(物語)
翌日(10月6日)、各部隊は夕刻から所定の位置に集結し、深夜に行動を起こしました。
濃い紫色の雨雲が垂れ込めた秋の夜でしたが、雨は降っていませんでした、地面は湿っていましたが、ぬかるみは有りませんでした。
そして部隊は音も無く進み、稀に砲車のごとごと鳴る音が聞こえるだけでした。
声高な話や、パイプをふかす事や、火打石で火をつける事は禁じられていました。
馬はいななかぬように抑えられました。
敵の不意を突く事が、攻撃の魅力を倍加していました。
兵士達はうきうきしながら進みました。
いくつかの部隊は停止し、所定の地点に着いたものと思い、支銃をして冷たい地面に休息しました。
いくつかの部隊は(これが大部分でしたが)、夜中歩き続けて、明らかに、定められた地点とは違う場所に進出してしまっていました。
コサック部隊(これが全軍中の最も微力な部隊だったが)を率いたオルロフ・デニーソフ 伯爵(※ニコライの元上司のデニーソフ 大佐とは別人)だけが、所定の時間に所定の地点に着きました。
この部隊は、森の外れの、ストロミーロワ村からドミートロフスコエに通じる小道に待機しました。
夜明け前に、うとうとしていたオルロフ伯爵は呼び起こされました。
フランス軍陣地からの脱走兵が連れて来られました。
それはポニャトフスキイ軍のポーランド人の下士官でした、この下士官は、自分は誰よりも勇敢に行動したから、もうとうに士官に取り立てられて良いはずなのに、上官達のやり方が癪に障るから、奴らに復習する為に逃亡したのだ、とポーランド語で説明しました。
ミュラーは、ここからわずか1露里程の所に宿営している、だから100名の兵を貸してくれたら、彼を生け捕りにしてみせる、と彼は豪語しました。
オルロフ・デニーソフ 伯爵は、部下の士官達にはかりました、申し出を断るには余りにも勿体無さすぎるように思えたのでした。。
長い論議と思索の末に、グレコフ少佐がコサック2個連隊を率いて下士官に同行する事に決まりました。
「いいか、忘れるなよ。」と、オルロフ・デニーソフ は下士官を放してやりながら言いました。「騙しおったら、野良犬みたいに縛り首だぞ、だが、本当だったらーー金貨100枚だ。」
下士官は顔に決意をみなぎらせて、それには返事もせずに、馬に乗ると、急いで支度をしたグレコフと並んで馬を進めて行きました。
オルロフ伯爵は、白みかけた朝の冷気に身体をすくめ、自分の責任で企てた事に胸を騒がせながらグレコフを見送ると、明け染めた朝の光の中に敵の陣地を見渡し始めました。
オルロフ・デニーソフ 伯爵の右手の見通しの斜面に、わが軍の大部隊が現れるはずでした。
しかし、それらしいものは全然見えませんでした。
フランス軍の陣地の内に、動きが始まりました。
「えい、遅いな、全く。。」と、敵陣を睨んで、オルロフ伯爵は言いました。
彼ははっと気がつきました、彼はふいに、あの下士官が偽の逃亡兵で、まんまと騙し、2個連隊をどこか訳のわからぬ所へ追い込ませ、それによって攻撃をダメにしようと企んだのだ、とはっきり悟りました。
これは疑う余地が有りませんでした。
あれ程の大部隊の中から、総司令官を生け捕りになど出来る訳があろうか❓
「確かに。。騙しおったな、悪党め❗️」と、伯爵は言いました。
「引き返させますか❓」と、幕僚の1人が言いました、彼も、オルロフ伯爵同様に、敵陣を見た時に、この計画に疑惑を感じたのでした。
「あ❓そうだな❓君はどう思うか❓このままにしておくか❓それとも❓」
「引き返させますか❓」
「よし、戻せ❗️」と、オルロフ伯爵は時計を見ながら言いました。
「時機を失する、もうすっかり明るくなってしまった。」
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(解説)
翌日、各部隊は夕刻から所定の位置に集結し、深夜に行動を起こしますが、大部分の部隊は、決められた位置に就くことが出来ません。
当時の戦争は、『そんなもの』だったような事がトルストイによって考察されています。
ただ一つ、コサック部隊(これが全軍中の最も微力な部隊だったが)を率いたオルロフ・デニーソフ 伯爵(※ニコライの元上司のデニーソフ 大佐とは別人)だけが、所定の時間に所定の地点に着きました。
そしてオルロフ伯爵は、他の部隊の到着を待つのですが、そこへフランス軍の脱走兵であるポーランド人の下士官が連れて来られます。
彼は、オルロフ伯爵が2個連隊を貸してくれるなら、ミュラーを生け捕りしてみせると言います。
彼の言う事をまんまと信用したオルロフ伯爵は、彼にグレコフ少佐が率いる2個連隊を貸してあげます。
しかし、オルロフ伯爵は、待てど暮らせどミュラーの生け捕りを持って来ないので、この下士官に騙されてグレコフ少佐が率いる2個連隊をまんまとどこか訳のわからぬ所に迷わされた事を悟ります。
オルロフ伯爵は、騙し取られた2個連隊を元に戻すように命令します。
空はもうすっかり明るくなっており、早く取り戻さないと攻撃に差し障ると思ったからのようです。