戦争と平和 第3巻・第1部(21−2)群衆、皇帝の出現に熱狂する。ペーチャ、老婆を突き飛ばす。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

ウスペンスキイ寺院内で祈願の式典が行われている間ーー皇帝を迎えての戦勝を祈願し、トルコとの講和締結の感謝祈願の合同の式典でしたーー群衆は広場内に思い思いに散らばりました。

物売りが現れて、クワス、蜜菓子、罌粟の種子(これはペーチャの大好物でした)などの呼び声が流れ、そちこちで世間話をする声が聞こえ出しました。

ペーチャを助けてくれた輔祭は、1人の役人を相手に、今日は大主教の他に誰と誰がお勤めしているなどという話をしていました。

輔祭は「全山あげて」という言葉を何度か繰り返しましたが、ペーチャにはその意味がわかりませんでした。

 

2人の町人風の若者が、胡桃をかじっている屋敷勤の娘達をからかっていました、どの話も、とりわけ娘達の冷やかしなど、ペーチャの年頃には特に興味があるはずでしたが、今は少しもペーチャの注意を引きませんでした。

彼は自分の場所の大砲の台座に腰掛けたまま、さっきからずっと皇帝の事と、皇帝に対する自分の愛を考えて胸をわくわくさせていました。

押しつぶされた時の痛さと恐ろしさが、感激と重なり合って、このひとときの重大さの意識を彼の内部にますます強めたのでした。

 

ふいに河岸から号砲が轟き渡りました(これはトルコとの講和を祝する号砲でした)、すると群衆がどこでどのように大砲を撃っているのか見るために、河岸の方へ殺到して行きました。

ペーチャもそちらへ行って見たかったのですが、この貴族の少年を自分の保護下に置いていた輔祭がそれを許しませんでした。

号砲がまだ続いている間に、ウスペンスキイ寺院から士官や将軍や侍従達が走り出て来ました、続いてもっと落ち着いた足取りの随員達が現れました。

群衆はまた一斉に帽子を脱ぎ、大砲を見に行った者達が駆け戻り始めました。

最後にさらに4人、軍服の肩から大綬を下げた男達が寺院の扉口から現れました。

「ウラー❗️ウラー❗️」と、また群衆が歓声を上げました。

 

「どのお方ですか❓どのお方ですか❓」と、ペーチャは泣き声で周りの人達に聞きましたが、誰も答えてくれませんでした、誰もが、夢中になって我を忘れていたのでした。

それでペーチャは、嬉し涙でよく見分ける事が出来ませんでしたが、4人の中の1人を選んで(それは皇帝ではありませんでしたが)その人に自分の熱狂の全てを集中し、喉も裂けよとばかりに「ウラー❗️」を絶叫しました、そして、いかなる困難があろうと、明日こそ絶対に軍人になってみせるぞ、と決意するのでした。

 

群衆は皇帝を追って駆け出し、宮殿まで見送ると、散り始めました。

もう夕暮れ近くになっていました、ペーチャは朝から何も食べていませんでしたが、それでも彼は家へ帰ろうとしませんでした。

彼は、まだ残っているかなりの人数の群衆に従って、宮殿の前に立ち尽くし、まだ何かを期待しながら皇帝の会食が行われている窓を見上げていました。

 

会食の間に、ワルーエフは窓の方をかえりみて、皇帝に言いました。

「民衆はまだ陛下のお姿を拝したいと望んでおります。」

食事はもう終わりかけていました。

皇帝はビスケットを食べかけたまま立ち上がり、バルコンへ出て行きました。

群衆は、ペーチャをおし包んだまま、バルコンの下へ殺到しました。

「天子様❗️ウラー❗️陛下❗️。。」群衆は叫び立てました、ペーチャも負けじと絶叫しました。

そして女達や、ペーチャを含めて感じ易い何人かの男達が幸福のあまり泣き出しました。

 

皇帝が手にしていたかなり大きなビスケットのかけらが、バルコンの手すりに落ち、一番目に立っていた半外套の御者がそれを拾い上げました、群衆の何人かがその御者に殺到しました。

それを見て皇帝は、ビスケットを盛った皿を持って来るように命じて、バルコンの上からビスケットを撒き始めました。

ペーチャは、ビスケットに突進して行きました、何の為かはわかりませんでしたが、皇帝の手から投げられたビスケットを1枚拾わなければなりませんでした、その為には人に負けてはならないのでした。

そしてペーチャは、ビスケットを掴もうとした老婆を突き飛ばしました。

老婆は地面につんのめりましたが、自分が負けたとは思いませんでした(老婆はビスケットを掴もうとしましたが、手が届きませんでした)。

ペーチャは膝で老婆を払いのけて、ビスケットを拾い上げると、人に遅れを取りはしないか、と恐れるように「ウラー❗️」と絶叫しました、もう声がかすれていました。

 

皇帝がバルコンから姿を消したので、やっと群衆の大半が散り始めました。

クレムリンからペーチャの足は家へ向かないで、同じ15歳の、やはり軍務に入ろうとしている親友のオボレンスキイの所へ向かいました。

家へ戻ると、彼は、軍隊へやってくれないなら家出すると、きっぱり宣告しました。

そして翌日、ロストフ老伯爵は、まだすっかり降参した訳ではありませんでしたが、それでも何とかペーチャをあまり危険でない所に入れてやれないものか、と相談に出かけるのでした。

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(解説)

まず、これは恐らく1812年7月13日頃の出来事だと思います。

第3巻・第1部(9−3)『(ドリッサでの)アンドレイ公爵、公爵、アレクサンドル皇帝の取り巻き達の傾向と党派を分類する。②』の最後の方で、アレクサンドル皇帝は、軍の統帥権から離れ統治権だけを有する案が最有力視される事になるような事が記載されていますが、これは1812年6月末頃の話で、7月13日現在では、まだアレクサンドル皇帝は軍の統帥権をも有していた、と解釈した上での話になると思います。

 

モスクワに到着した皇帝を一目見ようと群衆が押しかけるシーンが続きます。

皇帝がクレムリン宮殿に入ってしまっても、まだ群衆は皇帝がバルコンから姿を表すのでは無いか。。と待ち構えています。

食事も終わりに差し掛かり、デザートのビスケットを頬張っている皇帝に側近が、「国民が陛下のお姿を拝したいと待っています」と伝えると、もともと国民大事という皇帝ですから、ビスケットを持ったまま(➡︎このシチュエーションがいかにも物語らしい。。)皇帝は群衆の前に姿を現します。

そして、偶然彼の持っていたビスケットの大きなかけらが落ち、それを拾った者に群衆が殺到したのを皇帝は見ます。

それを見た皇帝は『浅はかにも』たくさんのビスケットを群衆に撒き散らします。

彼にしてみれば、これは国民への礼のつもりだったのですね。。

 

しかし、私は、このシーンを次のように考えます。

第2巻でナポレオンが、その場で何の予告もなくたまたまそこに居た一兵士を叙勲してしまう。。という事件がありました。

これと同じ事を、アレクサンドルもやってしまった訳です。

つまり、『国民を罰する』場合ばかりでなく『国民を利する』場合にも『法の下で行う』のがアレクサンドルの理想とする立憲君主制の理想なはずです。それが真の平等を齎すからです。

さっき、群衆に押しつぶされて虫の息だったペーチャは、今度は老婆よりも『力ある者』として、老婆を打ち負かして皇帝の巻いたビスケットを奪ってしまいます。。

つまり、アレクサンドルは、ビスケットを適当に自分が撒けばどうなるのかという事の状況を把握しきれていないという事実が示唆されていると思います。即ち、皇帝といえど、戦争という馬鹿げた騒ぎを抑えることはできないのだ、万能では無いのだ、と。

 

そして、ただただ皇帝を、万能の天上の人のように崇め奉り、泣き叫ぶ群衆同士で、我先に皇帝を拝したり皇帝の手に触れたものをもらおうと、国民同士で争ってしまい、命をも危なくしている、という矛盾が描かれています。

当時の戦争というものは、そんな訳のわからない所で愛国心が叫ばれ、若い命がたくさん犠牲になった、逃げられない老人達も命を落とした、こんな馬鹿な事ってあるのかい❓というさらなるトルストイの反戦思想が『角度を変えて』突っ込んで説明されていると思います。

 

そして愛国心の塊のようになった思い込みの強いペーチャは、絶対に軍隊に入ると家族に宣言します。

父のロストフ老伯爵は、仕方がないので、なるべく安全な軍務に息子を就かせよう。。と画策するのでした。