戦争と平和 第4巻・第2部(9−1)ナポレオンによるモスクワの統治① | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

軍事面に於いても、モスクワに入ると同時に、ナポレオンはセバスチアーニ将軍にロシア軍の動きを追う事を厳しく命じ、諸方面の街道に軍団を配し、クトゥーゾフ を発見する事をミュラーに命じています。

 

次いで彼は、熱心にクレムリンの強化に意を用い、ロシア全土の地図によって今後の戦争の卓抜な計画を作成しています。

外交面では、ナポレオンは、モスクワを脱出できずにまごまごしていたヤコヴレフ大尉を呼び出し、自分の政策と寛容の精神を細々述べ、アレクサンドル皇帝に宛てて、ラストプチンの不埒極まる処置がモスクワを灰燼に帰せしめた事を陛下にお知らせするのを自分の義務と考える書簡をしたため、ペテルブルグへ差し向けています。

彼はまた、トゥトルミン(※モスクワの養育院長)にも自分の意向と寛容を詳しく述べ、この老人をも和平交渉の為に、ペテルブルグへ派遣しています。

 

治安維持の面では、火災発生後直ちに、放火犯人の逮捕と処刑を命じています。

そして悪党ラストプチンに対する罰として、屋敷焼き払いの命令が出されました。

 

行政面では、モスクワに憲法が発布され、市議会が定められ、次のような布告が出されました。

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『モスクワ市民に告ぐ❗️

諸君の不幸は悲惨なものであるが、偉大な皇帝であり国王であられる陛下(=多分ナポレオン)は、この惨事の流れをせき止めようと望んでおられる。

不服従と犯罪がどのような罰を受けるか、恐ろしい例が諸君に教えたはずである、無秩序な状態を無くし、公共の安全を回復する為に、厳しい手段が取られるのである。

諸君の中から選ばれた議員達が、諸君の市議会あるいは市政当局を構成することになる、そして、これが諸君の生活、諸君の要求、諸君の利益について配慮する事になるのである。

この議員達は、赤い肩章を肩から斜めに吊り、市長はその上に白い帯章を締める、しかし、職務時間以外は、左腕に赤い腕章を巻くだけとする。

 

市警察は、従来通りの制度であり、その活動によって既に立派な秩序が回復されつつある。

政府は2名の委員長(軽視総督)と20名の委員(警察署長)を任命し、市内の全地区に配置している。

左腕に巻いている白い腕章によって、諸君はそれを知るはずである、

各宗派のいくつかの寺院が開かれ、何の妨害も無く自由に勤行が行われている。

市民達は、連日続々と自分の住居に戻って来ており、罹災者に対しては救助と保護が与えられるよう命令が出されている。

 

以上が、秩序を回復し、諸君の状態を楽にする為に、政府が取った方法である。

しかし、この目的を達成する為には、諸君が政府に協力を惜しまず、出来るなら諸君が受けた不幸を忘れ、これほどに過酷でない運命の訪れに希望を抱き、諸君の生命やら残された財産を奪おうとする者には、避けられぬ恥ずべき死が待っている事を確信し、そして最後に、これが世界中で最も偉大で公正な君主の意志である事を肝に銘じ、生命と財産の安全を毫も裏側ぬ事が必要である。

 

国籍を問わず、全ての兵と市民諸君❗️国家の幸福の源泉である公共の信頼を回復せよ。

兄弟として生き、互いに援助と保護をを示し合え。

悪党どもの企みを覆す為に団結せよ。

したらば、早急に諸君の涙は止まるだろう』

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軍の糧秣面については、ナポレオンは全部隊に食糧準備の為に順番にモスクワ市中に『略奪に』出るように命じました、この方法によって、全軍に今後の食糧を確保させようと思ったのでした。

宗教面については、ナポレオンは僧職者達を連れ戻し、寺院の勤行を復活させる事を命じました。

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(解説)

ここでは実際にナポレオンが行なった、モスクワの統治について説明されています。

ナポレオンは、自分が率いるフランス軍がそもそも侵略した結果、モスクワが破壊されたと言う事実から、なんとか市民の目をこちらに向けようとしている感じが見えます。

特に、この布告については、モスクワ市民達は心の底では納得出来なかったのではないか❓と思います。

トルストイ的には、ナポレオンはモスクワの統治を極めて綿密に行なったと言う事ですが、その前提がフランス軍の侵略にあった以上、これを市民に納得させるのに、いかにも洗脳的な文章で説得しようとしているように思えます。

 

一般に体制を転覆させようとする場合に使われそうな言い回しで、その真意は、いかにして愚かと思っているモスクワ市民を納得させて自分の言いなりにさせるか、ですね。

自分達こそ、寛容と誠意で持って市民達を助けようとしているのだから、持てる食糧を我々に供出し、労働力も提供し(じゃないと街の復旧も出来ない、自分達のせいで街が無茶苦茶になったのですが、それは彼らが適当にでっち上げた放火犯のせいにしている)我々の言うことを聞くのが『一番楽なんですよ、ロシア市民さん♪』と言っている感じですね。

最後にナポレオンは、寺院の勤行も復活させようとしていますが、やはり宗教と言う物は、利用価値(❓)が有ると認識していた為でしょうね。。

モスクワのロシア市民が戻ってくるには、生きている寺院がそこに存在している事は必須だったのでしょうから。

 

さて、まだまだナポレオンがモスクワで行なった事例の説明が続きます。。