気ままな日常を綴っています。 -17ページ目

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

ラヴルーシカは、従卒仲間で話されていた事を、すっかり(ナポレオンに)口任せに喋りました。

その中の多くは真実でした、ところが、ロシア兵達はどう思ってる❓ボナパルトが勝つと思っているか❓と、ナポレオンが聞くと、ラヴルーシカは目を細めて考え込みました。

ラヴルーシカのような男は、いつも何事にもその裏の意味を見るものですが、彼はこの問いに微妙なずるさを見て取り、眉を潜めて黙り込みました。

 

「そうだな。。もしぶつかり合って。。」と、彼は仔細ありげに話し始めました。

「早くケリがつけば、確かに旦那の方が勝ちだな。。だが、3日経ってケリがつかなけりゃ、この戦いはずるずると長引きますな。」

これは(通訳によって)ナポレオンに次のように伝えられました。

『もし、会戦が3日以内に起こればフランス軍が勝つだろうが、3日後になればどうなるかは神のみぞ知る、です』と。

ナポレオンは、明らかに極めて上機嫌だったにも関わらず、ニコリともしませんでした。

そして、それをもう一度(ラヴルーシカに)繰り返すように命じました。

 

ラヴルーシカは、それを見て取りました、そして彼を笑わせる為に、彼が何者か知らないふりをして言いました。

「そりゃ、旦那方の方にゃボナパルトが居て、世界中の奴らをやっつけた事は知ってますがね、だが、俺達の事はそうはいかねえ。。」と、お終いの所にとんだ弾みで健気な愛国心が飛び込んで来たのが、自分でもわからずに彼は言いました。

通訳は、この言葉のお終いの所は削ってナポレオンに伝えました、するとボナパルトはにっこり笑いました。

『若いコサックは、この偉大な話し相手を微笑ませた』と、ナポレオンの伝記作者のティエールは述べています。

 

ナポレオンは黙ってしばらく馬を進めると、通訳に振り向いて、『このドンの子』が話をしている相手が皇帝である事、ピラミッドに不滅の勝利者の名を記した皇帝その人である事を知らせたら、このドンの子がどのような反応を示すか、試してみたい、と言いました。

 

その知らせは、ラヴルーシカに伝えられました。

ラヴルーシカは(ナポレオンは、彼が話していた相手が皇帝であると知れば、彼が動転するものと思っていた事を悟って)、新しい主人の意に沿う為に、それを聞くなり、あっと驚いて腰を抜かしたふりをして、目をまん丸くして笞刑(ちけい:鞭打ちの刑)の場に引き出された時に作り慣れている顔を作りました。

『ナポレオンの通訳がそれをコサックに伝えた途端に、コサックはあっと言ったきり、一言も口を聞かずに、その名声が東方の廣野を超えて彼の耳まで届いていた征服者の顔に目を見張ったまま、馬に揺られていた。彼のそれまでの饒舌がピタリと止んで、素朴な感動があの後を襲った(ように振舞いました)。ナポレオンは、コサックに褒美を取らせて、彼に自由を与え、故郷の野に戻って行く鳥のように、放してやる事を命じた』と、ティエールは後に語っています。

 

ナポレオンは、彼の想像を捉えて離さぬモスクワを夢見ながら馬を進めていました。

故郷の野へ放たれた鳥は、仲間達に聞かせてやろうと、有りもしなかった事をいろいろ頭の中でこしらえ上げながら、味方の前哨線へ馬を飛ばして行きました。

彼の身に実際に起こった事は、語りたいとは思っていませんでした、語る程の事でもないとこれには思われたからでした。

彼はコサック達の所まで来ると、プラートフ軍の編成下にある連隊の所在を尋ね回って、夕暮れ近くびヤンコヴォの野営地で主人のニコライ・ロストフを見つけました。

ロストフは、インリンと辺りの村を見回りに行く為に、馬に鞍を置いた所でした。

彼はラヴルーシカに別の馬を与えて、供に連れて行く事にしました。

ーーーーー

(解説)

ラヴルーシカは、話している相手がナポレオンだと直ぐに気付いたのですが、気が付かないふりをしてナポレオンと話をします。

そこでナポレオンは今回の戦争の勝敗のロシア側の予想をラヴルーシカから聞き出そうとします。

 

ラヴルーシカは、その質問の答えが『もちろんナポレオン様が率いるフランスです』と言う回答を期待していると見抜きます。

しかし、そんな質問の裏側の心理はね、やっぱりナポレオンにも不安感があるんですよね。

ナポレオンがロシア国境を侵犯してかなりの日数が経過していますから、兵士達も消耗していますし、フランスから遠い土地で駐留している訳ですし、食料も自国で準備して運んでいるとはいえ、現地調達も止むを得ない状態だと思います。

バグラチオンのアラクチェーエフ への手紙では、水不足も深刻だったみたいですしね。

 

そこでラヴルーシカは、決戦が3日以内でケリがつけば旦那(=ナポレオン)の勝ちだが、それ以上はこっちです。と『暗に』言っているのですね、実は。

しかし、通訳がそれをうまく通訳できなかったのか、それともナポレオンの不利になる事を言いたくなかったのか、かなり間違ってナポレオンに伝えられています。『もし、会戦が3日以内に起こればフランス軍が勝つだろうが、3日後になればどうなるかは神のみぞ知る、です』と。

ナポレオンは、利口なラヴルーシカがせっかく『真実』を口にしたにも関わらず、運悪く❓それを聞き逃しているのですね。

もう、この辺りでナポレオンには暗雲が垂れ込めている感じがしますね。

ま。これはロシアの作家トルストイがロシア側として記載している事ですので本当はどうだかわかりませんが。

 

そしてナポレオンは、その虚栄心から、もし、このコサックが自分が実はナポレオンその人だったらどんな反応をするのか知りたくなります。

そして、その事実を伝えさせると、もう最初から見抜いていた利口なラヴルーシカは、びっくり仰天して見せます。

ナポレオンは内心ご満悦で、彼を元の野に解き放してやるのですね。

ここでは、『勝利』=ラヴルーシカと比喩されているように思います。

そして、『勝利』の象徴であるラヴルーシカはロシアの自分の居た陣営に無事到着するのですね。(➡︎ロシアの勝ちを暗示)

 

また、ラヴルーシカは、利口ですから、自分がナポレオンに実際に出会って、本当のことを喋ったなんて言う気はありません。

彼は『スパイ容疑』で捕まるような馬鹿な真似はしない人ですね、その時々の『旦那』に忠実に使えて、それが俺ら農奴の生きる術だ、とでも言っているようです、ちょっと気持ちが良い場面ですね。

そして、ラヴルーシカは自分がいなかった間に起こった出来事をできるだけ面白おかしくでっち上げる話を道道考えていたのでした。。

お早うございます♪  今朝は、令和8年1月16日の日記です♪

ーーーーー

こんばんはー♪  現在18時12分です。

室温16.3度。湿度48%です。暖かい夕方です♪

 

はい。今朝はこの時間です。

 

朝は大根のお粥です。ちょっと食べてしまいましたが💦

 

朝から英字新聞をやっつけていたのはいつもの通り。

今日は本業も扱うつもりは無かったので、朝から遊びに行く事にしていました。

 

で、9時半くらいから脱出です。

はい。舞鶴公園南口の河津桜はこんな感じ。まだまだですね。

 

昨夜は夜中に雨が降っていたみたいです。

朝は、ちょっと霞みがかった晴れでしたけれど。

でも、早春の朝って気持ちが良いです✨

 

恐らく、この間と同じセグロセキレイちゃん発見❣️

かなり人馴れしていますね(^。^)

とっても可愛らいいです💞

 

ま。たまには、お値段の張るコーヒーをいただきました。

このコーヒー、めちゃくちゃなみなみと注いでくださいました。

有り難い事です✨

 

11時半までお邪魔していました。

昼時になるので、帰宅しました。

 

お昼ご飯は最後のカンパチのアラの塩焼きです💞

この部分が一番美味しいのです♪

キャベツを半玉買って来ていたので野菜炒めも作りました。

黒いのはこの間作ったきんぴらごぼうですね。

美味しかったです💞

 

午後は、英字新聞をかなり真面目にやっつけていました。

やっぱり、仕事をする気がないと、英語が進みます。

かなり珍しい事ですが、英語が進みすぎたので、15時半から、舞鶴公園の梅を見に行く事にしました。

あのね、今日のブログで『宝石のイトウさん』(赤坂門の老舗の宝石屋さんです)が、もう舞鶴公園の梅のお花が咲いている、っていう情報を載っけて下さっていたから♪♪♪

 

舞鶴公園の南側は、人も少なくて、自然が残されています。

ここは、工事の影響も無く、いろんな小鳥がさえずっています💞

緑に夕方の日差しが映えてとても綺麗です*・゜゚・*:.。..。.:*・'

 

南側の開けた日当たりの良い所の梅のお花です。

ピンクの。

 

これは早咲きの品種でしょうか。。。❓

たくさんの純白のお花を咲かせています*・゜゚・*:.。..。.:*・'

 

梅園の方にも行って見ましたが、こちらはまだまだ1輪2輪でした♪

25日の日曜日から旅行なので、その次の週でも間に合うかな。。

まだまだメジロやウグイスは来ていなかったようです。

 

で、帰りにシジュウカラさんが3羽ほど仲良く飛んでいました。

ここは長閑なので、お写真に写ってくれましたよ💞

真ん中のがそうです♪  男の子っぽいですね。

南側の梅が咲いている所には、ジョウビタキさんの女の子がいました💞

とっても可愛かったです✨

 

帰宅は16時10分頃。

 

夕ご飯は、ペンネ35gにキャベツなどのお野菜を入れていただきました。

美味しかったです。

 

今日はこんな感じです。

今夜は、ちょっと暖かいので少し勉強して寝ようと思います。

明日(=今日のこと。土曜日)は、自宅の用事をして、午前中は天神にお買い物ですね。

明後日(日曜日)は実家の庭掃除と母親の面会に行く予定です。

 

今日も良い一日をお過ごし下さいね💞

ーーーー

(余談)第3文難問、いや全部難問

A Japanese Justice Ministry panel has drafted an outline of a planned bill to revise the automobile driving punishment law, including an expansion of the scope of dangerous driving, it was learned Thursday.

日本の法務省の有識者会議は、自動車運転処罰法の改正案の骨子をまとめました。この改正案には、危険運転の範囲を広げることが盛り込まれています。

  Justice Ministry:法務省

  panel:(パネルにはめこまれた)鏡板(かがみいた)、(クイズ番組の)解答者の顔ぶれ、(討議会の)審査員団、委員団

  draft:…を〉起草[立案]する; 〈設計図などの下図[下絵]をかく(他動詞)➡︎名詞用法もある

  planned bill:計画された法案

  revise:改訂する、修正する、変更する(他動詞)

  automobile(オータモビール):自動車

  punishment:処罰、刑罰(不可算・加算)

  scope:(知力・研究・活動などの及ぶ)範囲(不可算)

  dangerous driving:危険運転

 

The ministry plans to submit the bill during the next ordinary Diet session, expected to start on Jan. 23.

省は、1月23日に開始が見込まれる次期通常国会に、その法案を提出する予定です。

   Diet session:国会会期

 

 The draft outline, drawn up by a subcommittee of the Legislative Council, which advises the justice minister,/ calls for uniformly applying the charge of dangerous driving to cases in which vehicles traveling at speeds 50 kilometers per hour or more above the limit on ordinary roads cause accidents resulting in death or injury. (までが主語)

法務大臣に助言する立法府下部委員会の草案は、一般道路の制限速度を時速50キロメートル以上超える速度で走る車両が、死傷事故を起こした場合に一律に危険運転致死傷罪を適用するよう求めています。

※drawは「〜を描く、線を引く」という意味ですが、draw upで「(文書などを)作成する」という意味になる。

※「advice」は名詞で「助言」や「アドバイス」を意味し、「advise」は動詞で「助言する」や「勧める」

advise+目的語+to do:〈人に〉〈…するように〉忠告する,勧める

  subcommittee:小委員会、分科会

  legislative:立法の、立法府の、法律を制定する(形容詞)

  Council:評議会、協議会、議会

  Legislative Council:立法評議会

  uniformly:一様に,均等に,一律に(副詞)

  the charge of dangerous driving to 〜:〜に対して危険運転罪の罪を問う

      at speeds 50 kilometers per hour or more above the limit on ordinary roads:

   一般道路の制限速度を時速50キロメートル以上超える速度で

 

The crime of dangerous driving resulting in death or injury carries a maximum sentence of 20 years in prison, compared with seven years for negligent driving resulting in death or injury.

「危険運転致死傷罪」の最高刑は懲役20年です。一方で「過失運転致死傷罪」の場合は、最高刑が懲役7年となっています。

  The crime of dangerous driving resulting in death or injury:危険運転致死傷罪

  negligent driving resulting in death or injury:過失運転致死傷罪

  sentence:文、判決・処罰

  maximum sentence:最高刑

  20 years in prison:懲役20年

  negligent:怠慢な、不注意な(形容詞)

  

(物語)

ペテルブルグでこんな事が行われている間に、フランス軍は既にスモーレンスクを過ぎて、次第にモスクワに近づきつつありました。

ナポレオンの伝記作者のティエールは、他のナポレオン研究家達と同じように、その英雄を弁護しようと努めて、ナポレオンは心ならずもモスクワの壁へ引き寄せられて行った、と語っています。

これは、歴史的事件の解明を、1個人の意思に求めようとする全ての歴史家達が正しいと言うのと同じ意味において、彼も正しいとは言えます。

即ち、ロシアの歴史家達が、ナポレオンはロシアの司令官達の作戦によってモスクワへ誘い込まれたのだ、と主張するのと同じ程度に。。です。

 

しかし果たしてそうでしょうか❓

上手な将士でも、将棋に負けると、それは自分の手に誤りがが有った為だと思い込むものです、そしてその誤りを序盤戦に見出そうと努めますが、勝負の間の一手一手にやはり同じような誤りがあり、一手も完全に進められていなかった事を忘れている考え方です。

彼が注意を向ける自分の悪手は、相手に利用されて初めて気が付くのです。

時間の一定の条件の中で行われ、幾多の生命のない機械を動かすのが1つの意思ではなく、全てが雑多な恣意の無数の衝突から生まれる戦争というものの勝負は、その複雑さは将棋の比ではありません。

 

スモーレンスクの次に、ナポレオンはドロゴブージを越えてヴャージマ市付近で、続いてツァリョーヴォ・ザイミシチェ村付近(※ヴャージマから41キロの地点で、ここでクトゥーゾフが総司令官に着任)で会戦を求めました。

ところが、諸々の事情の無数の衝突に妨げられて、モスクワから120露里のボロジノまで、ロシア軍は挑戦に応じる事が出来ませんでした。

ヴャージマで、モスクワへ直進の命令がナポレオンによって下されました。

 

『モスクワ、この大帝国のアジア風の首都、アレクサンドルの臣下達の聖なる都、支那のバゴダのような無数の寺院を持つモスクワ❗️』このモスクワが、ナポレオンの想像に安らぎを与えませんでした。

ヴャージマからツァリョーヴォ・ザイミシチェへの間、ナポレオンは馬にまたがり、近衛騎兵、警護兵達の群れを従えて行軍していました。

参謀長ベルチェは、近衛騎兵が捉えたロシアの捕虜を尋問するために、一行から少し遅れていました。

彼は通訳を従えて、馬を飛ばしてナポレオンに追いつくと、にこにこ顔で馬を止めました。

 

「どうだった❓」と、ナポレオンは言いました。

「プラートフ軍のコサックが言うには、プラートフ軍は主力軍と合流したそうですし、クトゥーゾフ が総司令官に任命されたとの事です。(話をしてくれたコサックは)恐ろしく頭のいい男で、それにおしゃべりです❗️」

ナポレオンは微笑して、そのコサックに馬を与えて連れて来るように命じました、彼は自らそのコサックと話してみたくなったのでした。

そして1時間すると、デニーソフの農奴で、ロストフに譲り渡されたラヴルーシカが、従卒の姿でフランス近衛騎兵の鞍にまたがり、一癖ありげな酒の入った顔をにこにこさせて、ナポレオンの側に馬を近づけて来ました。

ナポレオンは並んで馬を進めるように命じて、彼に尋ね始めました。

 

「お前はコサックか❓」

「へえ、コサックで、隊長殿。」

ラヴルーシカは前夜酒を食らって主人の食事の支度を放ったらかしにしていた為に、したたかムチでどやされ、鶏を探しに村へやられていたのでした。

そして、そこで略奪に夢中になっているうちに、フランス兵に捕まってしまったのでした。

ラヴルーシカは、何事もこそこそと狡くやってのけるのを義務と心得て、主人の為ならどんな勤めも嫌とは言わないけれども、主人の良くない考え、虚栄心やケチな根性は抜け目無く見抜いているといった類の、海千山千の無礼な図々しい男の1人でした。

 

ナポレオンの相手を仰せつかると、ラヴルーシカはその人間をすっかり訳も無く見抜いて、少しもうろたえずに、新しい旦那に尽くそうと心から努めていただけでした。

彼は、これが当のナポレオンである事をよく承知していましたが、ナポレオンの前にいる事自体、ロストフやムチを手にした曹長の前に居る以上に彼をうろたえさせる物でも有りませんでした。

と言うのは、ナポレオンでさえ、彼から何も奪う事が出来なかったからでした。。

ーーーーー

(解説)

ナポレオンは、スモーレンスクを過ぎて、次第にモスクワに近づきつつあったのですが、行軍の途中で、たまたま村に略奪に来ていたロストフの従卒のラヴルーシカを捕虜に取るのですね。

ロシア軍は、ナポレオンが何度か会戦を求めたものの、モスクワから120露里のボロジノまで、ロシア軍は挑戦に応じる事が出来なかった状態だったのですね。

 

それで、『情報を得る為に』たまたまラヴルーシカがフランス側に捕らえられたと言う事情でしょうが、捕らえてみればこのコサックの男はよ〜喋ってくれるわ〜〜で参謀長ベルチェが喜んで、ラヴルーシカが「頭が恐ろしく良くて、よ〜喋ってくれる面白いコサックですわ〜❗️(明石家さんまに演じさせたらいいかな❓)」とナポレオンに伝えたものだから、ナポレオンはラヴルーシカに非常に興味を持って、彼に馬を与えてこちらに来るように命じるのですね。

 

ラヴルーシカは、その洞察力からナポレオンの人となりをすっかり見抜きます。

そして、彼は物怖じせずにナポレオンの前に進んで命じられるままに馬で並んで歩くのですね。

彼が物怖じしないのは、ナポレオンでさえ、彼から何も奪う事は出来ないと感じていた、と有りますが、流石に命は左右しうるんじゃないかな。。とはちょっと思ったのですけれどね。

農奴の身分って、命さえ『そんなもん』と思うような時代だったかもしれないですね、このちょっとした彼の反応にトルストイの身分制度への(❓)も見え隠れする感じもします。