ところが、キルヒナーを呼び戻す交渉が進んでいる間に、業を煮やしたアウグストは、もう一人、造形部門の上に立てるような人間を身近な所に見出していたのです。
アウグストの第一の住居でもあるドレスデン王宮の中で最も華麗な部屋は「緑の丸天井」と呼ばれる宝物庫でした。
これは、16世紀にアウグストの先祖モーリッツ公が初めて作ったものでした。
モーリッツ公は財宝をしっかり保管できる場所をこしらえようと、四つの続き部屋に分厚い壁と鉄の門、丸天井を付け、壁をエメラルド・グリーンに塗ったのです。
アウグストは、この宝庫に多くの財宝を加えていましたが、ヨーロッパ一輝かしい君主と認められる事を常に望んでいたと彼は、部屋を拡張し改装して、訪問者に公開する事に決めたのです。
アウグストは、この「緑の丸天井」の新しい装飾の進み具合を見る為にいつもの視察をしていた時、宮廷彫刻家ベンヤミン・トメーの若い助手に目を留めました。
その男は、コンソール・テーブルと飾り棚の彫刻に没頭していましたが、その彫刻の美しさ、手際良さが一際目立っていたのです。
マイセンに造形師が必要だと常に思っていたアウグストは、この非凡な才能を持つ若い職人について調べ始めました。
彼の名は、ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー。
生まれたのは1706年6月15日で、技芸家や職人の家系ではなく、意外な事に教育ある聖職者の子供でした。
牧師だったケンドラーの父は、息子が古代の伝統に惹かれている事に気づいていました。
ヨハン・ヨアヒムは、容姿も物腰も感じがよく、聡明そうな物優しい若者でした。
彼が、父親と同じ聖職者になるより、芸術家の道を歩みたいと打ち開けた時、家族は全く反対しませんでした。
ケンドラーの先祖は、かつて石工として働いていた事があり、また王が昨今、都の建築や美術につぎ込んでいる莫大な金額を考えると、美術家の前途は明るい未来がありそうに思われたからです。
そこで、ケンドラーの父は、才能ある息子をドレスデン宮廷の優れた彫刻家ベンヤミン・トメーの下に弟子入りさせたのでした。
きほは、アウグストが見た通り、トメーの指導の下でみるみる才能を開花させ、構想力と技術でたちまち仲間を追い越したのでした。
(現在の日本宮殿は、「ドレスデン民族博物館」になっている)
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