何故かゲストハウスで小説暮らし

何故かゲストハウスで小説暮らし

何故かゲストハウス暮らし➡︎何故かゲストハウスで小説暮らし➡︎そして今回の、何故か東南アジアで小説暮らし・リハビリ編 (読書と小説書き、散歩とトレード&ときどきのビールの日々)

裏家業時代の著書があります。興味があればお読みくださいグッド!


       


メインのWebはこちらです→ http://perorin.sakura.ne.jp/



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おはようございます、突撃!アンコールワットの第一部は、あと一回で完結です。

 

第二部もすぐに始まりますので、引き続きよろしくお願いしますね~。

 

最初からお読みいただくには⇒ https://ameblo.jp/perorin/theme-10105199026.html

 

 

第一部(2001年9月)‐回顧旅行記

 

 この旅行記は過去にWebに載せたものを加筆修正しています。現在の旅の情報としては全く役に立ちませんので念のため!(まあ、少しは役にたつかも)

 

四十一

 

 いつもの屋台レストランへM君、K君、Rちゃんと四人でゾロゾロと向かった。体調はすっかり戻ったので、この夜は野菜炒めと御飯を注文し、思い切ってアンコールビールも一本飲んだ。

 アンコールビールは決して美味しいとは言えないが、僕の好みで言えば、タイガービールや最近売れているらしいビアチャーンよりも飲みやすくコクもあるように感じられた。最後の夜にG青年が来なくて、彼の知り合いというP青年が宿のバイクに送られてやって来た。

 彼は新潟県出身で、大学卒業後は就職をせずにインドを中心として旅を続けており、その風貌は二十代半ばとは思えないくらい堂々とした印象があり、旅は人間を強くする可能性もほんの僅かではあるが含まれているような気がしたものだ。

 

 この夜も新たに知り合ったP青年の旅話を聞きながら、シェムリアップ最後の晩餐は盛り上がり、シェイクも調子よく二杯も飲んでしまった。しかしカンボジアのシェイク、ラオスのフランスパンサンドイッチ(カオチー)とビアラオ、ベトナムのゴイクン(生春巻き)にフォー、タイのガイヤーンにカオパッド等々、東南アジアの食べ物や飲み物は本当に美味しい。

 P青年を送ってきたゲストハウスのスタッフが、我々が食事をしている約二時間の間、屋台から少し離れたところでずっと待っていたことに、最後の最後まで気付かなっくて、さて写真でもとりましょうと言う段になって、やっとわかって、感激すると同時に申し訳ない気持ちになった。

 

 カンボジア人のこういった姿勢は、いったいそれを国民性と判断しても良いのか、それは分からないが、確かにアンコールワット遺跡群巡りでも、バイタク男性たちは我々を遺跡に運び、観光中は休憩所のようなところでずっと待ち続けるわけだから、それを仕事と言ってしまえばそれまでである。

 P青年は彼に恐縮しながら「それじゃ、皆さん良い旅を。またどこかでお会いしましょう」と言い残して、暗闇のシェムリの街に消えていった。


 

◆後列の中央がP青年 子供達3人は飛び入り❗️

 


 僕たち四人は宿に帰り、それぞれが部屋でシャワーを浴びるなどしたあと、誰ともなく中庭に出て来て、結局四人が集まり、最後の夜だからということでもないが、自然と日本でのそれぞれの状況などを語り合った。

 今となってはどのような会話を楽しんだのか、詳細には覚えていないが、共通しているのは三人とも大学四回生であるから、来春には社会人になる楽しみと不安とが交叉したような、歯切れの悪い語り口調であった。

 

「大学生でずっといたいけど、そういうわけにはいきませんからね」

 M君がポツンとつぶやいたのが印象的だった。

 僕は彼らの考え方が本当に真面目で、いずれもそれなりに経済的には恵まれた家庭に育っているにもかかわらず、アルバイトは四年間ずっと続けているらしく、自分のことは出来るだけ自分で賄っていると聞いて、大学生に対する見方を考え直す必要があると思ったものだ。

 特にK君なんかは、横浜の公務員家庭で育っており、話の内容からはずいぶんとお金持ちのようだが、四年間ずっと中華街にある有名店で働いているとのことで、働き過ぎて単位が全然足りなくなり、帰国後は大学で地獄の勉強と教授へのゴマスリが待っていると、楽しそうに嘆いていた。

 

 話はいつからか僕の恋愛話となってしまい、「こんな中年オヤジに恋愛も何もあるもんか」と言っても彼らは納得せず、M君なんかは「ペロ吉さんはきっと誰かいるよね。だってバンテアイ・スレイで関西の女子大生に声をかけて、晩御飯に誘っていたじゃないですか。みんなそう思わない?」などと、失礼なことを平気で言うのであった。

 彼ら三人はいずれも彼氏彼女がいることはすでに述べたが、世間では若者のコンビニ恋愛が盛んな時勢に、彼らは恋愛についても真面目に取り組んでおり、やはり類は友を呼ぶということで、僕の今回の旅は本当に知り合った人に恵まれたと再認識をした。

 

 午後十一時を過ぎて宿のゲートが閉められ、中庭の電気も消してスタッフが就寝するので、僕たちは部屋の前の広い廊下に移動して、ミネラルウォーターを飲みながら、深夜まで話し込んだ。

 宿のほかの部屋には宿泊客はもう一組だけで、広い廊下には僕たち四人のささやくような話し声が、いつまでもいつまでも続いた。

 シェムリアップの最後の夜はこのように更けていった。

 

つづく・・・

 

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こんばんは~、今夜も新・暴風雨ガール、暴れます。

 

頭の良い子だったんですよね、主人公の真鈴、今は何処で何をしているかって?

 

それは言えません。

 

この小説を最初からお読みいただくには⇒ http://perorin.sakura.ne.jp/boufuugirl.html

 

 

新・暴風雨ガール

 

 

十八

 

 午後三時、真鈴はいつものようにきっかりの時刻に、突如として待ち合わせの場所に現れた。私は口癖のように「お腹、空いていないか?」と訊いた。真鈴は「フー」といったふうに肩でため息を吐いたあと、「岡田さんはいつもそうね」と言って呆れた。

 私たちは天満駅の近くのマックでバリューセットをふたり分買って、再び扇町公園に戻って食べることにした。梅雨明け宣言のあと、太陽はこれから真夏に向かって右肩上がりへの助走に入っているかのように、強烈なエネルギーを発揮しはじめていた。

 

木陰の芝生に座ってダブルチーズバーガーとマックポテトを食べてコーラを飲んだ。周りからはこの光景はどう見えるのだろう。私たちの前を人々が行き交っていた。正面の芝生では女の子が数人でバドミントンの羽を追っていた。中央のコンクリート広場の隅では、老人や子供たちが歩いているというのに、数人の若者が緩やかなスロープを利用してスケートボードで遊んでいた。

 

「急にどうしたんだ。何かあったのか?」

「あのね、岡田さんはひとりで調査の仕事をしているから、すごく忙しいと思うんだけど、どうしてもお願いがあるの」

「忙しくはないよ。で、頼みって何?」

 私はダブルチーズバーガーを頬張りながら訊いた。真鈴は私の目を見てから視線を外し、口を窄めてストローでコーラをひと口飲んだ。そして言いにくそうに切り出した。

「実はお父さんを捜して欲しいんです。でも調査の費用がないの」

「そんなの分かっているよ」

「だから、私を好きにして。私、岡田さんだったらいいから」

「は?」

「私、今は両親が家にいないから生活が苦しくて、でも表向きは両親がいることになっていて・・・市の補助なんかも受けられなくて、いろいろと大変なの。親が残した少しの預金と私が何かで調達しないといけないんだけど、なかなか難しいのよ」

 真鈴は視線を地面に向けたまま、言葉のひとつひとつを確かめるようにしながら言った。

「私を好きにしてって、何を言い出すんだ」

「冗談で言っているんじゃないの、真面目よ。私を尾行して、どんなことをしていたか知ってるよね。私はそういうことをしていたの。そういうことの内容は、きっと岡田さんが思っていることとは違うんだけど。でも、男の人とホテルに入ってお金をもらっていたのは事実よ。調査ってすごくお金がかかるんでしょ?だから父を探してもらう費用は私の身体。岡田さんとなら、我慢できるから」

「我慢できるからって・・・ひどいな、それは」

「ごめんなさい、岡田さんなら、いいから」

 真鈴は正面を向いて、遠くを見るように目を細めた。

 

「君は確かに何人かの男の人とホテルに入った。部屋で何をしていたかは知らない。でももう過ぎたことじゃないか。今はそんなことしていないんだろ。まだやってるのか?」

「やっていないわ。岡田さんを捕まえてからは、やっていない」

「捕まえてからって・・・、知り合ってからって言えよ。プライドが傷つくじゃないか。あのな、自分を粗末にするのはやめよう」

「ちっとも分かっていない」

「えっ?」

「岡田さん、全然分かっていないわ。当たり前だけど」

「どういうこと?」

「もしかして、私がホテルで彼等に売春行為をしたと思っているの?」

「えっ?」

「エッチなんかしてないよ。私は彼等に楽しく過ごす時間を売っていただけなの。そりゃあ、ときにはキスをしてあげたり胸を触らせてあげるよ。でもそれだけだよ」

 真鈴の反論しているような口調に呆気に取られた。

 

「キスをしてあげたりって・・・そんなことはっきりと言うなよ。楽しく過ごす時間を売っていたって、わけが分からん」

 真鈴の過激な言葉にショックを受けていた。尾行の際に会った彼らとキスをする彼女を想像してみたが、情景がうまく浮かばなかった。

「いいのよ、もう」

 真鈴は投げやりな口調で言った。

「ともかくお父さんの居所を捜して欲しいという頼みは分かった。それはそれとして、前から不思議に思っていたことがあるんだが・・・」

「何ですか?」

 近くを通った若いカップルが、私たちの様子を見て不思議そうな顔をしていた。やっぱり、私と真鈴とはどの角度から見ても変なんだろう。

「君のご両親の親戚のことだけど」

「親戚?」

「うん、つまり君のお父さん側やお母さん側の親戚なんかが何か手助けをしてくれないのかな?状況を知っていたら、放っておかないと思うんだけど」

 真鈴は僕が言い終わらないうちに正面を向いたまま、「そんな人はいません!」と吐き捨てるように言った。ピシッと耳元に音が飛んできたようだった。

 

「どういうことなのかな?」

「お父さんの両親は結婚する前にどちらも亡くなったって。実家は香川県の丸亀市というところで、小学生のときに二度ばかりお墓参りに行ったことがあるけど、もうそこに実家はないみたい。お父さんの姉が一人いたようだけど、早くに病気で亡くなったらしいの。お母さんの実家は泉南の岬町というところだけど、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんもとっくに亡くなってるし、兄弟は何人かいるらしいけど、連絡もないし全然分からない」

 真鈴は言葉の合間にため息をつきながら言った。

「親戚なんて、ないのと同じよ」

「そうか、事情はよく分かったから、そんなに怒るなよ」

「怒ってなんかないよ」

 真鈴は明らかに不機嫌そうな顔つきで言った。そして、体育座りの足の間に顔を埋めてしまった。

 

「分かった、引き受ける。でもな、費用は要らないよ。お金の心配なんかしないで、僕に任せておけばいい」

「そんなことできない。私、何もお礼ができないのに頼めない」

「僕みたいな人間に好きにしてなんて言うなよ。何でそう投げやりになるんだ?もっと自分を大切にしろよ」

「私が何をしようと、いいじゃない」

「バカ!心配しているのに、そんな言い方ないだろ。ともかく空いている日にお父さんを捜してみるよ。時間がかかるかも知れないけど、やるだけやってみよう」

「私、それならもういい。ハンバーガーご馳走様でした」

 真鈴はそう言っていきなり立ち上がった。

「何でそんなに強がるんだ。甘えろよ。素直になればいいんだ」

 私はもう一度座るように手で示した。真鈴の伏せた両目から涙が流れ出ていた。彼女の寂しさは分かる。女子高生が置かれている状況としてはあまりに厳しすぎる。誰だって泣きたくなるだろう。まるで暴風雨の中でもがいているようなものだ。

「余計なことを考えないで任せておけよ。僕が好きでやるんだから。分かったね」

 真鈴は五秒ほど考えてから大きく頷いた。

 

つづく・・・

 

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こんばんは~、土曜勤務が終わって、帰りに職場の同僚と新宿三丁目の焼き鳥屋でチョイと飲んで帰りました。

 

実は昨夜も飲んでましたわ、相変わらずの俳人(廃人)Peroです。 

 

数日前、大阪の女友達から「金曜日、東京に行くから飲む?」ってLINEが飛んできていた。

 

女友達と言っても、今年五十五になるオバはんだが、実は彼女が二十四歳のころからの付き合いだ。

 

誰もが知る某巨大メガバンクのお偉いさまですわ、年収は僕の三倍はありまっしゃろなぁ、腹が立ちますわ。

 

昔は仕事に疲れて毎日のように、場末のバーに飲みに来ていた彼女ですが、まあそこで知り合ったわけですけど、当時は可愛らしかったのにね~、今も少しだけ名残は窺えますが、寄る年波には勝てまへん。

 

彼女が会社の懇親会が浜松町であったらしく、それが終わってから神田で合流、たまたまその前に、以前のセンターの戦友で、時々飲む旅仲間M氏から連絡があり、Kちゃんと飲んでますよ~って言うことだったので、大阪の彼女も合流には躊躇なく四人で飲んだってわけですね。

 

神田の串焼き屋~いつものおしょろへ、面白い夜になりました。



◆刺し盛り



◆ホタルイカと大きな豆(なんて言うのかな❓)の天ぷら、美味かった😋


 

大阪の彼女は、僕が金貸しをしているころから知っていて、ときどき事務所を突然襲って来たり、探偵時代は会社の社宅に住んでいた僕のもとに「終電に乗り遅れた~」とか言って、泊まりに来たり、まあ男女の関係は全くないのですが、女性ではあっても親友と思っている。

 

しかし昨夜は酔っ払いやがって、僕の頭を小突いたり、言いたい放題ですわ、さすがに普段の僕を知っているM氏もびっくりしていたようですね。

 

でも楽しい夜でした。

 

彼女を浅草橋のホテルまで送って行って、日比谷線で北千住まで戻ったら千代田線がもう最終電車が出たあと、しかたなく町屋まで約四十分、音楽を聴きながらトボトボと帰りました。

 

僕もかなり酔っていて、酔った力を借りて、近くに住む時をかける少女への愛の告白を飛ばそうか、なんて不埒なことを考えたりもしましたが、微かに残っていた理性で思いとどまりました。

 

いい歳こいて、アホですね〜まったく、こんなこと書いたら亡き妻にどつかれますな、まったく。

 

そんな昨夜でした~。

 

明日はラオスフェスティバル、ひとりでチョイと覗いて来ようかな

 

このあと、新・暴風雨ガールをアップ予定です、よろしくね~

 

  

 

 


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こんばんは~、虚脱感とポジティブな考えが交差する一日でした。

 

我が人生、波乱万丈人間すべて塞翁が馬、覆水盆に返らず、ときには返ったりもするここ数年ですが、七月からまた一気に方向転換しそうです。

 

どっちへ向かうのかさっぱり分かりません。

 

この小説を最初からお読みいただくには⇒ http://perorin.sakura.ne.jp/boufuugirl.html

 

 

新・暴風雨ガール

 

 

十七

 

 妻の有希子は、私が生駒の実家を訪れたあとたびたび連絡をしてきた。義父の「四十にもなろうかという男がいつまでも不安定では困りますわな」といった言葉を、彼女は意外にも気にしていた。

「あなたに頑張ってもらいたいがための言葉だったと思うけど、ちょっと失礼だった気がするの。ごめんなさい」

 彼女は気遣ったが、私が不甲斐ないのは事実だし、「気にしなくていいよ」と返事した。結婚して十五年近くになるのに、ふたりの間に子供ができなかったことについても義父は少し触れたが、この問題は私も原因が分からない。有希子もここ数年は諦めているフシが窺えた。

 

 真鈴はときどき昼間や夜に「学校が面白くない!」「夜はひとりで怖い」などの短いメッセージが、困った表情のクマやウサギのスタンプとともに飛んできた。「怖いのなら、すぐにこっちへ来たらいいから」とメッセージを返しても、「女の子を簡単に呼ばないで!」と、相変わらずの返信のあと、怒っているウサギのスタンプが必ず飛んできた。

 

 いきなり夜中にスマホが震えるので慌てて出ると、「真鈴です。今何しているの?」と、けだるい声で言うのだった。「何もしていない」と返答すると、彼女は「フー」と先ず大きなため息をついた。おそらく上半身が肩の動きとともに沈むようなため息に違いなかった。「どうしたんだ?」と訊くと、「人って、何で生きていかなきゃいけないの?」と難しい質問をぶつけてきた。さらに「私が死んでも誰も悲しむ人なんかいない」と自暴自棄なことを言う夜もあり、「奥さんと別居しているのは、きっと岡田さんに原因があるんだわ。私には分かる」と、私を非難することもあった。

そのたびに私は「苦しいことがあっても投げやりになるな」と柄にもなく説いてみたり、「君がこの世にいなくなってしまったら、少なくとも三人は悲しみに暮れる。君の両親ともうひとりは僕だ」と慰めたりもした。そして私を非難する言葉に対しては反論の余地もなく、素直に謝った。

 

真鈴から何度も電話やLINEのやりとりをしているうちに、私は彼女に対して友達みたいな親しさを感じるようになっていたが、その感覚は次第に同志或いは戦友みたいなものに思えてきた。おそらく私が有希子のことや彼女の実家のことで悩んでいるのと同様に、彼女も父や母のことで苦しみ続けているから、無意識のうちにそんな感覚になってきたのだろうと思った。そのことは自然と「マリン」と呼ぶようになったことにも表れていた。

 

 梅雨明けが宣言されて暑さが日に日に厳しくなってきた土曜日、昼過ぎに有希子から「すぐ近くまで来ているから」と突然電話があり、慌てて部屋を片付けて近くまで迎えに出た。彼女は「暑い、暑い」と言いながら私の部屋に来て、「思ったよりいい事務所じゃないの。キチンと片付いているし」と珍しく褒めた。

 

私はソファーに腰を落として、有希子が部屋の隅々まで見て回る姿を追っていると、つい二か月ほど前まで一緒に暮らしていたことが懐かしく思えて、思わず立ち上がって彼女を抱きしめようとした。

「だめよ、キチンとなってからね」

 有希子は私の腕からするりと抜けて、困ったような顔をした。おそらく義父母が様子を見て来いと言ったのだろう。彼女との距離は、私が思っている以上に遥か遠くになってしまっているように思った。

「どうしたの、ぼんやりとして」

「いろいろと考えることが多くてね。こんな暑い日だというのに」

「変な人」

 有希子は一時間余りいて、上本町のデパートで買い物をして帰ると言って部屋を出ていった。彼女が去った部屋の中には、巨大な空白が浮かんでいるような気がして、私の気持ちを大きく落ち込ませた。

 

有希子が帰ってから、ベッドに寝転んで本を読んでいたらスマホがブーブーと震えた。真鈴からだった。

「どうしたんだ?」

「今から会いたい」

「こっちへおいでよ」

「嫌だって!」

「じゃあ、いつもの場所で待っていたらいいのかな?」

「それでいい」

「何時ごろ?」

「三時ごろじゃだめ?」

「問題ない」

「じゃあ」と言って彼女は電話を切った。まるで同級生に電話をかけるように、四十歳になろうとしている私に三日をおかずに電話をかけてくる。完全にイレギュラーだ。

 

つづく・・・

 

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こんばんは~、新・暴風雨ガールを最初からお読みいただけるように、メインWebに新たにページを作成しました。

 

新・暴風雨ガールを最初からお読みいただくには⇒ http://perorin.sakura.ne.jp/boufuugirl.html


 

この小説はこのペースだと二年以上を要します、その間に旅に出たりすると途切れることもありますが、どうか長いお付き合いを願います。

 

内容の何割かは実話が入っています、どの部分かは言えませんが。


 

新・暴風雨ガール

 

十六

 

 七月に月が替わってから少しずつ仕事を請けた。結婚調査が一件と所在調査が一件。結婚調査は父方実家と母方実家の現場を踏んで、それぞれの菩提寺まで知りたいという依頼内容だった。

 

父方は和歌山県の田辺市というところにあり、母方は富山県の氷見市だった。この二十年ほどで、IT革命やグローバル化などであらゆる物事が多様化し、核家族化した現代社会において、なぜそこまで調べないと結婚を許さない親がいるのかが、私には全く理解できなかった。でも仕事なので仕方なく現場を踏み、聞き込みを実施し、詳細な報告書を作り上げ、依頼内容を簡単にこなした。

 

 梅雨入り宣言がとっくに出されて鬱陶しい天候が続いていた六月下旬の日曜日、私は遅めの朝食のあと交通機関を利用して奈良県の生駒市へ向かった。JR天満駅までブラブラと歩き、鶴橋駅で近鉄奈良線に乗り換え、東生駒駅で下車、妻・有希子の実家は駅から十五分ほど歩いた丘の中腹の住宅街にある。

 

「両親が一度こちらに来て欲しいって言うのよ。この関係をずっと続けるのもどうかって、あなたと話し合いたいらしいの」

 有希子は実家に帰ってから、たびたび困ったような声でそう言った。「できるだけ早い時期に来て欲しい」と、先週電話がかかってきたとき、「君も板挟みで辛いよね。今度の日曜日に必ず行くよ」と返事してしまったのだ。だが、向かう電車の中ではずっと憂鬱な気分だった。

 

 私は大学を二年遅れで卒業して、同じ大学の一年後輩の有希子と結婚した。子供には恵まれなかったが、有希子との関係は穏やかだったし、私は彼女の欲のない人間性が好きだった。お金や物には興味がなく、ただ何もない日常を愛しているような女性で、一緒にいるとこころが落ち着き、幸せな気持ちになるのだった。

 だが私は男だ、独立欲は生来のものだと今になって思うのだが、人間欲が出るとダメだ、金融会社に新卒入社し、そこそこ仕事に自信がついたころに退職して、それから私の人生はおかしな方向へ向かってしまった。

 

 スポンサーに恵まれて、周りの客からも勧められたりもして、中小企業への融資を業とする事務所を出した。今からちょうど十年ほど前のことだ、しかも事務所は今回引っ越してきた兎我野町界隈である。違うのは、前回はかなり見栄えの良い高層マンションの一室で起業を行ったことだ。そして今回はこの老朽化著しい五階建てマンションの一室、再起する場所としては問題ない。

 

 妻は「生真面目」と「純粋」という文字を、大きな画用紙に太いマジックペンで力強く書いて、それを大きな額に入れて部屋の壁にドーンと飾ったような女性である。金融業として独立する際に激しい反対はあったが、私はそれを無視してオープンし、「あなたは絶対に失敗するわ、人が良すぎるから」と言った妻の予測通り四年で破たん、反省をして探偵調査会社のサラリーマンとなったわけで、凝りもせず再び独立、妻も義父母もあきれ果てるのは当然のことである。

 

「絶対に離婚しないって言ってくれてもいいのよ。私、あなたと別れたくはないし、両親がいつまでも反対するなら、そのうち黙って家を出るから」

 今も同じ気持ちかどうかは分からないが、有希子は前にそんなふうに言ったことがある。ただ、家に呼びつけるということは、彼女の両親はまだ私を完全には排除してはいないのだろうと考えていた。

有希子の両親を安心させる言葉を探しながら、そしてそれが見つからないまま、彼女の実家に着いてしまった。元奈良県警の要職に就いていた義父の家は、このあたりでは最も広い敷地と立派な建物に思えた。

 

「岡田さん、何度もしつこく呼びだてしてすんまへんなあ。私も家内も有希子のことでいろいろと心配してましてな。それで久しぶりにお顔を見ながら話がしとうおましてな」

 出されたコーヒーにミルクを入れて、カチャカチャと音を立てていた手を休めて、有希子のほうを見ると、彼女は手を膝の上に置いて下を向いたままだった。きっと彼女なりに辛いのだろう。

「私は今年の秋に四十歳になります。一度は金融業で失敗しましたが、今度は四年ほど勤めた調査会社での経験を生かして、興信所をはじめました。今は探偵調査業と呼ぶことが多いです。お父さんもお母さんもご心配とは思いますが、しばらく様子を見ていただけませんか」

「前の商売の借金はどうなりましたんや?」

「それは全部法的整理をして、今は無借金です」

「まあ、ワシらは有希子の気持ちが第一やと思うとりますから、無理に離婚せえとは言いまへんけどな、子供もないんやから、お互い別々になって一からやるのもどうかと思いましたや」

 

 有希子は私と義父母とのやりとりを、首を少しだけ上げて不安そうに見守っていた。

「四十にもなろうかという男がいつまでも不安定では困りますわな。失礼なことを言うてるのはよう分かってますけど、こういう大事なことはキチンと言わしてもらわなあきませんからね」

 確かに義父は遠慮なく物を言ってきた。仕方のないことだ。

「商売と言っても一人でやっている零細なものですが、前の金融業や物販とは違ってリスクはありません。有希子さんを幸せにする術ですが、それは商売が軌道に乗ればできると考えています」

 少し苛立っているのが自分でも分かった。私のような男を好きになってくれた有希子を大切にしなければいけないことはよく分かっていたが、具体的な術を述べることはできなかった。

 

 一時間余りの顔見世は終わった。離婚はしないが、いつまでも今の状態と続けるわけにはいかないという結論となった。義父母は久しぶりに私の顔を見て、少しはホッとしたようにも思えた。有希子は駅まで見送ってくれ、別れ際に「あなたとは別れたくはないのよ。でも私も板挟みで辛いの、それだけは分かってね」と言い、手を振って私たちは別れた。

 帰りの電車に乗っているときに真鈴からLINEが飛んできた。「学校が退屈!」「最近夜眠れないの!」などの短いメッセージが、困った表情のクマやウサギのスタンプとともに飛んできた。彼女も有希子に負けず劣らず、いやもっともっと苦悩しているに違いなかった。

 

つづく・・・

 

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