(物語)
「私達は今、貴方の連隊の方がマモーノフのより立派になるだろう、って話し合っておりましたのよ。」
「いやあ、連隊の話はどうかご勘弁下さい。」と、女主人の手に接吻して、その側に腰を下ろしながらピエールは答えました。
「あれはもう、うんざりですよ❗️」
「でも。。確か貴方はご自分で指揮をなさるんでしたわね❓」と、ずるそうにいたずらっぽく義勇兵と目配せしてジュリィは言いました。
義勇兵はピエールの前では、もう先程の毒舌は引っ込めて、その顔にはジュリィの微笑の意味を測りかねる様な怪訝な表情が現れました。
茫漠としてお人好しだったにもかかわらず、ピエールの人柄にはその前では揶揄うなどと言うあらゆる試みを、直ぐに相手に失わせてしまうものが有りました。
「とんでもない❗️私は直ぐにフランス兵どもの狙いの的になるで消し、それに馬が潰れてしまいますよ、きっと。。」と、ピエールは言いました。
ジュリィの夜会で話題に取り上げられた人々の中に、ロストフ家の人々が居ました。
「噂だとひどくお困りの様ですわね、それに、当の伯爵がさっぱりわからず屋さんでしょう❓だから、ラズモフスキイさんが邸宅と郊外の別荘を買い取ろうとおっしゃるのに、長引いてさっぱり話が纏まらないんですって。伯爵がお高く構えてるからよ。」
「いや、この数日で纏まりそうですね。今時モスクワで何か物件を買うなんてばかな話ですがね。」と、誰かが言いました。
「どうしてですか❓モスクワは危険だと貴方はお考えですの❓」
「じゃ、どうして貴女は疎開なさいます❓」
「私が。。❓それは皆が離れるからですわ。それに私はジャンヌ・ダルクでもギリシャ神話の女神でも有りませんもの。」
「まあ、そりゃそうでしょうな、どれ、もう少しほぐす布を下さい。」
「もし、経営の手腕があったら、あんな負債ぐらいは全部返せたでしょうに。。」と、義勇兵がロストフの話を続けました。
「良いおじいさんですけど、みじめすぎますわ。でも、どうしてこんなに長くこちらにいらっしゃるのかしら❓もうだいぶ前から田舎へ行きたいと言ってらしたのに。ナタリィはもうすっかり良いのでしょう❓」と、ずるそうに笑いながらジュリィはピエールに聞きました。
「あの人達は末の坊やを待っているんですよ。」と、ピエールは言いました。
「坊やはオボレンスキイのコサック部隊に入って、ベーラヤ・ツェルコフィへ行ったんです、そこで連隊が編成されるものですから。ところが今度、私の連隊に転属されたので、それで毎日彼の帰って来るのを待っているのですよ。夫人が、坊やが帰って来ないうちは、何としてもモスクワを離れたがらないのですよ。」
「私、一昨日アルハロフさんのお宅でお目に掛かりましたわ。ナタリィはまた美しく、朗らかな娘になっていましたわ、ロマンスを1曲歌いましたけれど。羨ましいわ。。ああ言う人達は、どんな事でもケロリと忘れてしまえるんですもの❗️」
「何がです❓」と、ピエールは不興げに聞きました。 ジュリィは笑いました。
「ご存知でしょうけど、伯爵。貴方の様なナイトは、マダム・スーザの小説の中しか居ませんのよ。」
「どんなナイトです❓どうしてです❓」と、赤くなりながらピエールは聞きました。
「あら、おとぼけがお上手ねえ、伯爵。これはモスクワ中が知ってますのよ。本当に貴方には驚かされますね。」
「モスクワ中が知っているって何の事です❓」と、ピエールは立ち上がりながら、腹立たしげに言いました。
「おとぼけは結構よ、伯爵。ご存知のくせに❗️」
「何も知りませんな。」と、ピエールは言いました。
「私、存じてますのよ、貴方がナタリィと親しくしてらっしゃる事は。私、いつもヴェーラと親しくしておりますわ。ヴェーラって本当に優しい方よ❗️」
「いいえ、奥さん。」と、ピエールはむっとした口調で続けました。
「私はロストワ嬢のナイトの役を引き受けた事は、絶対に有りませんし、もう1月近くあの家を訪問しておりません。私には解しかねるのですが、どうしてそのようにひどく。。」
「言い訳をなさるのは。。自分の罪を認める事よ。」と、ジュリィは笑って言いました。
そして、これを締めくくりの言葉にする為に、反論の間を与えずに話題を変えながら付け加えました。
「私、つい昨日知らせを受けたのですが、かわいそうなマリヤ・ボルコンスカヤが昨日モスクワに着きましたのよ。お父様がお亡くなりになった事をお聴きになりまして❓」
「本当ですか❗️あの方はどこに居ます❓是非、お目に掛かりたいと思いますが。。」と、ピエールは言いました。
「私、昨日一緒でしたのよ。今日か、明日の朝には甥御さんと一緒にモスクワの郊外の領地へ行くんですって。」
「で、何か言ってました❓どんな風でした❓」と、ピエールは言いました。
「別に何も。悲しそうでしたわ。ところで、誰が彼女を救い出したと思います❓これこそまさに一編のロマンスですね。ニコライ・ロストフですのよ。彼女は暴徒に取り囲まれて殺されそうになり、召使いの者達が傷つき倒れたんですって。そこへ彼が躍り出てきて彼女を救い出したんですって。」
「また1つロマンスが生まれましたね。全くこの総退却は、全部の老嬢達の婿探しの為に行われているようなものですね、カチーシがまず決まり、ボルコンスキー公爵令嬢が二番手という訳か。。」と義勇兵が言いました。
「それがね、私、本当にそう思ったのですけど、彼女はいくらかその青年士官にのぼせているらしいわ。」
「罰金❗️罰金❗️罰金❗️」
「でも、どうしてこんなことがロシア語で言えて❓。。」
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(解説)
ジュリィの疎開前のお別れの夜会にはロストフ家の人々の噂が持ち上がります。
まず、ロストフ伯爵が売ろうとしているモスクワとその郊外にある邸宅が売れるとか売れないとか、伯爵の意識に世間のズレがあるとか、あのくらいの借金は経営でなんとか出来たはずだとか。。言いたい放題ですね。
今まで、ロストフ伯爵の恩恵(食事に招かれたり、貴族会長として彼が支払った多額の自腹の費用)をすっかり忘れて言いたい放題です。
彼らがなんでモスクワを離れないんだ、という話に及んだ時、ピエールは(たぶん聞き苦しいと思って)その理由はロストフ夫妻がペーチャの帰宅を待っているからだ、と伝えます。
ペーチャはピエールが個人資産を払って作った連隊に所属されると言う事なのですね。
そこでジュリィは、アルハロフ家の集まりで、ナターシャの姉のヴェーラから、ピエールがナターシャにご執心らしいとの話を実しやかに聞かされた、と言う話を始めます。
ああ。。あのですね、以前にも記載しましたが、女同士の姉妹とか母娘間ではね、お互い嫉妬して足を引っ張ったりするっていうのがあるんですよね。
「そんなバカな。。」と思われるかもしれませんが、現代でもたくさんあっていると思いますよ、身に覚えのある方も多いと思います。
特に、このヴェーラという女性は危険ですね。。以前、ナターシャがアンドレイ公爵と婚約中の時にも、彼女はアンドレイに「ナターシャは1人の男性を一生愛する事が出来る女では無い。」と彼女の過去(大した過去でもないが)を言いふらしたりしていましたからね。
ヴェーラはドイツ人の士官ベルグと結婚したものの、自分にこんな男なんて。。ていう夫に対する蔑視があるのですね、自分にはもっと上級の男性でも良かったはずだ、って言うね。
ところが、妹のナターシャは、名門ボルコンスキー家の長男だったり、今度はロシア一の大富豪べズーホフ伯爵と懇意にしているんで、強く妬んでいるのですね。
ヴェーラの話を真に受けているちょっとオツムの足りないジュリィは、その事をピエールに言って冷やかすんですね。
ピエールは、ナターシャがこれ以上悪評の餌食にされてはならないと、「もう1ヶ月以上もあの家には行っていない。」と言い張るのですね。
おそらくね、今考えると、ピエールがナターシャから遠ざかったのは、そんな心無い噂をしている人物の気配を察知したからなんでしょうね。(自分がナターシャから遠のく事が彼女の名誉を守ると思った。)
そして、最後にマリヤ・ボルコンスカヤの噂話。
彼女の召使いの女達もしくは彼女自身は、暴徒から攻撃されそうになっている時に、ニコライ・ロストフが助け出した、と言う話をジュリィにしたのでしょうかね。。❓
ジュリィは、軽薄とは言え、人の恋心を見抜く、特にマリヤのような真面目一徹の女性の心を見抜くのは容易かったのでしょうね。。彼女はそこに『ロマンス』を感じ取ったと、言います。