(物語)
「市を明け渡すぞ、逃げろ、逃げろ」とアルバートゥイチの姿を見て1人の士官が言いました、そしてすぐに兵士達に言いました、「庭を伝って退却していいぞ❗️」
アルバートゥイチは庭へ駆け戻ると、御者を呼んで出発の支度を命じました。
アルバートゥイチと御者の後から、フェラポントフの家の者達もぞろぞろ出て来ました、女達は火事を眺めながら泣き出しました。
アルバートゥイチ は、軒下の馬車の側で御者と2人で、わなわな震える手で馬の手綱と引き綱を返しました。
アルバートゥイチ の幌馬車が門から出た時、開け放されたフェラポントフの店の中で10人程の兵士達が小麦粉やひまわりの種などを雑嚢や背嚢に詰め込んでいるのを見ました。
その時、フェラポントフが通りから戻って来ました。
兵士達を見ると、彼は何やら怒鳴りつけましたが、急に立ち止まり髪をひっつかんで涙を流しながらゲラゲラ笑いだしました。
「みんな持って行け、おい❗️悪魔どもの手に渡すな❗️」と叫ぶなり、彼は自分で袋をひっつかんで通りへ放り出し始めました。
彼はアルバートゥイチに気付くと大声で言いました。
「お終いだよ❗️ロシアは終わりよ❗️アルバートゥイチ❗️お終いだ❗️自分で火をかけてやる、お終いだ。。」フェラポントフは庭の中へ駆け込んで行きました。
通りをすっかり塞き止めながら、絶えず兵士達の群れが後退して行くので、アルバートゥイチは馬車を進める事が出来ず、兵士達の通過を待たなければなりませんでした。
フェラポントフの女房も子供も荷馬車に乗って、出発できるようになるのを待っていました。
もうすっかり夜になっていました。
ドニュブル河の下り口で、兵士達の列や他の馬車などに挟まれてノロノロ動いていたアルバートゥイチと女房の馬車は、停止しなければなりませんでした。
十字路に動きもならず立ち尽くしている人々の顔を、火事の炎が異様なまでにくっきりと闇の中に照らし出していました。
アルバートゥイチは馬車を降りて、まだしばらくは進めそうも無いのを見て、火事の現場を見ようと思って横町へ入って行きました。
アルバートゥイチは、炎に包まれて燃え盛っている高い倉庫の向かい側に立っている群衆の方へ近づいて行きました。
壁はすっかり猛火に包まれ、後ろの壁は崩れて、板屋根は焼け落ち、梁が燃えていました。
どうやら、群衆は棟木が焼け落ちる瞬間を待っているらしく、アルバートゥイチもそれを待っていました。
「アルバートゥイチ❗️」と、ふいに誰かの聞き覚えのある声が彼を呼びました。
「あ、若様、若伯爵」と、とっさに自分の若公爵の声を知って、アルバートゥイチは答えました。
マントを纏って、黒毛の馬に跨ったアンドレイ公爵が、群衆の後ろに立ってアルバートゥイチを見つめていました。
「どうしてこんな所に❓」と、アンドレイ公爵は尋ねました。
「若さま。。ロシアはもう滅びてしまったのですか❓お父様が。。」と、アルバートゥイチはわっと泣き出しました。
アルバートゥイチは、使いに寄こされた事と、かろうじてここまで脱出して来た事を告げました。
「どうなのでしょう。。若様。ロシアはもう滅びてしまったのですか❓」と、アルバートゥイチはまた尋ねました。
アンドレイ公爵はそれには答えずに、手帳を出すとそれを破り、妹宛に鉛筆で次のように書きました。
『スモーレンスクは落ちた。禿山は1週間後に敵に占領されよう。直ぐにモスクワに避難せよ。いつ発つか、ウスヴァージに急使を送り、至急返事せよ。』
この手紙をしたためてアルバートゥイチに渡すと、アンドレイ公爵は老公爵と令嬢と、息子と教師の出発の手配と、彼への至急の返事をどのようにするかを口頭で伝えました。
彼がまだこの指示を伝え終わらぬうちに、騎馬の高級参謀が幕僚を従えて駆け寄って来ました。
「貴官が連隊長か❓」と、ドイツ訛りの高級参謀は叫びました。
「目の前の家に火が放たれているのに、貴官は黙って見ているのか、これはどういうことか❓責任を取ってもらいますぞ」
こう叫んだのは、今は第1軍の歩兵左翼軍の参謀次長になっていたベルグでした。
アンドレイ公爵は、彼をチラと見ましたが、アルバートゥイチ に指示を続けました。
「では良いな。こう伝えてくれ。10日まで返事を待つが、もしそれまでに知らせが無かったら私が全てを投げ打って禿山へ急行せねばならぬとも。。」
「私が。。公爵、こんな事を言うのは、ただ。。」と、相手がアンドレイ公爵と知ってベルグは言いました。
「命令を実行せねばならぬからで、私は常に正確な実行を旨としているものだから、どうかお許し下さい。。」とべっb買いするようにベルグは言いました。
その時、炎の中で何か大きなものが崩れ落ちました。
「うああああっ❗️」倉庫の棟木の崩れ落ちる音に群衆の中から声が上がりました。
「では、良いな。」と、アンドレイ公爵は、アルバートゥイチ に念を押しました。
そして彼は気まずそうに黙りこくっているベルグには一言も答えずに、馬腹を蹴り横町へ走り去って行きました。
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(解説)
「市を明け渡すぞ、逃げろ、逃げろ」とアルバートゥイチの姿を見て1人の士官が言いました。
アルバートゥイチは庭へ駆け戻ると、御者を呼んで出発の支度を命じました。
アルバートゥイチ の幌馬車が門から出た時、開け放されたフェラポントフの店の中で10人程の兵士達が小麦粉やひまわりの種などを雑嚢や背嚢に詰め込んでいるのを見ました。
その時、フェラポントフが通りから戻って来ました。
兵士達を見ると、彼は何やら怒鳴りつけましたが、彼はちょっと思い直して、「みんな持って行け、おい❗️悪魔どもの手に渡すな❗️」と叫ぶなり、彼は自分で袋をひっつかんで通りへ放り出し始めました。
そして、彼はアルバートゥイチに気付くと大声で言いました。
「お終いだよ❗️ロシアは終わりよ❗️アルバートゥイチ❗️お終いだ❗️自分で火をかけてやる、お終いだ。。」フェラポントフは庭の中へ駆け込んで行きました。
ここは、トルストイがぜひ注目して欲しいと思っている部分だと思います。
フェラポントフは、12年前にアルバートゥイチのうまい計らいで、老公爵のライ麦を仕入れて商売を始め、今では自分の家と、宿屋と、県内に粉屋の店を経営していた男ですね。
彼は、フランス軍の攻撃によって瞬間的にこれらの財産を失うんですね。
そしてね、彼はそれを嘆きつつも、「もうロシアはおしまいだ❗️自分もロシアと運命を共にするよ❗️食べ物はこの飢餓に苦しんでいるロシア兵にくれてやる、同じ思いをしたんだ。悪魔になんか渡してやるものか❗️俺らと同じ思いをするがいい❗️さあ、俺は自分の手でこの屋敷や蔵に火をつけてやる❗️敵どもに食べさせるもんなんか残してたまるものか〜❗️」という叫びなのだと思います。
そしてですね、この地域の住民達のこんな死ぬような思いが、結局それよりも奥のロシア(モスクワまでは行きましたけどね、フランス軍は)を守るんですね。
彼らが自分の財産(=穀物とか動物とか)に涙を流して火を放ったからこそ、フランス軍は弱体化したのですから。。(※フランス軍はモスクワを放棄した後、同じ道を戻っていますので、スモーレンスクに食料が無かったのは大ダメージだった。)
上層部は、早々と馬車を準備して財産を積んで逃げて行ったというのに。。スモーレンスクの市長でさえ。
トルストイは、ボロジノでフランス軍を壊滅させたのは、こんな名も無い住民達でもあるんだよ、って言っているのだと思います。
絶えず兵士達の群れが後退して行くので、アルバートゥイチは馬車を進める事が出来ず、兵士達の通過を待たなければなりませんでした。
アルバートゥイチは馬車を降りて、まだしばらくは進めそうも無いのを見て、火事の現場を見ようと思って横町へ入って行きます。
そこへ、なんとアンドレイ公爵から声を掛けられます。
アンドレイ公爵は、手帳を破き『スモーレンスクは落ちた。禿山は1週間後に敵に占領されよう。直ぐにモスクワに避難せよ。いつ発つか、ウスヴァージに急使を送り、至急返事せよ。』と、妹のマリヤに手紙を書きアルバートゥイチに手渡します。
そして、老公爵と令嬢と、息子と教師の出発の手配と、彼への至急の返事をどのようにするかを口頭で伝えました。
そこへ、連隊長であるアンドレイ公爵が職務懈怠していると、今は華やかに幕僚を従えた高級参謀となったベルグが偉そうに中注意します。
しかし、(身分は圧倒的にアンドレイ公爵が上位ですので)アンドレイはそれに構わずアルバートゥイチに指示を言い終え去って行きました。。










