帰国しました~🛬、でも帰国の報告をする人が今の僕にはいませんわ~
九日間の旅なんてすぐに終わる、多忙な企業戦士(この言葉は古いな)なんかからすると贅沢な話だろうが、僕だって若いころは週休一日制の時代を生きて、探偵調査会社時代は月に二日か三日の休みで走ってきたからね~、廃人となった今、多少の贅沢はお許しくだされ。
さて、執着を絶つ旅ですが、いよいよ帰国、ここまでの八日間は会いたい人には会えたし、飲みたい人とは飲めたし、体調も崩さず、好天続き、バンコクやサワンナケートの宿の人たちは親切で居心地が良く、すべてにおいて良い旅だった。
息子たちへの親バカ然とした執着心は、仏陀の言う通りに解き放つことにした。
バンコクからラオス国境の町・ムクダハーンへの往復24時間の夜行バスの中、イサーン地方の鮮やかな星の数々や何もない大平原を見ていて、息子たちとそれぞれのこれまでの思い出をよみがえらせて懐かしみ、そしてもうそういった瞬間は終わったのだと認識した。
これから先のことは考えても仕方がないので考えないし、過去のことは終わったこととして執着を捨てることに、今回の短い旅の間でかなり考えがすすんだ気がする。
昨日の朝は八時半ごろに目が覚め、シャワーを浴びに出ると、同じドミトリーの欧米人女の子が洗面中で、何と、黒のブラジャーと短パン姿、一瞬目玉が飛び出しそうになったけど、モーニン!と声だけかけてシャワールームへ、10ベッドのドミトリーは欧米人ばかり五人ほどの滞在で、これくらいが快適で良い。
朝食をと外に出ると猛烈に暑い、いつもの20バーツラーメンは屋外なので、ちょっとだけ贅沢してテスコロータスの二階のフードコートで、今回の旅で初めてのカオマンガイを食べた。
◆first bangkok innからスクンビット通りへ出たあたり
これがまた美味い!45バーツ、150円ほどかな。
テスコを出てBTSスカイトレインでプロンポンへ、日本の女性から頼まれたお土産を買いに出た。
◆プロンポン駅からの風景
ゲストハウスに戻って、オーナーの親戚の女性に、「オーバーステイ、スティルPM5、OK?」と訊き、オーバーステイ料金は不要とのこと、もう何十泊もこれまで泊まっているからね、常連ってことで。
ベッドで本を読んだりYouTubeを観たりしてのんびりし、午後五時前にチェックアウト、宿の人が「今度はいつ来るんだい?」って訊く。
ネクストイヤー、メイビーエイプリルってないい加減な返事をして、「ところでモナ・ポーはまだ帰って来ないの?」と、ずっとタンザニアに留学中の彼女について訊くと、来年の九月帰国とのこと、会いたかったなぁ。
因みにモナ・ポーはオーナーの娘さんで、先日19歳になったばかり、英語ぺらぺら、タンザニアでは語学とダイエットをしているようですな、インスタグラムでときどき連絡を取り合っています。
素晴らしき安宿、と言ってもエアコンドミトリーは清潔、ホットシャワー室3、水洗トイレ2、強力Wi-Fiフリー、一階のリビングではバナナやトースト食べ放題、コーヒー飲み放題、調理も出来ますよ、これで150バーツ、500円程度は激安、同じ料金でカオサンのPCゲストハウス独房も魅力だけど、もう歳だしこちらの快適さが勝っている。
深夜便なので、ドンちゃんと長月だけに顔を出しておこうと、先ずはドンちゃんへ、最後のビアチャーンを味わいながら飲む、オーナーと少し話、「もう仕事せんと、タイにずっといたらどうですか?」って言われ、勿論そうなんだけど、性分って言うのかなぁ、もう少し働こうってつい思ってしまう。
また来週月曜日からこれまでの通信関係で仕事をしますわ~、とりあえず頑張ろう。
いや、頑張らないな、仏陀のお言葉のように程々にってスタンスで、平日の仕事と土日の浅草のバイトと、またまた連勤続きが復活しまっせ~、大丈夫かな?
ドンちゃんをあとにして、BTSスカイトレインでビクトリーモニュメント駅へ、そして長月を覗くと夜だけど数人の客が珍しく入っていた。
ここのオーナーには僕は気兼ねなく言いたい放題なので、彼にはちょっと申し訳ないと思っているけど、それはもう長年の付き合いとして勘弁してもらおう、今夜も店の従業員の態度とかに少し提言してしまった。
彼からすると余計なお世話なんだけどね。
そんなこんなの九日間、今朝成田に戻って来ましたわ、そしてしばらくして派遣の営業さんから電話が、「藤井さん、来週月曜日から大丈夫でしょうね、連絡が取れないので心配していました」って言う。
「もちろん大丈夫ですよ、顔をつぶさないように頑張ります」
そう答えた僕です、頑張らないけどガーッと前向いてやっていきますわ。