(物語)
「悪党、人殺し」という激しい叫び声がして、その時痩せた蒼白な女が、子供を抱き抱え、プラトークを引き千切られて髪を振り乱して戸口から飛び出し、階段を駆け降りて行きました。フェラポントフがそれを追って出て来ましたが、アルバートゥイチを見ると「おや、お発ちかね❓」と聞きました。
アルバートゥイチは、その問いには答えず、買い物を片付けながら、宿料はいくら払ったら良いか❓と聞きました。
「今、計算しますから❗️どうです、知事の所へ行きましたかね❓」とフェラポントフは聞きました。
「知事は、はっきりした事を言わなかった。」と、アルバートゥイチは答えました。
「こんな商売ですもの、とても持って逃げられやしねえ❗️ドロゴブージまで荷馬車1台につき、7ルーブリをふっかける始末さ。だからわしはいつも言うんだよ。奴らにゃ良心っちゅうものがねえって❗️」と、彼は言いました。
馬の支度が出来る間、アルバートゥイチはフェラポントフとお茶を飲みながら、小麦粉の値段や、今年の作物の出来や、刈り入れに好適の天気である事を語り合いました。
アルバートゥイチは買い物をまとめて、呼びに来た御者に渡し、主人と勘定を済ませました。
庭から出て行く馬車の車輪や、蹄や、鈴の音が門の辺りに聞こえました。
もう日もだいぶ傾き、通りの半分が影になり、反対側の半分に明るい日差しが落ちていました。
アルバートゥイチは窓を覗いてみて、戸口へ歩き出しました。
ふいに遠くで砲弾が風を切り、炸裂したような奇妙な音が聞こえました。と思うと、一斉砲撃の砲声が轟き渡り、窓ガラスがピリピリと震えました。
アルバートゥイチは通りに出ました、方々で砲撃が空を切る唸りや、市中に落下する音や、榴弾が炸裂する音が聞こえました。
しかしこれらの音は、市外の方で轟き渡っている砲声に掻き消されてほとんど聞こえず、住民達の注意を引きませんでした。
これは四時を期して、ナポレオンが指令した130門の砲によるスモーレンスク一斉砲撃でした。
住民達は、最初のこの砲撃の意味がわかりませんでした。
落下する榴弾や砲弾の音は、初めは住民達の好奇心を掻き立てました。
フェラポントフの女房は、ぴたりと泣くのをやめて、子供を抱いたまま門の側へ出て行き、黙って群衆を眺めたり、砲声に耳を澄ませたりし始めました。
料理女と店番の男も門の所へ出て来ました。
みんな珍しそうに目を輝かせて、頭上を飛び過ぎる砲弾を見極めようと努めました。
しかし、砲弾は彼らの近くには1発も落下しないで、皆、頭上を飛び過ぎて行きました。
アルバートゥイチは、幌馬車に乗り込みました。
主人は門の側に突っ立っていました。
「どこへでも顔を突き出しやがる❗️」と、彼は、通りの角の方へ寄って行った料理女に怒鳴りつけました。
彼女が戻りかけた時、すぐ近くに閃光が走り、何かが破裂して煙が通りを包みました。
「ばか、何をしているか❗️」と、叫んで、主人は料理女の方へ駆け寄りました。
その瞬間、女達の悲鳴が起こり、子供が怯えて泣き出し、真っ青な顔をした人々が料理女の周りに集まりました。
「ああ。。苦しい。。皆さん❗️私を殺さないで❗️後生です。」
料理女は、榴弾の破片で砕かれたバケツを抱いたまま台所へ運び込まれました。
アルバートゥイチと、御者と、フェラポントフの女房と子供と庭番は、地下蔵へ逃げ込んで耳を側立てていました。
大砲の轟音と、砲弾の唸りと、全ての音を圧する料理女の悲痛なうめき声が一瞬も止みませんでした。
女房は、赤ん坊を揺すってなだめたり、誰かが地下蔵へ入って来る度に、表に残った夫の安否を聞いたりしていました。
店番の男が地下蔵へ降りてきて、主人は男衆達と一緒に、スモーレンスクの守護神の聖像に祈願しに寺院に行っている、と女房に伝えました。
夕暮れになるに連れて砲撃も静かになりだしました。
アルバートゥイチは、地下蔵を出て戸口に立ち止まりました。
さっきまで澄み切っていた夕空がすっかり煙に覆われていました。
砲声はピタリと止み、市には静寂が垂れ込めていました。
わずかにうめき声や、遠い呼び声や、火事のはぜる音がその静寂を破るだけでした。
料理女のうめき声はもう止んでいました。
市の西側から火の手が上がり、黒い煙の渦が広がって行きました。
通りには、列を乱した雑多な軍服の兵士達が様々な方角に向かって歩いたり走ったりしていました。
アルバートゥイチの見ている所で、何人かの兵士達がフェラポントフの庭の中へ駆け込んで行きました。
アルバートゥイチは門の所へ出て見ました。
どこかの連隊が、通りをせき止めて、慌ただしく退却して行く所でした。。
ーーーーー
(解説)
アルバートゥイチは買い物をまとめて、呼びに来た御者に渡し、フェラポントフと勘定を済ませ通りに出ました。
方々で砲撃が空を切る唸りや、スモーレンスク市中に落下する音や、榴弾が炸裂する音が聞こえました。
これは四時を期して、ナポレオンが指令した130門の砲によるスモーレンスク一斉砲撃でした。
しかし、スモーレンスクの市街地に当るガチェンスコエでは、まだ『遠い話』のように思えます。。
この市街地(ガチェンスコエ)の住民達は、最初のこの砲撃の意味がわかっていません。
そして、まるで見物客のように、みんな珍しそうに目を輝かせて、頭上を飛び過ぎる砲弾を見極めようと、外に出て行きます。
アルバートゥイチは、幌馬車に乗り込み、フェラポントフは門の側に突っ立っていました。
そ、その時、フェラポントフの使用人の料理女が通りに飛び出して行ったので、フェラポントフは「危ない❗️」と怒鳴りつけます。
彼女が戻りかけた時、すぐ近くに閃光が走り、何かが破裂して煙が通りを包みました。
その時、初めてガチェンスコエの街も危険に晒されている❗️と住民達は気づきます。
料理女は、榴弾の破片で砕かれたバケツを抱いたまま台所へ運び込まれました。
アルバートゥイチと、御者と、フェラポントフの女房と子供と庭番は、地下蔵へ逃げ込みました。
大砲の轟音と、砲弾の唸りが鳴り続けました。。
フェラポントフは男衆達と一緒に、スモーレンスクの守護神の聖像に祈願しに寺院に行って祈ります。
夕暮れになるに連れて砲撃も静かになりだしました。
アルバートゥイチは、地下蔵を出て戸口に出て行きます。
さっきまで澄み切っていた夕空がすっかり煙に覆われていました。
市の西側から火の手が上がり、黒い煙の渦が広がって行きました。
通りには、列を乱した雑多な軍服の兵士達が様々な方角に向かって歩いたり走ったりしていました。
そして、何人かの兵士達がフェラポントフの庭の中へ駆け込んで行きました。。。
ーーー
戦火は、スモーレンスク市内だけでなく、フェラポントフの住む市街地のガチェンスコエも及んで来ているのですね。
住民達は、今初めて身の危険を感じた、という瞬間を描いています。
街には算を乱した(ロシア)兵達が逃げ惑っています。
街には火が放たれ、煙がもうもうと立ち、空をも暗雲が漂っているのでした。。













