気ままな日常を綴っています。 -18ページ目

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

もしナポレオンに対する迷信的恐怖を捨ててこの命令を見るなら、極めて曖昧で要を得ぬこの作戦命令は、4つの点、つまり4つの命令を含んでいます。

これらの命令は1つとして実行され得ぬものでありましたし、現に実行されなかったのでした。

 

①作戦命令に述べられている第1の点は、ナポレオンが選んだ陣地に配置された砲兵隊は、その両翼に進出するはずのベルネッティととフーシェの砲兵隊と並んで、全部で102門の砲が砲門を開きロシア軍の突角堡と堡塁に砲弾を浴びせる、という事です。

これは実行不可能でした、というのは、ナポレオンによって指定された位置からは、砲弾がロシアの陣地まで届かず、現地の指揮官がナポレオンの命令に背いて砲兵隊を前方へ進出させない限り、この102門の砲は無人の野に砲弾を打ち込む事になるからでした。

 

②第2の命令は、ポニャトスキイが村から森へ入り、ロシアの左翼を迂回する事でした。

これも実行不可能でしたし、現に実行されませんでした、というのは、ポニャトスキイが村から森へ進む途中で、その進路を塞いでいたトゥチコフ軍と遭遇して、ロシア軍陣地を迂回することができなかったからであり、現に迂回しませんでした。

 

③第3の命令は、コンパン将軍が第1の堡塁を占領する為に、森の中を移動する事でした。

コンパン師団は、第1の堡塁を占領出来ずに、撃退されました。

それは、同師団が森を出た所で、激しい砲火の下で隊列を整えなければならなかったからであり、それをナポレオンは知らなかったのでした。

 

④第4は、副王は村を占領し、モランとフリアンの両師団(この両師団については、いつどこへ移動するのか言われていない)と並んで同じ台地を進撃し、3箇所で橋を渡る、両師団は副王の指揮の下に堡塁を目指し、他の諸部隊との連携に入る、という事です。

この訳の分からぬ命令文からではなく、与えられた命令を実行する為に副王によって為された諸々の試みから理解し得た限りでは、副王は村を通って左方から堡塁へ進まなければならなかったし、モランとフリアンの両師団は同時に正面から前進しなければならなかった訳でした。

 

こんな事は、作戦命令の他の諸項目と同じように、実行されませんでしたし、される訳が無かったのでした。

ボロジノを通過して、副王はコローチャ河で撃退され、その先へ進む事が出来なかったのでした。

モランとフリアンの両師団も、堡塁を攻略する事が出来ずに撃退されました、そして堡塁が奪取されたのはもう会戦が終わり近くなってから騎兵隊によってでした。(これはおそらく、ナポレオンの予見せぬ事で、全く意外な事だったでしょう。)

 

以上述べたように、作戦命令の項目は1つとして実行されませんでしたし、されるはずも無かったのでした。

しかし、作戦命令には、戦闘に入って後は、敵の動きに応じて命令が与えられる、とあったので、戦闘の最中は全ての必要な命令がナポレオンによって与えられたと考えられるかも知れません。

しかしそのような事はありませんでしたし、有り得なかったのでした。

後で分かった事でしたが、戦闘の間ナポレオンは終始戦場からあまりにも遠くに位置していた為に、戦闘の経過が彼には知りえなかったし、戦闘の間を通じて彼の命令は1つも実行される状態に無かったからでした。

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(解説)

はい。

素人目には簡潔で分かりやすいと思われたナポレオンの作戦命令について、トルストイ先生は痛烈な批判と分析を見せています。

戦局に応じての適切な命令が肝要という当時の戦争の常識にもかかわらず、この時のナポレオンは無責任にも戦地から遠く離れた場所でぼ〜としていた(❓)様子が描かれています。

 

しかし、トルストイ先生は次のチャプターでナポレオンは従来の会戦と同じように司令官としての役割を演じていた、と分析しています。

言わんとする事はなんとなくわかりますが、トルストイ先生は一般に言われているナポレオンの天才的な指令能力については、後世の歴史家たちが作り上げた虚像ではないのか❓。。という疑問は常に強く持っておられるように思います。

それは少し前のアンドレイ公爵のセリフ『勝たんと強く念じた者が勝つのだ』というセリフにも通じるものがあるように思います。

お早うございます♪  今朝は、令和8年3月2日の日記です♪

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こんばんはー♪  現在17時46分です。

室温は16.1度。湿度は53%です♪

あああ。。。今日は雨だったので、夕方暑いお湯でシャンプーもしてさっぱりした所です💞

 

昨夜は。。無事、あの世に出かけてまったりしていたようです(^。^)

 

いつもの作業をしていましたが、朝からお菓子をいただきました💦

薄暗い所でね✨

 

朝ごはんはガッツリ❣️

明るくなってからね〜♪

 

本業は面白くありませんでした。当然です。

英字新聞をずっとやっつけていました。

外の景色も面白くありません💦  でもー。。雨は時々は降らないとね。

 

朝を食べ過ぎたので、お昼はちょっと遅く頂く事にしました。

と言うか。。外食もしたいな。。とか(昼夕で1回にして)思っていましたが、食材が冷蔵庫にたくさんあるので、やっぱり自分で作りました。

大したことはありませんけれど。

朝から大根と人参と油揚の煮物を作っていたので、それと昨日作り置きしておいた味卵です。

小さな銀鮭の切り身を焼いて鮭と三つ葉のおにぎりを作りました。

この銀鮭は本当に脂が乗って美味しいです💞

しっかし、1✖️3センチの切れ端が5枚くらいで300円以上もするって本当に高くなってます💦

おにぎりは爆発するどころかしっかりまとまってますわ💦(鮭が多くて爆発寸前が旨いんよ〜♪)

 

午後からは郵便局に行く用事があったので、ついでにコーヒータイムをしました。

明後日はアキの誕生日だからね(^。^)

 

近所の桃のお花、だいぶん蕾が膨らんで来ています♪

綺麗ですね〜〜✨

 

今日は雨降りだから、お高いコーヒー屋さんねえ〜♪♪

 

帰宅は15時半くらいかな。。

ああ。。コンビニの冷製パスタにしましたわ、夕ご飯はね。

クーポンを持っていなかったのに、コンビニの店員さんがクーポンを出して来て50円引きにして下さいました(^。^)

本当に申し訳ないと思いました💦  遊んでるご隠居さんだからね(^。^)

 

と。。今日も穏やかな一日でした(^。^)(^。^)

明日は、お天気が回復するみたいですので、少しは散歩したな、とか思っています。

 

それでは今日も良い一日をお過ごし下さいね💞

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(余談)

An emotional Prince Harry on Wednesday blasted the publisher of two UK newspapers, accusing them of making his wife Meghan's life an absolute misery as he finished testifying at London's High Court.

水曜日、ハリー王子はロンドンの高等法院で証言を終える際、イギリスの新聞社2社が妻であるメーガン妃の人生を「全くの悲惨なもの」にした、と涙をこらえて非難しました。

  emotional:感情的な、感動的な(形容詞)

  blast(ブラスト):(人を)激しく非難する

  publisher:出版社、発行者、発行元

  accuse:〔法律違反などの理由で人を〕訴える、告訴する、告発する(他動詞)

   〔+目的語+of+(代)名詞)(+目的語+as補語)

  absolute:完全な、絶対的な、明らかな(形容詞

  misery(ミザリー):みじめさ、悲惨、(精神的・肉体的な)苦痛(不可算)

  testify(テスティファイ):証言する、(…を)証明する、証言をする(自動詞)(他動詞)

  London's High Court:ロンドンの高等法院

 

Holding back tears, the prince said pursuing the years-long joint legal action against Associated Newspapers Ltd (ANL), the publisher of the Daily Mail and The Mail on Sunday, had been a horrible experience.

ハリー王子は涙をこらえながら、デイリー・メールとメール・オン・サンデーの発行元であるアソシエイテッド・ニュースペーパーズ社(ANL)に対する長年にわたる共同訴訟は、「恐ろしい経験だった」と述べました。

  Holding back tears,:涙をこらえる、涙を抑える

  pursuing:動詞「pursue」(主に他動詞)の現在分詞形で、主に目標や目的を達成するために積極的に追い求める行動を指す。

  the years-long joint legal action:長年にわたる共同訴訟

  legal action:法的措置、告訴

  terrible: 客観的な状況の悪さや質の低さ。

  horrible: 感覚に訴える不快さや恐怖、ショック。

 

He and six others, including pop icon Elton John, accuse the two tabloids of privacy invasions and unlawful information gathering, in the prince's last active legal case in his long-running crusade against some UK media.

彼と、ポップ界のアイコンであるエルトン・ジョンを含む6名が、2つのタブロイド紙によるプライバシー侵害と違法な情報収集を告発しています。これは、英国の一部メディアに対する彼の長年の闘いにおける、最後の係争中の訴訟となります。

  tabloid:新聞の判型の一つである「タブロイド判」と、ゴシップやセンセーショナルな報道を特徴とする「大衆紙」という二つの意味を持つ。

  invasion:侵入、侵略、侵害(不可算又は加算)

  unlawful:違法な、不法な、非合法的な(形容詞)

   last active legal case:最後の係争中の訴訟

  long-running:長期にわたる(形容詞)

   crusade:十字軍、改革[粛清,撲滅]運動 〔for,against〕

 

Having to sit here and go through this all over again and have them in their own defence claim that I don't have any right to any privacy is disgusting, Harry said as he concluded several hours in the witness box.

ハリー王子は、何時間にもわたる証言台での尋問を終え、「再びこの場に座って、彼らが自分の弁護で私にはプライバシーの権利がないと主張するのを聞くのは不愉快だ」と述べました。

  Having to sit here and go through this all over again:

   ここに座って、これをもう一度経験しなければならない

  claim:要求、請求、主張(名詞)➡︎他に、自動詞・他動詞用法あり

  their own defence claim:自己防衛の主張

   right to any privacy:あらゆるプライバシーに対する権利

  witness:証人、目撃者、証拠、証言

   in the witness box:法廷で証人が証言台に立っている状態

(物語)

この8月25日は終日、伝記作家の語るところによれば、ナポレオンは馬上で過ごしました。

彼は地形を視察し、元帥達が進言する作戦計画を検討し、親しく将軍達に命令を与えたのでした。

コローチャ河に沿うロシア軍陣地の最初の線は崩れ、その線の一部、つまりロシア軍の左翼は、24日のシェヴァルジノ堡塁奪取の結果、後方へ下げられていました。

この部分は強化されていないし、もう河によって防御されていないし、この前面だけが最も見通しの良い平垣な地域でした。

 

この部分をフランス軍が攻撃すべきである事くらいは、軍人であるか否かを問わず、誰の目にも明らかでした、これを決定するには多くを考える事はありませんでしたし、さほど頭を悩ます必要も無かったはずでした。

ところが、この事件を記述した歴史家達も、当時ナポレオンに随行していた人々も、ナポレオン自身も、それとは違う考え方をしていたのでした。

ナポレオンは馬で予定の戦場を回り、深く想を練りながら地形を熟視し、1人で良しと頷いたり、否々と頭を振ったりしていました、そして彼の決定に至る深慮の歩みは周りの将軍達に知らさずに、最終的な結論だけを命令の形で彼らに伝えたのでした。

 

ロシア軍の左翼を迂回すると言う、エクミュール公と呼ばれるダヴーの提案を聴き終えると、ナポレオンは、なぜその必要は無いのか、理由は説明せずに、その必要は無いと退けました。

突角堡を攻撃する事になっていたコンパン将軍(※当時のタヴー軍の第5歩兵師団長)の師団を、森の中を進めると言う提案にはは、ナポレオンは、エリヒンゲン公と呼ばれるネイ将軍(※ボロジノ戦でフランス中央軍である第3軍を指揮、ナポレオンにより「モスクワ公」の称を与えられた)が、森の中を移動させるのは危険であるし、部隊を分散させる恐れがあると直言したにも関わらず、同意を表明しました。

シュヴァルジノ堡塁の前面の地形を観察すると、ナポレオンはしばらく黙考して、ロシア軍陣地を砲撃する為の2つの砲兵陣地を明日までに構築する位置を示し、それと呼応する平地の砲兵陣地の位置を示しました。

 

こうした命令を与えた上で、彼は自分の幕舎に戻りました、そして彼の口述で作戦命令が作成されました。

フランスの歴史家達が感動を持って語り、他国の歴史家達が深い尊敬を持って語っている作戦計画は、次の様なものでした。

 

『夜間にエクミュール公の軍団が位置する平地に構築された新しい2つの砲兵陣地は、夜明けと共に、正面の敵の2つの砲兵陣地に対して砲撃を開始する。

それと同時に第1軍団の砲兵指揮官ベルネッティ将軍は、コンパン師団の大砲30門と、デッセ、フリアン両師団の榴弾砲全部を率いて前進し、敵砲兵陣地に対して榴弾砲劇を加える。

この砲撃に参加する砲の数は次のとおりである。

  近衛師団砲兵連隊   24門

  コンパン師団     30門

  フリアン、デッセ師団  8門

  ーーーーーーーーーーーーーー

     計       62門

 

第3軍団砲兵指揮官フーシェ将軍は、第3軍団と第8の榴弾砲全部、計16門を、左翼堡塁攻撃の任務を持つ砲兵陣地の両側に配置する、従って同堡塁に向けられる砲数は計40門となる。

ソルビエ将軍将軍は、命令があり次第、近衛師団砲兵連隊の榴弾砲全部を率いて、二堡塁のいずれの攻撃にも出勤できる様に待機する。

砲撃の間に、ポニャトフスキィ公爵は村へ向かい、森の中を移動して、敵陣地の後方へ迂回する。

コンパン将軍は第1の堡塁を占領する目的を持って、森を前進する。

 

隠して戦闘に入った後は、敵の動きに応じて命令が与えられる、左翼における砲撃は、右翼の突撃を合図として開始と共に開始される。

モラン師団と副王(※ナポリ王と呼ばれたミュラーを指す)の師団の狙撃兵部隊は、右翼の突撃開始と共に、猛烈な援護射撃を開始する。

副王は、村(※ボロジノ村)を占領し、モランとジュラールの両師団と並んで同じ台地の進撃し、3箇所で橋を渡る。

両師団は副王の指揮の下に堡塁を目指し、他の書部隊との連携に入る。

 

以上、全ての行動は規定に基づき、整然と行われ、出来るだけ予備軍を温存しなければならない。

  

    1812年9月6日(※ロシア暦8月25日)  モジャイスク付近の大本営にて 』

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(解説)

これはもう、戦争のプロではありませんのでなんとも書けません。

印象としては、流石にナポレオンは戦場をよく見ているな、と言う印象を持ちました。

そして簡潔な指示の様に見えて、具体的かつ分かりやすく指示が記載されていると思います。

誰が読んでも、全体像が浮かび上がる様な気がします。

 

しかし。。。

次にトルストイ先生の、この作戦に対する欠点❓がシビアに展開されます。