戦争と平和 第4巻・第2部(13)バラックの捕虜達、行軍の命令を受けて出発する。 | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

10月6日の夜半から7日の夜明けにかけて、出発するフランス軍の動きが始まりました。

炊事場やバラックが壊され、馬車に荷が積み上げられ、部隊や輜重が出て行きました。

朝の7時に行軍の服装をしたフランスの護送兵達がバラックの前に整列しました。

バラックの中ではすっかり準備が出来、服を着て、その上からバンドを締め、靴を履いた捕虜達が、ただ出発の命令を待っていました。

 

蒼白な顔をして、目の周りに青黒いくまの出来た病人のソロコフが、1人だけ服も靴も付けずに自分の場所にうずくまり、彼の方を見ないようにしている仲間達に、問いかけるような視線を投げながら唸っていました。

彼は赤痢にかかっていました、そして1人だけ置き去りにされるという恐ろしさと悲しさが、彼を唸らせていたのでした。

ピエールは、フランス兵が靴底に張って貰う為に持って来た革張りの茶箱の残り皮でカラターエフが縫ってくれた短靴を履き、百姓外套の腰を紐で締めると、病人の側へ行き、その前にしゃがみました。

 

「なあに、ソロコフ、彼らが全部行ってしまう訳じゃ無いさ❗️ここには野戦病院もある。君の方が我々よりマシかもしれんよ。」と、ピエールは言いました。

「よし、僕がもう1度頼んでみるよ。」と言って、ピエールはバラックの入口の方へ歩いて行きました。

すると、外から、昨日ピエールにパイプを勧めた伍長が2人の兵士を連れて近づいて来ました。

伍長は、上官の命令で扉を閉めに来たのでした。

出発の前に捕虜の人員を点呼する必要があったからでした。

 

「伍長、病人はどうなるのでしょうか❓」と、ピエールは言いかけました。

ところがそう言いかけた瞬間に、彼は、これがあの見慣れた伍長か❓と、我が目を疑いました。

それほどいつもの彼とは違っていました。

加えて、ピエールがそれを言いかけた途端に、左右両側からふいに太鼓の音が轟き渡りました。

伍長はピエールの言葉に顔をしかめ、意味の無い罵言を吐き散らすと、ぴしゃりと扉を閉めました。

両側からの太鼓の音が、病人の唸り声を消しながら、鋭く響いていました。

 

『そらあれだ❗️。。また来たか❓』と、ピエールは自分に言いました。

すると本能的な戦慄が背筋を走りました。

伍長の一変した顔に、その声の調子に、太鼓の轟きに、ピエールは、人々に、その意志に反して自分と同じような人々を殺させた、あの非常な力、処刑場で見せつけられたあの力を見たのでした。

恐れてその力を避けようと努めても、その力の道具となった人々に頼んだり、説いたりしてみても無益でした。

今のピエールにはそれがわかっていました。

辛抱強く待つ他有りませんでした、彼は黙って顔をしかめてバラックの扉の側に立っていました。

 

バラックの扉が開かれ、捕虜達が押し合いながら出口に詰めかけた時、ピエールは彼らを押し分けて前に出ると、伍長の言葉だとピエールの為ならどんな事でもしてくれるはずの、その大尉の方へ進みました。

大尉も行軍の服装をして、その冷たい顔からも、やはりピエールが伍長の口調と太鼓の音に知った『あれ』がのぞいていました。

ピエールは言っても無駄だとわかっていましたが、それでも彼の前に進み出ました。。

そしてピエールは病人の事を話しました。

「彼も行く、厄介なやつめ❗️通れ、通れ」と、ピエールの方を見ずに、彼は捕虜達を怒鳴りました。

「でも無理です、死にそうなんです。。」と、ピエールが言いかけました。

「うるさい、行かんか❗️」と、怒りに顔を歪めて大尉は怒鳴りつけました。

ピエールは、不思議な力が既にこれらの人々をすっかり捉えてしまった事を、もう何を言っても無駄な事を悟りました。

 

捕虜は、士官と兵に分けられ、(ピエールは)先頭を行く事を命じられました、士官はピエールを含めて30名程で、兵士は約300名でした。

他のバラックから出された士官の捕虜の士官達は、見知らぬ男達ばかりで、ピエールとは比べものにならない良い服装をしていましたし、怪しむような、よそよそしい目で、彼の姿や奇妙な靴を眺めていました。

ピエールからあまり離れぬ所に、捕虜の同僚達全員の尊敬を受けているらしい、カザン風のゆったりした長い上着を着ている恰幅の良い少佐が歩いていました。

何処へ行く宛が無いのに、皆がそわそわして彼を急き立て、何も驚く事が無いのに、皆が何かに驚いているらしいのが、彼には癪に障るらしい様子でした。

もう1人の痩せた小男の士官が、これから何処へ連れて行かれるのか、今日はどの辺まで行けるか、などと仕切りに皆に話しかけていました。

 

ハモーヴニキ(これはモスクワのわずかに焼け残った地区の1つでした)の寺院の脇を通りかかると、捕虜の群れが波を打ち、恐怖と驚愕の叫び声が上がりました。

「やっ、死人だぞ❗️異教徒(=多分フランス人のこと)め、なんていう事をしやがるんだ❗️」

ピエールも、寺院の側の、叫び声が起こっている現場の方へ押されて行きました。

すると寺院の柵に、立ったままもたせかけられている、顔にススを塗りつけられた何者かの死体を確認しました。

 

「行け❗️歩かんか❗️行け行け、畜生ども」護送兵達の罵声が聞こえました、そしてフランス兵達は新たな憎悪を燃やしながら死人を見ている捕虜達の群れを、銃剣を振り回して追い散らしました。

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(解説)

10月6日の夜半から7日の夜明けにかけて、出発するフランス軍の動きが始まりました。

当然捕虜たちも、フランス軍に従って行軍することになります。

捕虜達は全員、行軍の準備をして命令を待ちますが、1人瀕死の重病人ソロコフだけが準備もせずに自分の場所にうずくまっています。

ピエールは、ソロコフの為に伍長に掛け合おうとしますが、驚いた事に彼の反応は冷酷でした。

伍長はピエールに罵言を吐くと同時に、ソロコフの唸り声を消し去るように両側から太鼓の音が鋭く響きます。

伍長の一変した顔に、その声の調子に、太鼓の轟きに、ピエールは、人々に、その意志に反して自分と同じような人々を殺させた、あの非常な力、処刑場で見せつけられたあの力を見たのでした。

 

さらにピエールは、伍長の言葉だとピエールの為ならどんな事でもしてくれるはずの、その大尉の方へ進みました。

しかし、大尉の冷たい顔からも、やはりピエールが伍長の口調と太鼓の音に知った『あれ』がのぞいていました。

結局、一行はソロコフをそこに置き去りしたまま出発します。

 

一行は、焼け野原となったモスクワの街を通っています。

ハモーヴニキ(これはモスクワのわずかに焼け残った地区の1つでした)の寺院の脇を通りかかった時、寺院の柵に、立ったままもたせかけられている、顔にススを塗りつけられた何者かの死体を見て、捕虜達は騒然と騒ぎ始めます。

異教徒のフランス人の仕業だと、彼らは非難の言葉を思わず上げます。

それに、フランスの護送兵達は憎悪を燃やして、先を急ぐよう捕虜達を罵りながら急き立てるのでした。。

 

(追記)

バラック生活では、人間としての個々のフランス兵達と捕虜達はお互い仲良く共存していたのですね。

不自由な中だからこそ、お互い持てる能力を分け合って過ごしていた関係で、それは対等なものでした。

しかし、一度、軍と捕虜という社会的関係に戻ると、そこにはいかんしがたい一線が画され、その一線が『社会的規律』としてもう個人の人権(生命の尊厳)なんてあり得ない恐ろしい世界に入ってしまうのですね。

その瞬間をピエールの目を通して描いている部分だと思いました。

行軍は行く宛も無く彷徨い続けるようです。。ピエールは生きてモスクワに帰れるのでしょうかね。。