戦争と平和 第3巻・第2部(18−1)ピエール宅の居候の公爵令嬢、ペテルブルグへの避難を申し出る | 気ままな日常を綴っています。

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(物語)

ピエールが家へ戻ると、その日に配布されたラストプチンのビラを2枚渡されました。

その1枚には、ラストプチン伯爵が、モスクワから疎開を禁じたと言う噂は間違いであり、その反対に、貴婦人や商人の妻達がモスクワを離れる事を、ラストプチンは歓迎していると言う事が述べられました。

『その方が騒ぎも噂も少なくなる、しかし悪党をモスクワに入れぬ事を、私は生命をかけて責任を持つ』と、ビラには述べられていました。

この言葉は、フランス軍がモスクワへ来る事を、初めてピエールにはっきりと語った言葉でした。

 

もう1枚のビラには、我が軍の総司令部がヴァージマにある事、ヴィトゲンシュタイン伯爵がフランス軍を打破した事、しかし多くの市民達が武器を持つ事を望んでいるので、安く入手できるように、刀剣、拳銃などの武器が武器庫に用意されている事などが報じられていました。

ビラの調子は、もはや先のチギーリンの話のような軽いものではありませんでした。

ピエールは、この2枚のビラを読んで考え込みました。

明らかに、彼が心の中から待望しながらも同時に本能的な恐怖を覚えていた、あの恐るべき雷雲は、次第に近づきつつありました。

 

『軍務に就いて戦線に赴くべきか、それともここで待機すべきか❓』と、ピエールはこの質問をもう何度となく自分に与えました。

彼はテーブルの上のトランプを取って、占いを始めました。

「もしこれがうまくいったらあ。。つまり。。つまり何だ❓。。」彼がつまり何かをまだ決めないうちに、書斎のドアの外から、入っても良いか❓と尋ねる1番上の公爵令嬢の声が聞こえました。

「そしたら、軍に行くべきだ、という事にしよう。。」と、ピエールは自分に言いました。

「どうぞ、お入りなさい。」と、彼はドアの方を向いて言い添えました。

 

(3人の公爵令嬢のうち、胴の長い無表情な顔をした上の姉だけが、まだピエールの家に暮らしていました。妹2人はもう嫁いでいました。)

「悪いわね、お邪魔して。でも、もういい加減、どちらへ行くか決めなければいけないじゃありませんか、こんな事をしていたらどうなるでしょう❓皆モスクワを離れましたし、民衆は暴動を起こしていますのよ。どうして私達だけここに留まらなければなりませんの❓」と彼女は非難する様な声で言いました。

「いや、そんな事は無いよ、どこも平穏な様だよ。」と、ピエールは冗談めかして言いました。

 

「そうなの、これが平穏ですの❓結構な平穏です事❗️さっき我が軍の部隊が、大変な手柄を立てたそうだ、と聞きましたけれど。おまけに民衆はすっかり騒ぎ出して、言う事を聞かなくなるし。うちの小間使いまでが乱暴な口を聞く様になりましたわ。もうじき私達が殴られる事になりそうね。外を歩く事も出来ないわ。それより、今日明日にもフランス軍が来ると言うのに、ぼんやり待ってるなんて❗️一つだけお願いがありますの。」と、公爵令嬢は言いました。

「私をペテルブルグへ避難させるように言いつけて下さい。たとい私がどんな女でも、ボナパルトの支配下に暮らす事は出来ません。

「そんなばかな。。一体どこからそんな情報を仕入れて来たんですか❓」

「私は、貴方が崇拝するナポレオンになど服従しません。」

「わかったよ、しますよ、今すぐ命じます。」

 

公爵令嬢は何やらぶつぶつ言いながら、椅子に腰を下ろしました。

「しかし、貴女は誤報を知らされているのですよ。」と、ピエールは言いました。

「市内は静かですし、何も危険な事はありません。これは今、私が読んだのですが。。モスクワに敵を入れない事と、命をかけて責任を持つ、と伯爵は書いていますよ。」と、ピエールはビラを彼女に見せました。

「何さ、あんな伯爵。」と、公爵令嬢は憎さげに言いました。

「あれは偽善者ですわ、悪党ですわ、自分で民衆に暴動を起こさせたんじゃありませんか、その馬鹿馬鹿しいビラとやらに、何者であろうと、怪しいものは襟髪を掴んで警察に突き出せ、なんて書いたのは、その伯爵じゃなかったかしら❗️突き出した者には褒美をやるなんて散々おだて上げて。ワルウーラ・イワーノヴナもフランス語で喋りかけた為に危うく民衆に殺されるところだったって。。」

「まあ、そう言う事だろうな。。でも、貴女は何でも深刻に考え過ぎですよ。」と言って、ピエールはトランプ占いを始めました。

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(解説)

ピエールの父のべズーホフ老伯爵のお世話をしていた公爵令嬢3姉妹のうち、下の2人は嫁いでいたのですね、前回の義勇兵(『老嬢のロマンスのカチーシが一番手で、ボルコンスカヤ公爵令嬢は二番手になるだろう。』)のセリフにもありましたが。

それで、まだお嫁に行っていない一番上のお姉さんはモスクワのピエール邸に未だにお世話になっていたのですね。

しかし、もう何日もしないうちにフランス軍が押し寄せて来るから、自分をペテルブルグに避難させて欲しい。。と堪りかねてピエールに訴えているのですね。

 

ピエールは、モスクワの危険をイマイチ察知出来ていないのですね。

ラストプチン伯爵のビラには『モスクワに敵を入れない事と、命をかけて責任を持つ』と書いてある、とそれを鵜呑みにしているのですね。

この点、公爵令嬢は、フランス軍は押し寄せて来るし、民衆も暴徒化している、いつ自分が親フランスだと言いがかりを付けられて殺されるかわかりやしない、とピエールに切々と訴えます。

そして彼女は、ラストプチンが自分で民衆に暴動を起こさせた、彼は『怪しいものは襟髪を掴んで警察に突き出せ、とビラに書き、さらに突き出した者には褒美をやる』と書いたから、褒美欲しさに少しでも怪しいと思われたら殺されかねないのだ、つまり、彼がビラに記載した事は、人権も法治主義も破壊しているのだ、民衆というものは、はそれがお金になるのなら何でもやりかねない生き物なのだ、それが今のモスクワだ、とピエールに言っているのですね。

この公爵令嬢の訴えは、恐らくトルストイがピエールの読んだラストプチンの言うところの、民衆に武器を与えてしまう事の危険性を言わしめているのですね。

その最たる『結果』が一連のナポレオン戦争なんだ、とも。(トルストイはそう言いたい、暗にね)

 

まあ、ピエールは一応彼女をペテルブルグへ避難させる手配をしますとは言うものの、公爵令嬢は、心配性なんだ、と軽く流してしまいます。

しかし、ピエールは次の場面で公爵令嬢の言っている事が本当だと言う事実を突きつけられます

 

(追記)

ここは結構重要な部分だと思います。(大衆を『愛国心』というキーワードで煽ることの危険性。)

後々、トルストイは、このラストプチン伯爵のモスクワ放棄における数々の行動に対し、強い非難の目を向けています。

 

また、1番上の公爵令嬢は、「たとい私がどんな女でも、ボナパルトの支配下に暮らす事は出来ません。」とピエールにきっぱりと宣言しています。

これは、公爵令嬢マリヤと全く同じ心情を述べているのですね。

トルストイは後に、貴族達がナポレオンに服従してたまるか、と一斉にモスクワから逃げ出した事は「真の愛国心」からなのだ、と考察しています。