の若者が、胡桃をかじっている屋敷勤の娘達をからかっていました、どの話も、とりわけ娘達の冷やかしなど、ペーチャの年頃には特に興味があるはずでしたが、今は少しもペーチャの注意を引きませんでした。

彼は自分の場所の大砲の台座に腰掛けたまま、さっきからずっと皇帝の事と、皇帝に対する自分の愛を考えて胸をわくわくさせていました。

押しつぶされた時の痛さと恐ろしさが、感激と重なり合って、このひとときの重大さの意識を彼の内部にますます強めたのでした。

 

ふいに河岸から号砲が轟き渡りました(これはトルコとの講和を祝する号砲でした)、すると群衆がどこでどのように大砲を撃っているのか見るために、河岸の方へ殺到して行きました。

ペーチャもそちらへ行って見たかったのですが、この貴族の少年を自分の保護下に置いていた輔祭がそれを許しませんでした。

号砲がまだ続いている間に、ウスペンスキイ寺院から士官や将軍や侍従達が走り出て来ました、続いてもっと落ち着いた足取りの随員達が現れました。

群衆はまた一斉に帽子を脱ぎ、大砲を見に行った者達が駆け戻り始めました。

最後にさらに4人、軍服の肩から大綬を下げた男達が寺院の扉口から現れました。

「ウラー❗️ウラー❗️」と、また群衆が歓声を上げました。

 

「どのお方ですか❓どのお方ですか❓」と、ペーチャは泣き声で周りの人達に聞きましたが、誰も答えてくれませんでした、誰もが、夢中になって我を忘れていたのでした。

それでペーチャは、嬉し涙でよく見分ける事が出来ませんでしたが、4人の中の1人を選んで(それは皇帝ではありませんでしたが)その人に自分の熱狂の全てを集中し、喉も裂けよとばかりに「ウラー❗️」を絶叫しました、そして、いかなる困難があろうと、明日こそ絶対に軍人になってみせるぞ、と決意するのでした。

 

群衆は皇帝を追って駆け出し、宮殿まで見送ると、散り始めました。

もう夕暮れ近くになっていました、ペーチャは朝から何も食べていませんでしたが、それでも彼は家へ帰ろうとしませんでした。

彼は、まだ残っているかなりの人数の群衆に従って、宮殿の前に立ち尽くし、まだ何かを期待しながら皇帝の会食が行われている窓を見上げていました。

 

会食の間に、ワルーエフは窓の方をかえりみて、皇帝に言いました。

「民衆はまだ陛下のお姿を拝したいと望んでおります。」

食事はもう終わりかけていました。

皇帝はビスケットを食べかけたまま立ち上がり、バルコンへ出て行きました。

群衆は、ペーチャをおし包んだまま、バルコンの下へ殺到しました。

「天子様❗️ウラー❗️陛下❗️。。」群衆は叫び立てました、ペーチャも負けじと絶叫しました。

そして女達や、ペーチャを含めて感じ易い何人かの男達が幸福のあまり泣き出しました。

 

皇帝が手にしていたかなり大きなビスケットのかけらが、バルコンの手すりに落ち、一番目に立っていた半外套の御者がそれを拾い上げました、群衆の何人かがその御者に殺到しました。

それを見て皇帝は、ビスケットを盛った皿を持って来るように命じて、バルコンの上からビスケットを撒き始めました。

ペーチャは、ビスケットに突進して行きました、何の為かはわかりませんでしたが、皇帝の手から投げられたビスケットを1枚拾わなければなりませんでした、その為には人に負けてはならないのでした。

そしてペーチャは、ビスケットを掴もうとした老婆を突き飛ばしました。

老婆は地面につんのめりましたが、自分が負けたとは思いませんでした(老婆はビスケットを掴もうとしましたが、手が届きませんでした)。

ペーチャは膝で老婆を払いのけて、ビスケットを拾い上げると、人に遅れを取りはしないか、と恐れるように「ウラー❗️」と絶叫しました、もう声がかすれていました。

 

皇帝がバルコンから姿を消したので、やっと群衆の大半が散り始めました。

クレムリンからペーチャの足は家へ向かないで、同じ15歳の、やはり軍務に入ろうとしている親友のオボレンスキイの所へ向かいました。

家へ戻ると、彼は、軍隊へやってくれないなら家出すると、きっぱり宣告しました。

そして翌日、ロストフ老伯爵は、まだすっかり降参した訳ではありませんでしたが、それでも何とかペーチャをあまり危険でない所に入れてやれないものか、と相談に出かけるのでした。

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(解説)

まず、これは恐らく1812年7月13日頃の出来事だと思います。

第3巻・第1部(9−3)『(ドリッサでの)アンドレイ公爵、公爵、アレクサンドル皇帝の取り巻き達の傾向と党派を分類する。②』の最後の方で、アレクサンドル皇帝は、軍の統帥権から離れ統治権だけを有する案が最有力視される事になるような事が記載されていますが、これは1812年6月末頃の話で、7月13日現在では、まだアレクサンドル皇帝は軍の統帥権をも有していた、と解釈した上での話になると思います。

 

モスクワに到着した皇帝を一目見ようと群衆が押しかけるシーンが続きます。

皇帝がクレムリン宮殿に入ってしまっても、まだ群衆は皇帝がバルコンから姿を表すのでは無いか。。と待ち構えています。

食事も終わりに差し掛かり、デザートのビスケットを頬張っている皇帝に側近が、「国民が陛下のお姿を拝したいと待っています」と伝えると、もともと国民大事という皇帝ですから、ビスケットを持ったまま(➡︎このシチュエーションがいかにも物語らしい。。)皇帝は群衆の前に姿を現します。

そして、偶然彼の持っていたビスケットの大きなかけらが落ち、それを拾った者に群衆が殺到したのを皇帝は見ます。

それを見た皇帝は『浅はかにも』たくさんのビスケットを群衆に撒き散らします。

彼にしてみれば、これは国民への礼のつもりだったのですね。。

 

しかし、私は、このシーンを次のように考えます。

第2巻でナポレオンが、その場で何の予告もなくたまたまそこに居た一兵士を叙勲してしまう。。という事件がありました。

これと同じ事を、アレクサンドルもやってしまった訳です。

つまり、『国民を罰する』場合ばかりでなく『国民を利する』場合にも『法の下で行う』のがアレクサンドルの理想とする立憲君主制の理想なはずです。それが真の平等を齎すからです。

さっき、群衆に押しつぶされて虫の息だったペーチャは、今度は老婆よりも『力ある者』として、老婆を打ち負かして皇帝の巻いたビスケットを奪ってしまいます。。

つまり、アレクサンドルは、ビスケットを適当に自分が撒けばどうなるのかという事の状況を把握しきれていないという事実が示唆されていると思います。即ち、皇帝といえど、戦争という馬鹿げた騒ぎを抑えることはできないのだ、万能では無いのだ、と。

 

そして、ただただ皇帝を、万能の天上の人のように崇め奉り、泣き叫ぶ群衆同士で、我先に皇帝を拝したり皇帝の手に触れたものをもらおうと、国民同士で争ってしまい、命をも危なくしている、という矛盾が描かれています。

当時の戦争というものは、そんな訳のわからない所で愛国心が叫ばれ、若い命がたくさん犠牲になった、逃げられない老人達も命を落とした、こんな馬鹿な事ってあるのかい❓というさらなるトルストイの反戦思想が『角度を変えて』突っ込んで説明されていると思います。

 

そして愛国心の塊のようになった思い込みの強いペーチャは、絶対に軍隊に入ると家族に宣言します。

父のロストフ老伯爵は、仕方がないので、なるべく安全な軍務に息子を就かせよう。。と画策するのでした。

 

お早うございます♪  今朝は、令和7年12月26日の日記です♪

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こんばんはー♪  現在17時25分です。

室温13.4度。湿度26%です。

乾燥しているみたいですが、そうでも無いですね。。お茶も飲んでいるし、外の空気も時々取り入れているので。

 

昨夜は眠りが浅かったと思います。

何かずっと宙ぶらりんな感じでお布団に入っていましたね。

結局(⬇︎)に起き上がりました。

室温が10度台ですね。。今年一番の冷え込みですが、まだまだですね💦

昨日はランチを食べ過ぎたので、12時20分頃に頂いたケーキの後は何にも食べなかったです。

まず、ホットコーヒーを入れて飲みました。

朝の穏やかな時間ですね、寒いけれど💦

昨日の朝に仕込んでいた鍋を温めました。

なんか全然色が付いていませんが、味は染みていたと思います、塩味だからね。

 

もう18時間ほど何も口に入れていないので、今朝は早い朝ごはんです。

デザートはリンゴの残り4分の1個です。

 

いつものように英字新聞をやっつけていました。

窓拭きとかしたいのですけれどね。。こうも寒くては💦

掃除機は毎日まあまあ念入りに掛けているのですけれどね。

明日は朝からお正月用のお花とか鶏肉、レンコンなどをゲットして、その後にちょっと念入りに掃除しようかな。。とか思っています。

明日は晴れる予定ですし、ちょっと気温も上がりそうですから。。

 

今朝は雲が多く、裏日本❓の福岡市は電灯を付けていないと部屋はちょっと暗かったです。

本業は特に変わりなしということだと思います。

ちょっと色々考え事をしていて(➡︎別に深刻な考え事では無い、来年の資金はどう移動するかとかね、ま。仕事の事かな。。)、あっと言う間に11時半になってしまいました。

 

12時に美容院の予約ですから、急いで着替えて、冷凍庫のあんぱんをレンチンして半分齧って歯磨きしてから脱出しました。

年末ですからね、遅刻厳禁です❣️

エレベーターの横から見える福岡市ですが、今日はこんな感じです。

それでもいっとき薄日が射してきて、ちょっとホッとする光景ですね(^。^)

 

美容院は、予約制ですが、お客さんが全部の椅子を埋めていました。

しかし、先生はとても手際の良い方ですので、1時間半くらいで終了しました。

お昼ご飯はこんな感じです。

やっぱり家ご飯も落ち着きます。

明日のおじやが楽しみです(^。^)

お昼に作っていただきます。

 

午後は、英語のノート整理とかしていましたが、どーも乗らないままでした。

明日も、年末の家事を消化しますので、朝ちょっと1時間半程度かな。。ま、仕方ないですね。

まだ少し疲れが残っているように思います。

16時頃、又空が明るくなって来ました。

ちょっと明るい気持ちになれます。

明日(=今日の事)は朝の7時から天神に出てお買い物をします、お正月のね。

それから、お掃除、大根を少しやっつけて(なますを作って冷凍しておこうかな。。とか考えています)、夜はちゃんとしたご飯にしたいと思っています。

午後にももう一度赤坂門までお買い物に出るかもです。(午前中はお正月のお花と鶏肉、午後はレンコンとかお野菜とか)

 

それでは、今日も良い一日をお過ごし下さいね💞

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(余談)

Over 70 pct of workers in their 20s and 30s want to attend year-end parties with colleagues, a private-sector survey has shown.

民間調査によると、20代から30代の社会人の7割以上が、職場の同僚との忘年会に参加したいと考えていることが明らかになりました。

  workers in their 20s and 30s:20代、30代の労働者

  year-end parties:忘年会

  colleague(コリーグ):(主に官職・教授・公務など職業上での)同僚

    private-sector:民間部門

※「colleague」は専門分野や地位が同等の人、または同じ目標を持つ人を指し、よりフォーマルな響きがあります。一方、「coworker」は同じ職場で働く人を指し、より一般的な表現

 

 Those positive about such parties accounted for 73.6 pct of respondents in their 20s and 74.7 pct of those in their 30s, according to the survey conducted in late October by Nonpi Inc., a Tokyo-based operator of employee cafeterias and other food-related services.

東京に本社を置く、従業員食堂他の食事提供サービスを運営するノンピ株式会社が10月下旬に実施した調査によると、社内パーティーに肯定的な回答をした人の割合は、20代で73.6%、30代で74.7%でした。

  Those positive about such parties:こうしたパーティーに肯定的な人たち

  account:〔…の割合を〕占める 〔for〕(自動詞)➡︎この場合の意味

  respondent:回答者、応答者

  according to the survey conducted:実施された調査によると

  employee cafeterias and other food-related services:社員食堂やその他の食事提供サービス

 

 But older workers are less eager. The proportion stood at 64.4 pct among respondents in their 40s and 60.0 pct among those in their 50s.

しかし、より高年齢の労働者はそれほど熱心に忘年会に参加したいとは思っていません。40代で参加したい人の割合は64.4%、50代では60%でした。

  be  less eager:あまり乗り気でない

  The proportion stands at 〜:その割合は〜である

 

The internet poll covered workers aged between 20 and 59 who work in Tokyo and live in the Tokyo metropolitan area, also including Saitama, Chiba and Kanagawa prefectures. Valid responses came from 362 people.

このインターネット調査は、東京都在住または埼玉県、千葉県、神奈川県に住む、都内で働く20歳から59歳までの会社員を対象に行われました。 362人の方から有効な回答を得ています。

  in the Tokyo metropolitan area:東京都市圏で、東京首都圏で

  metropolitan:首都の、大都市の、都会(人)の(形容詞)

  valid:確かな、正当な、妥当な、有効な(形容詞)

(物語)

翌日、皇帝が到着しました。

ロストフ家の召使い達も何人か皇帝を見に行く事が許されました。

その頃ペーチャは、長い時間を掛けて服装を整え、髪も綺麗にとかして、襟の形も大人のように作っていました。

やがて誰にも言わずに帽子を被ると、見つからないように気を付けながら、そっと裏玄関から出ました。

ペーチャは、真っ直ぐに皇帝の居る所へ行き、侍従の1人を捕まえて、自分はロストフ伯爵である事、年齢は若いが、祖国に尽くしたいと望んでいる事、若い事は忠誠を尽くす妨げになり得ないし、自分は進んで。。と言うような事を言上しようと決意していました。

 

ペーチャが、皇帝に拝謁が叶うだろう。。と考えていたのは、自分が子供だからだ、という理由からでしたが、しかしそれと同時に彼は努めて自分を大人に見せようとしました。

しかし、次第にクレムリンが近くなり、後から後から押し寄せる人波に目を奪われ、彼はもう突き飛ばされないようにと、そればかりに気を取られていました。

ところが、トロツキイ門の所で、彼の精一杯の頑張りにも拘らず、人々が、どうやら彼がどのような愛国的目的を持ってクレムリンに赴こうとしているのか知らないらしく、激しく彼を壁に押し付けたので、彼はやむなくその人波の力に屈服し、立ち止まって何台かの馬車が通り過ぎるのを待たなければなりませんでした。

 

ペーチャは、顔に吹き出した汗を手で拭い取り、家でせっかく大人のような形に作ってきた襟が汗に濡れて崩れたのを直しました。

ペーチャは、自分の格好があまり立派と言えないのを感じて、こんな姿で侍従達の前に出たら、皇帝の側へ通してもらえないのではないか。。と心配になりました。

馬車で通りかかった将軍の1人が、ロストフ家の知り合いでした。

ペーチャはその将軍に助けを求めようとしましたが、すぐにそれは男らしさに背く事だと思いました。

 

馬車が全部通り過ぎると、群衆はどっと流れ出し、ペーチャも広場に押し出されました。

広場へ出た途端に、クレムリン中を満たした鐘の響きと嬉しそうな群衆のざわめきが、強くペーチャの耳を打ちました。

しばらくの間、広場の中は少しゆったりとなりましたが、ふいに群衆が一斉に帽子を脱ぐと、どっと前方へ雪崩を打って進みだしました。

群衆は口々に叫び立てました、「ウラー❗️ウラー❗️」、ペーチャは背伸びをして前の者に掴まったり、押したりしてみましたが、周りの群衆の他は何も見えませんでした。

 

どの顔にも一様に感動と歓喜の表情がありました。

ペーチャの側に立っていた商家のおかみが、おいおいと声を上げて泣き出しました。

「ウラー❗️」という叫び声がまわり中から上がりました。

ペーチャは、もう無我夢中で歯を食いしばり、獣のように目をギラギラさせながら、今なら、自分をも誰をも殺しかねないような勢いで、両肘で突きまくり、「ウラー❗️」と声を限りに叫びながら押しまくりました。

『そうか。。皇帝とはこういうものなのだな❗️』と、ペーチャは思いました。

『ダメだ、自分で陛下にお願いするなんて、とても出来ない。あんまり向こう見ずすぎる❗️』そうは思いながら、彼はやはり必死に突き進んでいました。

 

ところが、その時群衆が後ろへ揺れだしました(前方で警官達が寄せ過ぎた群衆を押し返したのでした。皇帝は宮殿からウスペンスキイ寺院へ行くところでした。)、そしてペーチャはふいに横から肋骨に猛烈な打撃を受け、気を失ってしまいました。

気が付くと、後頭部に一房の白髪を残した、擦り切れた青い法衣をまとった輔祭(※主教・司祭の許(もと)で、主教・司祭を奉神礼において補佐する)らしい老僧が、左手で彼を抱きとめ、右手で押してくる人波から庇っていました。

「子供が圧しつぶされたぞ❗️なんという事だ❗️押しちゃいかん。。圧しつぶされたのですぞ❗️」と、輔祭は言いました。

 

皇帝はウスペンスキイ寺院に入りました。

群衆は押し合いを止めて、広がりだしたので、輔祭は蒼白な顔をした、虫の息のペーチャを『大砲の王様』(※クレムリンにある1586年鋳造の有名な大砲)の方へ連れて行きました。

何人かの人々がペーチャに同情を示しました、すると人々が集まって来て、たちまち周りに人垣が出来ました。

側に居た者達が世話を焼いて、フロックコートの胸をはだけてやったり、大砲の台座に座らせたりして、彼を圧し潰した人々を非難しました。

 

ペーチャは間も無く意識が回復し、赤みが顔に戻り、痛さが去りました、そしてこの一時の不快な出来事のおかげで、彼は大砲の上の場所にありつきました。

彼は、ここからなら皇帝が戻る所を見られるはずだ、と思いました。

ペーチャはもう、請願しようなどとは思いませんでした、皇帝の姿を見られさえしたらーーそれだけでもう「自分はどれほど幸福だろう。。と彼は思いました。

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(解説)

はい。

この部分は、ちょっとトルストイの「強い主張」を感じましたね。

ロストフ家の末息子の15歳のペーチャなのですが、この少年はボロジノの戦いに、親の猛反対を振り切って出征するんですね。まだそこまでは読んでいませんけれど、今、彼が「お国の為に戦争に行かせて欲しい。」と、両親に必死に説得している所ですね。。

この子の出征については、愛国心の塊のような両親も流石に許すことが出来ないようですね。

 

この子は、ボロジノの戦いで、犬死してしまうんですよね。

この戦いでは、ペーチャのような多くの少年達が志願して戦争に参加し、何の名誉も与えられる事なく亡くなったと思います。

戦争に参加したい愛国心の厚いペーチャは、モスクワに来た皇帝を一目見よう、そして自分を軍隊に入れてくれるように皇帝に直訴しよう、となるべく大人びた格好をして一人で一生懸命歩いてクレムリンまで出掛けるのですけれど、そこには同じく愛国心旺盛なモスクワ市民が大勢駆けつけていて、ペーチャのような小さな少年はもみくちゃにされてついには気絶するんです。

そこへ擦り切れた法衣をまとった老僧がが、彼を抱きかかえ「子供が圧し潰されたぞ❗️何とした事だ❗️押しちゃいかん。。圧し潰されたのですぞ❗️」と叫ぶのですね。(➡︎おそらく、トルストイは、この老僧を『神の化身』もしくは『トルストイ自身』として描いたと思います。もちろん『圧し潰された』は、ペーチャの運命=戦死を意味します。)

それを聞いた群衆が心配してペーチャに駆け寄り、彼は『大砲の王様』(有名な大砲)の上に乗せられて特等席で皇帝を拝する事が出来た・・という下りですね。

 

この部分はとてもトルストイの『反戦思想』を感じましたね。

群衆の愛国心は本当は間違ったものでは無いはずです。

しかし、戦争というものにより愛国心が行き過ぎると、こんないたいけな少年の命が犠牲にされるのだ、そして、この少年たちは、何ら名誉を与えられる事なく犬死してしまったのだ、その事実を忘れてはいけない、というトルストイの無念さが感じられます。

そしてペーチャが大砲の上に掲げられた、という事実は、この(ペーチャに代表される)子供達の、命をも捧げると言う純粋な愛国心こそ尊く、誰よりもはっきりと皇帝を拝す事が出来てしかるべきでは無いか。。と言う気持ちが見えますね。

(でも、トルストイはそんな愛国心で命を落とす事は是認はしていないはずです。)

実際、野原の上で死体を晒したまま、何ら華々しい国葬をされた訳では無いんでしょうからね、こう言う少年たちは。

 

また、ペーチャもニコライと全く同じ真っ直ぐな素直な性格ですね。

それに、『皇帝の為に=ロシア帝国の為に』という愛国心がとても強いのも同じですね。

ロストフ家は、経済とか教育に関してはやや❓という部分は有っても、人間としての温かい血が通っている一族なのですね。

人の良い温かくて優しいお金持ちという、当時のロシア貴族の典型的な1つのモデルとして描かれているのがわかります。

トルストイはこの一族にロシアの大地に抱かれた大らかさと真の優しさや強さを表現しているように思いますね。

多少間抜けな点はあるにしてもですね。