気ままな日常を綴っています。 -11ページ目

気ままな日常を綴っています。

いつか静かに消える時まで。。
一人静かに思いのままに生きたい。。

(物語)

この戦火の渦巻く地域の近くに居て、しかも時々その中へ馬を進めたりしていたダヴー、ネイ、ミュラーなどの、ナポレオンの将軍達は、何度かこの戦火の中へ整然とした大部隊を投入しました。

ところが、これまでの全ての戦闘の結果とは反して、敵軍敗走の予期された報告の代わりに、整然とした部隊が怯えきった群衆と化し、算を乱してそこから逃げ戻って来たのでした。

彼らはまた部隊を立て直しましたが、兵士の数は減るばかりでした、昼近くミュラーは増援要求の為に副官をナポレオンの元へ送らせました。

 

ナポレオンが丘の下に腰掛けて、ポンスを飲んでいた所へ、ミュラーの副官が駆けつけて、もう1個師団の増援が与えられれば、ロシア軍を絶対に粉砕できるという、ミュラーの言葉を伝えました。

「増援だと❓」と、解しかねるように、ナポレオンは険しい驚きの表情で言いました。

『軍の半数を擁し、しかもにわか作りの弱いロシア軍左翼へ向けながら、増援の要求とは何事か❗️』

「ナポリ王に伝えよ」と、ナポレオンは厳しく言いました。「まだ正午にならぬし、余は駒の状態がまだ十分にわからん、とな、行け。。」

(ミュラーの髪を真似た)髪の長い美しい青年士官は重い溜息をつくと、また兵士達が殺されている戦火の中へ駆け戻って行きました。

 

ナポレオンは立ち上がると、コランクールとベルチエを呼んで雑談を始めました。

そこへ、汗まみれの馬をこちらへ飛ばして来る1人の将軍と幕僚達の姿が見えました、それはベリヤールでした。

彼は馬を降りると、急ぎ足で皇帝に近づき、大声で増援の必要性を説き始めました、皇帝がもう1個師団を与えてくれるなら、ロシア軍は壊滅すると、彼は名誉にかけて誓いました。

ナポレオンは首をすくめました。「君は性急過ぎるよ、ベリヤール。激戦の最中には思い違いをしやすい。行って良くみたまえ、それからもう1度来たまえ。」

 

ベリヤールの姿がまだ視界から消えないうちに、反対側から新手の戦場からの使者が馬を飛ばして来ました。

「おや、またか❓」と、ナポレオンは絶えず邪魔されていらいらしている人間のような口調で言いました。

「陛下、公が。。」と、副官が言いかけました。

「増援の要求か❓」と、ナポレオンは腹立たしげに言いました。

副官は仰せの通りです、と言うように一礼して、報告を始めました。

しかし、皇帝は彼にくるりと背を向けて、2、3歩離れると、足を止め、ベルチエを呼びました。

「予備隊をやらねばなるまい。。誰をやったら良いかな、君の考えは❓」と、ベルチエの顔を見ました。

このベルチエは、後に『余が鷲にしてやったガチョウ』と、ナポレオンに呼ばれた男でした。

 

「陛下、クラパレードの師団をつかわしてはいかがでしょう❓」と、全部の師団を覚えていたベルチエが言いました。

ナポレオンは、よし、という風に頷きました。

副官は、クラパレードの師団へ馬を飛ばして行きました、そして数分後に、丘の後方にに待機していた精鋭の近衛師団が移動を開始しました。

ナポレオンは黙ってその方向を見やっていました。

「いかん」と、彼はふいにベルチエの方に顔を向けました。

「クラパレードをやるわけにはいかん。フリアンの師団を向けろ」と、彼は言いました。

クラパレードのかわりにフリアンの師団を向ける事に、何ら特別の理由はありませんでしたし、その上今更クラパレードを止めてフリアンに切り替える事は、明らかに不都合であり、時の空費でありましたが、それでもこの命令は正確に実行されました。

ナポレオンは、その配下の書部隊に対して、薬で治療を妨げる医者の役割ーー彼があのように正しく理解し、非難していた役割を演じていた事に気がついて無かったのでした。

 

フリアンの師団は、これまでの他の諸部隊と同じように、戦場の硝煙の中に消えて行きました。

様々な方面から副官達が駆けつけて来ては、申し合わせた様に、同じ事ばかり(増援)を請いました、その為、ロシア軍が踏ん張っている陣地からの物凄い砲火の為にフランス軍の死傷者はいたずらに増え続けるばかりだったのでした。

 

ナポレオンは、床に腰を下ろして考え込んでいました。

朝から腹を空かした旅行好きのド・ボーセが皇帝の前に歩み寄り、思い切って朝食を取る事を恭しく申し出ました。

「これでもう勝利のお祝いを陛下に申し上げてよろしいかと存じますが。。」と、彼は言いました。

ナポレオンは無言のまま首を横に振りました。

「あちらへ行きたまえ。。」と、ナポレオンは不機嫌そうに言うと、彼を退けました。

 

ナポレオンは、苦しい感情を経験していました、それは運の良い賭博師が、いつも場当たりで金を張って勝ってばかり居たのが、思いがけず、それも今度に限ってゲームのあらゆる偶然を十分に計算したのに、ゲームの進行を読めば読むほど、負けが確実な事がいよいよはっきり感じられる時に覚える感情に似ていました。

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(解説)

恐らく、ナポレオンは余裕を持って、ロシア軍左翼に十分な部隊をつぎ込んだのですね。

しかし、戦闘が始まってみると、予想だにしなかった各部隊からの援軍の要求の伝令が次々とナポレオンの元にやって来ます。

ナポレオンは、初めは「そんなはずは無い」と相手にせず、伝令を送り返しますが、だんだん、戦場がフランス軍にとって厳しい展開となっているらしい。。。と考え始めます。

 

それでナポレオンは、側近のベルチエに援軍はどの部隊を送るべきか❓と尋ねます。

全ての師団を掌握していた頭の良いベルチエは、クラパレードの師団を派遣するように、とナポレオンに勧めます。

そしてクラパレードの師団の準備が整ったその時に、ナポレオンは『やっぱり俺様が部下の言い付けを聞いているのはサマにならん』とばかりに、特にクラパレードの師団に問題があった訳でも無いのに、フリアンの師団に交替しろ、と言いつけ、その命令は正確に実行されます。

が、最前線はもうこの時既に『時間の問題』だったのでしょう。。

ナポレオンは、最前線の状況を正確に掌握していなかったので、その危機感がわからずに自分の自尊心を優先させると言う愚かな判断をするのですね。

 

その時、ド・ボーセがナポレオンに朝食をとる事を勧めます。

しかし、ナポレオンは、今の自分の命令を含めて、いつもと違う戦闘の状況をようやく不安に思い始めるのでした。。

お早うございます♪  今朝は、令和8年3月11日の日記です♪

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こんばんはー♪  現在17時34分です。

室温13.9度。湿度31%です。

ちょっと気温が低いですね。。

 

昨夜は、明るいうちからお布団に包まっていたらいつの間にかあの世に行っていました。

でも午前0時あたりから薄すら目で、浮遊霊をしていました(^。^)

何も考えていなかったけれどね。

起きた時間は5時16分です♪

 

朝はお湯を沸かして顔を洗いましたが、ちょっと寒いので着替えるのが面倒なので、そのままストーブのお隣でブログのお仕事とか英字新聞を突っ込んでいました。

英字新聞は、今日はホルムズ海峡を通る船が『中国船』のふりをして通過しようとしている。。みたいな記事でした。

平和ならちょっと「クスッ」と笑える話ですが、とんでもない大変な事情があるからですね。。現場は本当に命懸けなんだな〜と思いながら読んでいました。

危険地域でお仕事をしている方々もたくさんおられるんだな。。と痛感しました。

 

6時15分の東の空です。

明日の福岡市の日の出時間は6時33分ですって❣️

だいぶん早くなって来ましたね(^。^)(^。^)

 

朝ごはんは、昨日の残りの焼き鮭を使って鮭のおにぎりを作りました。

美味しかったです💞

 

今日は快晴で部屋も明るく気持ちが良かったです。

本業も落ち着いていましたしね(^。^)

で、ずっと英語をやっつけていました。

(こんな感じで✨)

途中で、ブロ友さんとメッセージ交流もしました。いつもの方ですけれど(^。^)♪

めちゃくちゃお忙しそうなので、励ましておきました。(➡︎たぶん、全然大丈夫っぽい💞)

 

お昼ご飯は、久しぶりにオムライス。

ご飯は、昨朝のおじやの残りの半分のご飯です。

オムライスはどうしてもボリュームが出ますからね。。

清美の生ジュースも作りました✨

 

午後からは、今後アップする『戦争と平和』をアップしていました。ま、4・5回分ですけれど。

少し読み返すのですが、もう二度とこの文章は書けないな。。と思いながら読んでいました。

 

14時になって、ようやく寝巻きを脱いで着替えました💦

そろそろコーヒータイム行こうかな。。英字新聞も目標よりちょっと多く頑張れたし、通読もした方が良いだろう。。ということでね❣️

近所の寺の墓地に早咲きの桜が咲いています。

白っぽいお花です。

名前はわかりません。

清楚で綺麗です✨✨

 

はい。今日は南薬院店。

結構集中してたかな。。

 

帰宅は16時半くらい。。

帰りにサニー警固店でシャウエッセンの大袋(468g)が690円+税くらいだったので『安い❣️』と思って買ってしまいました💦

で、ゆめいちブランドのロールパン(山崎製パンが作っている。安い)も購入して帰宅しました♪

 

晩御飯はシャウエッセンを2個焼いて、ゆで卵1個とレタスたっぷりのサンドにしました。

パンが大笑いしています💦

美味しかったです💞

 

今日はこんな感じです♪

お天気も良かったし、まあまあの1日でした。

 

それでは今日も良い一日をお過ごし下さいね💞

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(余談)

Italy's Trevi Fountain launched a new ticketing system Monday, making the famous Rome landmark the latest tourist site to charge entry in a bid to raise funds and battle overcrowding.

月曜日、イタリアのトレビの泉で新しいチケットシステムが導入されました。これにより、この有名なローマのランドマークは、資金調達と混雑対策を目的として入場料を徴収する最新の観光地となりました。

   charge entry:入場料を課す 

  making the famous Rome landmark the latest tourist site to charge entry:

   ローマの有名なランドマークが、入場料を徴収する最新の観光地となった(文法的には下の構造)

  make A B:AをBの状態にする

   Aには名詞や代名詞の目的格が、Bには形容詞や動詞の原形が来ることが一般的

  in a bid to 不定詞:〜する為に、〜を目的として

  battle:戦う(他動詞)

  overcrowding:超過密状態、超混雑状態

 

People posed in the sunshine in front of the Baroque masterpiece after paying the two-euro ($1.68) fee to access the now largely crowd-free area next to the basin.

バロック様式の傑作の前で、人々が日光浴をしてポーズをとっていました。2ユーロ(1.68ドル)の入場料を払って、今では人影もまばらになった泉の隣のエリアに入ってからでのことです。

  access:〜に接近する(他動詞)➡︎この場合の意味

  masterpiece:傑作、名作、代表作

  largely:大部分は、主として、ほとんど(副詞)

  crowd-free:混雑していない(形容詞)

  basin(ベイスン):鉢、洗面器、水盤、水域

 

Tell me it's not worth two euros! It's worth thousands if not millions, it's beautiful! 41-year-old Polish tourist Agata Harezlak told AFP.

「2ユーロの価値しかないなんてとんでもない!数百万とは言わないまでも、数千の価値があるわ。本当に美しい!」

41歳のポーランド人観光客アガタ・ハレズラックさんはAFPのインタヴューに答えました。

  It's worth thousands if not millions:数百万とは言わないまでも、数千の価値がある

 

The backdrop to the most famous scene in Federico Fellini's film La Dolce Vita, when actress Anita Ekberg takes a dip, is top of the list for many visitors exploring the Eternal City.

フェデリコ・フェリーニ監督の映画『甘い生活』で、女優のアニタ・エクバーグが入浴する最も有名なシーンの背景は、永遠の都を訪れる多くの旅行者にとって、一番の目的地となっています。

   backdrop:背景幕、背景(加算らしい)

  The backdrop to the most famous scene:最も有名なシーンの背景

  dip:ちょっと浸かる事、一浴び(名詞)➡︎この場合の意味

  take a dip:ひと泳ぎする

  exploring:動詞exploreの現在分詞形。探検する事、調査する事

  eternal:永遠の、永久の(形容詞)

  

But in the past, crowds in the public square have been so dense that it has been hard to get a proper look.

しかしこれまでは、人が密集しすぎて、泉をちゃんと眺めることが難しい状況が続いていました。

   the public square:公共の広場

  dense:密集した、密度が高い(形容詞)

  proper:ちゃんとした、正式な、ふさわしい(形容詞)

(物語)

ボロジノ会戦の主要な戦闘は、ボロジノ村とバグラチオンの突角堡の間の約2,000メートルの地域で行われました。

ボロジノ村と突角堡の間の森に沿う双方からの見通しの効く平坦な地域で、もっとも単純で無策なぶつかり合いを持って、この会戦の主要な戦闘が行われたのでした。

 

会戦は、双方からの数100門の砲による砲撃によって開始されました。

続いて、硝煙が戦場全体を覆い尽くした時、この硝煙の中を、(フランス軍から見て)右からデッセとコンバンの2師団が突角堡を目指して進撃し、左から副王の指導する諸連隊がボロジノ村へ進みました。

ナポレオンが位置していたシェヴァルジノ堡塁からは、突角堡は約1露里の地点にあり、ボロジノ村は直線距離にして2露里以上離れていました、だからナポレオンにはそちらの状況見える訳では無いし、まして硝煙と霧と溶け合って全地域を覆っていたのです。

突角堡に進むデッセ師団の兵士達が見えたのは、防塁と彼らを隔てる谷へ降りて行く所まででした。

朝日がキラキラと昇って、突角堡を見遣っていたナポレオンの顔を真っ直ぐ射しました。

硝煙が防塁の前を這って、硝煙が動いているようでもありましたし、部隊が動いているようでもありました。

時々砲声の合間に、喚声が聞こえて来ましたが、彼らがそこで何をしているのか見分ける事は出来ませんでした。

 

ナポレオンは丘の上に立って、望遠鏡を見ていました、そして望遠鏡の小さな輪の中に、彼は煙と兵士達の姿を見ました。

その兵士達はフランス兵である事もあり、ロシア兵である事もありました。

しかし、また肉眼に戻ると、望遠鏡で見たものがどの辺なのか、彼にはわかりませんでした。

彼は丘を降りて、その前を行き来し始めました。

彼が立っていた丘の下や、今、彼の幕僚の将軍達が立っている丘の上からばかりでなく、兵士達が半狂乱になって争っている当の突角堡からも、その谷の辺りで何が行われているのか、見分ける事が出来ませんでした。

その谷では数時間の間、絶え間ない銃撃や砲撃の中に、ロシア兵が現れたり、フランス兵だけが現れたり、それが歩兵だったり騎兵だったりしていました。

彼らは現れては倒れ、ぶつかり合い、互いにどうして良いか分からずにわあっと喚声を上げ、逃げ戻って行きました。

 

戦場からは、派遣した副官達や元帥達の急使達が、絶えず経過報告を携えてナポレオンの本営へ馬を飛ばして来ました。

しかしこれらの報告は、全てがいい加減なものでした、その理由は、激戦の最中のある瞬間の状況を語る事は不可能であるし、副官の多くは本当に戦闘が行われているところまで行かずに、途中で誰からか聞いた話を報告したからでした。

たとえば、副王の副官が、ボロジノ村を占領しコローチャ河の橋を掌握したという報告を持ってナポレオンの元に駆けつけ、軍を渡河させるのかどうかの指示を仰いだ時、橋は既にロシア軍の手に奪回されて焼き払われていたのでした、それは開戦の直後にピエールが巻き込まれたあの戦闘でした。

 

蒼白な怯えた顔をして突角堡から馬を飛ばして来た副官が、突撃は撃退され、コンバン将軍は負傷し、ダヴー将軍は戦死した、とナポレオンに報告しました。

ところが、報告を受けている突角堡は、フランス軍の他の部隊によって再び占領されていたのであり、ダヴーも軽い打撲傷を負っただけで、生きていたのでした。

ナポレオンは戦場の近くに位置していたものの、やはり実践には参加しないで、ただ時折銃火の近くに馬を進めていた元帥達や将軍達は、ナポレオンの命令を仰がずに、自分で状況を判断し、独断で命令を下していたのでした。

しかし、彼らの命令も、ナポレオンの命令と同様に、ごく稀に実行されたに過ぎませんでした。

そして、大抵は、彼らが命令した事と反対の事態が生じました。

 

何処へ何時砲を移動させるか、何時歩兵を前進させーー射撃させるか、何時騎兵に急襲させーーロシアの歩兵達を蹂躙させるかというような一切の命令は、実際に戦列中に有った諸部隊達が、ナポレオンの指示を仰ぐどころか、ネイやダヴーやミュラーなどにも聞かずに、独断で与えたのでした。

彼らは、命令の不実行とか独断専行の責任を追及される事を恐れませんでした、なぜなら戦闘に於いては、事は自分の生命に関わる事であり、激戦の火中に有ったこれらの人々は、その時々の気分に行動せざるを得なかったからでした。

 

(ロシア・フランスの)双方の歩兵や騎兵が互いに寄せたり引いたりし合った事は、ほとんど彼らに害を与えませんでした。

害や死傷を与えたのは、これらの人々が駆け回っている地域に、至る所から飛んで来る砲撃や銃弾でした。

彼らが後退して砲弾や銃撃の飛び交う地域から脱出すると、後方に待ち構えていた隊長達が、すぐに彼らの隊伍を整え軍紀を復活させました。

そしてこの軍紀の支配下にまた戦火の渦巻く中へ送り込まれました、すると彼らはまた(死の恐怖の支配下に入って)軍紀を失い、偶然の群衆の気分の赴くままに駆け回るのでした。。

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(解説)

ここは、ナポレオンや、側近の将軍達のの指揮命令に対するトルストイの考察ですね。

実際、陸戦となった場合の現場は、まさに修羅場であり、その場に居る死と隣り合わせの恐怖を有する兵士達のその時の判断で動くものだという考えを述べています。

それは死の恐怖を有した群衆の心理みたいなもので、たとえ、ナポレオンの命令が明確なものであっても到底現場の兵士達が実行できるものではあり得ないという事を言っているのだと思います。

これは、以前にアンドレイ公爵が言っていた事を言い換えているもので、結局、勝敗は、前線で戦う兵士達の『絶対に勝つ❗️』という意気込み、しかも一致団結した意気込みがモノを言うという事をトルストイ先生は述べておられると思います。

よって、ナポレオンが前日に鼻風邪を引いた事が、フランス軍が勝てなかった要因では無い、とここでもしつこく確認しているのですね。